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私は犯罪者ですか?  作者: 苗字名前
第3章――行政高校入学、知られざる光景
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掴めない状況

――伊奈瀬優香が風紀委員会に事情聴取で呼び出された。どうやら、この間のVR事件に関係があるらしい。




「どこも、この噂で持ち切りだな……」


 午前10時30分。休み時間へと入った教室の片隅で、高田は足を投げ出しながら、乱雑に椅子に腰かけた。

 周囲に目を向けてみれば、とある男女のグループが “新たなネタ”に興味津々のようで、飽きずに伊奈瀬優香についての推測を立てていた。


(……絶対にこんな機関士は嫌だ)


 誰から聞きだしたのか、彼女のお家事情などが、四方八方から飛び交っており、その余りのプライバシーの無さに眉を顰めた。

 おまけにそれを元に彼女のプロファイリングもどきを始め、探偵、或いは刑事気取りなのか勝手な推理まで始めていた。

 それが合ってるかどうかはともかく、この民衆は遊び半分で彼女を犯人に仕立て上げようとしているようにしか思えず、高田は苛立ち交じりに目の前の机を蹴った。

 ガタン、とけたたましい音が室内に響きわたり、一瞬の静寂が生徒たちを支配した。だが、それも一瞬で、次のネタの矛先を高田へと移すことでまた教室は騒めきだした。


 ふう、と溜息を零して椅子の背もたれに寄りかかる。

 彼等が冗談半分であの会話を繰り広げていたことなんて、高田にだって分かっている。だが、そのあまりの無神経さに怒りを覚えざるを得なかった。


――これではまるで自分の“兄”と同じ状況ではないか。


 何時になっても、あのタイプの人間は何処にでも居るのか、と高田は眉間の皺を一層深くした。


 そして気分を入れ替えるかの様にふっと、その顔を緩め、己の隣へと視線を移す。


「金城……」


 隣の席に腰掛ける金城に声をかけてみるが、返事は無い。先程から机の上で頭を抱えながら突っ伏している。

 そんな奴に高田はもう一度呼びかけてみるが相変わらず返事どころか、身動ぎ一つしない。

 一体何をそんなに深く考え込んでいるのかと呆れながらも、再度「金城」と呼んでやった。


「ペン太郎におやつ捕食されてるぞ」


 その隣で、もきゅもきゅ、と可愛らしい音を立てながら頬ぼくろを膨らます少年、ペン太郎。その長袖の下には何やら板チョコが見え隠れしている。

 瞬間、ガバリと金城は勢いよく顔を上げ、即座にペン太郎の襟を掴んだ。


「てめぇっ……それ、まさか伊奈瀬に上げる奴じゃっ」

「ポケットから覗いてたペン。駄目だよ、金槌くん。捕食者の前にそんな物をちらつかせちゃあ」

「ふっざけんな……! つか、お前ペンギンだろ!? 何で魚じゃなくて、板チョコ食ってんだよ! しかも苺ミルク味!」


 げふり、と一息ついて、瞼を閉じるペン太郎。


「馬鹿だね、金槌くん……それは、僕が人間だからだよ」


 どやぁ。効果音が聞えそうな程に悟った表情を見せる少年、ペン太郎。

 ギリギリと奴の首を絞める手に力を籠めそうになった。


「こんな時に、無駄に良い顔して、良い台詞で、ふざけたことやってんじゃねーぞ、糞ペンギン……!」

「クエっ!」

「落ち着け、金城! 絞まってる絞まってる! てか、ペン太朗! お前もふざけた鳴き声出すな! 本当に殺されるぞ!?」


 今にも殺人鬼と化しそうな金城を必死の形相で止めようとする高田。今回は流石に不味いと感じ、慌てて奴を羽交い絞めにすることで、ペン太郎を解放させた。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「てなことがあってさ、もう疲れた……」

「大変でしたね……」


 ペン太郎の捕食騒動から数時間後。やっと、昼休憩に入れた高田は草臥れたように食堂の椅子に座り込んでいた。反して金城はブスっとしながら食事に手を着けており、ペン太郎は今朝のことを反省したのか、静かに己の食事に集中していた。

 そんな三人の様子を吾妻は苦笑しながら、労りの言葉をかけてやった。


「……伊奈瀬に上げようと思ってた、限定チョコ」

「……また明日買ってきてやればいいじゃん。つか、何でチョコ?」


 ギリ、と歯ぎしりしながらペン太郎を睨む金城。そんな奴に呆れの息を漏らしながら、高田は己の疑問を口にした。だが、当然の疑問に答えてやったのは金城では無く、吾妻だった。


「そういえば、優香ちゃん。苺ミルク味のチョコ、好きでしたもんね」

「ああ、なるほど」


 つまり、最近、あの身勝手な噂によって落ち込んでいるであろう伊奈瀬に、その好きなチョコを食べて元気を出してもらおうとしたわけか。


(それで、お菓子で餌づけって……)


 少し、思うところはあるが、まあそれも金城らしいと言えば金城らしい。あまり気にせず、とりあえず自分の斜め前の空席に視線を移した。


「にしても、伊奈瀬さん遅いな……カウンター相当混んでいるのかな?」

「まあ、今日のデザートは女性に大人気のベリーチーズケーキですから」

「ふぅん……」


 先程、席を立った伊奈瀬を思って高田は前々から自分の中で燻っていた疑問を口にした。


「……定期的に、伊奈瀬さん、風紀委員会に顔を出してるよね」

「……はい」

「それって、勧誘? それとも……」


――事情聴取?


 続く言葉は声に出さずとも吾妻には伝わる。それを読み取った吾妻は静かに目を伏せて、首を横に振った。


「何も……三枝君が以前、言ってたように他言禁止となっているみたいなので」

「そっかぁ」


 やっぱり、吾妻さんも一緒かぁ、と高田は頭の後ろをで腕を組んだ。

 そしてちらり、と隣の金城を盗み見ると、先ほどよりも一際不機嫌な、難しい顔をしていた。最近の金城が苛立っている理由には伊奈瀬の噂についてだけでは無く、“何も知らない状況”にもあった。


 この前、伊奈瀬が目の前で三枝に連れ去られ、戻ってきた後、一体なにがあったのか、と問い詰めてみたのだが、何も聞きだせなかった。

 たった一言「御免なさい」、と謝罪を口にした伊奈瀬の顔は悲壮感が漂っていて、金城たちはそれ以上踏み込むことが出来なかったのだ。


 それだけなら別に良い。別に、自分たちに話せなくとも、彼女が大丈夫なら、それで。


 だが、何処から情報が漏れたのか、伊奈瀬がVR事件のことで事情聴取されたと言う噂が学内に広がり、伊奈瀬は何処でも針の筵状態へと曝されることとなったのだ。いじめや嫌がらせの類は流石にこの行政高校ではないが、周りから向けられる仄暗い視線とよそよそしい態度は確かに伊奈瀬の精神を微かに蝕み始めていた。


 これではいけない、と金城は立ちあがろうとしたが、“ブラッド”として既に認識されてしまっている奴にはどうすることも出来ない、寧ろ状況を悪くするだけだと気づき、スゴスゴと仕方なく身を潜めたのだ。


 本当はこうして共に食事をすることも避けようとしたのだが、伊奈瀬の「必要ない」と言う言葉によってそれも未然に塞がれた。


 彼女曰く、「何も言えないけど、でも私は何も間違ったことはしていないから、コソコソする必要はない」とのことだ。


 その言葉通り、伊奈瀬は未だに堂々としており、その凛とした姿は頼もしい限りなのだが、金城にはどうも今の状況をもどかしく感じているらしい。


「……事情聴取って、なんだろうな」


 ぼそり、と疑問を零してみると、ピクリと金城は反応を示した。

 

「……俺たちに伊奈瀬が何も話せないのってさ、」

「ん?」

「俺たちが“部外者”だからだよな」


 少し考えれば分かる。今回の“VR事件”が他言無用とされているのは、単に学内の混乱を抑えるためだ。

 “混乱を抑える”、それはつまりこの事件が“混乱を招く”まずい事件だということを示している。

 考えられる可能性は一つ。これは事故では無く、恐らく誰かの故意で起きた事件であるということ。そして、その事件に何らかの形で伊奈瀬は巻き込まれたのだ。


(正直、あんま関わりたくねーけど……)


 これ以上、目立つことをすれば“反逆者”のボロを出しかねない。だが、だからと言ってこのまま伊奈瀬を放っておくことはできない。また中学の時のような状態に彼女がなってしまう可能性もある。

 

(知っておくに越したことはねーし……)


 一応このVR事件の全貌とまでは行かずとも、大体どのような状況になっているのか把握をしておけば、もしかしたら自分の身に降りかかるかもしれない火の粉を避けることだって出来る。


――……否、降りかかって欲しくないのだが、今までの経験上、そういう可能性も否めないのだ。事実、己の近しい存在である伊奈瀬が既に巻き込まれている訳だし。


 つらつら、と思考を働かせる金城。そんな奴の足を、高田は軽く蹴り上げた。


「っいで!?」


 実際には痛くないのだが、思わず奇声をあげてしまった金城。それを理解しているのか高田は特に謝罪もせず、こっそりと金城に耳打ちした。


「……なあ、金城。ちょっと生徒会室によっていかないか?」





 






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