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私は犯罪者ですか?  作者: 苗字名前
第3章――行政高校入学、知られざる光景
39/53

始まりの合図

すみません、夏風邪が思ったより長引き、更新が遅れてしまいました。

こちらの都合のため更新は不定期とさせていただきます(多分、三日に一、二回の更新になるかと)。

 行政高校、西校舎一角。

 何時も通り賑やかで平和な学び舎の中で、一つの事件が起きようとしていた。




「金城くん、今日来れないの……?」

「うん、なんか急用が出来たみたいで」


 食堂へと続くガラス張りの渡り廊下の中、伊那瀬優香は難しい顔で己の端末を見つめていた。その様子を、隣を歩く吾妻もまた、気遣わしげに見つめている。


「……金城くん」


 伊那瀬は、今日共に昼食を取るはずだった金城の心配をしていた。

 高田の件もある。あまり自分を追い詰めてないと良い、と伊那瀬はそう願いながら食堂へと足を進めようとする。だが他の生徒とすれ違う際、聞き捨てならない単語が聞えて、つい足を踏み留めてしまった。


――なぁ、聞いたか?

――一年が三年に喧嘩を売ったっつー話?


 ピタリ。脚が不意に床へと縫い付けられる。


――ブラッド絡みらしいよ

――なに、またぁ?


 次から次へと耳元まで流れ着く疑心の声。その数々の言葉は徐々に伊那瀬の思考へと浸水していった。


「い、伊那瀬さん」

「……ごめん、塔子ちゃん。私、」


 騒然とする校舎の中、伊那瀬は焦りを隠すように、静かに握った拳を震わせた。









一方、第1訓練場、12番室。



「それで? 行き成り模擬戦をやりたいなんてどうしたのかな?」


 沈黙で満ちた広い空間の中、明石は向かいに立つ金城へと疑問を投げかけた。

 

 此処の一階には観客スペースは設置されておらず、二階のバルコニーからしか生徒たちは試合の観戦をできない。二階には一年から三年までと、少なくない数の生徒たちが疎らに居り、皆、何処か戸惑ったように金城たちを見下ろしていた。


 金城はそんな好奇の視線に居心地の悪さを感じながらも、明石へと視線を向けた。


「俺が勝ったら、あんたが高田に対して言ったこと、全部撤回してください」

「……幻聴じゃなかったんだね」


 明石は金城のその言葉を聞くと、不愉快に思ったのか、眉を顰めた。


「まさか、とは思うけど……あの"弟君"の敵討ち?」

「そうですよ」


 さらり。何の逡巡も無く言葉を返す金城に明石は大きな溜息を漏らした。それを目にした金城は眉間に皺を僅かに寄せた。


「……君は、もう少し利口な子だと思ってたんだけどな……」

「……少なくとも碌に高田のことを知らずに、あいつの悪口を吹聴する奴よりは利口なつもりです」


 平然と憎まれ口を叩く金城。冷徹にも見えるその小生意気な態度に、明石は癇に障ったかのようにひくり、と片眉を上げた。二人の間に漂うそれは、正に一触即発の空気だった。


「それ、誰のこと言ってんのかな?」

「さあ」


 涼しげな顔で返答をするその様からは、何時もの間抜けな影は見えない。

 何処までも腹正しいその姿勢に、明石はついに堪忍袋の緒が切れたのか、奴の挑発に容易く乗った。


「いいよ、やろう。お灸ってものを据えてやる」


 大げさに肩を竦める明石。金城へと向けられた双眸は何処か冷ややかだ。


 ざわざわと二階のバルコニーから彼らを見下ろす野次馬が犇めく中、明石はすい、と視線を背後に立つ友人へと向けた。


「悪い。審判とセッティング、頼めるか?」

「あ、ああ」


 少し戸惑ったように頷くと、男は訓練室と隣接されたモニタールームへと足を踏み出す。


「ホログラムは使う?」

「いや、必要ないです」

「それもそうだね」


 モニタールームのコントロールパネルを操ることで訓練場の内装を変えることは出来るが、それは所謂授業の演習に使われるものなので、模擬戦に使われることは無い。


 それに之は“模擬戦”と言う名の喧嘩だ。ホログラムなどと言う無粋な仕掛けはいらない。金城は、背中をチクチクと刺す野次馬の視線に耐えながら淡々と明石の問いに答えた。

  

 それを聞いた明石は小さくため息を吐くと、首裏を掻きながら言葉を続ける。


「とりあえず、模擬戦を始めるにしても、まず色々と用意が必要だから......10分後、また此処に戻ってこよう」

「へ?」


 思わぬ提案に金城は呆けた。

 間抜けヅラを晒す奴に、明石は呆れたように息を吐く。


「TDのセーフティチェックをまだしてないだろう?

それに"ターゲット"の用意をする必要もある」

「あー……」

「まったく、それぐらい普通は気付くだろ……」


 勘弁してくれ、と天を仰ぎながら顔を覆う明石。何処までも、嫌味なほどにオーバージェスチャーをする男だ。



「それじゃあ、10分後に試合を開始するから、用とか済まして戻ってきて」

「はい」


 後の試合の約束を取り付けると、明石は一人、さっさとモニタールームへと向かっていった。モニタールームとこの訓練室の間には大きな窓が取り付けられており、隣の様子が此処からでも伺えるようになっている(もちろんモニタールームからもこの訓練室はハッキリと見える)。


 金城は明石がルームへと移るのを窓越しに見届けると、己のTDの整備セーフティチェックをするために室内から出た。


 このまま、室内で作業をしても良かったのだが、野次馬のお蔭で居心地の悪さを感じてしまい金城は、其処から逃げ出したくなったのだ。


 スタスタと廊下へと繋がる扉へと向かうその背中は、平然としたものに見えるが、何処か焦っているようにも見える。速足で扉を開けて出ると、金城はピタリ、と廊下で立ち止まった。

 

 バタン。背後の扉が閉まった途端、そのままガクリと床へと、膝から崩れ落ちた。


「……ふっ、」


 床に手を付いて這いつくばるその格好と反して、顔は何処か勝ち誇ったかのように口角を上げている。だが、勘違いすることなかれ。奴の内心は、


――やってしまった…………………!


 己の犯してしまったその失態に、打ちひしがれていた。


(え、どうすんの? どうしちゃうの? どうなっちゃうの俺?)


 ダラダラ。奴の背中には冷汗が流れ始め、その紺色の上着は滲んだ汗によって、色濃く染まっていた。

 錯覚か、四つん這いに床を這うその情けない姿は、スポットライトで照らされているように見える。


(”利口”って何? ”少なくとも”って何? 何それ、美味しいの? あ、違うか。美味しくいただかれる<と書いて“リンチ”される>のは俺か……そっかそっか……)


 納得したようにうんうんと頷く金城。その顔には案山子のような、張りぼての笑みが飾られていた。

 しかし、その笑顔もたったの数秒で悲痛な表情へと変異する。


「……って、どうすんのコレぇええええええ!?」


 悲鳴が廊下に轟き、歩いていた何人かの生徒が驚いたかのように肩を跳ね上がらせた。

 だが、己の事でいっぱいいっぱいになっている金城がそれに気づくはずも無く、自分で撒いてしまった種に、今更ながら恐れおののいていた。


「まずいじゃんまずいじゃん。もう完全にブラッド認定確定じゃん。え、嘘だよね? 夢だよね?」


 と、否定的な言葉を繰り返すが、残念なことに、先ほど自分が起こした行動は、ハッキリと記憶しているので、現実逃避をすることは出来ない。

 金城は頭を抱えだした。


「……もう、あれか? 今から謝りに行くか? いっちょスライディング土下座かまして、相手の機嫌を伺うか? いや、その前に詫びの茶菓子を……」


 今ならまだ間に合うかもしれない。どうにか相手の許しを得られないか、と金城は頭の中で算段を組み立てようとしてみたが、


――”現状が嫌だと言うのなら、自分から“変える努力”をしなさい”


「……っ」


 耳奥で蘇ったアルトボイスに、思わず眉を顰めた。


(……あいつが、あんなメッセージを残すから)


 そんな悪態を吐きそうになったが、直ぐに否定するように頭を振った。


(……いや、違う。そうすることを“選んだ”のは俺だ……)


 金城が明石に喧嘩を売ったのは、衝動的なものだった。土宮香苗の言葉がきっかけとなって、己の中に溜まった不満が溢れ出し、高田の事を思った瞬間、怒りが爆発したのだ。


「……後悔、か」


 脳裏に蘇るのは、散々、うじうじと悩んできた自分。進もうとも、下がろうともせず、金城はただ足踏みをしながら、その先へと手を伸ばそうとしていただけだった。


(……俺は、)


 カチャリ。腰のベルトに収納されたTDが、音を立てた。

 金城はその音源へと目を向けて、手を伸ばす。

 掌に収まるグリップ、重厚な形をしたそれは見た目通りズッシリとした重さを伴っていて、その重要さを示しているように思えた。


「金槌君、TDの整備チェックの仕方わからないペン?」


 横からかけられる声に答えながら、ぼんやりとそれを見つめる。


「いや、一応覚えている……つか、AIを通して弾数とか、確かめるだけだろ……」

「それじゃあ、お腹空いてるペン? 魚食べるペン?」

「いらねーよ、食欲ねーし……って、」

「そう。なら良いんだペン」

「……」


 10秒きっかり。しばらく閉口した後、金城は何時の間にか己の隣でしゃがみこんでいた存在へと、視線を向けた。そしてそのまま、身体が固まる。


「……」

「どうしたペン? 僕の顔に何か付いてるペン?」


 ひくり。金城の唇がひきつった。

 目の前には、長い前髪を左側だけ後ろへと撫でつけた、銀色の少年。翡翠の双眸が飾られた面差しは相変わらずあどけなく、無表情だ。

 顔面蒼白のまま、金城の唇が開く。


「……………………………………………………ペン」


 やっとの思いで出たのは、その一言だけだった。


 それを何かの暗号、或いは一種の挨拶と認識したのか、少年――ペン太郎(正式名、富堅誉)はそのペンギンの羽のような腕をしゅびっ、と素早く掲げた。


 キラリ。奴のつぶらな瞳に閃光が走る。


「ペン!」


「………………………」


 再び廊下へと落ちる静寂。

 数秒、或いは数分の時が経つと、金城はついに野太い悲鳴を上げた。

 再度、響き渡った雄叫びに、周囲の生徒たちは又もや飛び上がるが、それに気づく様子も無く、金城はわなわなと、震える指をペン太郎へと差しながら、叫んだ。


「っお前、何時から其処に居たぁ!?」

「何を言ってるペン。僕は何時だって金槌君の傍に居たペン」

「っはあ!?」

「何時もじゃないけど、常に行動を共にしていたペン」

「はいい!?」


 そう、誰も気づかなかったようだが、あの日。金城が初めてペン太郎と食事をした(魚を横取りされた)あの昼以来、ペン太郎はちょくちょくと金城の傍に姿を現していた。


 例えば、高田を中心とした騒動と居合わせた時、ペン太郎は金城のすぐ傍でその騒ぎを傍観していたし、先ほど金城が明石へと喧嘩を売る際も、その付近で待機していた。


「なんでだよ!?」

「金槌君は時々、魚の良い匂いがするんだペン」

「どゆことォォォおお!? え、なに!? お前俺のこと臭いって言いたいの!?」

「臭いんじゃないペン。金槌君は意外と僕と同じ“餌”を食べるから、魚臭がするんだペン。それがちょっとウザったいんだペン。だから、ちょいと“捻り潰せないか”画策してたんだペン。

 でも金槌君には“恩”があるペン。だから、どうするか観察しながら悩んでたんだペン。

 あと、時々“鳥”(チキン)の匂いがするのも鬱陶しいペン。金槌君、それを何とか出来ないのかペン?」


 悪気は無いのだろう。何の感慨も無く、さらさらとツッコミどころの多い発言をするペンタ太郎に、金城は我知らず拳を振るいそうになった。

 こてり、と愛らしく首を傾げるその様が物凄く憎たらしい。この糞ガキは間違いなく、女を味方にして男を敵に回すタイプだ。


 「あと、ペンペン五月蠅い」、と金城は過去の自分の発言を改めて悔いた。


「まあ、良いペン。

きっと、その匂いは金槌君にもどうにも出来ないのは既に理解してるペン。だから安心するペン。

 金槌君には恩があるペン。だから、何があっても僕は君の味方でいてあげるペン」


 ポン、と金城の肩を叩くペン太郎。金城の米神に青筋が浮く。


「……おい」

「それよりチェックは良いのかペン? あと2分で約束の時間ペン」

「え!?」


 急いで端末を確認すると、ペン太郎が指摘したとおり、約束の時刻は既に迫っていた。


「ちょっ、やべっ……」


 焦ってTDのグリップを握りなおす。


『No.602金城理人、確認しました』


 機械的な音声が耳元まで響くと、次にそれを無線イヤホンへと繋げ、スピーカーから切り替える。

 イヤホンを片耳へと一つ装着して、TDの操作を始める。トリガーや、コックなどの状態、そして弾数をTDから展開されたスクリーンで確認すると、金城は床から立ち上がった。


「試し撃ちはしないペン?」

「此処で出来るわけねーだろ。中でやるよ」


 そう言って金城は扉の取っ手を掴もうとした。


「金槌君」

「……何?」


 不意に呼び止められた金城は、少し嫌な予感を覚えながらも、ペン太郎へと振り返っる。

 対する少年は何時もと同じように能面だ。

 じっ、と金城を見つめると、その異様に長い袖で覆われた手を金城へと差し出した。


「これ、」

「……お前、これ」


 金城は僅かに目を限界まで開いて、その袖の上に鎮座する小さな物を唖然と見つめた。

 ビー玉ほどの大きさしか無いそれに瞠目しながらも、震える唇を動かす。


「………………………………なんでフグ?」

「お腹空いてるんでしょ、ペン?」


 ズパン。不意打ちの攻撃にペン太郎は躱す暇も無く、頭を叩かれた。

 対する金城は条件反射で知らないうちに自分が腕を振り回したことに、我ながら驚いた。だが気にすることなく、すぐさま早口で捲し立てる。


「いやいや、何でフグ? 可笑しいだろ? しかも、何これ? 何このサイズ? ちっさ。ってか、どっから持ってきたのコレ?」

「ふっくらフグちゃん、夏限定緑版。スイッチを押すと1分ぐらいはかかるけど、5センチ程膨らむんだペン」

「玩具じゃねーか!? 食えるか阿保!? ってか、何その機能!? しょぼっ!?」


 唾をまき散らしながら怒鳴ると、ペン太郎は嫌そうに一歩後ろへと引いた。

 その様子に金城は口を引くつかせながら、「もう一発殴ってやろうか」と一瞬迷うが、時間が迫ってきているので瞬時に訓練室へと足を踏み出した。「やっべ、」と慌てふためきながら、振り返る。


 取っ手を握って急いで中に入れば、明石は既に待機していた。


「準備は整ったのかい?」

「……いえ、あの試し撃ちがまだで」


 しどろもどろ、引き腰になりながらも答えると明石が鼻で笑う。


「じゃあ、さっさとやって。ターゲットの用意も出来てるから」

「……はい」


 急いで壁へと向いて、SAFETY状態モードからPRACTICAL状態モードへとTDを切り替えると、弾を一発撃つ。そしてまた素早くSAFETY状態へと戻して、トリガーをもう一度カチカチと引く。ちゃんと状態モードが全て正常に機能していることを確認し終えると、金城は明石へと振り返った。


「じゃあ、はい。これ、ターゲットと、一応ガードジャケット。」

「あ、どうも……」


 手渡された黒い装置は、ブローチ程の大きさしかない。金城は上着を着替え、装置を胸元へとつけるとそのスイッチを入れた。ピピッと音が鳴ると、無機質な声が発せられる。


『脈、熱、オールグリーン。健康状態確認。センサー入りました』


 一つのアナウンスが響き終わると、明石は金城へと問いかけた。


「……模擬戦のルールは分かる?」

「えっと、このターゲットに一発、或いは体の何処かに5発撃ち込めば其処で勝ち……ですよね?」

「そう、まあ、打撃もありだけどね。取りあえずターゲットを叩くか、5発体の何処かに入れればOKオッケー。打撃だと、センサーがちゃんと反応しなければカウントされないから。

 それと、分かっていると思うけど、ジャケット着てても、TDで撃たれたら結構痛いし、怪我もすると思うよ?」

「……」

「どうする? やめる?」


 首を傾げる明石。金城はゆっくりと深呼吸をすると、俯いていた顔を上げて、奴へと視線を合わせた。


「……やります」

「そう、じゃあ始めようか」


 その答えを聞くと明石は、その口を三日月形に歪めながら、腰の後ろに仕舞ったTDを取り出して、状態モードを切り替える。


「それじゃあ、好きな位置に立つか、隠れて。開始の合図はうちのダチがやるから」

「はい」


 金城も再び己のTDの状態を切り替えて、イヤホンから流れる音声を聞き流しながら、空間に点々と設置された幾つかのコンテナの一つの後ろに隠れた。コンテナのサイズはそれぞれ大小様々ある。


(やばい、……緊張が)


 バクバク、と鼓動を力強く刻む心臓。それを抑えるように金城は胸元を握りしめた。


(今更だけど……どうやって、やりあえば良いんだ俺。一度もちゃんとした模擬戦をやったことねーんだけど)


 たった一度だけ、授業で行われた個人戦は体調不良のため、金城は辞退してしまった。それ以外では一応他の者と組んでの模擬戦なら、何回かはしたことはあるが、今の個人戦とは戦い方も、ルールも全く違う。


(頼れる相手も居なければ、助けを求められる奴も居ない……おまけに相手は三年)


 その差は大きい。高校に入学して間もない金城と、既に二年の歳月は此処で過ごし、あらゆるノウハウを知りつくして、数々の“戦”の経験を持つ明石。勝敗の結果は歴然としている。

 先程の騒がしさとは反して、完全に静まり返った野次馬の群れも、恐らく同じこと考えているのだろう。


 金城がこの模擬戦に勝利する確率はゼロに近い。


(……とりあえず、)

 

 カツン。冷たい床の上で靴音を一つ響かせると、金城はコンテナの後ろへ身を潜めた。

 背中をひんやりとした表面へと貼り付け、その大きな箱から顔を覗かせる。見ると、明石は堂々と、空間の中心に立っていた。悠々と、余裕気に目を光らせるその様はまるで、獲物を狩る肉食獣のようだ。


(コソコソしなくても、俺に勝てるってか……)


 どうやら己に余程の自信を持っている、或いは金城を嘗めているらしい。

 今にも鼻歌を歌い出しそうなその笑みを見て、金城は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 己は確かに何の力も才能も持たない餓鬼だ。此処での成績も合格ラインぎりぎりの物だし、どれだけ頑張っても金城は結局そこまでしか行き着けなかった。

 けど、それでも、


(……俺は、“ダチ”が貶されるのを黙って見てられる程のクズには、もう成り下がりたくない)


 高田は今頃どうしているのだろうか。あの野次馬に紛れて、この試合の行く末を見届けているのだろうか。それとも、まだ何処かで昼食を取っているのだろうか。

 金城は緊張を一掃するように、大きく息を吐いた。気のせいかその吐息は震えている。


(……もう、余計なことを考えるのはよそう。とにかく、今は)


――目の前の殊に集中すれば良い。


 隣のモニタールームに立つ明石の友人は、二人の準備が整ったのを確認すると、一つ頷いて、目の前のコントロールパネルへと指を伸ばした。マイクに顔を近づけて、アナウンスを始める。


『それじゃあ、カウント始めます。3、』


 じわり。TDのグリップを握る手に汗が滲む。金城は震えそうな指を抑えながら、引き金へと指を伸ばし、TDをもう片方の手で支えた。

 じり、と足を灰色の床の上で滑らせると、身体もコンテナの端へと寄せる。何時でも此処から飛び出して、銃を連射できるように――。


『2』


 心臓は落ち着くことなく早鐘を打ちながら、金城の気持ちを高ぶらせる。興奮しているのか、恐れているのか、金城には正直分からなかった。

 

 分かるのは、ただ自分の全神経が、あの明石と言う男へと集中しようとしていることだけ。金城は全身の毛が逆立っているような感覚を覚えながら、始まりの合図を待った。


『1……スタート』


 その言葉がスピーカーを通して落とされた瞬間、上空に一つのスクリーンが展開される。






――一年対三年。まだ一学期が始まって間もない学び舎の中で、また新たな事件が起きようとしていた。








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