警報は鳴り響く
6月9日。午後12時30分。
サイバー講習騒動から一週間後。校内は日常の雰囲気を取り戻しつつあるが、生徒たちは未だに何処か落ち着きのない様子を見せていた。
事件に関してのことは一切語られておらず、機械の故障によりあの訓練室の使用はしばらく禁じられるとの報告しか生徒たちは受けられなかった。
代わりに、事件で被害にあった生徒たちのことで学校と保護者の間で一悶着あったらしいが、今ではそれも鎮火している。
「本当に、唯の故障だったのかな……」
恒例となるメンバーの昼食時、伊奈瀬はポツリと己の中の疑問を零した。
「まあ、事故とは言ってるけど」
「でも、幾ら何でも可笑しいよね?」
返された最もな答えに、相席する高田は難しげな顔をした。
「まあな……普通に機械のエキスパートが揃ったこの学校ではありえないよな。講師だった下北沢先生だって、ああいう不備を見逃すとは思えないし……金城、お前はどう思う?」
「へ?」
突然話題をこちらへと振られ、呆ける金城。
「……いや、俺は」
脳裏に蘇るのは最後の瞬間、電子ボードに映ったあの白いヤギ。眼鏡の奥で光る金色の瞳は今思い出しても不気味だ。
「……わかんねーや」
嘘だ。本当は唯の事故だとは思っていない。しかし、事件だという確証さえも無い。
だが、少なくともあの時感じた“悪寒”は気のせいだと済ませるにはあまりにも強すぎて、“事故ではない”と自分の勘が告げていた。
短い合間に思考して出した結論は一つ、“触らぬ神に祟りなし”。この事件には“関わらない”が最善だ。他の生徒のように噂や、勝手な憶測を立てても良いが、模索だけは決してしてならない。
と言っても、最初からそのつもりだったのだが。
「それより……お前は何をやってるのかな?」
つい、と視線を横に走らせる金城。其処には定め位置となりつつある席で少年、ペン太郎がもきゅもきゅと金城の煮魚を突いていた。
「……」
「無視か、おい。捕食ペンギン」
「……」
もしゃもしゃ。頬袋いっぱいに魚の身を詰め込んだペン太郎は、ゆっくりと咀嚼してから喉を鳴らした。
げふり、と息を零す事も忘れない。
「口の中に食べ物が入っている時に喋るのは行儀悪いペン。金城くん、マナーは守らないと女性にモテないペンよ」
「……」
ひくり。口は引き攣り、薄らと青筋が金城の額に浮かぶが、もはや日常となりつつあるその光景に高田はあえて素知らぬ顔で食事を続け、伊奈瀬と吾妻は苦笑した。
それから数分。丁度金城たちが食堂を後にし、人の少ない廊下へと差し掛かった時、時間を見計らったかのように三枝が伊奈瀬を訪ねてきた。
「伊奈瀬さん」
「あれ、三枝くん? どうしたの?」
何処か硬い表情でこちらを伺う奴の様子に伊奈瀬は首を傾げた。
「あ、もしかして勧誘のことかな? ごめん、まだ私……」「いや」
真っ直ぐ彼女と視線を合わせる三枝に、金城は先日感じた悪寒が更に膨らんで蘇ってくるのが分かり、冷汗を垂らした。
警報が嫌に頭の中で木霊して、鳴りやまない。
緊張が金城たちを覆う中、ゆっくりと三枝は己の用件を告げる。
「君に先週の機械の故障について、幾つか伺いたいことがある。風紀委員会室への同行を願いたい」
「……え?」
常に飾られていた笑顔はもはや其処には無く、真剣な様子の三枝。伊奈瀬に向けられた眼差しは、信じがたいのか、或いは、彼女を疑っているのか、何処までも厳しかった。
「ちょっ、まてよ。何で伊奈瀬さんが」
「申し訳ないが君には関わりの無いことだ。今回の件に関しての他言は許されていない」
予想外の事態に戸惑いながらも高田が口を挟もうとするが、三枝によって即座に撃沈する。流石は風紀委員と言うべきか、付け入る隙が一切見当たらない。
「伊奈瀬さん」
「……」
一応、彼女に断る余地を与えているが、奴の振る舞いは言外に彼女の同行を強要していた。
その頑固とした姿勢に吾妻は不安げな顔をし、高田は歯噛みした。伊奈瀬は未だに戸惑いを隠せずに居たが、此処は逆らわない方が良いと判断したのか、大人しく頷いた。
「ごめん、皆。また、後で」
眉尻を下げながら控え目に笑う彼女を金城は、呆然と見送った。何かを言おうにも言葉が見つからず、三枝の「すまない。話を伺うと言っても、そんな大したことではないから」と言う弁解を耳にしながら、立ちすくむことしか出来なかった。
――数日後、また新たな噂が行政高校に広まることとなる。




