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私は犯罪者ですか?  作者: 苗字名前
第2章――物語の始まり、”反逆者の誕生日”
13/53

接触

  午後3時45分


 薄暗い寝室の中、金城は一人、正座をしていた。

 目の前には三方にのせられ、奉書紙が巻かれた白鞘の包丁。

 火事の惨状を映し出しているスクリーンに黙礼し、右から肌脱ぎをする。左で包丁を取り、右手を添えて押し頂き、峰を左に向け直し、右手に持ち替え、左手で三度腹を押し撫でた。

 そう、コレは


―――切腹だ。


「…ごめんなさい、父さん、母さん、皆。先立つ俺を許してくれ」


 俺に生きる価値など無い。


 目の前の惨状を作り出した自分を恐ろしく想った金城は、今ここに居ない家族、そして友に懺悔をし、臍に包丁の先端を当てた。


――ピピピピピピッ


「っのあああああああああ!!?」


 突然、鳴り響いた音で我に返って包丁を落とす。


「っうお!? あぶねっ!!」


 危うく、そのままブスリと足に刺さりそうになった包丁を間一髪で避け、尻餅をついた。じーんと痺れて痛い足を摩る。次に、股の間に見事に縦にグッサリと刺さった包丁を見て金城は驚愕した。


「って、俺は何を!?」


 いけない。自分の仕出かした事が余りにもとんでもない事になっていたもので、つい現実逃避をしてしまった。

まさか包丁まで用意するなんて、と金城は自分のことながらもその奇行に呆れた。


「…アホか」


 死んで罪を償うのは間違っていると、この前気づいたばかりなのに、なに馬鹿をやっているんだと己に毒吐く。草地を助けるために犯罪だって犯すと決意したのに、こんな初っ端から動揺するなんで本当にどうしようもない。


―――パン


 気合を入れなおすために頬を叩いた。じんじんと鈍く痛む頬は熱を持っていて後で腫れそうだ。だが、頭を冷やすには丁度良い。熱くなった頬とは対照的に頭が冷えてゆく。


 そうだ、もうやってしまったんだ。引き返すことは出来ない。もう、このまま突き進むしか無いんだ。


 冷静に思考を回せるようになった脳に従って体が立ち上がる。そうと決まったら膳は急げだ。金城は部屋の片隅のクローゼットからリュックサックを取り出すと、出かける支度をし始めた。

 時間は待ってくれない。早く此処から出なければ計画の次の段階に間に合わない。本当に急がねば、と手を動かす。


(……そうだよ。さっきだってアラームが鳴って、)


「…ん?」


 ガバッと鳴った時計を掴んで、次に床の上に放置していたマップスクリーンを見た。


「って、嘘だろ!?」


 草地を乗せたワゴン(発信機つき)はかなり先へと進んでおり、あと30分で処刑場までにつきそうになっていた。

――やばいやばいやばい!

 急いで用意していたリュックサックと必要なスクリーン、そして残りのリモコンを持って部屋を出た。大きな音を立てながらドアを閉めて、鍵をかける。母に部屋の中の物を見られたら不味い、としっかりと施錠をする。そうして、必要な物は全て隠したことを確認すると階段を駆け下りた。

 黒いキャップの上にフードを目深に被って裏口から家を出る。

 腕に装着している端末を見ると、3分は立っていた。


「っくそ!」


 阿呆な事をしたばかりに時間を潰してしまった。動きながら計画を次の段階に移すしかないと住宅街の中を駆ける。都合の良いことに、このリモコンたちは掌に納まるほど小さく、操縦しやすい。少し重たいリュックサックを背負いなおして、バス停までそのまま走った。

 タイミング良く来た急行バスに乗り上げ、一番奥の座席まで進む。幸い、人は殆ど居ない。これなら他人に見られずに行動を起こせる。周りが此方を見てないか確認をし、死角になりそうな窓際の席に着いた。急いで小型スクリーンを展開してラジコンと車の位置を確かめる。万が一、何があっても見つからないように股の間にスクリーンを設置して、隠すように深く体を屈みこませた。傍からは怪しく見えるが、一番後ろにいるから誰にも見えていないし、見つかったとしてもただの変人として片付けられるだろう。(余計に怪しく見えることに残念ながら金城は気付いていない。)


 車は着々と進んでおり、焦る思いを落ち着けてリモコンの操作を始める。小さな黒いスティックを握る手は震え、胸の鼓動が早まる。処刑場に辿り着かれてしまったら終わりだ。あそこに入られたら中の構造を知らない自分にとっては不利だし、おまけに警備員や警備ロボットだって居る。途中で“奴ら”の足を削ぎ落さなければ草地を助け出すことは出来ないだろう。此処が正念場だ。

深く息を吸う。そして緊張、あるいは未だに残る恐怖からか、喉を押さえながら震える息を吐く。目を瞑って次の段階のイメージを広げ、3つ目のラジコンのボタンを押した。







――― 一方、中央自動車道、黒ワゴンの中。


「中々、掛かって来ないねー相手。もしかしてアッチで待ち伏せでもしてんのかな?」

「さあ…。途中で仕掛けてくることもあれば、何処かで罠を張っている可能性もありますし。

 様子を見るしかないでしょう」


 暇を持て余したようにだらけきった姿で座席に座るメイは足をプラプラと振る。眉を八の字にして、口を窄めたその顔は不満な表情をありありと出している。その様子に、釘崎は嘆息を漏らした。


「……言っときますけど、寧ろ来ないほうが良いんですからね。その分だけ書類と手間が増えるし、―」

『障害物を察知しました。速やかに停止します』


 瞬間、急停止した車に釘崎たちは怪しげな顔をした。


「!」

「なに……?」

『障害物を察知しました。停止します。安全が確認されるまで少々お待ちください』

「……どうやら、セーフティシステムが作動したようですね」


 先ほどの車のAIアナウンスと共に、フロントガラスに表示された「OBSTACLE (障害)」の文字を見て釘崎は怪しんだ。大体の車は事故防止のため、危険を察知すると自動的に停止、あるいは最善のルートへと移るセーフティシステムがAIに組み込まれている。恐らくこのセーフティシステムはさっき言ったとおり何か障害物になるものを見つけたから止まったのだろう。だが、可笑しい。そんなもの、車内から見たところでは見当たらない。釘崎の警戒心が一気に膨れ上がった。


――何か、ある


「……来たか」

「のようですね」


 玖叉の口角が上がった。シーツにだらしなく寄りかかっていた背中を起こし、パンツのポケットから手を取り出す。一見、気だるげに見えるそのゆっくりとした動作とは裏腹に、彼の顔は獲物を見つけた獣のように生き生きとしていた。その様からこの状況を楽しんでいることが手に取るように分かる。釘崎は再度ため息をついた。この男がこういう顔をしている時、必ず面倒事が起きる――ストレスで毛が薄くなりそうだと髪を摩る。


「私が降りて確認をしてきます。二人は此処で、」

「えー!やだよー、せっかく退屈しの…仕事が出来そうなのに!」


――この(アマ)、退屈しのぎと言おうとしたな。


 釘崎の口元が僅かに引きつった。この娘は何時もそうだ。仕事をゲーム感覚のようにこなし、楽しんでいる。書類に関しては碌にまともな物を書かないくせに、こういう緊迫した状況、あるいは死刑囚と対面する時、必ずと言って良いほど積極的に仕事に取り組む。だが、それは決して誠実な思いからではなく、「VRゲームの様で楽しい」という不埒で、最も忌むべき遊び心からだ。だからこの娘を行かせることに関しては躊躇いがある。こういう時に限って“遊び”すぎて問題を起こすからだ。真面目を絵に描いたような釘崎は眉間に皺を寄せた。

 そんな彼に追い討ちを駆けるように玖叉が何時に無く、援護射撃をかける。


「別にいいじゃねーか。つーか、俺らが一緒に行ったほうが良いだろ。何があるか分かんねーし、大体いま“健康体”のテメーは殆ど不能だろーがよ」

「…機械(マシン)を」

「それをやる前にお前はやられるな。絶対」

「あなたたちねぇ…」

「じゃあ、行くか」

「ほいほーい」「おい」


――この●●(ピー)ども、勝手に降りやがった。


 話を聞かずに車から降りた二人を見て、釘崎は拳を震わした。静かに三人のやりとりを傍観していた草地はギリギリと鳴る拳を見て釘崎に同情した。これから自分が処刑されるというのに、何故か釘崎の方が可哀想に思えた。だが、そんな様子は何処吹く風。全く釘崎に興味が無い二人組はさっさと車のフロントへと廻った。


「あっれー? 」


 疑問の声をあげたメイに釘崎は問いかける。どうやら怒りを何とか静められたようだ。今日一番の深い溜息を吐いて、眉間の皺を解いた。


「どうしたんですか? 」

「なんにもないよう?」


 釘崎の片眉が怪しげに顰められる。フロントに何も無いのは可笑しい。この車は先日メンテナンスをされたばかりだ、AIが誤認識するなんてありえない。


「車の下には? 」

()ぇーよ。何にも」


 ならば後ろか、と思うがルートを塞いでいるはずの障害物が車の後ろにあるというのも可笑しい。草地をちらっと見る。重たく頑丈な手錠はしっかりと手首にかかっており、普通に自分で解くのは無理があるだろう。鍵、あるいは死行官の指紋が無ければ解けない代物だ。ほんの少し間なら大丈夫かと草地から目を離して、釘崎は車の後ろへと向かった。


「……これは」


 あった。

 タイヤにへばり付く長い手足に、赤い柔軟なプレートで覆われた12センチほどの風船頭。

――タコだ。


「これは、また何と……悪趣味な」


 可愛らしい顔のデザインやその簡単そうな作りからして、子供用の玩具だろう。あるいは最近流行っている「マイペット」と言う簡単な動作しか出来ない愛玩ロボット。タイヤに向かって突き出した丸いピンクの口には、軽く尖った物が詰まっている。


「廻るタイヤによって潰されるタコで、崎端を押し付けて穴を開けようとしたんですかね」


 馬鹿馬鹿しい。意外と子供っぽい発想で来た敵に釘崎は呆れたように息を吐いた。油断させて攻撃を仕掛けるものだとしても、爆弾などの類なら車のAIが即座に察知するから無駄だ。

 だが、このタコはどうやって此処まで来て、タイヤに張り付くことに成功したのだろうか。周りを見渡すが犯人らしき影は見当たらない


「ああ! “へっぱりダコ”!」


 興奮したように声を上げながらメイが駆け寄ってくる。どうやら彼女はこの玩具を知っているようだ。「何だソレ?」とくだらない物を見るかのように半目で視線を寄越す玖叉。この男と一緒と言うのは嫌だが、今回ばかりは同感だと釘崎は僅かに頷いた。


「知らないの? 飼い主がインプットした物が視界に入ると、反応して何時でも何処でも追いかけてへばり付くロボだよ。最近すごく流行ってるのに」

「……くだらねぇ」

「何で、そんな物が……」

「いやあ、コレがまた面白いんだって。やりだしたら意外と嵌るんだよコレ。流石KONAM●」


――お前もか。

 釘崎の頭にメイはくだらない嗜好を持っていると言う情報が新たに追加(インプット)された。どうやらこの娘はどこまでも残念な志向をしているらしい。

 だが、なるほど。そういう機械ならばタイヤと言う言葉をインプットしておいて、この周辺に仕掛けてたら此処まで来ても驚きはしない。ここは殆ど警察が使うルートだ。そして今日この車線を使うのは処刑日ということもあって、死行隊しか使わないから、他の車にへばり付く心配も無い。一応、相手も考えたようだ。

 釘崎はメイを横目に見る。


「篠田、何か反応は?」

「んーん、なんも。全く“感情”が移ってないよ、これ。お相手さん、あんまり真剣じゃないのかね」


 感情が無いのか、思い入れが無いのか、あるいは軽い感情でこの事件を起こしたのか。いずれにしても油断は出来ない。法務省の周辺をあれだけ爆破して我々に喧嘩を売ったのだ、普通の人間でないことは確かだ。


「……とりあえず、慎重に外すとしましょう」


 釘崎はゆっくりとタイヤに近づいてタコを取り外す。すると、声が響いた。


『初めまして、警察の諸君』

「「「!」」」

『僕の演出は気に入ってくれたかな?』


 釘崎たちは息を呑んだ。まさか、こんなにも早く接触を図ってくるとは思わなかった。やはり、随分と大胆な過激犯のようだ。


「ほう、まさかこんな形で話が出来るとはな…… 」


 異様に高い機械的な声、おそらく敵は変声期を使っているのだろう。実際の声を聞けばこの犯人がどのような相手なのか、大体の推測を立てられるというのに。玖叉は少し残念に思った。

 だが、それもそれで面白い。まったく素性のわからない敵と戦うのも、また一興だ。存分に楽しませてもらおうと心を弾ませる。


『僕がこうしてキミたちに接触を図ったのは一つ、取引をしたいからだ』

「取引……?」


 釘崎の疑問に答えるように、手の中のタコは続ける。


『車の外に死刑囚の少年以外の者を全員連れてきほしい。これは必要なことだ。彼には内容を聞かれたくないからね。話はそれからだ』

「……」


 犯人はやはり草地のことを知っているようだ。だが、話を聞かれたくないというのはどういうことだろうか。釘崎は眉を顰める。


『早くしたほうが良い。でないと、次は何が起きるか分からないよ』


 “何が”とは何だ。また何処かで爆弾を爆発させる気か、それとも全く別の何かを自分たちに仕掛ける気か。未だに得体の知れない相手に、釘崎たちは警戒心を更に上げる。言動からして、主導権を握られているのは悔しいが、こちらの方だ。おまけに今までの犯行、そしてこのふざけた演出からして犯人は愉快犯にも思える。厄介な相手だ。此処は大人しく従って、相手の先を読んだほうが良いと、釘崎はメイたちに頷く。メイたちも賛成のようだ。


『まだ、他に仲間が居るんじゃないの?』

「……我々は此処に居るコレで全員です」

『……』

「本当です、」


 疑っているのか、沈黙がしばらく続く。返事が無いタコに痺れを切らした釘崎が再度、声をかけた瞬間、


「……え?」

「は、」

「えええ!?」


 ワゴン車が突然、猛スピードで音もなく走り出した。


 呆気に取られた三人が我に帰ったときにはもう随分と車が小さくなっていて、とても追いつけそうにない。


「……騙された?」


 ポツリ、と溢されたメイの声で一足遅く我に帰った釘崎は急いでタコを見た。そして、その胴体の下、8本の足の根元の中心部にある物を見つける。そこにはテープで貼り付けられた小さく四角い、青い機械があった。


「……これは、ミュージックプレイヤー?」

「はあ……?」


 玖叉が素っ頓狂な声を上げた。小型の音楽プレイヤーの真ん中には大きな操作ボタンがあり、その周りに円を描くようにスピーカーの穴が空いている。以前、若者の間で流行っていたレトロのプレーヤーだ。洒落たデザインとラップトップ(パソコン)から幾らでも、無限大に音楽を入れられるということで人気だった。


「……なるほど。タコがタイヤに張り付いたことによって、プレーボタンが押され、私が外した瞬間に音が流れたわけですか……」

「ええっと、それってつまり……」


 メイがまさか、と困惑したような表情で言葉を紡ぐ。


「私たちと接触しようとしたわけじゃなくて……初めから録音した声で、車から連れ出そうとしただけ?」

「そうですね…そして此処で時間を潰している隙に車を何らかの方法で勝手に動かした……」


 釘崎は苦い顔をした。まさか、通信機ではなく唯の録音されたプレーヤーとは思わず、実際に相手に動向を見られ、主導権を握られたと思い込み、まんまと策に嵌ってしまった。とんだ失態だ。油断していたなんて、言い訳にもならない。自分たちは犯人にまんまと踊らされた訳だ。通信機でも、盗聴器でもなく、素人の玩具で。

しかもタコの口の中には、小型のケータイが仕込まれていた。どうやらこの鋭利な鉄の塊の後ろに隠してたらしい。

 恐らくコレで盗聴されていたのだろう。何処まで馬鹿なんだと、釘崎は自分に呆れると同時に悔しさがこみ上げ、歯軋りする。


「……なんだ、それ」

「玖叉……?」


 ボソリ、と呟く声が聞こえた。気のせいか、奴から不穏な気配を感じる。


「……面白くも接触を図ってきたと思ったら、ただの録音?しかも、隙をついたらトンズラ……?」


 少しずつ、少しずつ、奴から殺気が漏れ出してくるのが分かった。


「……ふざけんのも大概にしろよ、Fucking bustard(糞野郎が)」


――どうやって、“見つけて”追い詰めてやろうか。









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