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私は犯罪者ですか?  作者: 苗字名前
第3章――行政高校入学、知られざる光景
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とある少女との、気付かぬ再開

「おいおい、待て待て高田。早まるな」

「別に早まってねーよ。けど、どう考えたってこの方法しか無-だろ」


 放課後。先を行く高田に金城は待ったをかけた。

 昼食時に金城に誘いを掛けた高田は、意を決したように生徒会室へと足を進めていた。無論、伊奈瀬とVR事件の関係性を問いただすためにだ。


 生徒会室へと続く廊下は、会長等への畏怖ゆえか、或いは問題を避けるためか、人影は殆ど見当たらない。その静けさの中で二人の足音は良く響き、そのテンポの速さから二人がどれだけ焦っているのかが手に取るように分かる。


 金城は、ツカツカと前のめりに歩く高田に歩調を必死に合わせながら、奴の説得に励むが、高田は聞く耳を持たず、只管に一直線に向かっていた。そう、あの“開かずの間”へと。


「いやいや、待て。アレは開けちゃ駄目だ。絶対に駄目だ。捲る捲る負死戯ふしぎ☆ワンダーランドに引きずり込まれるぞ!?」

腐屍戯ふしぎ♡ハンターランドの間違いだろ!」

「……本当に死ぬ気か?」


「死ぬ気なのは別に良いが。その命、どうせ捨てるなら私にくれると大変有難いのだがね」


 ピタリ。不意に聞こえたアルトボイスに牽制されたかのように、二人は扉の前で制止した。

 気のせいだろうか。否、気のせいであって欲しい。その声は“扉の奥”からではなく、“背後”から聞こえた気がするのだ。

 まるで、寂れた鉄のような音を立てながら、金城たちはブリキのように後ろを振り向いた。


「……お、お久しぶりです。玖叉会長」


 猛攻な笑みを浮かべる、妖艶な美女が其処に居た。


「やあ。私の勧誘、受ける気にでもなってくれたかね?」


 彼女が首を傾げた拍子に、さらりとその銀色の絹糸が肩から零れ落ちるのを見ながら、金城たちは何となく理解した。

 この生徒会長は自分たちがどういう意図で此処に来たのか、既に解っている。その証拠に、彼女の双眸には確信の色が見えた。


 高田は少し、怖気づきそうな自分を、拳を握りしめながら小さく叱咤すると、口を開いた。


「……会長、先日の」「生徒会長」


 出鼻を挫かれた。

 新たな参入者の声に言葉を渡られた高田は、その主の姿を視界に映した。その視線を追うように、金城は相手が見えるように身体をずらし、雅も又振り返る。


「おや、君は確か……辻本くんの所の」

「風紀委員の三枝夏目です」

(げっ……!)


 思わず顔を顰める金城。先の一件以来、奴は三枝のことを何となく毛嫌いするようになった。伊奈瀬を無理やりとは言わないが、同行を強制させた時の態度は、金城にとって苦々しく思える物であり、奴には三枝が傲慢な人間のように映って見えたのだ。

 そんな感情もあってか、自然と金城の眉間に益々皺が寄っていく。


「これ、辻本会長から預かった資料です」

「ああ、この前言ってた奴か」

「それと、久京先生が職員室に来い、と呼んでいます」


 差し出された資料の束と共に伝言を渡され、雅は片眉を上げると、楽しそうに口を歪めた。その変化する表情を目にした瞬間、今まで淡々と事務的に口を動かしていた三枝の顔が一瞬歪んだ。


「おお、そうか。すまないね」

「いえ……」

「というわけで、すまないね、高田くん、金城くん……私はこれから用事がある。申し訳ないが話はまた今度」

「え、」

「あ……はい! お疲れ様です!」


 不服そうにする高田を押しとどめるように金城は溌剌とした声で、退散の意を示した。その顔は安堵の感情がありありと溢れ出ている。その様子が可笑しかったのか、クツクツと喉で笑いながら、雅は颯爽と廊下の奥へと消えていった。


 呆然とする高田の横で、金城は肩をだらりと脱力させ、大きな息を零す。

 今日は本当に疲れた。家に帰って横になりたい。今まで方に乗っていた重い荷物が下りたような気がして、金城は開放感に見舞われたような思いで居た。だが、そうは問屋が卸さない。


「ほら、何時まで其処でボサっとしているつもりなのかな、二人とも? 部活が無いなら帰りなよ」


 そういえばまだ、嫌味な奴が残っていた。

 高田も金城と同様、奴を毛嫌いしているのか、そいつを見た途端、ほんの一瞬だが眉を顰めた。

 だが、奴のそんな様子など何処吹く風、三枝は素知らぬ顔でそのまま元来た道を引き返していった。

 奴の言葉に従う訳ではないが、実際、生徒会室にはもう用は無いので、金城も渋々と奴の後を追うように足を勧めた。隣の高田は癪に障ったのか、少しムッとしている。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。三人は校舎の正面玄関へと辿りついていた。道中は誰も口を開くことは無く、沈黙のせいで時間を長く感じさせられた。

 そのまま、風紀委員室へと続く廊下を進みそうな三枝をあえて無視して、金城はそのまま高田と共に校舎を出ようとしたが、虚をつくように言葉を投げかけられて、足を止めた。


「生徒会には関わらない方が良い」

「……は?」


 思わぬ言葉に金城は呆けた。

 何なのだ、いきなり。道中、何も喋らず、突然口を開いたかと思えば、意味の分からない忠告。否、その意味は理解している。もちろん、理由も大体察しがつく。ただ、何となく、この男が気に入らなかっただけだ。

 金城は声を意識して、低く唸ると、奴を軽く睨んだ。


「なんだよ、いきなり」

「君たちは既に前の一件で嫌と言うほどに目立ってしまっている。伊奈瀬さんを心配する気持ちは分かるけど、生徒会なんかに関わったら、心配事が増えるだけだよ」

「……なんで、お前にそんなこと言われなきゃなんないんだよ」


 以前、伊奈瀬の件でハッキリと拒絶されたことを覚えている金城は噛みつくように、反感の意を示した。それに対して三枝は相変わらず淡々といるが、しばらくすると呆れたように息を零した。

 

「君たちの為を思って、言ってるんだよ。伊奈瀬さんの殊に関しては君たちにどうこうすることは出来ない。お願いだから、大人しくしててほしい」

「だったら、事情ぐらい説明しろよ。馬鹿みたいに他言無用だのなんだの言ってさ。お前ら周りがどんな噂してるのか、知らねーのかよ?」


 吐き捨てるかのように喋る金城の顔には、ハッキリと嫌悪の色が見えた。それもそうだろう。最初に伊奈瀬を強制連行し、自分たちは部外者だと件に踏み入れるどころか、知ることさえも憚れ、大人しくしていろ、と忠告されて、納得できるわけがない。おまけに自分たちのためだ、と偽善的な言葉を口にはしているが、安易に『余計なことをするな』と言われてるようで、腹ただしい。


 これで怒らずには居られるか、と金城は三枝を睨んだ。

 その反抗的な態度が癪に障ったのか、三枝も大袈裟に溜息を吐いて、金城に答えようとした、が。


「当たり前だ。僕たちだって馬鹿じゃない。だが」「三枝」


 不意に後ろの廊下から声をかけられて、三枝は振り返った。


「黒崎……? どうした? 今日、何かあったか?」

「いや、」


 何時もなら、さっさと帰宅しているはずの友人を目にして、三枝は首を傾げた。奴は部活にも何も入っていないし、日直もない。なのに、何故まだ校内にいるのだろうか?


「厄介な人に見つかったというか、捕まったというか……」

「は?」


 何処となく疲れた顔をした黒崎が、そう言葉を零した時だった。


「くっろさっきくーん! まだ、話は終わってないよー!」


 がばり、とその背中に小柄な影が飛びついた。


「っで!」


 勢いよく、背中にかかった体重に黒崎が思わず呻き声を上げた。

 突然現れた影に三枝は一瞬、驚いたように後ずさったが、その正体を確認すると、呆れたように難息を溢した。


「あー……」


――なるほどな。


 桃色の髪に、少し着崩した制服を身に纏う少女。二つに括った髪は高く結い上げられ、唯でさえ童顔な彼女を更に幼く見せていた。

 桃、というより、薄紅が良く似合う彼女は三枝が風紀委員になってから、見知った人物――篠田メイだ。


「副会長……何してるんですか」

「勧誘!」


 黒崎同様、疲れ切った顔をしてみせる三枝に篠田は茶目っ気たっぷりに笑ってやった。


「それなら他の人に頼んでください。というか、もうそれはしたでしょう。副会長のそれは勧誘では無く、強制入会です」

「だって、黒崎くん何回誘っても、入ってくれないんだもん」

「いえ、俺に風紀委員とか向いてないと思うんで……」

「ほら! また、そう言ってさ! 辻くんだってこの前……」


 引き気味な男子二人に、声を荒げる一人の少女。三人の会話は何やら騒々しく、金城たちにはとても理解できない、というよりはどうでも良いものである。


 あの黒崎と、少女が現れてから既に十分は経っており、金城と高田は既に蚊帳の外状態だ。三枝とまだ討論の途中だったが、この三人を見ていて、何やらどうでも良くなってきた。それよりも疲労感が増している。隣の高田も、最初驚然としたような顔をしていたが、今では何処か居心地悪そうに首の裏を掻いている。


――もう、帰っていいだろうか。


 目の前の三人は何やら別の殊に夢中で、こちらのことは既に眼中にさえ無いようだ。そう思うと、腹ただしくは感じるが、それよりもこんな事に一々構っている時間が無駄に感じられて、金城は早々に退散することを決意した。

 ちらり、と高田を見ると何となく奴も金城の心中を察してるのか、一つ頷いて、言った。


「行くか……」


 そう呟く奴が、何処か名残惜しそうにしているように見えた気がして、首を傾る。だが、高田本人は、正門へと足を踏み出そうとしていたので、気にせず自分も行こうと、鞄を肩に掛けなおす。


 こんなところに居る暇があるなら少しでも伊奈瀬のために何が出来るかを考えて、行動した方が良い。

 そうとなれば、もう帰ろう。


 三人の騒ぎ声を聞き流しながら、金城は足を踏み出した。だがその時、ほんの一瞬、ある疎外感を覚えて、立ち止まる。


(あれ……?)


――この声、何処かで。


 少女の声にある違和感を感じ、何かがひっかかると、金城は思った。すると、


「もう分かりましたから。すみません。それよりも、俺まだちょっと知り合いと話し合いの途中で……」


 三枝が金城たちの存在を思い出したかのように、奴らへと振り向いた。その行動に金城は、オセーよ、と突っ込みそうになったが、不意に少女を視界に収めて、やめた。


――少女が、何故か己を凝視しているように見えたのだ。





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