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受験(2)

すみません、更新遅れてしまいました。

 2106年2月25日。行政高校実地試験まで、あと3日。


「金城くん」

「……はい」


 午後4時35分。3年I組教室。

 窓際の席では、机を間に挟んで二人の男女が座っていた。

 ゴクリ、少年が唾を飲みこむ。大して女性は静かに一つのフォルダーから一枚の紙を取り出していた。ペラリ、紙の裏が天井を差すように置かれた。


「最後の結果」

「……」


 じわり。握った掌から汗が滲む。まだ夏どころか春にさえもなっていないと言うのに、室内の空気が重く感じられた。

 女性の繊細な指がゆっくりと白い解答用紙を捲ると、赤い文字が見えた。紙を裏返す瞬間は短いはずなのに、少年金城には何故かとても長く感じられた。

 徐々に姿を現す文字たち。それが示すのは、


「85点」

「……まじで?」


 はああ。大きな吐息が口から漏れる。


「よ、よかったぁ……」


 ごとり。額が目の前の机へと落ちた。ひんやりとした冷たい表面は心地よく、金城の心を和らいでくれた。


「なにがよかったものですか……15点も落として」

「いやいやいやいやいや! 十分いいよね!? 今までで一番いいよね!?」

「ギリギリの合格点です」

「なんでぇ!?」


 呆れたように溜息を漏らす女性――土宮香苗。何処か疲れたような顔をしながら彼女は隣の鞄から何かを取り出した。


「まあ、良いでしょう。とにかく今日は之でお終いです」


 どさり。ざっと、100枚ほどのプリントが金城の前に置かれた。


「……あの、これ何?」

「見て分からない? 残り二日、あなたがやるプリントよ」

「え、ええ!?」

「一日最低30枚はやりなさい。それが終わったら学校のアドレスを通して私に送ること。

 深夜の12時までに送ったら翌日には採点したものを出しますから」

「おまっ、さっきの“最後”って言ってなかった!?」


 ギラリ。そんな効果音が聞こえてきそうなほど、鋭い閃光が土宮香苗の瞳に走った。それを見て金城は思わず尻すぼみし、スゴスゴと後ろへ引き下がった。


「良いからやりなさい。受験休みだからと言って休んでいる暇は無いわ」

「……はい」


 叱られた子犬よろしく、大人しく土宮香苗の指示に従う金城。何処か悔しげなその顔を感慨無く視界に映しながら土宮香苗はプリントがばらまかれないようにと、A4サイズの箱を取り出した。


(箱までって……どんだけだよ)


 その要らぬ気づかいに金城は舌打ちしそうになった。「紙が多すぎたからどっかで落としちゃったー」、と口からでまかせの言い訳でさぼってやろうと思ったのに、計画が台無しだ。

 そんな金城の悪態など露知らず土宮香苗は口を開いた。


「それで金城くん」

「なんすか……」


 スッと、プリントをしまった箱を金城へと差し出すと、土宮香苗は挑発するかのように金城をレンズ越しに睨んだ。背中を椅子の背凭れへ預け、腕を組む。そして目を細めながら金城に確認をした。


「ちゃんと試験の日時は覚えてるわね?」

「三日後の朝10時。んでもってその翌日も朝の10時から体力テスト」


 さらり、金城の口から淀みなく言葉が滑り出た。まるで始めから彼女が自分にこの質問をするのを知っていたかのような口ぶりだ。おまけに、どちらが筆記試験でどちらが体力テストなのかの情報もしっかりと付け足されている。

 正解だ。土宮香苗は一つ頷くと、次の質問へと取り掛かった。


「受験番号は?」

「1002番」

「会場は?」

「新宿の第1会場」

「最寄駅は?」

「……新宿三丁目」


 最後は少し危うかったが何とか正確に全て答えられた。土宮香苗に視線を寄越すと彼女はよし、と言うかのように目を瞑ってもう一度頷いた。


「ちゃんと覚えていたようで何よりだわ」

「いや……そりゃ、今のうちに確認しとかねーと、後が怖いし」

「それなら良いわ」


 どうやらこの7ヶ月の間に少しは成長したらしい。

 全てを確認し終えた土宮香苗は最後に、と忠告するかのように今度は声のトーンを少し低めた。


「遅れるんじゃないわよ」

「……わかってますよ」


 お前は俺の母ちゃんか。そう突っ込みたくはあった金城だがそれを言ってしまったら最後、また新たなプリントの山をプレゼントされるのでやめた。触らぬ神に祟りなしだ。


 これでもう用は済んだとばかりに土宮香苗がヒラリと手を振る。


「それではコレでお終いです。今日は家に帰ってゆっくり休みなさい」

「有り難うございます」


 ガタリ。音を立てながら椅子から立ち上がり、金城は帰り支度を始めた。ペンケースやスクリーンを収め、次に例の箱へと目を向けると、自然と眉間の皺が寄った。重そうだな、と憂いながら嫌そうに手を伸ばす。ひょい、と拾い上げてみるとやはり重かった。


「朝のトレーニングも怠らないように」

「……へい」

「ケルベロスも一緒に連れていきなさいね」

「……はい……ひゃい!?」


 不穏な単語が聞えて、思わず奇声を上げてしまった金城。まて、今この女はなんと言った?


「ちゃんとタイマーも点けて、いつも通り走れるようにしておきました。下で待機しているから帰る時、連れていきなさい。三日だけ貸してあげるわ」

「い、いやいやいや!? おまっ、は!? 何!? ケルベロスってあの糞犬だよね!?

 連れていけるわけねーだろ!? 馬鹿じゃねーのお前!?」


 無理難題を押し付けてくる土宮香苗を金城は等々怒鳴りつけた。


「心配ないわ。高野先生からは既に貴方の家に話を通してもらってるから。お母さん、心よく受けてくれたそうよ」

「ちょっとォォォォおおお!? 何しちゃってくれてんのォ!?」

「恨むのなら自分の母親を恨むことね」

「元凶はお前だろーが! 何、他人事のように言ってんだよ!? つーか、何で!?

 何であの糞犬を連れてかなきゃなんないの!? セキュリティーロボットなんざいらねーよウチは!」

「貴方のその反射神経を鍛えるために決まっているでしょう。高校に受かりたくないの?」

「っ畜生ォォお!」


 鞄を引っ掴んで、雄叫びを上げながら逃げ去る金城。廊下を走るな、と土宮香苗は注意したが最早それは耳に入らず、金城は涙を流しながら廊下を駆けて行った。あの様子ならちゃんと番犬ケルベロスを連れてゆくだろう。土宮香苗は一つ息を吐きながら目の前の解答用紙を拾い上げた。


「行政高校の合格ラインは85点……」


 それは紙一重の点数だった。金城は確かに良く頑張った。土宮香苗の厳しい指導に良く耐え、成績を良く伸ばした。それでも現実は何処までも残酷で無慈悲だ。


「あと三日で、何処まで伸ばせるか……」


 それは全て金城次第だ。土宮香苗にやれることはもう全てやった。教えられる物は全て教え、与えられる物は全て与えた。彼女に出来ることはもう何も無い。


「体力テストは、心配ないと思うけど……」


 試験では単純に定められた方法に従ってテスト運動が行なわれ、計器を用いて筋力、筋持久力、柔軟性、敏捷性、全身持久力などをはかり、体力を判定される。金城は日課のトレーニングのお蔭で大分色々なところが伸びてきたので、平均よりは良い結果を出せるはずだ。


「……問題は判断力コモンセンス系の質問か、」


 Common senseコモンセンス――意味を判断力。人生の経験から身についた日常の実用的な思慮分別を差す言葉だ。行政機関で最も重要視されるのは、知力でも体力でもない。精神の一つと仮定される判断力。つまり、何かしらの問題と立ち会った時の対応の仕方だ。行政機関士の仕事は普通と違い、犯罪やテロと向かい合うことが多い。その中では命のリスクをかける物もいるし、またその人間の決断次第では犠牲者を出してしまう可能性もある。だからこそ行政高校へ受験する際は、その受験者の思考や性格を見定めなくてはならないのだ。大事なのは発想、意見、“考える力”。知力や体力などは二の次なのだ――。


「そのくせに、たった一問しか出さないからね……」


 筆記試験の中で出される問題はたった一つだけ。そのたった一問が受験者の合否を決めるわけではないが――


「……ブラッドらしい答えだけは出さないといいのだけど」


 そう、ブラッドとは試験管にとっても好ましい人種ではない。行政高校には別に差別意識と言うものはあまり無いが、やはりブラッドは危険な人種と認められているため、あまり歓迎されていないのだ。


「……いや、それも“質問次第”か」


土宮香苗はこのことを既に金城に忠告していた。奴もそこまで馬鹿ではないので大丈夫だろう。質問は毎年違うが、ブラッドを識別させるような問題が出てくることは滅多にない。だが、それでも


「願わくば……」


――簡単な問題であってほしい。

 







♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 数日後、2月28日。午前6時30分。

 金城宅。


「ただいま……」

「おかえりー。ケルベロスくんもお疲れ様 」

「バウ!」


 明朝、太陽が燦々と地を照らしつける中、金城は汗だくになりながらも玄関口へと戻ってきた。朝のトレーニングをしていたらしく、息が多少荒い。濡れた顔を拭くように、金城の母はタオルを差し出した。にこやかに息子と犬一匹を迎え入れると再び居間へと向かう。


「はい、じゃあ理人さきシャワー浴びてきなさい。ご飯用意しておくから」

「うい……」

「ケルベロスくんは居間でゆっくりしててね」

「わふっ」


 パタパタと尻尾を振り回しながら母の後を追う番犬、ケルベロス。銀色のプレートを纏うその機械的な後ろ姿を金城は恨めし気に見た。


(あの糞犬……)


 先ほどのランニングと言う名の“追いかけっこ”を思い出して金城は悪態を吐いた。何度も何度も自分の腰に咬みつこうとした先鋭な牙、それは何処までも何処までも己の後を猛追し、金城は危うく恐慌をきたすところだった。


(……けど今日でお別れだ)


 ふっ、と鼻で笑いたいところだったが、そう簡単には喜べない。金城は複雑な表情を浮かべた。眉尻を下げるその面持ちは微かに強張っている。


「……今日で最後、」


 番犬型ロボットケルベロスと別れる日。それが同時に意味するのは、


「試験、あと3時間ちょいで始まるんだよな……」


 そう、今日は2月28日――行政高校の筆記試験日。あと2時間したら金城は家を出る予定だ。遅刻は厳禁、早くに出発するに越したことはない。

 知らず、金城は嘆息を漏らしそうになった。









「それじゃあ理人、忘れ物は無いのね?」

「ああ、もう3回は確認したよ」

「受験票も持った?」

「……それ、端末に入ってるから忘れるわけねーだろ」


 眉を八の字にしながら金城は端末のスクリーンを浮かび上がらせた。そこにはちゃんと行政高校の名前と紋章と共に、数字の1002が表示されている。


「よし、確かに受験票ね」

「……母さん」

「はい、じゃあ理人。ちょっと後ろ向いて」

「はぁ?」

「良いから、ほら!」


 何を企んでいるんだ、と怪しげに母へと視線を投げるが、迫力のある形相で凄まれて、金城は渋々背中を向けた。すると首元でカチカチと音が鳴る。


(……これって、まさか)

「母さん ……それ 」

「火打石よ。合格祈願で理人が全力を出せますようにって」


 今の時代、こんなことをするのは田舎の爺さん婆さんか母ぐらいだ。金城は己の瞼が眼の半分まで下がるのが分かった。


(……まあ、感謝した方がいいのかな)


 気のせいか試験を受ける当の本人である自分より、金城は母の方が緊張しているように見える。先ほども朝食で、「脳が活性化して、より集中力が出るから」と、ネギたっぷりのサラダを盛られた。それはポン酢が混ざっていてかなり酸っぱく、おまけにネギが沢山あったものだから、金城の口はすっかり臭くなってしまった。お蔭で匂いを消すために行き成り労力を使ってしまい、金城は己の神経が擦り減ったような気がした。


(……なんか、その気遣いが仇になっているのは俺の気のせいか?)


 だが、せっかく自分のために之だけ色々と用意してくれたんだ、金城はあえてそれを口に出さず、代わりに感謝の意を示した。


「ありがとう母さん。じゃあ、俺いくよ」

「気を付けるのよ? 焦らないで自分のペースでね」

「わーってるって。じゃあ行ってきます」

「お父さんにも線香あげてお願いしとくから」

「へいへい……」


 何処までも心配性な母。それを見て金城は無意識に苦笑するのだった。











 午前9時00分。新宿、行政高校第1試験会場、入り口前。


「……でけぇ」


 わらわらと見える生徒の群。会場はドームのような広さと形を有しており、鈍色に光る丸い屋根は真新しく見えた。試験会場というより、武道館を連想させる外装だ。会場は大きな広場の中心に建っており、赤銅色のタイルが床一面に敷き詰められている。ごくり、見れば見るほど立派な建造物に金城は心ともなく唾を飲んだ。本校舎でも無い会場がこんなにも卓越とした物なのだ、実際の校舎は一体どれだけの規模を有しているのか……。

 入口である目の前の扉へと視線を向ける。重厚長大な扉は真っ白で、中心に嵌めこめられた硝子の向こうにはカウンターが見える。何人か制服姿の学生たちが並んでおり、その向こう側には受付の女性が座っていた。どうやらアソコで到着を署名して記録するようだ。外から見た内装はシンプルだが、その実洗練されているのが分かる。


「……これがあと他にも5つもあんのかよ」


 試験会場は第1から第5まで別れている。別に教科や科目に分けている訳ではない。それほど受験生の数が多く、また一つの会場に収まりきらないのだ。


「……伊那瀬は第5だったよな」


 再び端末のスクリーンを展開させ、伊那瀬からのメールを確認する。送られてきた時刻は今朝の8時。


件名:Good luck

本文:お早う! 今日は筆記試験だね! 私も第5会場で頑張るから、金城くんもがんばれ! 絶対に二人で受かろうね、きっと土宮先生も応援してくれてるから。


 土宮香苗のことはどうでも良いが、伊那瀬からこの応援のメールを貰えて金城は天へと舞い上がるほどの気持ちで居た。自然と己の口角が垂れさがるのが分かる。


「ありがとな伊那瀬……」


 一つ気合を入れるために、ギュッと拳を握る。大丈夫、あれほど苦しい思いをしたのだ。自分にだって出来る。バクバクと早鐘を打つ心臓を落ち着けようと深呼吸をした。震える息を吐きながら、金城は胸を抑える。すると、入り口のスピーカーからアナウンスが聞えて来た。


国立行政機関付属高校こくりつぎょうせいきかんふぞくこうこう受験者の皆さま。お待たせいたしました。ただいま午前9時15分を持って、会場を開かせていただきます。すでに受付を済ませている方はカウンターの右へ向かって廊下を真っ直ぐお進みください。

受付をまだしていらっしゃらない方は入口前のカウンターまでお越しください。繰り返します、すでに……』



 ドームを囲む広場全体まで声が響き渡る。周囲にいた受験者たちは皆一斉にそれぞれ入口へと向かい始めていた。


「……おれも、行くか」


 かつり。石のタイルを踏み鳴らして、金城もまた入口へと歩みだした。










「受験番号1002番。金城理人さまですね」

「はい」


 預けた端末から受験票を展開させ、女性が番号と名前、それから証明写真が登録されたコンピューターで確認をとる。まるで空港のチェックインの様だ、と金城は不思議な感覚を味わいながら女性の言葉を待った。


「確認いたしました。

 では右の廊下をお進みください。机には”1002”とナンバープレートが置かれていますので直ぐに席を見つけられると思います。

 端末、及び他の荷物は筆記用具以外こちらで預からせていただきます。試験終了時にまたこちらへお越しください」

「はい、有り難うございます」

「それでは、悔いのないよう頑張ってください」


 差し出された「No.1002」と印刷された紙を受け取り、金城は右の廊下へと進んだ。受付嬢の指示通り、真っ直ぐ突き進むと両開きに開いた扉が見えた。そこを潜り抜けると目前には予想したままの、広闊こうかつな空間が広がっていた。机が何列も縦横に並んでおり、空間をきっちりと埋め尽くしている。一つ一つの個人用の机の間には1メートル程の距離があった。おまけに四方八方には監視ロボットが立っている。


(……ぜってぇにカンニングなんて出来ねぇな。いや、する気はねーけど)


 唇から思わず感嘆の息が零れた。


「とりあえず、俺の席はっと……」


 キョロキョロと頭を振りながら己の席を探す金城。受験者は既に何十人か席に着いており、何やら緊張しているように見えた。


(まあ……こんなところに居ればなぁ)


 大体の予期をしていたとはいえ、実際に会場を目にしてみるとこの学校は本当にとんでもない。高校ではなく、学園ではないのかと言いたいほどだ。


(あった、あそこか)


 空間の右、壁際の机に「No.1002」のプレートを見つけた金城はゆっくり其処へと歩み寄った。

 かたり、椅子を引いて腰を落ち着ける。そしてペンケースを木材の机に乗せると、幾つかの文房具を取り出した。ペンケースは不正行為を防ぐため、規制として透明なものを指定されている。クリアなプラスチック越しには幾つかの消しゴムと鉛筆が覗いていた。


(……いくら、何でも持って来すぎたかな)


 ざっと15本ほどあるそれを見て、金城はポリポリと頬を掻いた。


(まあ、いいか……沢山用意しとくに越したことはねーし)


 ふっ、と何度目になるか分からない息を吐いて緊張を紛らわそうとする金城。ちらり、と周囲に目を向けてみると皆、強張った顔で机と向き合っていた。どの学生もピリピリとした雰囲気を出しており、会場の空気は殺伐としていた。


(やべぇ……腹が痛くなってきたかも)


 ズキリ、と痛み始めた胃を抑える金城。気のせいか冷汗が額から伝い落ちてきた。


「皆さま揃いましたね」


 美しいアルトが空間全体へと響きわたる。不意に顔を上げたその先には柔和な面立があった。平均より少し高めの身長に淡い紺色の髪。結構若く見えるが、此処の教師だろうか。金城が少し首を傾げたと同時に男は言葉を続けた。


「初めまして、第1会場の試験管を務めさせていただきます。柳竜太郎やなぎりゅうたろうです。

これより問題用紙をくばらせていただきます。裏返して置いておきますので、触らないくださいね。ページを捲ったもの、或いはペーパーを表に返した者はその場で不正行為と見なして失格にさせていただきます」


 その言葉と共に何人か教務員が後ろから順にペーパーを配り始めた。その紙束はざっと20頁はあり、ホッチキスで一つに止められている。小冊子のようだ。

全てを配付し終えると教師陣一同は空間の正面、皆が向いている方向へと戻っていった。かつり、最後の靴音が鳴ると、例の紺髪の男がストップウオッチのようなものを懐から取り出した。


「午前9時59分25秒。試験開始時間の10秒前にはカウントを始めます、準備はよろしいですか?」


 その言葉に受験者たちは一斉に鉛筆やペンなどを握り始めた。


「では、カウントします。10、9、8、」


 ぐっ。男の声が響くたびに、金城の指に力が篭もっていった。


「6、5、4」


(落ち着け……大丈夫だ。あれほどなえセンに教えられたし、母さんだってしつこいってぐらいに願掛けもしてくれた)


 すう。息を吸って、ゆっくりと吐く。気のせいか吐息と共に緊張も流れ出ていったような気がした。


「3、2……1」


 静寂で支配された室内に、始まりの合図が落とされる。


「はじめ」


 ペラリ、彼方此方で同時に響いた幾多ものの小さな紙音は一つとなり、噪音を生みだした。





――午前10時00分。行政高校筆記試験、開始。





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