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私は犯罪者ですか?  作者: 苗字名前
第2章――物語の始まり、”反逆者の誕生日”
12/53

ちびりそうだ

 午後3時30分。中央自動車道。


 草地を乗せたワゴン車は順調に処刑場へと向かっていた。

 車内は広く、殺風景で、座席も床もドアも全てが真黒に塗りつぶされてはいるが、不思議と暗くは感じない。外から差し込む光のお蔭だろうか。

 後ろの弘い(ひろい)左座席に座っている草地はただひたすらに窓を見つめていた。一見、外の風景を眺めているように思えるが、何処か遠くを見つめているようにも思えた。その様はとても静かで落ち着いている。

 そんな草地とは裏腹にメイはソワソワと落ち着かない様子で居た。


「ね、ね、どう思う?」

「……さっきの爆発のことですか? 」


 後ろの座席から運転席へと顔を突き出して、前に座っている釘崎たちに問いかける。


「そうですね……事故と言う可能性も否めませんが」

「十中八九、誰かの犯行だろ、ありゃあ」

「あ、やっぱりそう思う?」


 渋い顔をした釘崎とは反対に玖叉は相変わらず状況を楽しんでいるかのように、笑いを含んだ声で返事を返した。メイも何処か楽しそうだ。


「ね、“美少年”、本当に心当たり無いの?」

「ありません。それと、その“美少年”ての、やめてください」


 冷静に言葉を返す草地。どうやら、彼女の渾名はお気に召さなかったらしい。


「えー、あった方が面白そうなのに。てか、意外と冷静だねキミ」

「別に。もうこの先、何が起きようがオレの終わりが近づいているのは分かっているから」


 彼のその返答、そして“色”を無くしたその顔を見てメイは少し目を見張った。そこにはもう怒りも、悲しみも無く、もう何の感情の“色”も見えなくなっていた。


「……ふーん」

「……まあ、何者であれ。もし本当に誰かの犯行だったとすれば、とんでもない馬鹿ですね。

 我々に喧嘩を売るとは――」

「何だ、テメーもやっぱそう思ってんじゃねーか」


 釘崎の言葉に玖叉は片眉を上げた。


「ええ、まあ……あまりにもタイミングが良すぎましたから。

 先ほど我々の近くに爆弾を仕掛けたのは、牽制か足止めの意味はあったのかもしれません」

「じゃあ、やっぱ私たちが狙い!?」


 メイが高揚して声を上げる。


「まだ、わかりませんよ。あくまで可能性です。法務省自体が狙いだったかもしれないし、もしそうだとしたら」


――ドカン!


「「「!? 」」」

「なになになに!? また!?」


 瞬間、聞こえた爆発音に全員が息を止めた。


「今のは…」

「遠くもねーが、近くでもねーな」


 窓を開けて外を見渡すが、何かが爆発した痕跡は見つからない。だが、目を凝らして法務省側を見ると近辺の彼方此方で煙が上がっているのが見えた。


「火事になってんな」

「うっそ!?」


 「ドコドコ!?」とメイは喚きながら同じように窓から上半身を突き出す。「危ないですよ」と釘崎が嗜めるが、どこ吹く風だ。


「うっわ、ほんとだ」


 ほう、と歓喜めいた声を上げる彼女を草地は当惑した顔で見た。爆発には驚いたが、それよりも今、目の前で興奮しているように見える男女二名の方が信じられずにいた。


――異常だ、こいつら


 それが草地の彼らに対する認識だった。何をしでかすか分からない危険なタイプ。こいつらに喧嘩を売ったら最後、まるで玩具のように弄ばれて殺されるのだろう。草地は顔も知らないはずのこの事件の犯人が、彼らを狙わなかったことに対して何故か安堵した。


――ピルルル


 車の通信機が鳴る。釘崎は運転席のモニターをタッチして通信に答える。瞬間、高津の顔が映った。どうやら法務省内からかけているらしい。後ろで他の人員がバタバタしているように見える。


「はい」

『おー、釘崎か。こちら、高津だ』

「先ほどの爆発音ですか?」

『察しが良くて助かる。何処かの馬鹿がご丁寧に似たようなもんを彼方此方に仕掛けてくれてな。

 おかげで、ウチは大騒ぎだ』

「煙が上がっているのが見えましたが」

『ああ、運よく人は居なかったが。代わりに廃棄場や公園近くで爆発したのがあってな。

爆発の火が移って大惨事だよ、たく』

「それで今は?」

『ああ、一応爆弾とテロとして対処している。ただ、被害の数が多くてコッチは大忙しだ。

 おまけに法務省近くで起きているからな。身辺警護、及び調査のため、他部署からも人を借りてるところだ。法務省全体がこの事件に対処してると言っても良い。

 今回そっちと通信したのはその忠告だ。

 必要ないとは思うが。万が一、いや、億が一そっちで何が起きても応援は寄こせん。

 気をつけろ。何者かの意図を感じる』

「わかりました。有難うございます」

『まあ、死行隊のお前らなら大丈夫だろ。あんまり、やりすぎん様にな』

「はい」


 モニターをもう一度タッチして通信を切る。玖叉はニヤニヤと彼を見ていた。


「…決まりだな」

「まだ、そうと決まったわけではありません。唯のテロだと言う可能性もある」

「おいおい、“長官”さまよぉ。そろそろ、いい加減にしようぜぇ。

 じゃあ、何でこんなにも爆発があったのに“誰一人”として怪我してねぇ?

 ……もう分かってんだろ?長官さま。こりゃ間違いなく、オレらの追い込むための、一種の罠だ。

 違うか?」

「……」

 

 反論が無い。肯定だ。釘崎も薄々と感じている。恐らくコレは彼らの注意を爆弾に引き付け、警察の応援を絶つのが狙いだろう。


――敵は我々の手足を削ぎにかかっている。


「目的が何であれ…おもしれぇ。今まで色んな奴を殺って来たが、死行隊(ウチ)に喧嘩を売ってきた奴は始めてだぜ」


 楽しくて、仕方が無い。玖叉はそんな顔をしていた。


「でも馬鹿だよね。警察の応援を絶ったからって、うち等を倒せるわけが無いのに。

 そもそも、応援って…一回も頼んだことないし」

「…そうとも言い切れませんよ。誰にも気づかれず爆弾を仕掛けたその用意の周到さ。警察を引っ掻き回す鮮やかな手口。

 そこらの犯罪者とは違う物を感じる。それにメイ…貴方、気づかなかったでしょう」

「…」

「いや、気づけなかったと言った方が良いか。

 あなたのその特殊能力(ワイズ)でも」


 その言葉にメイの眉がピクリと反応を示した。その通りだ、何時もなら事が起きる前に大体“察知”するのに今回は出来なかった。だから、自分も玖叉同様、こんなに興奮しているのだ。とても興味深いと、心の心底からそう思っている。こんなのは初めてだ。気が付けば狐を描く唇をペロリ、と舐めていた。気分が高揚している証拠だ。


「……能力?」

「あ、そっか。キミ達はあんまり知らないんだよね」


 疑問の声を上げた草地にメイは気づいた。


「……多分、ある意味、キミの“お陰”かもしれないから特別に教えてあげる」

「?」


(オレのお陰?)


 この女子は犯人が自分を狙っていると思っているのだろうか。それならお門違いだと草地は思う。彼は一度もそんな危ない奴らと関わったこともなければ、誰かに狙われるようなことをした覚えが無い。今回の事件は自分ではなく彼らを直接狙ったことだと思っている。


(こいつ等、何かたくさんの人に恨まれてそうだし…)


「キミ、今失礼なことを考えたでしょ」

「いえ……」

「嘘ついても無駄だよ。私にはキミの“疑いの色”が見えたもん。

 大方、たくさんの人に恨まれている私たちが直接狙われてるんじゃないかって思ってるんでしょ」

「……」

「あ、いま“驚いた”。やっぱり図星。キミ、見た目どおり失礼な奴だね」

「……なんで、」


 今度こそ、能面を被ったように無表情を貫き通していた草地は、瞠目した。確かに先程は表情かおに出しはしなかったが、草地は実際メイに自分の思っていることを当てられるとは思わず、ギョッとしてしまったのだ。

続けて、ペラペラと能力の説明をしようとするメイを釘崎は咎めるが、そしらぬ顔で彼女は続ける。


「メイ」

「良いじゃないですかー。どうせ死ぬんだし。話しちゃっても」


 諦めた釘崎は、再び溜息を吐いて視線を前へ戻した。メイは満足そうに頷いて、再び草地の方を向く。


「それでね、私の能力っていうのはね。さっきみたいに、人の感情が“色のついた炎”として見えるの」

「……は、」

「疑惑なら“緑と茶色が混ざったような色”、怒りなら“赤”、狂気は“紫”。

 物を通して見ることだって出来る。人の思念は物に移ることがあるからね。

 大きな想いとかがあったら、“炎”は大きく膨れ上がってどんな遠くからでも、隠れてても、見える。だから何かしらの犯行が起きる時は、必ず犯人の“色”が見えるから、事件が起きる前に直ぐに気づけた……今回は出来なかったけど」

「…それは」


 冗談だろう。呆れたように此方を見る草地の顔は“色”を見なくても分かる。


「ESP、Extra Sensory Perceptionって知ってる?」

「……漫画とかによく出る」

「そう、それそれ。能力ってのは其れみたいな物って言うか、正に其れかな。

 要はね、異常に発達した体の“一部の能力"のことなんだよ。で、私のは感じ取る感覚。

 異様に発達した触覚、聴覚、嗅覚の三つを通じて感じたことを、私の脳は一瞬で分析し、視覚として私の目に移す。

 それが私の能力―ワイズ。ま、感覚的なものでは脳を含めて発達してるんだよね。わたし」


 簡潔にかつ正確に説明してやるが、草地は未だに“疑惑の色”を示している。


「……そんな能力があったら、今頃世界中が大騒ぎしてるはずだ」

「しないよ、だってみーんな知ってるもん」

「……は?」


彼女の発言に対する理解が一瞬遅れた。草地は顔を顰めて彼女を見る。メイの様な能力が無くとも誰にでも分かる、草地は間違いなく「何を言っているんだこいつは」と思っているのだ。

 馬鹿馬鹿しい、と草地は首を振る。確かに法務省、及び検察庁、警察庁の行政機関は皆拳銃アドミニストレーターの所持を許可されている。これは誰もが知っている言わば常識だ。そして草地はその中の幹部席、及び特殊部署は、拳銃に限らず、特殊な武器や武装を許可されているのは何処かで聞いたことがあった。だが、超能力などとそんな夢物語染みた話は一切囁かれていない。

 草地はメイを胡散気に見た。


「……知らねーよ。俺も皆も」

「知っているよ。ただ実際にどんなものなのか君たちは“理解”していないだけ」


(理解……?)

 理解とは何をだろうか。自分たちは一体彼女たちの何を理解をしていないというのだろうか。そこまで、思考して草地はハタ、と我に返った。次いで再び彼女に意識を戻す。

 メイの真剣な瞳から、微かにその言葉の意味を理解し始めているのか、草地は冷や汗を垂らした。

そんな彼にメイは莞爾として笑う。


「……まさか、」

「コレ、“能力”とは言ったけど正確には“機械マシン”だから」

「……機械、」

「ほら、コレコレ」


 クイクイとメイは首に付けたチョーカーらしきものを引っ張った。白く、無機質でぶっといソレは、なるほど、女性が付けるにはゴツすぎないかと思ってはいたが、機械だったか。

 草地の中でカチりとパズルのピースが嵌った。これで理解した。彼女のその“能力”は、


「……特殊武装、或いは武器、か」

「ふふ、そう。でも私たちは“機械”って呼んでるんだよ。この中にはあるソフトと“ナノレイド”って言う、身体の能力を異様に発達させる薬みたいなのが入ってるの。

 一種のドーピングって奴かな。あ、別に後遺症とか無いからね」

「…」


――信じられない。

 そんな物、いつの間に作られてたんだ。法務省含む全ての行政機関が持ちえしその力に瞠目した。こんな、化け物みたいな奴らを相手ににテロリスト、及び自分を狙ってるやもしれぬ犯罪者は一体どうやって戦うのだ。

 草地は頭を抱えそうになった。


「っていっても、コレを持っているのって極一部で殆ど死行隊なんだよね」

「……なぜ?」

「ウチは“死ぬ”リスクが最も高く、“力”が必要な部署だからね。

 便利な“機械”のように思っているけどコレ、使うには適正が必要だから。

 だから、数少ない適合者は殆ど“死行隊”に入れられちゃうわけ。あー、あと“特部”もか」


最も必要性があるから、死行隊の手に数少ない適合者が渡っているということか。納得した草地は釘崎たちに目を向ける。


「……じゃあ、あんたらも」

「“此処”には必要な武器ですからね。特にこのような事態には…」


――全部喋りやがった、この(アマ)


そう思うが口にはしない紳士な釘崎。だが、メイの能力で内心はバレているだろう。その証拠に「テヘペロ」とか言いながら、わざとらしく頭を小突いている。何故だろう、その頭を更に強く小突いてやりたい、自分のこの拳で。

そんな悪態を腹のうちに隠す釘崎。玖叉はそんな二人の様子をそ知らぬ顔で、終始ずっとニヤニヤしていた。


玖叉はずっとこの事件の主犯者に思いを馳せていた。


今度の犯人はどんな奴なのだろう。どんな風に自分を楽しませてくれるのだろうか。

頭脳的な奴なのは間違いないが、次はどんな手口で来るのか、どうやって自分たちを仕留めるつもりなのか、楽しみでしょうがない。

今のところ、そんな“大した事”はやっていないし、今までの行動から“犯罪に慣れていない”のも判る。予想はできなかったが、意図の読めるスレスレな犯行だった。けど、あの爆弾と言い、今回起こした事件の規模から、とんでもなく大胆で度胸のある奴なのがわかる。


どんな奴かはまだ判らない。けど、長年の勘が己にそう告げる、こいつは間違いなく――


「S級だ…」







さて、そんな大きな期待をされている金城だが。

現在、自分が起こした事件を目の当たりにして、震えていた。

燃え上がる炎、それを消化しようとする消防隊員、集まる野次馬、怒鳴り散らす警察官。スクリーンに移るその辺りは真っ赤になっていた。





「……どうしよう。なんか、トイレに行きたくなってきた。

 ……ちびったかも」


頑張れ金城。負けるな金城。捕まれば処刑だぞ。










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