此処での日常
4月30日、行政高校。
「……また、来れなかったな」
「……ああ、どうやらお相手さんはどうも極度の人見知りさんらしい」
「まあまあ」
昼休み、食堂は勝手知らずの新入生で混雑しており、雑音で賑わっていた。その中で金城と高田の二人は早めに到着したことから、苦労することなく四人掛けのテーブルを確保していた。と言っても、二人以外にその席に座っている者は居らず、また、他にも開いているテーブルがあることで、相対して腰掛ける二人の隣の席は空っぽだ。
行政高校は立派な校舎を誇っているが、学食に関しては他校とあまり変わらない。普通にうどんや、定食などの食事ばかりだ。フランス料理などの類は特別な行事以外で出されることは無いらしい。“学生らしく”というのをモットーにしているのだとか……。
さて、そんな食事を二人は目の前にしている訳だが、金城が背負うそのオーラはやたらと暗かった。そんな奴と対峙する高田は同情的な視線をやりながら、そっ、と今日のデザートを差し出してやる。本日の閉めは杏仁豆腐、中華好きな金城の好物だ。
「……もう、9日も伊那瀬に会ってない」
「まあまあ」
初日の入学式以来、金城は愛しの彼女(恋人ではないし、相手にもその気は無い)である伊那瀬優香と一度も顔を合わせていなかった。朝も昼も帰りもずっと、ある女生徒と行動を共にしているようで、どうも相手は人見知り、というよりは対人恐怖症なのではないかと疑ってしまうほどに、金城たちの接触を遠慮(拒絶)していた。そんな超恥ずかしがり屋(?)さんと何故、初対面の伊那瀬が其処まで仲良くなれたのかと言うと、そこは善意と優しさで出来た彼女のことだ。別に猛獣を懐柔しようが、怪物を手なずけようが、悪霊を成仏させようが、驚きはしない。
まあ、とにもかくにも、そんな可愛らしい障害のお蔭で、金城は伊那瀬と連絡は取れても、約束を取り付けることは出来なかった。ならばと、週末に誘いをかけてみたが、彼女の自宅には弟とバイト、という伏兵が居たもので、あえなく断念された。
ちらり。己の黒い端末に視線を向けて、項垂れる金城。
「今日こそは行けると思ったのに……ちくしょう」
端末のスクリーンにはY.INASEと言う文字と、謝罪の文明が表示されていた。
「いや、しょうがねーだろって。お相手さんが具合を悪くしたんじゃなぁ……とりあえず気を持ちなおせって、少年」
「……保健室まで押し掛けて」
「いやいやいや。具合悪くなったのはその伊那瀬ちゃんじゃなくて、人見知りの子だろ? 行って、どうすんの? 余計にこじらせちゃうと思うぞ、俺は……」
本当は今日、金城たちは食堂で待ち合わせる約束をしていた。噂の人見知りの彼女も「大丈夫」とやっと承諾してくれたようで、金城は胸を躍らせていた。授業が終わった途端、誰よりも早く猛ダッシュで教室を飛び出し、一番乗りと言っても良い程の速度で食堂へと辿りついていたのだ。そうして、伊那瀬たちと共に食事を取れるよう、四人掛けの対面式のテーブルを確保し、意気揚々としていた。だが、それはたったの5分であえなく撃沈され、金城は底なし沼へと陥りそうなほどに、気分を落ち込ませていた。
その様子は共に食事を取る高田にとっては良い迷惑であると同時に、とても同情的なものだった。
この重い空気をどうにか出来ないかと高田は思案したが、中々良い話題が浮かばず、息を漏らす。すると、誰かに向けた無邪気な悪意が、金城たちの耳元へと流れ着いた。
――やだぁ、また居るよ
――なんで居るかなぁ
悪質に聞こえるその声色に、金城は眉を顰めながら視線を上げた。見てみると、二人の生徒が扉近くの男性へと視線を向けていた。
――あいつ、ブラッドなんだろ?
――うん、この前死刑廃止のことで友達と揉めて、噂になってたよ。何か掴みかかってたって……
――怖―な……これだからブラッドは嫌なんだよ。“出来そこない”の癖に粋がって、気性も荒いし
――さっさと、この学校から消えてくれればいいのに……ブラッドが機関士になれるわけないじゃない
それはブラッドに対する偏見の声だった。あからさまな悪意を向けられた男は黙々とトレイの食器を片付け、居心地が悪そうに食堂から出てゆく。
そして男が去った瞬間、多少の愚痴を零しながらも、その学生たちはスッキリしたかのように談笑を続けた。
(……マナー違反じゃねーのかよ。胸糞わりー……)
明らかに男をストレスの捌け口のようにしているように思えた金城は、顔を歪まさずにはいられなかった。例え、ブラッドが蔑みの対象であっても、一応建前としては“公平”であることを主張する日本では、“ブラッド”などという単語は暗黙の了解として避けられていた。行政高校でも差別的ニュアンスがある、と言う理由で“ブラッド”と言う単語の使用は禁止されていた。これは一種のマナーとして認められているものだ。例え、相手が“偏屈”な人間であろうと、どんな人間であろうと、敬意を払うべきだと、皆も了解している。
まあ、この暗黙のルールを破る輩は居るには居るのだが、それでもこれだけ多くの耳目を集める場所で使用する言葉ではない。しかもあの学生たちは大多数で、一人の人間に対してあの様な暴言を吐いたのだ、その行為はもう虐めと言うしか無いだろう。
それでも誰一人、反応を起こさないのは周囲に同じような眼を向けられるのが恐ろしいのか、それともあの悪質な学生たちと同意見なのか、金城には分からないが、その事実もまた腹立たしいものだった。
(……いや、報復を恐れて異論しなかった俺も同罪か)
己を情けなく思う金城。だが、その行動は間違っているわけではない。今、此処で騒ぎを起こしても問題になるだけだし、恐らくブラッドの少ない此処では周囲に責められて貶められるのがオチだろう。それに、そのせいで先ほどの男に被害が及ぶとは限らない。非常に悔しいことではあるが、此処は大人しくするのが吉だ。
苛立ちを吐き出すように金城は長嘆息した。
(先生にも、真面そうな人は居るけど……やっぱ、此処に居ると息が時々つまりそうになる)
意外なことに教師陣も、皆が皆、差別的な主観を持っている訳ではない。なるべく、公平に生徒たちを見ようとする者も居るし、ブラッドだからと言ってあからさまに嫌そうな態度を取る者は居ない。機関士と言う仕事柄、誠実な人間が集まることはあるのだ。決して他人の意見に左右されず、己の秤で、相手を見極めようとする教員は確かに居る。そういう者たちは自然と中立の立場として、立っているのだ。
(俺も、もう少し視野を広げてみねーとな……)
金城は長らく、この世界にはブラッドと、ブラッドを差別する二種類の人間しか居ないと思い込んでいた。
だが、実質は違った。行政機関にも、この高校にも、何処にでも“中立”と言う“平等”な立場と思考をしている人間は確かに存在していたのだ。金城が思うほど、この世界、否、国はブラッドに対して厳しいわけではなかった。
それを思うと金城は少なからず、自分の心が和らぐのが分かった。
(それに、どうやら似たような気持ちで居るのは俺だけじゃねーみたいだしな)
ちらり。視線を正面へと向けてみると、難しい顔で先ほどの無邪気な学生たちを見つめる高田が居た。確認はしていないし、唯の憶測でしかないが、金城は高田も自分と同じ“思考”を持つ人間なのではないかと踏んでいた。
繁々と自分を見つめる金城に気付いたのか、高田は慌てて表情を取り繕った。
漏れそうな溜息を喉奧に流し込みながら、話題を変えてみる。
「あー……あ、そういえば今日、実技があんだよな! 金城くん、通信機は持ってきたのかにゃ?」
「ああ、これ」
そういえばそうだったな、と今日の予定を思い出した金城は、高田の話題に乗ってやりながら、懐からある物を取り出す。
「っおまっ、コレ……!?」
コトリ、とテーブルの上に差し出された透明なプラスチックケースを見て、高田は瞠目した。
「……んだよ?」
「“んだよ”っじゃねーよ! お前、コレ何処で買った!? っつか、高かったんじゃねーのかコレ!?」
「……は?」
高田が焦ったように指さすケースの中には、黒光するプレートに白の輪っか、と言う中々に魅力的なデザインを施された無線イヤホンが堂々と鎮座していた。
「え、いや……貰った」
「貰った!?」
まさかの爆弾を投下されて、高田はバン、とテーブルを叩きながら金城へと上半身を詰め寄らせた。その勢いと音によって、幾つかの視線を集めてしまい、金城は戸惑う。
「おまっ、ちょっ、落ち着け。目立ってる目立ってる」
「え、あ……すいません」
金城に指摘されてようやっと気付いたのか、高田は周りにへこりと頭を下げて、元の席へと腰掛けた。
金城は首を竦ませながら高田へと、声をかける。
「……何、もしかして、これ、高いの?」
「バッカ! 高いも何もあるか阿保。持ってる時点で驚いてるよ俺は! それ学校に支給された奴じゃねーだろ!?」
どうやら、金城が与えられた通信機は通常の物とは異なるらしい。「え、何? そんなに可笑しいの?」と金城が無意識に疑問を漏らすと、高田は頭が痛いとでも言うかのように米神を抑えた。
「阿保……金城、お前、通信機一個どれくらいすると思ってるんだよ……いや、確かに自分用のを持ってるボンボン野郎共はいるけどよ、」
「……え、あの、お幾ら?」
思わぬ衝撃の告白に金城は口をひきつらせた。
(おいおい……待て待て。なえセン、お前、軽い感じで俺にコレ、プレゼントしたよね?)
脳裏に浮かぶのは中学卒業のあの日。ビン底眼鏡をかけた彼女が、まるで安物を渡すかのように金城へと例のイヤホンを投げつけた瞬間だった。
「……最低価格、20万」
「……っひィ!」
まるで幽霊でも見たかのように、金城は唐突に、勢いよく眼前のケースから後ずさった。
――ちょっ、なえセぇぇぇぇぇぇぇぇン!?
ふざけているとしか言いようの無い額に顎を落としそうになる。まだ学生、しかも然程、深いとは言えない間柄の子供に、一体何をプレゼントしているのか、あの教師(実習生)は。
予想外の事態に目を白黒させる金城。
「な、なんで、……え?」
「学校は俺たちのために1万程度でベーシックなのを何種類か好きなのを選ばせて、支給してくれっけど、実際は高-んだよ。
これぐらい覚えとけ、この馬鹿」
呆れたとしか言いようのない視線に金城は静かに頷いた。
「……大事にしろよ」
「……あい、 」
コクコクと頭を縦に振りながら金城は、内心後悔していた。
通信機を支給される際、既に一式もらっていたので、わざわざ新しいのを買う必要も無いかと思って、それを断ったわけだが。やはり買っておけば良かった。1万と20万の差は大きすぎる。20万などと、そんな高価なものをおいそれと、あの過酷な訓練に使えるわけが無い。金城はプレゼントの主である、なえセンこと、“土宮香苗”へとほんの少しの申し訳なさと、恨めしげな想いを抱いた。
(……本当に何考えてんだ、あの教師は)
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
行政高校、第5訓練場、102番室。
広く、無機質な空間には幾つかの障害物となりそうな直径2メートル程の箱が彼方此方に置かれており、模擬戦などを観戦するための観客席スペースが、中心を囲むようにズラリと建てられた塀によって作られている。他にも上空から見れるようにと、バルコニーが二階に設置されていた。まるで、アリーナの様だ。
そのバルコニーでは1年E組の集団が一人の教師の指導を受けていた。
「皆さん、此処にはもう慣れましたか?
さて、模擬戦は之で皆さんももう3回目になるわけですが、以前言ったように、今日は三年の彼等に君たちを任せたいと思います」
そう言って愛嬌の感じられる顔をした小さな女性は、後ろで待機していた三人の生徒たちへと視線を向けた。1年の金城たちより、多少大人っぽく見える彼らの内の二人は裾の長いロングジャケットを着ていた。このジャケットを着用できるのは三年生の特権だ。
一人の女学生と二人の男子学生はにこやかな雰囲気で生徒たちの前へと進み出た。
「初めまして、三年の小谷麻耶です」
「明石宗次です」
「田中雄二だ、宜しくな」
行政高校の訓練場は、各々の生徒たちが授業外でも使えるように、一日中開かれている。自主練のために居残りをする生徒の数も少なくは無く、休み時間の合間にも模擬戦がよく行なわれている。
と言っても、使用を許されているのは二年から上級生で、一年は夏までの間、誰かを監視役として伴わなければ、訓練場を使うことは出来ない。安全性などのために、一通りの指導を受け、訓練場に設置された機械などに体を慣らすため、これは必須とされている。
こうして三年生に春の間、授業を行わせているのは彼らの自立心と、他級生との親睦を深めるためだ。行政高校では、チームワークや協力性なども視野に入れているため、こういう行事は度々行われている。
授業などに割り当てられる三年生の選定は適当ではあるが、どれも上位成績者の者たちばかりだ。
「じゃあ、私はこれで行くけど。何かあったら端末を通して連絡してね」
「はい、わかりました」
1年E組のクラスを三年生たちの手へとゆだねると、例の教師は颯爽と二階の扉から出ていった。金城はそれを目で見送ると、再び目の前の三人へと視線を向けた。
(……やばい、食べ過ぎたか)
ゴロリ。腹が異質な音を立てた。どうやら金城は昼間の自棄食いの影響を今になって受けているらしい。金城は臍の辺りを抑えながら、三年生の説明へと耳を傾けた。
「それでは、今日の模擬戦は一対一にしたいと思います。通信機は必要ないから今日は外していいですよ」
女学生のその言葉に従って何人かの生徒が耳元のイヤホンを取り外して、邪魔にならぬよう、各々のポケットや鞄へと仕舞っていった。金城は既にイヤホンを胸ポケットに収めていたので、未だに痛む腹を抑えることに専念する。
様子の可笑しい奴に気付いたのか、高田は不思議そうに首を傾げた。
「かーなぎ。大丈夫かにゃ? 顔、真っ青だぞ?」
「……は、腹、壊したかも」
「うげ、マジか……!? 大丈夫かよお前。ちょっと待ってろ」
そう言いながら三年生の内の一人へと駆け寄る高田。どうやら事情を説明しに行ってくれているらしい。しばらくすると、奴は一人の長身を連れて戻ってきた。
「大丈夫か? 腹、痛いんだって?」
「す、すんません……」
辛そうな金城の様子を見て、三年の男――田中は苦笑する。
「良いよ、良いよ。謝ることじゃねーだろ。
とりあえず、保健室か便所行って来い。一人で行けるか?」
「はい、」
ポンポンと金城の肩を叩いて、奴を送り出してやる。
「模擬戦は辛そうだったら、辞退していいからな。ちゃんと落ち着いてから戻って来いよ」
「はい、ありがとうございます」
ヨロヨロと覚束ない足で扉へと向かう金城。その背中を気遣わしげな顔で、高田は声をかけてやった。
「気をつけろよ!」
「お前がな……」
(俺が向かうのは、戦場じゃなくて、洗場だよ)
戦争をしに行くわけでもあるまいし、と金城は少し呆れたように高田へと視線を投げた。気を付けるべきなのはあの狂気的な“武器”を使って模擬戦に参加するはめになっているお前だろうが、と思わなくもなかったが、口を閉じて大人しく便所へと歩み出す。
「死ぬ、かと思った……」
結局、一時間以上も手洗場に閉じこもってしまった。扉へと寄りかかりながら、金城は外の廊下へと出る。
(授業、もう終わってるよなぁ……荷物置いてきちゃったけど、誰かいるよな?)
高田くらいは、せめて居残っていてくれると良い。そう願いながら金城は一歩一歩、重い足を踏み出した。そんな時だった。
「あれ、金城くん……?」
「へ……?」
前方から行き成り声をかけられ、俯いていた顔を金城は驚きながら上げた。とても聞き覚えのある、恋しかったそのソプラノボイスを聞いて、金城は不意に目を淡く輝かせる。
「い、伊那瀬……!」
感動の再開、と言うわけではないが、彼女との久しぶりの対面は金城にとっては歓喜するほどの事であり、奴は感動のあまり目を潤ませた。
「やっぱり、そうだ! 今日は本当に御免ね。どうしても行けなくて……」
「い、いや全然! 別に気にしてないし」
「なんか、久しぶりだね。もしかして実技の授業だった?」
「あ、ああ。そういう伊那瀬も?」
本当に久しぶりの様な気がした伊那瀬は相も変らず麗しく、その笑顔は陽だまりの様に優しく輝いていた。その様にデレッ、と顔を緩ませそうになりながら、金城は会話を続ける。
「うん。今、ちょうど塔子ちゃんと帰ろうとしてたんだ。ね?」
「……へ?」
唐突に後ろへと振り向いて、誰かに声をかける伊那瀬。その殊に金城は多少驚きながらも彼女の視線を辿った。すると其処には、
「あ……」
「……あ、あの」
肩まで伸びるボブに、丸眼鏡を小さな顔の上にちょこんと鎮座させる少女が居た。乳白色の肌に頬を桃色に染めさせるその面立は可憐だ。
伊那瀬の背へと隠れるように立つ彼女は小鹿のように、愛らしく、少し震えているように見えた。
「大丈夫だよ、塔子ちゃん。前にも話したでしょう? 中学からの友達の金城くん。
金城くん、知っていると思うけど、この子は塔子ちゃん。初日からずっと仲良くさせてもらってるの」
「あ、あー……えと、ども。初めまして、金城です」
「……初めまして。吾妻塔子です。あの、今日はごめんなさい」
脈絡も無く謝られて金城は一瞬戸惑ったが、直ぐに今日の昼食時のことだと思考が行き着いて、手を振った。
「あ、いや。全然。えと、具合はもう大丈夫っすか?」
「はい、大分良くなりました」
視線を床へと向けたままの彼女の声は小さく、少し聞き取りにくいが、元気そうなので金城はとりあえず安堵したように笑いかけた。
「あ、それは良かったです」
同級生だと言うのに、この畏まった、まるでお見合いのような空気は何なのだ、と伊那瀬は心なしか面白く感じたようで、クスリと笑みを零した。
「じゃあ、私たちそろそろ行くね」
「え、あ、おう」
「明日のお昼は開いてる?」
「う、うん」
金城の肯定の意を聞くと、伊那瀬は少しホッ、としたように微笑して、提案をした。
「じゃあ、明日こそ一緒にお昼食べない?」
「え、良いの!?」
まさかの嬉しい誘いに、金城は思わず大声を上げた。その時、ビクリと吾妻が肩を揺らすのを見て、すぐに自嘲するように首をすぼめらせる。
「あ、御免」
「……いえ」
平気だ、と言うように頭を振る彼女に金城は眉尻を垂らしながら笑いかけ、伊那瀬との約束を取り付ける。
「じゃあ、明日」
「うん、皆で一緒に食べよう。私も“高田くん”に会ってみたいし」
「お、おう」
「じゃあね」
「失礼します」
「お、おう」
手を振る伊那瀬と会釈しながら立ち去る吾妻達を見送って、金城も鼻歌を歌い出しそうな勢いで、足を弾ませながら廊下を進んだ。
(高田の奴にも誘い、かけとかねーとな)
先ほど自分を気遣ってくれた友人を頭に思い浮かべながら訓練場へと向かう。白い廊下はやはり綺麗で、真新しく見える。コツコツとクッションフロアの通路に靴音を鳴らしながら、金城は感心したように周囲を見渡した。此処の内装は、己の中学の母校とは違い、やはり立派である。
(あー、と……確か102番だったよな)
幾つも並ぶ黒い扉に飾られたプレートたちに視線を走らせて行く。
「あ、あった」
己が出入りした扉を見つけた金城は其処へと駆け寄り、誰かが室内に残っていることを祈りながら取っ手を掴んで、それを押し開けた。此処の校舎は特殊な設備室以外は、扉は全て手動だ。
「あの、すんませー……ん?」
恐る恐る、肩を縮こませながら室内へと顔を出した金城は途中で、不穏な空気を感じ取って停止した。
(なん、だ?)
此処は二階なので訓練場のバルコニーしか見えないが、下階の訓練場も殺伐とした空気を漂わせているのが何となく分かった。部屋には何故か生徒たちがまだ残っており、皆難しい顔をしている。金城はそれを怪しみながら、室内へと足を踏み入れた。
スタスタと足音の鳴らない床を歩きながら目の前の集団へと歩み寄る。すると、ヒソヒソと誰かの囁き声が耳元まで流れ着いた。
――ねぇ、どう思う?
――わかんないけど、それっぽいよね……
何がだ、と金城は疑心に満ちたように、顔を歪ませた。周囲のクラスメイトはある一点に視線を集めており、金城もそれを追う。すると、ある少年が視界に入った。
「……高田?」
其処には険しい顔をした高田に、冷たい視線を向ける一人の三年生が居た。




