玖叉充という男(2)
充が次に目覚めたときには全てが終わっていた。
充は気がつけば病院のベッドで寝ていて、目を開けた彼を母親は嗚咽をもらしながら抱きしめた。
――ごめんね。ごめんね。
充を置いて日本へ帰国したことを悔いているようだった。真っ赤に腫れぼった目を見るに、ずっと泣いてたいのだろう。充はそんな彼女を感慨もなく、唯ボーっと見つめた。
黒い制服姿の男たちは警察だった。最近やたらと森で銃声が響くと少し離れた村億の住民に通報され、過度な狩猟を危惧した彼らが来たらしい。そして偶然にも充を心配して来た母と鉢合わせ、森を彼女に案内させたのだ。
母は驚愕していた。まさか、元夫と息子がこんなことになっていたなんて。彼女はその事実に打ちひしがれ、悲観し、涙を零した。何故、気付かなかったのかと――。
充の体には幸い何の異常も見当たらず、直ぐに退院することが出来た。だが、警察の事情聴取によってしばらく多忙は続いた。事件はニュースとして大きく報道されたが、事実とは多少異なっていた。充が“狩り”に関する話を一切拒んだからだ。
事件から数日後、亡くなった老母を葬式で弔い、全ての問題が片付くと充は母親に引き取られた。母親には3歳になる娘が出来ていた。娘は金髪に、充と同じ琥珀色の瞳をしていた。母親はまた外国人と再婚していたようだった……それもイタリア系の美丈夫。
母親が英国に来たのは充の様子見と実際は此処に移り住むためだったらしい。再婚した旦那が仕事で駐在することになったのでそれに付いてきたのだ。本当は事前に充たちに連絡しようとしたのだが、電話は何故か繋がらず、怪しんだ彼女は家族よりも一足先に英国に来た。そうして、事件現場を目の当たりにし、今へと続く。
充は新しい家族と共にロンドンの郊外――モアパークへと移り住むことになった。そこはピータバラと比べれば緑は少ないかもしれないが、それでも十分に美しい自然があった。充はそこにある私立の男子校、マーチャンテイラーズへと通い始めた。其処は広い敷地を誇り、森や川、湖まで所有していた。そのため、学園ではボートレースやキャンプ、乗馬も出来るようだった。建築物も立派で、校舎はどれも大きく、伝統のある外装を保っていた。
学園は間違いなく、レベルの高い所謂“エリート校”ではあったが、腐っても研究者である父親に勉強を教えられていたためか、充は簡単に入学することが出来た。
――父は処刑された。
英国は日本ほど犯罪に厳しくは無く、どちらかと言うと“緩い”国としても知られている。それでも<クリミナルスワイプ>と言うシステムがある今、罪を犯した者にはそれなりの重い処罰が下されていた。充の父親は殺人罪。十分に重い罪だった。だから、処刑判決が下されるのも、その数日後に刑が執行されるのも可笑しいことではない。そう、可笑しいことではないのだ。
事実、その殊に関して充は何も感じなかった。あれほど父を慕い、恐怖し、想っていたはずなのに、その父親に何が起きても充が感情を覚えることは無かった。
充の感情は欠落していた。何も感じてないわけではない、思考だってしている。だがそれだけだ。喜ぶこともなければ、悲しむことも、怒ることも無い。“心が動く”ということが無かったのだ。
その事実を僅かながらも感じ取った充の母親は、事件のこともあって充を腫れ物の様に扱った。新しくできた義父も然り。唯一そんな充と普通に接していたのは8つ離れた妹だけだった。学校でも充と自ら接しようとする者は居ない。別に充を恐れてというわけではない。だが、どんなに話しかけようが、どんな話題を出そうが、奴が生返事しか返さないからつるむと言う気を無くしただけだ。
そうして、充は無感動に学校生活を過ごし、高校生になった。奴は相変わらずのように何となく授業を受け、何となくな気持ちで日々を過ごしていた。
そんな時だった。
――玖叉。お前、まだ進路とか決めてないのか?
高校一年の終わり、夏。Alevelと言う名の大学受験のようなものが来年から始まることで、充は担任の教師に呼び出された。(余談だが、充の苗字は母の姓となっている。どうやら義父は日本の名前に憧れていたらしい。)
Alevelでは己が学ぶ教科を三つか四つに絞らなければならないのだが、充はその教科を未だに決めていなかった。だから呼び出されたのだ。
がらんとした空っぽの教室で、充は教卓の前の席に腰掛けていた。相対する教師は禿散らかった頭を悩ましげに撫でながら唸るように声を上げた。
――なんか、やりたいこととか無いのか?
やりたいこと、と聞いて充は眠たげな眼を窓の外へと向けて考えた。硝子越しにちょうど学校の敷地内の林が見えて、ふと口を零す。
――なんか、俺に感情を感じさせてくれるもの
その言葉に教師は頭を悩ませた。スリルとは何だ。
再び抱えそうになる頭を抑えながらも、手の中にある奴の成績表を見て、「じゃあ、これはどうだ」と提案する。
――警察官ってのはどうだ?
――警察……?
教師はにんまりと笑って頷いた。
――お前、成績もいいし、体育でも目を見張る運動能力を持っているからなぁ。丁度いいだろ。よし、お前、「政治」と「P.E(保険体育・体恤)」、それから「行政学」を取れ。うん、よし。これで三つ決まったな。
満足そうに頭を縦に振る教師を見て、充はその単語を確かめるように反復した。
――けい、さつ
例の事件の時に現れた黒い警官たちを思い出して、息を漏らす。
――まあ、いいか。
無事、三つの教科が決まった充はあっさりとAAAの成績を取って、キングズカレッジ大学の行政学部へと進学した。ケンブリッジやオクスフォード大学からもオファーは貰っていたが、面倒くさそうな上下関係が見えたので蹴ったのだ。
けど、それに対して何の感動も覚えなかった。家族がそろって祝いの宴を広げても、母が嬉しそうに抱き着いてきても、何も感じなかった。ただ、「あー、受かったんだ」という言葉しか頭から出てこなかったのだ。
こうして、自分は何も感じずに生きていくのかな、なんて少し憂う気持ちが充にはあった。だが、それだけだ。ただ、何事もなく毎日を過ごすつまらない人生。それも仕方がないのかもしれない、なんて奴は思考する。
充の再生能力を知るものは亡くなった父親以外、誰も居なかった。病院で検査された時は「自己修復能力というか、傷が治るのが速いですね」と言われただけで大して騒がれもしなかった。実際、あの時充が得た再生力は今ではあまり見ることが無くなったのだ。指を切ってもすぐに傷口が塞がるわけでもなく、翌日には薄らと消え始めている程度だった。まあ、その時点ですでに早いと言えるのかもしれないが。けれど、一脱としたものではなかった。
――だが、”それ”もすぐに戻ってくることとなる。
2102年、夏。無事警察官になれた充は大きな事件に偶然にも鉢合わせてしまった。
休日、銀行のキャッシュマシンでお金をおろそうとした時、強盗団と居合わせたのだ。男たちは擬態ホログラムを自分らに施し、道化のような格好で客や銀行員を脅していた。手には自動拳銃のSE650。間違いなく禁止指定に入るものだった。随分と物騒なものを持っている。充は感慨も無く奴らを見つめた。
――手を頭の後ろに回して伏せろ
主犯らしき男はその銃を天井に向けて発砲し、人質に強要した。白と灰色で統一された室内が静寂で支配された。弾丸は天井に見事な蜘蛛の巣のようなヒビを作りながら埋まっていた。
皆恐々としながらも、おとなしく従って床に伏せる。
充は一人、思った。
――これ、なんとかした方がいいのか
周りが指示に従う中、充は未だに立ったままボンヤリと奴らに目を向けた。
――これなら、なんとなくいけそうだな
見たところ、数は5人。自分一人でも何とか出来るだろう。
そう確信した充は、白いタイル張りの床の上、一歩足を踏み出した。
――おい、お前。何を……っ!
一瞬だった。気が付いたときには男たちの視界を覆い尽くすほどの近距離に充は迫っていた。そのまま首に強い打撃を与えて一人を気絶させる。場が静まり返った。
一瞬の躊躇によって強盗団に生じた隙を利用して充は残りを一気に片付けた。
充はこの時すでに異様に強い脚力と強靭な肉体を持っていた。それは大学での過酷な訓練の賜物でもあったが、父親の苛烈な狩りから来ているものでもあった。あの地獄の日々の中、極限まで痛められ続けた充の身体は、繰り返される怪我と治療によって、徐々に頑丈なものへと変わっていったのだ。脚は森の中、駆け続けることで強い瞬発力を有するようになり、神経はどんなに小さな気配にでも気付く鋭いものへとなっていた。
人質が唖然とする中、いつの間にか呼ばれていた警察が現場に駆けつけた。あっという間に収められていた場に警官たちは他のものたち同様、驚然としながらも事件の収拾に取り組む。そうして、人質を解放すると同時に混沌とする犯人たちを連行していった。充は一人の警察官による事情聴取を受けていた。
――なるほど。玖叉巡査か。見事なもんだな、まさか一人で奴らを片付けるとは。
怪しむ他の警察官とは反対に、男は感心していたようだった。賛否の声が聞こえてくる中、充はどうでもよさげな顔をした。銀行は何の被害も負うことなく、きれいなままだった。その殊に銀行の者たちは感謝の意を示していたが、それにも充は相変わらず関心を示さなかった。そんな時だった、
――ドン!
銃声が響いた。驚いた充はその発砲源に目を向ける。そこには腕を抑えて蹲る警察官が一人居た。
――おい、どうした!?
――、男が、ひとり……拳銃を持って、
――ボディチェックをしなかったのか!?
どうやら強盗団を逮捕する際、その男は他の武器の有無を確認しなかった様だ。そうして、連行される隙を突いて、撃たれたらしい。
――どっちへ逃げた?
――ろじ、うらの方……
男が指さす先は銀行の隣、他の店の壁と壁の間の小さな路だった。充は犯人を逃がさぬよう、咄嗟に走りだす。
――あ、待て!
後ろで怒号が聞こえたが充は構わず犯人を追いかけた。そのまま驚異的な脚力で路地を走り抜け、あっというまに男に追い着いた。だが、次の瞬間。
――パン!
足を何かが貫通した。思わず体制が崩れて充はアスファルトの上に跪いた。じゃり、間近で石を踏みしめる音が聞こえた。充は膝をついたまま顔を上げる。黒い銃口が視界に映った。
男は引き金に指を伸ばし、今にも引こうとしていた。照準が充の額に定められている。恐らくその引き金を引かれたら最後、充は脳髄を撃ちぬかれて死ぬのだろう。
――死ぬ?
その瞬間、充の心臓がドクンと一際大きく跳ねた。何かが彼の胸の中で生まれた瞬間だった。その感情は恐怖か、焦燥か、何なのかは充には分からない。けど、己の中には確かに感情というものが大きく揺れ動いていた。
男がゆっくりと引き金を引くその僅かな間、充の手が動いた。
――パン!
再び響いた銃声。弾丸は標的の斜め上を走り、的外れな壁に当たる。熱を持った銃口は充の手に握られていた。男は思わず悲鳴を上げた。必死に銃を握る手を振り回そうとするが、充によって捕まれた銃先が動くことは無い。地に跪く充に男は不思議と恐怖を抱いた。俯いていた顔が徐々に上がっていく。
其処には猛攻な笑みが見えた――。
数分後、一人の警官が二人に追いついた時には全てが終わっていた。
辺りは静かだった。聞こえるのは息切れした警官本人の呼吸だけで他には何も聞こえない。細い路地裏の中、黒ずくめの男の背が見える。警官は汗を拭いながら目の前に佇む男へと近づいた。
おい。そう声をかけようとした。だが、男は瞬間踏みとどまった。黒ずくめの男の足元に何かが見えたからだ。それは真っ赤に染まり、口はパカリと開いたまま意識を無くしているように見えた。唇からは血に染まった歯が覗き、何本か折れている。骨格は大きく歪み、変形していた。誰だか一瞬分からなかった。だが、”それ”が着ているタートルネックに視線が辿り着いて、男は瞬時に理解した。
其処に横たわっていたのは強盗犯の一人だった。
仰向けに倒れているその様は死んだように見え、惨憺たる光景が其処にあった。
事実、男は半殺しにされていた。臓器の幾つかは外部からによる打撃で潰され、折れたあばらが何本か突き刺さっていた。瀕死の状態と言ってもいい。
警官は黒ずくめの男に目を向けた。その男の顔は涅色の髪の下に隠れていて表情は見えない。だが、手は確かに血で濡れており、ズボンには何故か穴が開いていた。しかし、“怪我”をした様子は“見えない”。
強盗犯の男は病院へと緊急搬送され、充は警察署で再び事情聴取を受けた。犯人捕獲と正当防衛のため、本人に非は無いと判断は下されたが、やりすぎとのこで一週間の謹慎処分を与えられた。
その一週間の間、充は一人、アパートの部屋に閉じこもっていた。室内はそれなりに広く、新しい。独り暮らしの充には贅沢に思える住居だった。居間はキッチンのバーカウンターと繋がっており、外側の壁は一式の防弾ガラスで出来ていた。最上階の其処からは街が見下ろせ、ロンドンアイと言う名の観覧車も見える。モデルルームの様な部屋は殺風景で生活感を感じさせなかった。
ポンと殆ど家具も無い空間に置かれた黒いソファの上、充は寝そべっていた。頭を肘掛けに乗せて、ボンヤリとあの日のことを思い出す。
――久しぶりに“感情”と言うものを感じた
スルリ、黒のブラウス越しに心臓を撫でた。
目を閉じなくとも充にはあの時のことはありありと思い出せた。男に銃口を向けられた瞬間跳ねた鼓動。湧き上がる衝動。うずうずと疼きだす体。口角が自然と上がった。
それは快感だった。
命を危険に曝された瞬間、死ぬかもしれないと危機感を覚えた瞬間心臓はバクバクと鼓動を速め、脳からアドレナリンが流しだされた。心は大きく揺れ動き、充の中で激動を生み出す。
充は己が”生きているということ”を久しぶりに実感したのだ。
父との間で何度も繰り返される狩猟の中、充は命をかけていた。疲れて動かない腕、痺れて震える足。充は何時だって極限状態に居た。何度も恐怖を感じ、何度も死にそうな目にあい、そうして生還する度、充は己が生きていることを実感した。狂ったレコードのようにリピートされる感情は何時しか充の感覚を麻痺させていた。
充は例えどんな目にあっても、それは父との“触れ合い”に比べたら些細なことに思えたのだ。
充の心の感覚は完全に狂っていた。
充自身もそれに気づいていた。だからこそ、彼は“心が動いた”あの時、快感を覚えたのだ。
充の唇から吐息が漏れる。熱いような、冷たいような、形容し難い温度を持っていた。だが、思考は間違いなく叫んでいた。
――もっと、と。
謹慎処分が解けて仕事に復帰した充は溺れるように色んな事件に取り組んだ。仕事を片付ける度に人は彼を恐れた。充は勘が鋭く、頭もよく働く男だった。刑事へと昇格した彼の捜査能力には目を見張るものがあったが、もう一つ、別の意味で目を見張るようなものがあったのだ。
犯人を捕まえる際の挙行だ。それはとち狂ったように見え、精神病質者を何度か思わせた。真っ向から犯人にぶつかっていくその様は茫然自失としたように見え、恐ろしかった。被虐性淫乱症のように犯人の攻撃を笑いながら受けるその姿は何度人を畏怖させたことか。
大きな傷を負ったにも関わらず男はピンピンとしていた。平気そうに動くその体は重症なはずなのに、奴は救急車を呼ぶことさえも許さなかった。曰く、「あとで、行けば大丈夫」だそうだ。その実、男は事件の翌日にはいつも通り出所していた。とち狂ったような表情はなりを潜め、正常に見える。そう、“普通”なのだ。行動も姿勢も、その“動き”も。問題無さげに動く体は重傷を負っているはずなのに、その様子は一切見えなかった。
誰かが一度囁いた。あの男の手傷が見る見るうちに治っていく瞬間を見てしまった、と。その言葉は瞬く間に警察中に回り、何時しか誰もが彼を恐れるようになった。
“化け物”と、――。
次から次へと、節操なく仕事を片付けていく充のその様は確かに異様で、誰もが彼から距離を一歩置くようになった。そうして、充は一人で仕事を熟すようになり、気が付けば“飽きてしまった”。
“味に慣れてしまった”のだ。最近のどの凶悪犯も似たような者ばかりで芸が無い。充はもっと何かが欲しくなった。単純な犯行を起こす彼らの次の動きはすっかり読めるようになってしまい、容易く避けられる。これでは、“命の実感”という名の快感を味わえない。
充はもっと自分が予測できない攻撃を仕掛けられる者を求めるようになった。だが、いくら待てども暮せども、“誰か”が現れる気配は一向に無い。
充は再びこの世界に“絶望”しはじめていた。
そんな時だった。
――君が、玖叉充くんかい?
艶のあるアルトが聞こえた。白い廊下を振り返ると其処には静かに佇む男が居た。薄茶色の髪に栗色の瞳。スッと通った鼻筋の下では薄い唇が狐を描いていた。だが、その眼は笑っているようには見えなかった。
175センチほどの男を充は180センチの身長で見下ろした。充の細身ながらも強健な肉体には隙が無く、相対する男もまた重ねた年からか只者ならぬ雰囲気を漂わせていた。見た処、30そこそこに見えた。先ほどの流暢な喋りとその容姿からして日本人の様だった。清潔感のある顔は、奴をとても食えない男に見せた。充は眉を顰める。
――なんだ、テメー
――初めまして、私の名前は宇佐美達彦。日本の法務省の者だ。
背広のポケットから出された電子型(警察手帳風)の手帳には法務省の文字が見えた。そしてその下には、
――死刑執行部隊?
なんだ、それは。充は怪しげな視線を男――宇佐美に向けた。だが、その視線を意に介さず宇佐美は朗らかに笑った。
――まあ、平たく言えば死刑を執行するものだね
――まんまじゃねーか
――そうだね
沈黙が降りた。充は顔をひきつらせる。
――それが俺に何の用だ
――いやね、ちょっとした用件でこちらに来てみたら君の話を耳にしたものでね。探していたのさ
――はぁ?
充は益々顔を険しくさせた。それでも宇佐美がその笑みを取り去ることは無い。
――うちに来る気はないかい?
――……何?
――所謂ヘッドハンテイングだよ
充の表情が少し和らいだ。片眉が上がる。
――何のつもりだ?
――うちはまだ人が少なくてね。丁度誰か欲しいと思っていたんだ。そこで君を見つけた。
充は問う。何故。
――君、スリルは好きかい?
ピクリ、充の米神が微かに反応した。それを見逃さなかった宇佐美はすかさず続ける。
――君に更なる“力”と“機会”を与えよう。その代わり、君には我が国に潜む犯罪者たちを狩り取ってほしい……処刑という名の形で。
――ただの処刑の何処に“スリル”がある。ただ、殺すだけだろう。大体テメーの国に犯罪者なんざ殆ど居ねーじゃねーか
その言葉に珍しく宇佐美は嘆息を漏らした。
――そうだね。確かに我が国に蔓延る犯罪者は少ない。だが、その分だけ厄介なのが“沢山”居てね……苦労してるんだよ
――厄介?
充が興味を示したのを良いことに宇佐美はあざとく続けた。
――そう、厄介。彼らは人数が少ない分、器用だ。年密な計画を立てては、面倒くさい騒ぎを起こしてくるんだよ。その中で何度捕まえても、逃げ出すような奴も居てね……大変なんだ。
ぞくり。背筋に震えが走り、胸の中で期待が湧き上がった。
――他国ではあまり知られていないかもしれないけど、我々は死刑囚の身柄確保と刑の執行を主の仕事とし、また刑執行を妨げる人間への攻撃も認められているんだ。だから、他部署と比べたらウチは物騒な仕事をしているんだよ。
殺し合いなんて日常茶飯事。死刑囚だからその分、危険な思考はしてるし、トリッキーな罠を張ってくる輩も居る。
私たちはそんな奴らを捕まえて処刑しなくちゃいけないんだよ。死刑対象の犯罪者は、殆どうち以外に誰も相手することを許されていないからね。
その言葉に充の胸は高揚した。にやり、と無意識に口が笑む。彼を見て宇佐美もまた薄らと笑みを浮かべた。
――そいつらは、強ーのか?
――強い、というよりさっきも言った通り厄介だね。凶悪だよ。中には頭脳的な奴も居る。
十分だ。充は確信した。この男の国にはまだ、自分のまだ会ったことの無い、未知なる者が居ると。彼は直感した、日本と言う国は英国以上の”何か”を隠し持っていると。
2103年、夏。ロンドン警察庁から一人の男が姿を消した。
此処まで読んでくださり誠に有難うございます。
次回からは視点を元の現実に戻させていただきます。
これからも応援していただけると幸いです。
もし何か感じことがありましたら一言だけでも構いませんので、感想欄にどうぞお残しください。
宜しくお願いします。




