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私は犯罪者ですか?  作者: 苗字名前
第3章――行政高校入学、知られざる光景
34/53

入学式

 

 2106年 4月21日。

 行政高校入学式の日。


 開会二時間前の早朝、入学式の会場となる講堂へと向かう少年が居た。と言っても少年はまだ校舎にさえも辿りついておらず、悠々と新宿の通学路を歩いていた。学校までは後十分はかかるだろう。

 

 途中で横断歩道の信号が赤へと変わり、少年は道路の前でピタリと足を止めた。歩道には、他校の生徒や出勤途中の大人も居るのだが、その中に紛れ込む少年は少しだけ、目立っていた。


 濃い紺色のブレザーとズボンは真新しく、パリッと糊付けをされている。上着の右襟は左より少し大きく、其処には行政高校の校章バッジが飾られていた。金色の盾には四枚の桜の花弁が十字になるように描かれており、その後ろでは交差するように斜め十字の紋章があった。太陽の光をキラキラと反射しながら光る小さなそれは際立って見える。


 息苦しく感じたのか、 少年が首元の黒いネクタイを緩める。少年の制服は少しだけ、一昔前の警官服に似ており、足には黒光りするブーツを履いている。信号が緑へと変わり、コツコツと靴音を鳴らしながら遠くに見える 豪壮な校舎へと歩き出した。すると、ある囁き声が耳元まで流れ着く。


――ねぇ、あの制服って行政高校のじゃない?

――え、じゃああの子、あそこの生徒なのかな


 ピクリ、少年の耳たぶが震えた。

 意識を周囲へと向けてみると、何人かが自分へと視線を向けているのが分かり、少年は僅かに口角を上げた。


――まじで? じゃあ、超エリートじゃん


「ふっ……」


 知らず、息が漏れる。

 そんな奴の様子に気づかず、後ろの女子たちはヒソヒソと色めいた会話を続けた。


 器用にもピクピクと左耳を動かす少年。


(ふ、ふふ……ふふふふふ。ふははははははははは!)


 笑い声が脳内で響く、だが、決して外に漏らすことはしない。心のうちにその笑いの渦を収めながら、少年は拳を空へと突き上げたい衝動を耐えた。


(そうだろう、そうだろう……

 そうだ愚民どもよ! 括目せよ、この俺の雄姿を! そして崇めよ、この、俺の輝かしい高校生活ライフを! イエス・アイ・キャン! アイアム・ザ・ウィナー!)


 気のせいか少年の身体からは神々しい光が放たれ始め、その顔は清々しい程に爽やかだ。

 ついに、己の中で湧き上がる優越という名の激情を抑えきることが出来なくなったのか、その唇から不穏な吐息が零れた。


「ふ、ふへ。ふへへへ……」


 何処を見ているのか……その面差しは上へと向き、思考は遥か遠くへと飛び去っているように見える。麻薬でも摂取したのではないかと思うほどに、その様は異常に思えた。

その後ろ姿を先ほどの女子どころか、周囲の人間までもが引いたように見ているのだが、少年がその事実に気付くことはない。










 行政高校の校舎は本当に雄大だ。その建物は新宿のコクーンタワーと比べても見劣りせず、おまけに其処より壮大な土地を有している。幾多ものビルが立ち並ぶ中、悠然と構えるその様は圧巻だ。校舎は幾つもあり、その一つ一つの建築物はシンプルな外装をしているが、洗練されているのが一目で分かるほどに“美しい”。

 

 入学式の会場となる講堂ももちろんのこと、立派で、卓越としていた。武道館のようにも見えるそれは、以前少年が試験を受けた会場と類似している。


 流石に武道館程の大きさではないが、それでも十分に巨大なその外観を見て、少年は口をひきつらせた。

 ポツン、と講堂の前に立つ彼は圧倒されたようで、体を仰け反らせていた。


「……っとに、どんだけだよ。行政高校」


 「此処は大学か」、そう突っ込みたくはあったがこんな所で一々驚いていたら、この先身が持ちそうにないので、少年は嘆息を吐くことで、己を落ち着かせた。


 ちらり、と既に到着している他の者たちへと視線を向けてみる。新生活と未来予想図に胸躍らせる新入生も、彼らと共に舞い上がる父兄も、さすがに疎らだ。


「みんな、案外普通なんだな……」


 エリートが集まるような場所なので、てっきり厳格な感じの父兄や、生真面目な装いをした新入生を少年は予想していた。だが、それとは反して、奴の目に映る人間はどれも中学校の頃の同級生とあまり変わっているようには見えず、少年は知らず安堵した。


(まあ、何人かエリート意識の高そうっつーか、鼻につきそうな人間は居るけど……意外と上手くやっていけそうだな)


 校舎の方は豪勢すぎて、歓喜と言うより、寧ろ場違いではないのかという居たたまれなさが少年の中では生じていたが、どうやらこの様子だと案外すんなりとこの高校には馴染めそうだ。

 少しだけ、楽しくなりそうな未来に心を弾ませながら少年は微笑した。すると、


「金城くん!」


 ピクリ。少年の耳が今まで以上に、更に大きく揺れ動いた。錯覚か、それは像の耳のように巨大化した。

 そろり、と伺うように背後を振りかえった。


「……伊那瀬 」


 少年が見つめる先、其処には奴と同じように真新しい制服を身に纏った少女が居た。さらりと靡く鮮やかな黒髪に、真っ直ぐに他人と合わす凛とした瞳。しなやかな手足に、すらりとした体躯をしている彼女は美少女と部類しても良いだろう。陽だまりの様なその笑顔に少年の心臓は自然と早鐘を打ちだした。


「お早う金城くん。久しぶり」

「お、おう。久しぶり……」


 少年――金城は頬を熱く火照らせながら言葉を返した。その双眸は彼女の新しい一面へと釘点けだ。


「い、伊那瀬……スカート、プリーツなんだな」

「うん、おまけに靴もブーツにしちゃった。そういう金城くんもブーツなんだね」

「ま、まぁ」


 うようよとその濃紺のスカートから黒いブーツへと、上下に視線を泳がせる金城。少女――伊那瀬は金城と同じジャケットを着てはいるが、下は当然ながらに違う。プリーツスカートの下には黒いストッキングが見え、その足には編上げのブーツを履いていた。黒と言う濃色は彼女のしなやかな脚の曲線を強調させており、金城は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


(い……)


――良い……


 目のやりばに困るどころか、視線をその脹脛や足首から離せなくなりそうだ。気を引き締めないと、鼻息が荒れてしまう。


「本当はタイトも良いなって、思ってたんだけど……なんか私には大人っぽすぎて、それに動きにくそうだったし」

「うん……それで良いと思う」


 タイトスカートなんかにしてしまったら、もう目を当てることさえも出来なくなってしまう。その美しい太ももの形を見てしまったら最後、金城は変態の道へと迷う暇も無く、本能で突き進むだろう。


「……伊那瀬はそっちの方が、か、可愛いと思うぞ」

「有難う。そういう金城くんも制服似合ってる、凄く格好いいよ」

「ど、どうも」


 褒められた金城。照れくささと言うより、湧き立ちはじめた煩悩を誤魔化すように頭をボリボリと掻き始めた。


「い、いや。なんつーか俺も、迷っちまってさ! たかが靴だけど、されど靴って言うか」

「ふふ……うん、分かる。私も迷いに迷っちゃったよ。お母さんとあーでもこーでもないって、選ぶのに熱がはいっちゃって」


 行政高校はその制服の多面性でも人気を集めていた。

 他校とは一脱した制服のデザイン。女子はプリーツか、タイトスカートの二択を選ぶことが出来、靴も(男子同様)、ブーツか、ローファー、ビジネススタイルと選べる。

 ブラウスやジャケットなどの制服は綺麗な形をしており、高めでシェイプされたウェストラインは、括れなどの部分をキュッと引き締めることで生徒たちのスタイルを普段よりも良く見せていた。


「……え、と。そろそろ時間だよな」

「うん、席が埋まっちゃう前に入ろう」


 左腕の携帯端末に目を向けて時刻を確認する金城。その言葉に伊那瀬は頷きながら入場を足した。


 会場に入る前に、生徒たちはまずIDカードの交付のため、窓口へと向かわなければならない。

 大きな入口のホールの壁一式には、ざっと二十口程の窓口があり、新入生の皆が皆、それぞれ手続きのために長い列を作っていた。父兄の影も何人か混じって見える、恐らく子供たちと離れて待つのが忍びなく、談笑するために共に並んでいるのだろう。

 予め各人別のカードは作成されてはいるが、確認のため、個人認証を行わなければならないので、一人一人の手続きに最低一分はかかる。


 式の四半刻前、一列最後尾でIDカードを受け取った金城に伊那瀬は問いかけた。


「金城くん何組だった?」

「E組、伊那瀬は?」

「あ……私はCだった」


 少し、残念そうに声を漏らす伊那瀬。金城は心の内の落胆を隠すように、彼女に言葉をかけた。


「まあ、休み時間とか会えっだろうし、その……一緒に飯とか偶に食っても、良いすか?」


 眉を八の字にしながら笑う金城に、伊那瀬が笑顔を見せた。


「うん、良いよ。友達とかできたらその人たちとも一緒に食べようね」

「お、おう」


 嬉恥ずかしの返答に金城は頬をかきながら口ごもる。

 照れくさそうな奴に微笑みかけながら、伊那瀬は人垣の中を通りながら会場の入り口である、重厚長大な扉へと向かっていった。






 少し、外でゆっくりしすぎていた所為か、金城たちが講堂に入った時には既に半分以上の席が埋まっていた。座席の指定は無いので、最前列に座ろうが最後列に座ろうが端に寄ろうが、それは自由だ。今でも、学校によっては入学式前にクラス分けを発表してクラス別に並ばせる古風なところもあるが、此処には無い。


「……にしても、本当にデケーな」

「うん、筆記試験の時も吃驚したけど、これも驚いちゃうよね」


 講堂の中は壮大で広く、まるで映画館、或いは劇場の様だった。

 ちゃんと最後列の生徒も壇上が見えるように、座席は(入口付近)後方に行くほど高くなっており、歩幅の広い階段が通路として設けられている。

 金城たちは階段を下りながら適当な空き席を探して、腰を下ろした。座席はクッションが効いており、座り心地が良い。


「……設備が良すぎて、もうなんと言えば良いのか分からん」

「ちょっと、眠っちゃいそうだよね」


 苦笑する伊那瀬に金城もまた複雑な顔をした。

 至れり尽くせりと言えば良いのか、何処までも快適に感じられる空間に金城は長嘆息をする。確かに居心地のいい空間ではあるが、良すぎて逆に不安になる。何時か気が緩みすぎて、とんでもない失態を起こすのではないのかと、ありえそうな予想図に金城は頭を抱えそうになった。


(さすが、行政高校……機関士になりえる人間にはそれ相応の待遇を、か)


 何とも言えない、複雑な感覚を金城は味わった。


(今更だけど……俺、ここに居ていいのかな)


 金城がエリート校に入れたのは並ならぬ努力の結果とも言えるが、一匙、それも大匙の運がなければ、間違いなく此処までは来れなかっただろう。きっと、否、間違いなく伊那瀬含む此処の生徒と比べれば金城は劣っている。奴は補欠だ、つまり入試では最低の成績で入学したということになる。だが、奴が心を煩わせている理由はそれだけではない。


(……ばれない、よな)


 脳裏を過るのは去年の夏、己が起こした事件。

 何時までも蔓延る不安に、金城は太腿辺りの布を静かに掻き毟った。


(……いや、考えるのは避そう。もう此処まで来たんだ。それにあの事件からはもう一年近く経ってる、俺がヘマをやらかせなければ、証拠も無いし、怪しまれることも無い……)


 もう、長い月日が過ぎているというのに、金城は未だに僅かの危惧を抱えていた。己が犯罪行為を起こしたことは誰も知る由は無いし、この先見つかる確率は限りなく低い。それでも金城はやはり小心者なところがあってか、一週間に一回は必ず不安を募らせていた。その頻度は段々と減ってきてはいるが、未だに収まることは無い。


 まあ、その警戒心があるからこそ、奴が例の“反逆者リベル事件”の犯人である疑いは一掃されているのだが。

 日々から気をつけている癖があったからこそ、金城は此処まで見つかることなく逃げ切れたのだ。此処は、その臆病風を称えるべきだろう――。







♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 会場内に響き渡ったブザー音により、入学式が開始される。生徒たちの雑談で賑わっていた空気もしん、と静まり返り、静寂が空間の支配権を有していた。

 その中で、次々と行われる教師からの挨拶などは金城にとっては退屈な物であり、段々と意識を眠気に食われそうになっていた。


『新入生代表、三枝夏目さえぐさなつめ


 周囲の者たちが唐突に色めき立った。ハッキリと声に出すことはしていないが、女子のささめきが聞こえてくる。


――ねえ、あの人格好良くない?

――私も思った。代表ってことは入試トップってことだよね? 完璧じゃん


 その言葉を聞いて金城はけっ、と毒づきたくなった。


(……漫画かラノベの世界か、此処は)


 鼻につくような容姿と、知性をさらけ出すその代表の同級生に、金城は恨めし気な視線を送った。

 明るい褐色の髪に、榛色の瞳は成る程、確かに人目を引くものを持っている。背もそれなりに高く、女子どもが騒ぐのも仕方ないだろう。だが、そんなものはハッキリいって金城にとってはどうでも良く、さっさと次の挨拶へと移ってもらいたい気分だった。

 

 長時間座りっぱなしの姿勢のお蔭で、尾骶骨に鈍い痛みが走り始めた。幾らクッションが効いていたとしても、この疼痛を避けることは出来ない。隣の伊那瀬に気付かれないように、腰をもぞもぞとさせながら金城は次のスピーチを待った。そんな時、


『続きましては在校生歓迎の辞を生徒会会長に代わりまして、風紀委員会長、三年、辻本智久つじもとともひさ


――空気が一瞬張りつめたような気がした。


 一気に覚めた眼を瞬かせながら、金城は壇上へと視線を向けた。其処にはピンと伸びた背筋と、鋭い眼光を伴わせた男が居た。男は不思議と威厳で満ちた雰囲気を漂わせており、今まで金城が見てきた教師陣よりも、貫録があるように思えた。

 

 三年生、ということは己より二つしか年は違わないのだろうが、より老けているように見える。外見どうこうの意味ではなく、その振る舞いや佇まいが、そうさせているのだ。言葉づかいやその言い回し方、態度全てが堂々としており、周囲から尊厳の眼差しで見られていることが分かる。淡々と喋るその様は無機質で、一歩間違えばアンドロイドと間違えてしまいそうだが、双眸から見えるその意思の強さによって、そんな馬鹿げた疑いは避けられていた。


(……カリスマって奴か、)


『……最後になりましたが、皆さんがこれから送る高校生活に幸多からんことと、良き友とめぐり合うことを心からお祈りし、歓迎の辞とさせていただきます』


 飲まれてしまいそうな空気に耐えながら金城はその鼓膜まで響くバリトンに耳を澄ませた。長くも無ければ短くも無い、その挨拶が終わると、一礼した男はそのままいかめしい姿勢で壇上裏へと去っていった。

 男の姿が壇上から消えた瞬間、ピンッと張りつめていた神経が緩んだ気がして、金城はほう、と溜息を漏らしながら背凭れへと寄りかかった。


「けど、なんで生徒会長じゃなくて、風紀委員が……? 他の生徒会役員がやればいいんじゃねーのか?」


 零した呟きに隣の伊那瀬が反応を返した。


「他の人も都合が悪くて欠席してるんじゃないかな? 確かに少し可笑しく感じるけど、お詫びの挨拶でも、さっきの辻本会長って人がなんかそれっぽい事仄めかしてたし……」

「そっか……」


 だが、金城は先程の挨拶に対して言い様のない違和感を覚えた。


(……まあ、いっか)


 どうせ静かに、健やかな高校生活を送るであろう自分には関係の無いことだ。

 そんなことよりも、まずこの先の身の振り方について思考した方が得策であろう。金城は一人納得しながら、式が終わるのを待った。




♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 長く退屈な、けれども何処か豪勢に感じる式が終了し、金城たちは校門へと向かっていた。


「今日は授業とか連絡事項ないんだっけ?」

「うん、授業は明日からだよ」

「そか、」


 金城は高校のシステムには、新参者なこともあって余り慣れていない。

 

 金城たちが居た中学校のように古い伝統を守り続けている校もあるが、最近の高校では担任教師と言う制度は無い。事務連絡にいちいち人手を使う必要はなく、そんな人件費の無駄遣いをする余裕があるのなら、他の費用に回して、後は全て学内ネットに接続した端末配信で済ませようと言う魂胆によるものだ。

 

 個別指導でも、実技の指導でもなければ、余程のことでない限り人手が使われることは無い。

 

 それ以上のケアが必要だと言うのなら、専門資格を持つ複数他分野のカウンセラーが学校には必ず配属されているので問題はないだろう。

 では何故ここ、行政高校にホームルームが必要なのかというと実技などの特殊な授業の都合のためだ。

 

 それに、どんな背景があるにせよ、一つの部屋で過ごす時間が長ければ、自然と生徒同士の交流も深まる。担任制度が無くなることで、生徒たちはお互いを助け、協力し合いながら、結びつきを強くする傾向にあった。

 その目的と意図もあって、このように制度が昔と変わったのだろう。


「……確か明日は午前中、ずっとホームルームだって。なんか、先生から直接話さなくちゃならない、大事な説明事項があるって」

「説明事項ぅ?」


 思わぬ言葉に金城の声が裏返った。


(説明事項って……え、なにそれ。売買契約か!)


 ツッコミ満載の情報ではあるが、金城はあえてそれを無視して伊那瀬の言葉に耳を傾けた。

 掌に収まる、白い情報端末を読み上げる伊那瀬。そのスクリーンには彼女たちのスケジュール表が表示されている。


「うーん、とりあえず明日行ってみれば分かると思うよ」

「伊那瀬は何か知ってんの?」

「多分、必要な授業道具を配布されるんだと思う。やっぱり此処って特殊な学校だし、他とは色々と違う事項がたくさんあるんだよ」

「……なるほどね」


 彼女の言う通り、此処は機関士育成のための学校だ。他校とは全く違うルールがあっても可笑しくは無いし、常識だって些か違うのかもしれない。


(……まあ、ブラッドにとって居心地の悪い場所なのは、他と変わんねーけどな)


 先程の教師陣たちの挨拶が脳裏を過る。「皆等しく」とか「一丸となって」などの言葉以外に「正義」とか「信念」とか、結構際どいフレーズが幾つか聞こえてきた。直接的な単語は使ってはいないが、あれは間違いなくブラッドを差しているのだろう。


 どうやら、この校には自分以外にもブラッドが居るらしい(新入生はまだ分からないが上級生に)。それは金城にとってはとても意外なことで、また歓喜する程の朗報でもあった。己以外に似たような考えを持つ者がこの校には居る、それはとても心強いことだ。例え、己がブラッドとバレたとしても、味方になってくれる人間がいるかもしれない、それを思うと背中を誰かに支えられているような心地を金城は覚えた。


 ……まあ、それもほんの少人数で、教師陣含む大多数の人間からは軽蔑の眼差しを向けられているわけだが。


(さすが、行政高校……“正義感”の強い糞野郎どもが多いこって)


 会場内で零された周囲の無邪気な悪意に金城は頭を抱えそうになった。それは金城に向けられた訳ではないが、間接的に胸を突くものではあった。どいつもこいつも良くもまあ、アソコまで同じ人間を蔑めるものだ。


「金城くん?」

「え、あ……」


 いけない。嫌なことを思い出して、思考を遥か彼方へと飛ばしそうになってしまった。金城は慌ててぎこちない笑顔で取り繕う。


「いや、クラスに気の合う奴が居ればいいなぁって思って」

「……うん、そうだね」


 その言葉の意図が分かったのか、伊那瀬は何処か切なそうに笑った。金城は知っている。彼女もまた自分と似たような思想を持つブラッドだと言うことを。それでも金城はそれを口にすることは決してしないし、億尾にも出さない。何故なら伊那瀬も金城もその事実はお互いによく自覚していることであり、また、確認し合う必要性はないからだ。それに、むやみやたらと己らの思想を仄めかして、ブラッドだと言うことを周りに認識されるのは避けたい。


 三年間、此処で過ごすのだ。敵は作らない方が得策だ。


「頑張ろうね」

「ああ」


 燦々と大地を照らしつける太陽の下、金城たちは未来に対する危惧を隠すかのように、笑いあった。








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