37 学園(秋)
教科書事件の翌日、私は植物園に来ていた。エミーリア様が心配だったが、察してくれたリリスが見守ってくれると言ってくれたので任せてきた。
各家の使用人たちから手に入れた社交シーズン中のクレア様の情報を殿下に渡したかったからだ。約束などしていないので、もし今日来なかったら明日出直すつもりで待っていたが、杞憂に終わった。
「セリア、いたのか」
「エルンスト様、大変お久しぶりでございます。会えて良かったです」
「あぁ、俺も会えて良かった」
長期休み前より少し大人びた顔つきになったエルンスト様が来てくれた。
これでアランフォード殿下に会えなくとも、エルンスト様に頼めば手に渡るはず。明日はエミーリア様の側にいれそうでホッとした。
「まずは社交シーズンでの報告書になります。情報源の個人名も書いてありますので漏洩しないようお気をつけください」
「ありがとう。必ずアランに渡す」
「それよりエルンスト様はよくこちらに来られましたね。随分とクレア様が熱中されていた噂を聞いてましたが」
「もう拒否をするのも面倒で疲れた。あんな令嬢は初めてだ……」
エルンスト様は大きなため息をついて、思い出したのか苦い顔になる。あれだけ執拗にされているのに社交会では紳士的に我慢していたので感心していた。
彼は私の大切な友人だ。健闘を労うためにランチボックスを開く。
「エルンスト様がお変わりなくて良かったです!本当に良かったです。お菓子とお茶を用意しますね」
「セリアも変わらないな、ありがとう。君も変装して社交シーズンは頑張っていたな。あれはカツラか?」
「はい、よく気がつきましたね」
クラスメイトの誰にも指摘されなかったから、変装は完璧だと自負していたがバレていたとは…………大丈夫だよね?黒猫だとはバレてないよね?動揺を隠すように話題を変える。
「エルンスト様は少し日に焼けましたね、体つきもしっかりしたと言いますか……」
あ、やばい。異性相手にこれはセクハラ発言だったか?と話しおわってから焦り、背中に汗が伝う。しかし、エルンスト様はパッと顔を明るくして答えてくれる。
「よく気が付いたな!頑張って鍛えていた割にはあまり気付かれないから、なんだか照れるな」
「特に下半身のバランスが良くなりましたね。どんな鍛練をなさったのですか?」
「実はな――――」
大人びたと思っていた表情が一転、エルンスト様は無邪気な笑顔に変えて答えてくれる。彼の笑顔を見ると、不思議と心が温かくなる。
私が私となったきっかけの彼。本当に立派に育ったなぁと嬉しくなり、私の顔も緩む。
そうして二人で鍛練について熱く語り合う。お互いに日々どんな筋トレをしているのか、どんな練習をしているのか。私の知らないコツも彼はたくさん知っていて勉強になり、楽しくて仕方ない。
「セリアも随分極めてるのだな、今度一緒に訓練しないか?」
「はい!指導お願いします。嬉しいです!」
「そうやっていつも笑っていれば良いのに」
「え?」
「いや、なんでもない」
エルンスト様がボソリと何か話したが聞こえず、そのまま流されてしまった。
そのあと昼休みが終わるまで長期休暇の間の思い出を語り合い、また続きを話そうと約束して解散した。
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数日後、またクレア様の物が壊された。
リリスの情報によると次はノートが中庭の噴水に捨てられていたそうで、足元を水浸しにしたまま教室に現れたらしい。
そして言葉には出さないものの、エミーリア様を見て怯えるような仕草をしたようだ。他にも机に落書きがされたり、鞄にゴミを詰め込まれたりと嫌がらせが続く度に、エミーリア様を見るらしい。
それだけでは終わらなかった。クレア様だけではなく、他の令嬢にも嫌がらせが始まったのだ。
クレア様のように壊されることは無いが、誹謗中傷などが書かれた『不幸の手紙』なる物が届くのだ。
何故か私にも届いた。その手紙も悪質でエミーリア様が普段から使っているアロマと同じ香りが便箋に染み込まされていた。
エミーリア様の黒い噂はなかなか消えず、面白がる輩もいてゴシップとして加熱する一方だ。エミーリア様にはアリバイがあるのにも関わらず……。
アドロフ様にはこの件を報告をしても「まだ動くな」と言われ、見守ることしかできず悔しい日々が続いた。
「リア様、お力になれず申し訳ありません。私は悔しいです!何も悪くないのに……」
「ありがとうセリア。私はあなたという絶対的な味方がいることを知っているだけで支えになっているわ」
休日エミーリア様と過ごしているときに、私は思わず悔しさを漏らしてしまった。私よりもずっと本人が辛いはずなのに、エミーリア様は私に感謝し、微笑んでくれた。
犯人は誰?一人なのか、複数なのか、自作自演なのかも分からない。
目的は警告なのか、愉快犯なのか、罠なのか……。前世持ちなのに何にも暴く手段を持ち合わせていない自分の無力さが悔しい。
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最近、報告書を渡したくて植物園に行っても、アランフォード殿下とエルンスト様に会えていない。前回、アランフォード殿下は公務が忙しいと言っていた。
せめてエルンスト様に渡せればと思い、今日は放課後に学園内を探している。緊急で報告したい案件があったので早めに渡したかったのだ。
「学園広すぎるよ。もっとマニアックな場所を探すか……リリちゃん想像できる?」
「何ヵ所かあるわ。案内するね」
教室、植物園、食堂、寮の4ヶ所くらいしか動きがない私を知っているリリスが、心配して案内係をしてくれている。リリスがいなければ迷子になるところだった。
リリスに案内され薄暗い通路を真っ直ぐ進むと小さな中庭が見えてくる。そこには先客がいるようで話し声が聞こえてくるが、誰かひとりが一方的に話続けている。
聞き覚えのある声が気になりそっと中庭に近づくと、よく知っている男女の姿が見え、私たちは柱の影から様子を見ることにした。
「身分差って大変ですよね?エル様も思いませんか?気になる方に限って差があるんですもの……私も辛いんです。そうそう、実は前に」
「マンハイム嬢、俺は忙しいんだ。もう話は終わりだ」
「……じゃあプレゼント受け取ってくれたら帰りますね」
するとクレア様は鞄から男性用ブレスレットを取り出して、さっさと帰りたい無抵抗のエルンスト様の腕にカチャリとはめた。
それは綺麗な石がついたチェーンのブレスレット。騎士が身に付けるには華美すぎる不釣り合いな物だ。
「また会いましょうねエル様 」
「あぁ、またな」
クレア様はブレスレットが手首にしっかり付けられたことを確認すると、すぐに彼の手を離して寂しそうな表情を浮かべた。
しかしエルンスト様がクレア様に背を向けた瞬間、クレア様の口元が吊り上がったのが見えてしまった。




