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私は犯罪者ですか?  作者: 苗字名前
第2章――物語の始まり、”反逆者の誕生日”
22/53

脱出

 


 午後6時55分。江田処刑場、裏倉庫。


 静寂が空間を支配していた。

 中は相変わらず薄暗く、灰色の床は大きく罅割れ、幾多もの屑が彼方此方に散らばっている。

 その中心では銀髪の男が一人、静かに佇んでいた。

 トントン、と靴先で床を叩き、次いで非常口の傍に立つ二人の少年に視線を寄越す。その瞳には鋭い眼光が見え、二人は思わず怯んだ。怒気が微かに男から漏れているような気がした。


「……おい、fucking brats. Let’s just stop this stupid game(糞ガキ共、もうお遊びは終わりにしようぜ)」

「……」


 流暢に紡がれた男の言葉の意味を僅かに理解した少年――草地は静かに息を飲んだ。


「……言っている意味はよく分かんねーけどさ。まだ、終わってねーよ」


 その隣で、黒髪の少年――金城は静かに男へと言葉を返す。少し強張ったように見えるその顔に諦めの兆しは無い。むしろ、何かを待っているように見えた。


「……ああ? 何言ってやがるIdiot。もう、お仕舞だ。こんなくっそくだらねえ茶番劇はな」

「……終わりじゃねーよ」


 銀色の髪を乱暴に掻き混ぜながら、男――玖叉は呆れたように長嘆息した。


「……お前、馬鹿なのか?」

「馬鹿はあんただろ」


 気丈に玖叉と会話を続ける金城の目には未だに強い光が灯されている。


「聞えねーのか? この音が」

「……音?」


――ギイギィ


 それは蝙蝠が鳴いているような、金属が折れるような高音だった。

 耳まで響いてくる異質な音に玖叉は眉を顰めた。


(……何処からだ?)


 冷たい倉庫の中、何処までも反響するその音を追うように視線を回す。右でも無い、左でもない、だとすれば――


(まさか……!)


 一つの可能性に行き着いた玖叉は瞬時に天を仰いだ。その瞬間、

 ブチリ。何かが切れる音がした。



「……っ!」


――ドオン!


 けたたましい音と共に幾多ものの粒子が宙へと舞い上がる。

 こちらまで漂ってくる埃に金城たちは急き込んだ。線香の匂いが未だに室内に充満している。

 しばらくして、煙が止み、金城たちの視界が開けてくると、一つの大きな物体が見えた。


――照明だ。


 以前から不穏な音を立てていた照明がついに落ちてきたのだ。幸いそれの電球は取り除かれていたのか、火花が起きることは無く、大参事になるようなことは起きなかった。

 だが、その下には一人の男が埋もれている。


「……な、んで」


 下半身をその巨大な円盤に潰された玖叉はうめき声を漏らした。

 幾ら照明やそれを天井へと繋げるワイヤーが古かったとしても、それは頑丈な炭素繊維で出来ていたはずだ。切れるはずが無い。なのに、何故――


 トトトトト。何かが己の上、否、照明の上を動き回る音がした。それはしばらくすると玖叉を潰す円盤の上から飛び降り、奴の前へと姿を現す。


「……は?」


――ネズミ?


 灰色のボディをしたそれに毛は無く、滑らかな肌からして恐らくロボットであろうことは推測できた。胴体には小さく「Cheese Grainer(よく切れるチーズおろし器)」の文字が描かれている。

 きらり、その小さく愛らしい口からは鋭い歯が覗いていた。


(……まさか、)

「それ、本当によく切れるからさ……忍び込ませておいたんだよ。あんたが来る前に天井にな」


――思ったより時間はかかったけどよ。


 そう言葉を続ける金城に玖叉は唖然と視線を向けた。

 金城は説明してやった。それが何時からワイヤーを噛み始め、どうやってあれ程頑丈な鉄を千切らす殊に成功したのか。


「さっきの、踵落としの衝撃で、倉庫全体が揺れただろ?」

「……まさか、」

「それを利用させてもらった」


 幾ら噛んでも玩具のネズミには限界がある。金城はそれを考慮し、玖叉の怪力を働かせたのだ。実際、玖叉があの地震のような震動を起こした瞬間照明は大きく揺れ動いた。左右へと振り子のような勢いよく揺動したそれは一本一本のワイヤーを途切れさせる程の力を持っていた。

 金城には見えていた、少しずつ少しずつ傾き始める照明が。だからこそ奴は気丈に振る舞えたのだ、あの“化け物”のような男の前で。


「……じゃあ、てめーは分かっていたって言うのかよ? 粉塵はカモフラージュで、

 こうなることが……俺がこの倉庫に大きな衝撃を与えることを全部予想して、俺を誘導したっていうのか?」


 それは疑わしい事実だった。能力ワイズを有しても居ない、唯の一般人の子供に己の動きが読めたなど決してありえない。

 顔を益々歪ませる玖叉に金城はほくそ笑んだ。


「そうだな、あんたがそれを教えてくれたからな。

 ロザリオが機械だって言うことも、俺がまた”火”を使うことを予想していたことも、そして、あんたがそう言う場面に対して何時も馬鹿力を働かせていたことも」

「……なんだと?」



 玖叉の目が細まる。この少年の言っていることはやはり可笑しい。自分は奴に情報を漏らしたことも無ければ、ヒントをやったことも無い。


「あんた、“ハンデ”与えすぎなんだよ」


 ごそり、金城は背中のリュックから一つのイヤホンを取り出した。


「なんだそれは」

「イヤホン。Robotics Doll専用のサウンドビジュアル」

「ああ?」


 意味不明な単語に玖叉は徐々に目元の皺を5重にまで寄せた。


「ホビー型のロボットだよ」

「……!」


 やっと合点がいったのか、奴の瞼が最大限まで開いた。未だに動く腕を己の懐へと伸ばす。黒いジャケットのポケット越しには角ばったプラスチックのような感触がした。よく触れてみると形状からしてそれは間違いなく人形――処刑場に来る前、初めて金城と接触した時に玖叉が仕舞って置いたロボットだった。

 玖叉は思い出した。そのロボットを通してした金城との一方的な会話を。そして、それを破壊もせず、“奴を此処に侵入させやすいように”と遊び心で胸ポケットに忍ばせていたことを。


――いざとなったら、ちゃん機械マシンを使ってくださいよ。ロザリオはちゃんと首から下げていますよね?


(……まさか、)

「聞えて来たよ……あんたらの会話、全部。まあ、俺も途中まで忘れてたんだけどな……」


 思い出してよかったよ、と金城は知らず安堵の息を漏らした。

 全て自分の計画通りにうまくは行ったが、実際は一か八かの賭けだった。イヤホンの存在を思い出せたのも、玖叉が思い通りに動いてくれたのも、そして、ネズミがタイミング良く照明を落としてくれたのも、全て運が良かったとしか言いようがない。

 幸運の女神、いや、勝利の女神が己に微笑みかけてくれたのかもしれない、なんて金城は柄にもないことを思った。


 目の前の男は呆然としていた。やはり、奴自身ドールのことを忘れていたようだ。呆然自失としたその顔は、哀れにも見える。



「……悪いけど、俺らはもう行くよ。これ、此処に置いとくな」


 金城は静かに目を伏せて、床に白いロザリオを置いた。其処は玖叉とは50メートルほどの距離があり、遠い。

 そのまま背を向けて非常口へと向かう二人の少年の背中に、玖叉は無意識に怒号を上げた。


「おい、待て!」


 だが、二人は止まることなく外へと駆け出す。バタン、非常口用のドアが閉ざされた。

 玖叉はそんな二人を見て照明から抜け出そうとした。下半身は神経が麻痺しているのか、痛みを感じない。相当、酷い状態になっているのだろう。それでも構わない。玖叉は腕を床に立てて己の体を前へと引き出そうとする。しかし、上半身が上へと仰け反るだけで下半身は1ミリともその隙間から出てこない。ブチリブチリ、上と下の繋ぎ目、腰から凄惨な音が聞えてきた。

 体の底からは赤い液体が喉へと競り上がり、自然とそれは口から溢れ出る。そんな時だった、


『やめなさい、玖叉』

「……!」


 何時の間に繋がれていたのか、左胸ポケットの端末から声が響いた。それは静かで、無感動で、無機質に聞こえた。


『あなたは“負けたのです”。己の力を過信し、相手を見くびり、有り余るほどの塩を敵に送り、敗北した。

 敗者に語る資格はありません。そこで大人しく反省していなさい。それ以上体を酷使する事は私が許しません』

「……っ、おれは」


 淡々と紡がれる言葉。それは何処か冷たく、氷柱のように鋭い。

 それでも玖叉にはどうしても納得することが出来ず、自然と言葉が口から零れる。

 だが、相手は無情にも反論をする余地さえも与えなかった。


『下がれ、玖叉』


 敬語が外れた。それは“命令”だった。三人の中で唯一決断権を与えられた男――釘崎の絶対だ。

 何時から聞いていたのかとか、何処まで知っているのだとか、そういう疑問は浮き出たが、玖叉は何一つ言葉を返せなかった。男の先ほどの冷ややかな発言は正論であり、一つも間違っていないのだ。玖叉の顔が徐々に俯いていく。

 その沈黙の意味を察したのか、通信は音も無く切れた。

 玖叉の拳がゆっくりと振りあがる。次の瞬間、床に再び重い打撃が与えられ、新たな罅が生まれる。地面へと僅かに減り込んだ指の隙間から血が流れた。


「……くそ、」


 暗い空間の中。其処には一人の敗者が横たわっている。



――それは、男が初めての敗北を味わった瞬間だった。







 処刑場の入口。

 其処は金城のラジコンによって火種が点けられた場所であり、先ほどまで燃えていた場所だ。白く、広めの受付前は少し騒々しい。

 辺りには所々焦げ跡が見えたが、火は無事に鎮火していた。周囲では残骸を片付けるロボットや他に問題が無いか確認をする警備員が忙しなく動いている。


 その中に一人何もせず、手の中の端末を唯見つめる男が一人居た。

 レンズ越しの目は伏せられ、口からは小さな吐息が漏れた。男――釘崎の顔は何処か憂い気だ。その視線の先には“玖叉”と言う文字が浮き出たスクリーンが淡く光っていた。

 先ほどの一方的な会話を思い出して、釘崎はまた溜息を漏らす。


 無言は肯定。それを理解している釘崎は静かに玖叉との通信を切った。恐らく男が其処からもう動くことはないだろう。薄い唇は自然と強く引き結ばれた。


「長官さーん? どっした? 玖叉さん負けちゃった?」


――このアマ。わかっているくせに


 突然後ろから掛けられた陽気な声に釘崎は自然と眉を顰めた。彼女のことだ。その悪趣味な能力ワイズで己の心情を通して玖叉の様子など既に読み取れているのだろう。それでも意地悪く話題をつついてくる彼女に釘崎は自然と苛立ちを覚えた。


「大変だねー。きっと荒れるよー、あの人」


――この糞女……人が危惧していることを


 米神に青筋が浮いた。このままでは血管が切れてしまいそうだ。釘崎はそれを抑えるように指で撫で、眉間の皺をもみほぐす。


 そう、釘崎は案じていたのだ。玖叉と言う男が戻った後、起きるであろうその出来事に――。


(あの男のことだ……戻ってきたら躍起になって犯人を捜しに行くに違いない……それも溜まった書類を放っぽりだして……)


 その様をありありと想像してしまった釘崎は苦虫を噛み潰したような顔をした。玖叉充という男は執心深い男だ。一度見つけた獲物には何処までも食らいつく。それこそ先ずやらなければならない仕事を投げ出して。


(絶対、駄目だ……あの男が動き出すと、どんな問題が次から次へと出てくることか……!)


 其れだけは避けねばなるまい。釘崎は一人、強く決意して拳を握った。気のせいか背後にはメラメラと燃える炎が見える。


「わー、長官さん燃えてるよー。

 鎮火しなくちゃね……ロボちゃーん! こっちにも消火器お願ーい!」

『はい、只今』

「するな!」

「あだっ! 

 ……ちょいちょーっと。長官さん、痛いよ……」


 後ろで何やら不穏な動きを見せるメイの頭を叩いた釘崎。それに対してメイは口を窄めながら頭を撫でさすった。少し潤んだように見えるその瞳は可愛らしく、何人かの男の心を掴んだ。制服姿の警備員が胸元の衣を握る。


「うっ……! 胸が!」

「鼻血がっ……!」


(こいつら……!)


 オーバージェスチャーをする男共に釘崎は呆れの視線を投げた。頭が痛い、頭痛薬が欲しくなってきた。そう思った釘崎であったが、そんな暇は無いと気合を入れなおし、連中に呼びかける。


「ほらっ! 何時までもこんなところでボサッとせず、さっさと犯人の後を追いますよ! 他の警備員も来てください!」

「ほいほーい」

「は、はい!」「了解しました!」


 外へと出る釘崎の後を、少女含む集団が続いた。






♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



「大丈夫か草地?」

「……そういうお前こそ。大丈夫なのか? その腹、抱えてるけど」

「あー……ちょっと痛いけどでいじょぶ」


 長く続く非常通路の中、金城と草地は歩く。

 路は蛍光灯の明かりに照らされて、淡く光っている。こつんこつん、反響する己の足音に耳を澄ませながら、金城は歩いた。ああは言ったが、実際に腹は少しの鈍い痛みを伴っている。「骨、折れてないよな」と冷汗をかいた。小さいのならまだ良いが、大きな傷は病院へと行く必要がある。だが、医者に怪我の原因を聞かれてしまったら最後、この事件のことを誤魔化せる自身は無い。そうなると己は間違いなく警察に見つかってしまうだろう。先のことを考えて憂鬱になった金城は、玖叉に顔を見られた可能性も思い出してしまい、さらに顔色を悪くした。


(……どうすんだよ、俺)

「金城」

「……あ?」



 思考に老け込んでいると不意に声をかけられて顔を上げる。見ると草地は少し悩ましげな顔をしていた。


「これからどうするつもりなんだ、お前?」

「え……? どうするって、此処から出た後のことか?」


 その問いに草地はコクリと頷いた。


「それなら心配ねーよ。ちゃんと“協力者”を見つけてあるから」

「……協力者?」

「おう、」


 いまいち信用できないのか草地は疑わしげな表情を見せた。それに対して金城は歯を見せながら力強く笑う。


「……大丈夫だ。テロリストとかそういう類の人じゃねーから。

 ……最も、此処からまず逃げ出さないと助けてもらえねーんだけどな」


 そういう約束だから、と言葉を続ける金城に草地は一つ息を漏らして、呟いた。


「……お前は、どうするつもりなんだ?」

「……え? 」


 それは金城が先ほどまで懸念していたことだった。ちらり、と視線を横に向けると草地の真剣な瞳が見えた。


「……わかんねぇ」

「……そうか」


 正直な答えに草地は寂たる声色を返す。


「別にお前に好きにすればいいよ……何だったら俺がお前に付き合ってやる。お前にはデカい貸もあるしな」

「……おう」


 珍しくも優しい言葉に金城は少し驚きながら、照れくさそうに返事をした。そして、それを誤魔化すようようにガシガシと頭を掻く。

 かつんかつん。靴音を鳴らしながら進むと路の終わりが姿を現し始めた。先には上へと昇る階段があり、其処を上がると「EXIT」と緑色の文字が見えた。

 重厚な灰色の扉の隙間からは微かな光が漏れている。そろりと、その温度の低い鉄扉に触れて、ゆっくりと音を立てないように押し出す。僅かに開いた二つの扉の隙間から外の様子を伺う。幸いなことに誰も見当たらなかった。


「行くぞ」

「……ああ 」


 金城の後に続いて草地も外界へと一歩足を踏み出した。抜け出せたその場所は処刑場の外のようで、背後には自分たちが出てきたコンテナと、その先の遠くには鉄格子が見えた。どうやらコンテナの形を模したこれは万が一のために、倉庫から抜け出せるように作られた隠し通路だったようだ。その証拠に一見分からないが、金城たちが通ってきた道は地下に設置されていた。

 3時間ぶりに出れた外に、金城と草地は不思議と感動で震えた。

 さほど長い間、中に居たわけではないのに久しぶりに外の空気を吸った気がした。


「空気が上手いって思ったの……はじめてかもしんねー」

「同感だな」


 金城の言葉に草地が同意する。空は紺色に染まり、辺りは真っ暗だった。星一つ見えないその景色は少し寂しげに見える。

 目の前には大きな道路が横たわっており、その向こう側には橙色に輝く街が広がっている。金城は不思議と開放感に包まれたような気がして、体を伸ばす。


「……あー、生き返る」


 なんて息を漏らしていると、鉄格子の向こう側に人影が見えたような気がした。金城が目を凝らす。


「……げ!」


 遠くに見える紺と黒の影は十中八九、死行隊の者だろう。嫌な予感を覚えた金城は草地の腕を引いて走り出した。暗い夜空の下、一直線に目の前の道路を横切って、入り組んだ街中へと走り出す。処刑場の周辺はやはり人が少なく、逃走の障害となるものは居ない。二つのビルの間、細い路地の中へ駆け込み、長く続く道を駆け抜けた。


「急げ、こっちだ!」

「まて、金城。何処へ向かうつもりだ? 」


 逃げること数分。足が進むにつれて路の終わりが見え始め、段々と水の流れる音が聞えてきた。アスファルトの地を駆け続ける草地は金城が指さす先に視線を向けた。


「あれって……!?」

「止まりなさい!」


 予想だにしなかった逃走通路とうそうルートに草地は驚愕を示した。だが、次の瞬間、聞き覚えのある声が後方で響き渡って無意識に足を止める。ビルの隙間から出た二人が立ち止まった場所は、2メートル程の小さな絶壁。

 目の前はけたたましい音と共に激しく流れる川。緑にも蒼にも見えるその色は濃く、川の深さが伺える。


「二人とも。両手を上げてこちらを向きなさい。さもなくば撃ちます」


 厳しい声色が川の流れる音と混ざって、耳元まで届く。カチャリ、後ろの男が火器を構えた気がした。恐らく、この声の主は釘崎だろう。草地の頬に冷汗が垂れた。


「草地」


 呟くように潜めいた声で金城が草地の名を呼ぶ。


「これ、しっかり掴め。右腕が取れそうになっても話すなよ。どんなに痛くてもだ」


 でないと死ぬぞと続けられる言葉に草地は頷いた。後ろの連中に背中を向けたまま、金城が手渡したそれを見て、草地は少なからず瞠目した。


「用意周到だな……金城のくせに 」

「だから一々余計な一言が多いんだよ。テメーはよ」


 こんな切羽詰まった状況の中、無謀な逃げ道を取ろうと言うのに、草地の心は不思議と落ち着いていた。もしかしたら今までの出来事のお蔭で感覚が麻痺してきたのかもしれない。可笑しな事実に草地はせせら笑う。

 金城も草地と同様の気持ちなのか、その顔には笑みが飾られていた。


「お前も絶対ぜってぇ離すなよ」

「当たり前だ馬鹿野郎」


 カシャリ。その“道具”に付いている手錠のようなものが二人の手に片方ずつかけられる。草地は折れていない左手を、金城は右手を。


「聞えていないのですか? もう一度言いますよ。無駄な抵抗はやめてこちらへっ……」


 釘崎がこちらへと近寄る瞬間、じゃり、と小石を踏みしめる音が聞えて金城たちは勢いよく其処から足を踏み出した。


「っせーの!」


 金城の掛け声とともに水しぶきが飛び散る。それは未だに呆気にとられて動けずに居た釘崎たちにも見えるほどに。瞬時に我に返った釘崎がその川へと駆け寄った。急いで下を覗き込むが二人の姿は最早見えず、視界に映るのは勢いよく流れる川だけだ。


「す、すぐに追跡ロボットを!」

「……いえ、この流れの勢いだと追跡はおろか、見つけるのも苦難の業でしょう。川の流れを追ってください」


 釘崎の冷静な声に後ろに控えていた警備員たちが了解し、すぐさま処刑場へと駆け出した。


「見つかるかねー」

「……」


暢気に笑うメイに、釘崎は苦々しい表情をした。










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― 新着の感想 ―
[一言] え?なんで治癒能力持ちにとどめささなかったの?
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