処刑場へのご招待
午後3時59分。二子新地行きバス内。
草地を警察から引き離すことに成功した金城はその事実に興奮していた。
「ふっ……」
自分でも気分が高揚してゆくのが分かった。体が震える。腹の奥から何かが競りあがってきて、それをぶちまけたい衝動に駆られた。口角も徐々に上へとつりあがる。
「ふはーはーはー……」
喉を震わせながら、口から飛び出る声は可笑しい。高いような、低いような、不思議な声だ。手の内のリモコンは振るえ、スクリーンを見つめる目は三日月の様に細まっている。
「ふへ、ふえへへへへへえへへへへへ」
ついに感情を抑えきれず、笑い声のような物が金城の口から漏れた。そのまま、湧き上がる衝動に任せて立ち上がる。
「いよっしゃ、うっしゃ、うるしゃあ! 見たか畜生目!
俺の勝ちだ、ウィナーだ、ヴィクトリーだ! イエス、アイ、キャン、いやっふう!」
最後の言葉は口笛を吹くように叫び、両の親指を立ててクロス、という可笑しなポーズを思わずしてしまった。だが、誰がそんな自分を責められようか。何故なら己は敵である行政機関を出し抜き、完全にとは言えないが草地を奴らの手から奪還することに成功した。これは紛れも無い事実であり、その事に自分は狂怖したのだ。
そう、狂怖。“狂喜”と“恐怖”が混ざり、金城の頭の螺子は狂った。否、正確に言えば吹っ飛んだ。草地を乗せた車を無事発進させられた瞬間、彼の頭に刺さっていた理性の螺子は吹き飛び、ロケットのように遥か彼方へと噴射されたのだ。
喜べば良いのか、恐怖すれば良いのか、正直金城には分からなかった。草地がこれで処刑されずに済むのは喜ばしいことだ、だが同時に己と言う存在は大きな罪を犯し、完全に処刑対象となってしまった。引き下がれないのは解っている。覚悟はもう決めた。だがやはり恐怖は拭い去れかった。
――もし、見つかってしまったら、俺は。
その先の想像をすることに、脳は拒否反応を起こし、自然と喜びのほうへと心の天秤を傾ける。草地は、死なない。俺は警察を出し抜いた。そんな俺は凄い。そうやって、金城は無理やり思考を良い方向へと走らせ、小躍を始める。そうして、
「あ、っほっれ、っほっれー!」
なんて言いながら、座席の上に乗せた真っ黒なスクリーンに向けてお尻を振っているわけだが。実際は、
「ごめんなさいごめんなさい。本当に申し訳ありませんでした。へい、俺は屑です。アホです。とんまです。●●(ピー)です。ほんとスミマセンでした。どうぞ私めの頭を踏んづけてくださいまし上王様、王様、ヘリカブト様」
なんて、涙目で頭の中で土下座をしていたりする。こんなことをしている場合ではないと自分でも理解しているのだが如何せん今回の事は流石に重量オーバーだ。こんな事件を起こしておきながら言うのも何だが、自分は庶民だ。一般人だ。どこぞのテロリストではない。こんなことはやったことも無ければ、奴らのように所謂 “崇高な使命”を掲げたわけではない。
ふう、と金城は息を吐き出して、自分を落ち着つかせた。早鐘を打っている胸に触れる。大丈夫、俺は大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。
しばらくして、思考は正常に働きだし、大分覚めてきた頭で、金城は周りを見渡した。そして、ふとある事に気がつく。
「……」
こちらを怪しげに見る影が一つ。
「……金城くん。あなた、何してるの?」
――なえセンだった。
最悪だ。金城は思わず顔を歪める。突然の事態の急変にパニックを起こし、正常な判断を失い、可笑しな言動を自分は繰り返してしまった。そんな自分を周りが引いたような目で見るのは仕方無い。 事実、彼女以外にもあと二対、冷たい目で見る数少ない乗客員が居た。バスのAIロボットは、感情なんてものは持ち合わせていないので、此方を振りむかない。それがちょっと悲しいような、ホッとしたような、金城は複雑な気持ちでいた。だが、問題は其処ではない。目の前の女性に気まずげに視線を戻す。
「あなた、頭大丈夫?」
――余計なお世話だ。
何か可哀想な者を見るように、声をかけるなえセンに金城は思わず即答で返す。あくまで心の中でだが。
「はい、すみません。オンラインゲームに嵌ってて、つい声を上げてしまいました」
「……お尻も何か振ってたけど」
―――そこから見てたのかお前は。
当たり前だ。いつの間にこのバスに乗っていたのかは知らないが、あれだけ騒げば誰でも見てしまうだろう。だが、触れてほしくなかった。出来れば記憶から抹 消するか、それが出来ないなら、そっとしておいて欲しかった。出来れば口に出して蒸し返して欲しくなかった。「触るなよ。常識だろう」、と金城は頭の中で 彼女を罵倒をする。
そもそも、何故なえセン、もとい、土宮香苗は此処に居るのだろうか。確かに今日は休日だし、何をするかは彼女の自由だが、何故かスーツを着ている。そして相変わらず濃い化粧をしている。化粧の匂いが少し強すぎて金城は思わず眉を諌めた。それに気づいた様子のなえセンは一瞬顔を歪ませると、ため息を吐いた。
「……まあ、いいけど。此処は公共の場よ。少し、慎みなさい」
「はい、すみません」
それだけを言うと、彼女は2つ前の座席に戻る。珍しい、何時もならもっとネチネチとしつこく言ってくるのに。金城は少し首を傾けた。けど、今はそれを気にしている場合ではない。
座席の隣に設置されているモニターのボタンを押して、次の駅を確認する。金城は7つ先のバス停で降りる予定だ。そこから15分ほど歩いた人目の少ない所で草地と落ち合うつもりだから、車は待ち合わせ場所に来る途中で捨てさせる算段である。草地を待ち合わせ場所まで誘導させるための裏ルートを金城は頭の中で展開させた。此処に来る前に一応地図を覚えてきたのだ。
周りに見えないように黒くしていたスクリーンをもう一度オンにして、股の間に置いた。そして体で隠すように覆いながら、金城は草地の様子を確認する。
―――草地は警戒していた。
「……なんで?」
ポツリ、と疑問を零すが当たり前だ。金城は奴に何の話もせずに勝手に犯行を進めたのだ。自分が誰かなんて解るはずがない。解ったら奴はとんでもないエスパーだ。
何とか草地の前に居るドールは自分だと伝えられないか、金城は頭を捻る。だが、中々良い案が浮かばず、髪を掻き毟った。喋ろうにもドールにそんな機能はついていないので出来ない。とりあえず、草地を安心させようとドールに親指を立てさせた。
―――今度は後ずされた。
「……ええ、」
親指を立てただけなのに何故そこで引かれたのか金城にはよく分からなかった。困った、とまた頭を捻る。そして、ふと奴の漫画好きを思い出す。これはどうだろうか、とある古いギャグをかましてみる。
―――シェ―のポーズだ。
これに一時期はまった事がある金城は、草地と店番をしていた時によくやっていた。このギャグは最近の年寄りも殆ど知らず、草地や彼にしか意味は伝わらない。
『……まさか』
耳に嵌めた無線イヤホン越しに、草地の声が聞こえた。どうやら、気づいてくれたようだ。その事実が分かった金城は安堵の息を漏らす。これで計画を最終段階に進められそうだ。
だが、草地の様子が急変する。困惑したようにこちらを見た後、奴は苦しそうに顔を歪ませた後、座席の上で蹲ったのだ。どこか具合が悪くなったのだろうか。焦った金城はドールを操作して、奴に近づこうとした。その瞬間、
―――ドオン!
「いっ……」
突然大きな音が鼓膜に響いた。キーン、と未だに耳の中で鳴り響く音に顔を歪ませる。スクリーンを見るとドールの視界が揺れていて、乗っていた運転席から落ちそうになっていた。指を動かしてタッチパネル式のリモコンを操作する。なんとか、椅子にしがみつく事に成功した。だが、ドールの頭上から不穏な音が聞こえてきた。何かを引き破るような鈍い音だ。気になった金城はドールの視界を、その音の発信源へと向けた。
すると、其処には引き剥がされたドアがあり、その向こう側には
―――猛獣のような目をした銀髪の男が居た。
「あっぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」
バスの中で異様に高い声が鳴り響く。
「何事!?」
突然の悲鳴に驚いた土宮香苗が立ち上がった。他の乗客も何事かと金城に目を向ける。
その視線に気づいた金城は震える唇を一生懸命動かしながら、「すみません」と謝った。冷や汗が気のせいか垂れてきた。
「ゲームでちょっとハプニングが、あっちゃって……」
その言葉に一人は「なんだ、」とため息を吐いて再び視線を前に向け、もう一人も迷惑そうに元の姿勢に戻った。土宮香苗は未だにこちらを怪しげに見ている。気まずそうに目を逸らして「今、それどころじゃないんだよ」、と内心で毒づく。
「ねえ、あなた本当に大丈夫なの?」
「はい……すんません」
珍しく何処か心配そうな彼女にに頷く。だが、納得していないのかなえセンは続ける。
「何かあったんじゃないの?あなた、何時も以上に様子が可笑しいわよ」
「いえ、ほんとうに、『ようぅ、随分と可愛らしい“伏兵”が居たもんだなぁ』 アヒィィィィィ!!?」
突然耳元で響いたテノールに金城の肩は飛びあがった。なえセンもビクッと跳ね上がりながら彼を驚いたように見る。
顔から血の気が引いていくのが分かった。金城の顔は面白いぐらいに青白くなっていく。それほど彼は今、恐怖の念に覆いこまれているのだ。体がガタガタに震えて、段々と足のつま先から冷えていく。そのせいで尿意を感じてきた。
『面白ぇことしてくれんじゃねーか。なぁ?あんな玩具使って俺を翻弄するたぁ、見事なもんだ。
どうやって車うごかした?ありゃあ、普通声紋認証とか必要なんじゃねぇのか?』
――お前こそどうやってドア壊したぁぁ!?化け物か!?やはり化け物なのかテメぇは!?
玩具なのはしょうがねぇだろ!ジリジリ貧貧学生なんだよ俺は!武器買えるルートなんて知らんし、それ以外使える物が無かったんだよ!!悪いか畜生め!は い、すいませんでしたぁ!別にからかってるとかそんなんじゃ無かったんだから、もう許してお願いだからぁ!そんな声で喋らないでぇ!!
何を言っているのか金城は自分でも分からなかった。頭の中は完全にパニック状態だ。訳の分からない言葉の羅列が頭の中で並べられ、混乱のあまり涙が込み上げてきた。それでも、テノールボイスは無情にも続く。
『ここまで、やってくれたんだぁ、覚悟は出来てんだろうIdiot?』
――イディオットって何ィィ!?どういう意味!?英語、仏蘭西語、独逸語、はたまたは羅典語ォ!?どっちィ!?
『けど素人にしちゃあ、よく頑張ったなぁ。褒めてやるよ』
――有難うございますぅ!!?
『そこで、テメーはDeathParadiseへ招待してやるよ』
――地獄じゃねぇかああ!?
一言も喋っていないのに、何故かこの猛獣の様な男との会話が成立しているような気がした。スクリーンを見なくとも分かる。最初に見た奴のあの猛禽類のような眼は、今でもギラギラと光っているのだろう。
「ちょっと、金城くん?大丈夫?」
余りにも様子の可笑しい自分を心配して土宮香苗が声をかける。それがとても希少な表情だということを金城はこの時気づけなかった。本当にそれどころじゃなかったからだ。ガタガタと音を立てだした歯を必死に動かす。
「大丈夫です」
意外とすんなりと綺麗に言葉が出た。土宮香苗も少し安心したような顔をしている。「そう、」と彼女が再び席に戻ると金城はスクリーンに顔を向けた。今度はちゃんと声を抑えようと唇をかみ締める。
大丈夫だ、これ以上何が起きても俺は驚かない。
『そんじゃあ、とりあえず…こっちを先に捕まえるかぁ』
銀髪の猛獣、否、男は丁度金城のドールに手を伸ばそうとしていた。恐怖で飛び上がりそうな声と体を必死に抑えてドールを走らせる。
――来るなああああああああああああああああああああ!!
それでも心の叫びは止められなかった。
震える指を必死に動かしてドールを操作しようとする。が、動けなかった。捕まったわけでも追い詰められたわけでもない。ただ、男に隙が無さすぎて、どう動けば良いのか分からなかったのだ。言うなれば蛇に睨まれた蛙状態だ。先ほど、奴から逃げるために、後ろの座席へとドールを下がらせてしまった。車から出るには、運転席のモニターに触れてドアを開けなければいけない。だが、すぐ傍には男が居る。この小さなドールでは自力でドアを開けるなんて不可能だ。
じりじり、と後ろへ後退してゆく。何か方法は無いかとドールの視界を回す。やはり出口は男が塞いでいる壊れたドアしかない。このドールに“バトルゲーム 用”の武器でもあれば良かったのだが、経費が足りず、つける事は出来なかった。まさか、こういう時に「世の中は金」だと思い知らされるとは。金城は唇をかみ締める。悔しい限り だ。
ちらりと、隣の座席に座っている草地に目を向ける。奴は困惑しているようだった。ドールと男を交互に見ては難しい顔をしている。
もう一度男に視線を向ける。奴の顔は狂喜染みた様に笑っている。狩を楽しむ獣のようだ。小さく素早いこっちの方が有利なはずのに、奴に主導権を握られていた。どうすればいい。上手い策が思い浮かばず、頭痛がし始めたその時―。
『くっざぁぁ!置いていくなんて酷いよぅ!』
『待ちなさい二人とも!』
『…あぁ?』
―――男に隙が出来た。
今だ。そう思った金城はドールの脚の裏に装着されていたブースターに点火する。一瞬で前方の座席、天井、そしてルームミラーへと飛び移り、そのまま男の横を飛びぬけようとした。が、
『!』
直ぐに気づかれ、奴の手が伸びてきた。
―――どんな反射神経してんだよ!?
悪態を吐きながらも、攣りそうな指で必死にドールを操る。
『!!』
伸びてきた手が迫る瞬間、ドールの身を空中で翻した。そして逆にその掌を足場にして、下へと飛び移る。急に手の届かない所へと移られて、男の反応が遅れる。座席の下へと素早く降りたドールは、男の足の間を通って外へと出た。
―――よし!
思わずガッツポーズをしてしまった。けど、まだ油断は出来ない。金城は気を引き締めてリモコンに触れる。
見つかってしまった今、此処は退くしかない。先ほどの声からして、残りの仲間もついに追いついてしまったようだ。幸い、男がドアを破壊してくれたお陰で、しばらく車は動かせないだろう。その間に計画を無理やり練り直して、このドールだけで何とか草地の奪還を試みるしかない。
今度は男の足が追いかけてきた。ピンポイントの高さで蹴り上げてくる脚をかわそうと、またドールの身を翻す。男の蹴りを反動力に使い、ブースターを更に強く点火し、遠くへ跳ぼうとした。それがいけなかった――
『はうっっ…!!!』
「え…」
ドールが何かに当たった。否、ぶつかった。
何かに衝突してしまったドールは、そのままアスファルトの上へと転がってしまう。ガシャン、と嫌な音がした。スクリーンには青い空が映っている。どうや ら、仰向けに倒れしてしまったようだ。急いでドールを立ち上がらせようとするが、上手く動かない。さっきの衝撃でどこかを損傷してしまったようだ。ちっ、 と金城は思わず舌打ちする。焦りが込み上げてきた。このままでは草地を助ける手立てを失ってしまう。
しばらくすると、何かが崩れ落ちる音がイヤホン越しに聞こえた。ふと気になって、頭がまだ動くドールの視界を、その音の発信源へと向ける。
男が蹲っていた。恐らく、金城が法務省の前で見た眼鏡の男だ。彼は痛そうに身悶えている。どうやら、先ほどドールがぶつかったのはこの男の急所らしい。あまりにも痛そうにしていたもので、何処だ、と目をふと向けてみると。
「…………………………………………………潰しちゃった?」
男が抑えているのは股間だった。
どうやら自分はやってしまったようだ。だが、そんなことに構っている暇など無い。罪悪感を感じながらも、金城はドールを再び動かそうとリモコンに触れる。だが、時既に遅し。
『よお、』
ざりっと、アスファルトを踏みしめる音が聞こえた。どうやら捕まってしまったようだ。金城は歯を食いしばる。心臓が早鐘を打つ。どうするどうする。頭はその言葉で埋め尽くされる。
――このままじゃ本当に草地が死んでしまう!
ギュッと、目を瞑る。何か方法は無いのか。必死に頭を巡らせる。
『おもしれえもん見せてくれて有難よ』
『ぷっ……ぶふ。だ、だめだよ、玖叉。そ、そんなこっ……く、言っちゃ……』
『お前が、それを言うな……っ!』
愉快な声。笑い声。呻き声。三つの声が金城の鼓膜を震わせる。
『……そのお礼っちゃあ、なんだが。気が変わった』
その声に俯かせていた顔を上げた。
『I'll give you a chance, idiot。(チャンスをやるよ、あほ)処刑時間を一時間延ばしてやる。
二時間だ。二時間後、この死刑囚の餓鬼を殺す。それまでに江田の処刑場へ来い』
思考が停止する。この男は、今、なんと言った?
『な……、玖叉!何を考えているのですか!それはっ』
『あ、長官さん敬語に戻った』
『いいだろう、別に一時間ぐらいよォ』
『ふざけないでください!これは正式に裁判所を通して決めたことですよ!?』
『別に良いじゃーん。面白そうだしさぁ。私はさんせーい』
『篠田は黙ってなさい!そう簡単に決断を覆せるわけがっ……!』
『死刑に関しての権限を持っているのは死行隊だろーがぁ。最終的な判断をするのは俺たちで許されているはずだ』
『だからと言って……!』
『ぎゃあぎゃあ、うるせーぞ長官さま。
っつーわけだ、Idiot。江田まで来い。場所は知ってんだろ?』
「……」
冷や汗が頬を伝う。スクリーンを握る手には力が篭った。横たわるドールを拾い上げて、こちらをカメラ越しに見つめるその顔は、楽しげに見えた。金城の頬に冷や汗が垂れる。どうやら、この男は自分の目的が草地を奪還することだと気づいているらしい。
『処刑場の中。そこにコイツを放置しておいてやる。手錠も外してな』
――正気か。
この発言。喋り方。まるで、
『ルールは簡単だ。処刑執行時まで、コイツを俺から奪還して見せろ』
――ゲームだ。
『コイツを助け出して、お前が勝つか。お前とコイツを殺して俺が勝つか。見ものだなぁ』
『ちょっとォ、“俺たち”でしょー?私も参加したいー!』
『二人とも人の話をっ』
『それじゃあな、Idiot。会えるのを楽しみにしてるぜぇ』
ドールを破壊されるかと思ったが、そのまま一緒に持っていくらしい。ハンデのつもりだろうか。イヤホンからは未だに奴らの騒ぎ声が聞こえてくる。恐らく眼鏡の男と揉めているのだろう。草地にもあの一方的な会話は聞こえていたのだろうか。わからない。
頭が真っ白だ。
力無げな声が金城の唇から漏れる。
「……本気かよ」
視線を上げて隣のモニターを見る。次の駅で降りなければいけない。でも目的の場所に行っても草地は来れない。結局また奴らに捕まってしまった。
金城に残された“道具”は奴らの手の中にある、壊れかけのドール、隠密方に使っていた車の“トムトム”、小さいネズミ型のロボット、そして、リュックサックに入れてある水鉄砲などの玩具たち。
大きな溜息を吐く。もう遠距離から草地を助け出すことは出来ない。先ほどの銀髪の男が言ったとおり、直接“処刑場”に行くしかないのだろう。
――だけど、あんな“化け物”を相手にどう戦うんだ?
分からない、何も考えられない。
手が震え出した。恐怖が胸の中で渦巻く。眩暈を感じた。怖い、ただそれだけの感情が金城を埋め尽くす。どうすれば良いのか解らなくなってしまったのだ。
草地を死なせたくない。でもアソコには足を踏み入れたくない。金城は拳を強く握った。
――俺はまだ、死にたくない。




