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私は犯罪者ですか?  作者: 苗字名前
第2章――物語の始まり、”反逆者の誕生日”
11/53

始まりは、

  草地巴の処刑当日。

 7月26日 午後2時00時


 死刑執行まであと、3時間。



 金城は渋谷のスクランブル交差点前に居た。相も変わらず場所は人で埋め尽くされており、体が更に蒸し暑く感じる。目の前には大きなホログラミックスクリーンが空に浮んでいた。そこにはDoco●OのCMなどが流れていて、しばらくするとニュースが始まる。その瞬間、周りが一斉に顔を上げるのが金城には分かった。

 草地のことは既にニュースとなって全メディアに流れていた。そのせいで今では草地のことを知らない人間は居らず、国は奴の話題で持ちきりだ。


――草地は完全に犯罪者として認識されてしまった


 政治番組は宝石店などの警備システムや、青少年の教育疑念などの議論ばかりで、草地の顔を見ない日は無い。六日前も奴の死刑執行日、及びその時刻までもがテレビで発表され、そのお陰で東京は人で賑わっている。今でも渋谷駅近くのホログラムの前に大勢の人間が集まっており、法務省が映し出されるのを見ていた。


(草地本人が現れるわけじゃねーのに……)

 周囲の野次馬根性に、呆れの意味もこめて息を吐く。



「そういえば今日だっけ?未成年の処刑って奴 」

「あー、そうそう。この前テレビで犯人の写真見たんだけどさ、勿体無いよねー」

「え、何が?もしかしてイケメンだった?」

「そうなの!もう超絶ドストライクでさー…でも、犯罪者なんだよねー」

「ああ、何か“悲劇の美少年”って感じで報道されてたよね。そう言えば」

「でもさ、そこが良くない?何か影がある感じでさー」

「“オレに触ると焼けどするぜ”、みたいな?」

「あははは!何それ?ウッけるー!」

「知らない。ウチの爺ちゃんがよく言ってたの」


 後ろで女性が二人騒いでいるのが聞こえた。当たり前だが、本当に他人事なんだなと金城は僅かに眉を顰めた。この者たちは草地に同情とか、そういうものを感じないのだろうか。まだ20歳にも満たない子供が今日処刑されると言うのに――。


「胸糞わりィ…」



 周りの人間の会話を聴くことで、段々と吐き気を感じはじめた金城は静かに人混みから外れた。



 昨日、久々に見た伊奈瀬の顔を思い出して、金城は苦い顔をした。家まで見舞いに行かなかった方が良かったんじゃないかと今では少しだけ後悔をしている。

一週間ぶりに見た彼女は凄く痩せていた。元々細身だった体系は更に細くなり、所々、骨が浮き出ているように見えた。肌も白い通り越して透明になっていて青紫の気脈が微かに見えた。そんな彼女を見た時、初め金城は幽霊かと思ってしまった。それほど彼女は酷く弱っていたのだ。気丈に笑う姿は健気とおりこして痛々しく見え、金城は胸を締め付けられたような気がした。熱は大分下がった様だが起き上がるのはやはり辛いようで、寝室に敷かれた布団の上に横たわったままの彼女と金城は少しだけ話をした。


「わざわざ来てくれて有難うね……別のクラスなのに、ノートだけじゃなくお粥やジュースまで」

「いや、俺これぐらいしか出来なくてさ……」

「……金城くん」

「ごめん……草地のこと、俺」

「良いよ」

「でも、」

「友恵くん、ありがとう」


 この時、何故お礼を言われたのか金城には理解が出来なかった。

 そんな彼に伊那瀬は力なく、けれども柔らかく笑った。


「わたしのためを思って、ああいう風に言ってくれたんでしょう?」

「……それは、」

「金城くんだって辛いはずなのに」

「っ…」


 ズクリ、金城は針か何かで胸を突かれたような気がした。


「ごめんね、嘘を吐かせて…私なんかより、金城くんの方がずっと辛いはずなのに」

「っ、…」


 言葉が出なかった。口を開いても出るのは吐息だけで、喉の奥が詰まっているかのようだった。「ああ、伊奈瀬は何時もそうだ」、と内心泣きそうになってしまった。そう、彼女は何時だってそうだ。何時も誰かを想って、我慢して、決して誰かを責めたりしない。草地も、彼女のこんな一面を知って好きになったのだろうか。そんなことを思いながら金城はふと、ずっと気になっていたことを呟くように口にした。


「……爽、太くんは」

「……相当ショックを受けてたけど、今はわたしのこともあって、必死に頑張ってくれてる。昨日もね、家事をぜーんぶやってくれたんだ」

「まじで?」

「うん、ちょっと危なかしかったけど、”オレが家を守るんだ”って」

「そっか」


 その言葉に少しホッとすると同時に歓心した。あの幼子は今、自分なりに出来ることをやろうとしている。その事実が、金城の胸をほんの少しだけ軽くさせてくれたのだ。

 だけど次の瞬間、伊奈瀬は少し顔を曇らせた。


「でもね…時々、すごく思いつめたような顔をする。何度か、どうしたのって聞いたんだけど教えてくれなくて」

「っ… 」

「凄く苦しそうなのに…」


 息が詰まった。自分のせいだ。金城は己を責めた。

 元々は草地が悪い、だが自分にも非がある。あの時、自分は大丈夫だと言ったのに、結局草地は死刑判決を下されてしまった。一体、爽太くんの心は己の言葉でどれだけ舞い上がり、ニュースで突き落とされたのだろうか。その苦しみは計り知れない。

 様子の可笑しい金城に気づいた伊奈瀬は慌てて大丈夫だと言った。それに何とか笑顔で返したが、上手く笑えてたかどうかは金城には分からない。

 時計の針がもうすぐ6時を指していたので金城はそのままお暇することにし、伊奈瀬の見送りを断ってアパートを出た。具合が悪いのに自分を見送ろうとする伊奈瀬はやはり優 しい。すっかり痩せこけてしまったが、それでも彼女はとても魅力的に見えた。何時も髪で隠されていた白いうなじは覗くように姿を現し、病的な程に白い肌は彼女の紅い唇を映えらせ、色気を漂わせる。思わずそんな彼女を注視して欲情しそうになった自分を叱咤しながら、歯止めの聞かなくなりそうな妄想を抑え込む。


 玄関のドアを開き、静かに閉めてアパートの階段を降りる。すると、タイミングが良いのか悪いのか、爽太くんと鉢合わせてしまった。


 その時の爽太の顔を金城は一生忘れないだろう。目を丸くして、徐々にクシャリと歪んでいった悲痛の面差し。責めるでも、怒るでもなく、ただ苦しそうに、己を観たあの眼。

何処に、誰に助けを求めれば良いのか分からない、という表情かおだった。

 足掻くように、酸素を求めるように口をパクパクと開くその様はひどく痛ましかった。そんな彼を見て、金城は自然と拳を握っていた。


「……草地は死なない」

「え……」


 金城の言葉の意味が分からないのか、爽太くんは呆けたように口を開く。それでも良い、わからなくとも良いから、伝えたいと言葉を綴った。


「悪運つよいからな、あいつ」


――それが爽太くんと最後に交わした言葉だった。








 遠くからビルのホログラムを見上げて、金城はふと思う。

草地は今なにをしているのだろうか。何を思い、今と言う時間を感じているのだろうか。

 3週間も草地と顔を合わせていない金城は、奴のことを遠い人のように感じてしまっていた。最初の面会の後、何度も草地に会おうとしたが面会謝絶となっていて、一度も顔を合わせられていない。お蔭で伝えたいことは全て伝えられず仕舞いだ。

 もう奴との打ち合わせ無しで、計画を実行するしかない。金城は何処までも晴れやかな蒼い空を仰いで、もう何度したか分からない息を吐いた。



「……あと、1時間か」


腕輪型の携帯端末の時計を確認する。死刑執行時まであと3時間。倉庫の書物(法務省にはいろう!100の法則)が間違っていなければ、後一時間で草地は処刑場へと向かうために拘置所から連れ出される。事件が大きなニュースとして報道されて良かった。お陰で沢山の情報を仕入れることができたし、こうして野次馬の中に紛れ込みながら‟犯行“を実行できる。隠れてやるには持って来いだ、と金城はほくそ笑む。

狙い目は1時間後、草地が法務省近くの拘置所から外へ出るその瞬間。


「けど、その前に」


――少しの“悪あがき”をしてみよう。





♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


午後2時03分。

世田谷宝石店MIKASA。


 警備ロボもアンドロイドも無い、一昔前のような広い店内で青いユニフォーム姿の女性が二人、雑談をしている。人は他に居らず、客も居ない。静かな空間で、一人の女性がカウンターにだらしなく寄りかかった。


「あー、疲れる」

「ちょっと、みゆき。あんまりだらしない格好してると、店長に怒られるわよ」

「いいじゃん、別にぃ。今はもう誰も居ないんだしさあ」

「あの人がピリピリしてんのはアンタのせいなのよ」

「……わかってるわよぅ」


 金髪の女性――みゆきは、同期の諏訪(すわ)に竦められると、猫背になっていた背筋をピンと伸ばした。その瞬間、豊な胸がふるん、とたわわに揺れたのを諏訪は見逃さなかった。己の控え目な胸板と見比べて、少し唇を尖らせる。


「それにしてもお客さん多いよね。此処さいきん」

「どっかの誰かさんがダイヤを盗まれてくれたお陰でね。野次馬精神のお客さまはいらないのに……」


 嘆息を漏らした諏訪にみゆきは舌をちろり、と出しながら謝る。


「だから、ごめんってばー。もう一週間の謹慎くらったんだから、いいじゃんもう」

「アンタねー」


 反省の色を見せないみゆきに諏訪は、我慢の限界と言うかの様に声を上げた。眉間には二重に皺が寄っており、怒気が見てとれた。


「ふざけるのもいい加減にしなさいよ。此処に就職するとき初めに言われたはずよ。宝石をショーケースから取り出す際は、細心の注意を払って、決して目を離すなって。

 それを何? 目を離すどころか、他のお客様とのお喋りにかまけて、裸のままケースに戻さず置いていくってどういうことよ! しかも1200万よ!? 1200万!!

どんな神経してんのよアンタ!?」


 その言葉にみゆきは「痛いところを突かれた」と苦い顔で、言い訳にもならない弁解を始めた。


「だから、悪かったって言ってるじゃない。まさか、あんな小さいのが5000万もするなんて思わなかったんだもん」

「っどんな宝石でも気を配るのは常識よ!!」

「だから、今はもうちゃんとしてるじゃない。店長にもう散々怒られたんだから勘弁してよ。それにほら、ダイヤだってああして戻ってきたんだしさ。買い手だってほら、もう決まってるし」


 みゆきは諏訪の勢いに押されながらしどろもどろと言葉を返し、ダイヤが保管されているショーケースに視線を向けた。ダイヤは元の場所に戻され、防犯センサーによって厳重に守られている。ニュースで話題になったのが理由か、「昼過ぎにダイヤを買いに来るからリザーブして置いて欲しい」と、何時も贔屓にさせてもらっている客から電話が来たのはもう6日前のことだ。予告どおりならもうすぐ来るだろう。


「やあ、こんにちは」


 両開きの自動ドアが開き、その向こう側から茶色のボルサリーノに黒いスーツを着た妙齢の男性が現れた。


――来た。


 みゆきははしゃぎながら男の下へと駆け寄る。


「矢作さん!お久しぶりです」

「久しぶりだね、みゆきさん。大変な目にあったようだけど」

「あー、はい。この通り無事です。えっと、例のダイヤを買い取りにきたんですよね?」

「待ちなさい。今回は私がやります」

「え、」

「文句あるの?」

「……いえ」


 みゆきは軽い挨拶をすましてショーケースへと向かうが、諏訪に引き止められスゴスゴと引き下がる。前回の件があるから信用されていないのは仕方が無い。諏訪は手袋をつけ、センサーと鍵を解いて蓋を開けると、丁重にダイヤを取り出した。矢作はそれを見て満足そうに頷く。


「ああ、これだよ、これ。本当は直ぐにでも来たかったんだけど中々仕事が片付かなくてね。参ったよ本当に」

「大変でしたね」

「でも、矢作さん。何でそんなにこのダイヤを欲しがってたんですかー?予約までしちゃって」

「はは、以前の状態のままだったら買わなかったんだけど。この前の事件があったからね」

「えー、それで何で買うんですか?」

「“悲劇の美少年”が盗んだダイヤって、将来いわく付きになるだろう?」

「あー、なるほど。確かにそれで価値はグンと上がりますね。だからあんなに、コレクターらしき人たちからの買い求めが殺到したのか…」


 みゆきのその言葉に矢策は目を瞬かせる。


「あ、やっぱり来てたんだ」

「そりゃ、もうたくさん。あ!じゃあ、そのダイヤに価値が付いたのって私のお陰ですね!」

「あはは、そうなるね」


――悪趣味な。


 二人の会話に諏訪は密かに顔を歪ませた。将来いわくつきになりそうだから、と言って買い求めに来たこの男も他のコレクターたちもそうだが、みゆきの神経は本当に可笑しい。その事件で一人の少年の処刑が決まってしまったというのに、何故笑っていられる。何故、そんな無神経に、まるで日常の会話のように話せる。人の命が関わっ ていると言うのに――。


 諏訪は膨らむ嫌悪感と苛立ちを胸内に押さえながら、莞爾かんじとして笑う。


「では、お買い求めの品はこちらで宜しいんですね?」

「ああ、たのっ」


矢作が彼女の問いに頷こうとした時だった。

――ゴオン!


「え!?」

「きゃっ!」

「うわっ!!」


 突然の大きな音に三人は驚き、飛び上がった。


「な、なに!?」

「あ、あれ!」


 慌てふためく諏訪と矢作。みゆきは何かに気づいたようで、声をあげて何かを指差す。

その視線の先には、


「うそ…」

「あれは…」


 白く光るプレートに、頑丈そうな造りをしている丸いボディ。足は短くも、先には鋭く尖った大きな爪が二つある。顔は大きく、左右にはカメラアイが付いており、先の鼻穴からはエンジン音が聞こえてきた。胴体からはそのボディの重さを感じさせない程に、軽やかに回る黒いプロペラが伸びている。

 そして、その鋭い目つきの上にしっかりと描かれた、何処ぞの渋い殺し屋を連想させる濃ゆい、眉毛。



 その姿は正に――




「………………ブタ?」





 白い、豚の形をしたヘリコプター型のラジコンだった。


 隣には、なるほど。そのラジコンが入れそうな大きさの、蓋が壊れた通気口。どうやら先ほどの音はラジコンがその蓋を突き破った音らしい。ラジコンの先頭部分には微かに傷がついているのが見えた。


――ウイ、ウイーン…


「え!?」

「はあ!?」


 次の瞬間、ヘリコプターの両脇の扉部分が開き、手が飛び出した。15センチ程の大きさの手にはマジシャンのような手袋が付いており、米州の某ネズミキャラクターを連想させた。


「ひっ…!」

「いやああ!?」


 ヘリコプターの余りの異様な姿に諏訪とみゆきは悲鳴をあげる。その隣で矢作は瞠目どうもくしていた。


「あ、あれは」


――“ヘリコブターマン”モデルのラジコン!!


 2080年に開発された、人気アニメのキャラクターたちをモデルにした長距離無線ラジコン。森や洞窟、あるいは地平線、そしてはたまたは家内の水道や換 気口、何処でも飛ばせると言う何ともふざけた商品だ。けれど、その機能性、何処にぶつけても壊れない頑丈さから不遇の人気を与えられている。おまけにちょっ とした遊び心で、より“ヘリコブターマン”に近づけるよう、動かせる腕などの機能を付けられて子供たちには大人気だ。

ちなみに、種類は他にもあと7つはある。


「な、なんで…」


 こんな所に。

 そう続くはずだった言葉は突然に加速したラジコンによって渡られた。


――ブオン!!


「きゃっ!?」

「うおぉ!?」

「っ…!!」


 槍の如く突進してきたラジコンから、三人は身を守るように腕を掲げた。その瞬間、


「あっ…!!!」


 ダイヤをラジコンの手によって攫われてしまった。


「おい、待て!」


 矢作は焦ってラジコンを捕まえようとしたが、予想外の攻撃でそれはあえなく失敗する。


――プっ、ぶぶうううううううううううううっ


「ぶわっ!?」

「くっさ!?」


 まん丸く、愛くるしいお尻。その中心に作られたバツ印の穴から放出されたガス、


 ヘ(屁)リコブターマンのおなら攻撃だ。


 アニメでは良く見られたお決まりのシーン。製作者側が1週間寝ずに作った渾身の特別機能。

それは子供の間で(悪戯の道具として)、ヘリコブターマンが人気になったキッカケ。大人にとっては何とも下らない、はた迷惑な、むしろいらない機能だった。



 あまりの臭さと濃い目な色のガスによって、足止めをくらった三人を置いて、ラジコンはゆっくりと、嘲笑うかのように通気口へと消えてゆく。

 姿が見えなくなって、数分、あるいは数秒。混乱の渦から意識が戻ってきた三人は慌てた。後を追って店の外へと転がり出るが、ラジコンはもう既に通気口から出ており、その姿は見えなくなっていた。最初に声をあげたのは、ダイヤを買うはずだった矢作だ。


「け、警察!!連絡しろ!早く!!!」







同時刻。

渋谷、KANAGI BOOK SHOP(金城の自宅)。




「…ほんとに、出来ちゃった」


薄暗い自室の中、 何処ぞの”自宅警備員”かのように背中を曲げて、床の上で胡坐をかいていた金城は唖然としていた。耳に差し込んだ無線イヤホンを手で抑え、手の内に収まるリモコンと、目の前で淡い光を灯している6つの内の一つのスクリーンを唯呆然と見つめる。


(……やばい、冷や汗が垂れてきた)


 書庫にあった書物――「ビター・ブラッズS」の中にあった展開をそのまま真似て実現させてみた訳だが。まさか、こうも上手く行くとは。たらりと額から流れる汗を手の甲で拭った。驚きで染まった思考を現実へと引き戻す。



「まあ、昔だったら普通はありえないよな…」


 そう、2010年――ビターブラッズSが執筆された時代ではありえないことだ。こういう策は誰にでも思いつけたかもしれないが、当時の玩具のラジコンは現代ほど性能も高くなく、金城が実際にやってのけた程のことは出来ない。ラジコンで出せるスピード、動き、(特殊)機能、そして遠隔操縦ができる範囲が圧倒的に違うのだ。だから金城は、渋谷から二子多摩川へはもちろん、北海道へまでだってラジコンを飛ばせる。



 玩具のラジコンを利用した犯罪なんてものは今では決して誰にも考えられない。そんなことに気づいてしまったら、製作側は今頃規制をかけられて、こんなチート的なラジコンの販売は禁止にされるだろう。

 こんな物を何の危惧も無く作って、販売できるのは今のこの時代だからだ。精神主義社会が作られた今、人は犯罪に関わる全てのものから遠ざけられ、それに関する思考も発想もほとんど出来なくなっていた。ブレインウオッシュ、あるいはマインドコントロールと言う奴だ。例外は居るがそういうのは、この社会に対して不満を持っているテロリストたちだけで、一般人には到底思いつかない事だ。


「…じいちゃんに、感謝だな」


ビターブラッズSを含むミステリー系のメディアは規制され、人に悪影響を与えかねないと言うことで日本では殆ど処分されていた。けど、金城の祖父は処罰対象になる可能性があるにも関わらず書物を全て隠し持っていた。相当厳しい検査があったというが、一体どうやってそれらを切り抜けたのやら――。

まあ、そういうこともあって今の時代、ミステリー系の本などは殆ど無いのだが(サスペンスは何故かあるが)、金城は祖父のお陰でそういうものを沢山読み、今ではそういう発想も出来るようになっていた。


「とりあえず、コレは適当な所に隠しといて……大丈夫そうだったら数日後取りに戻ろう」


 なんなら、数ヶ月後でも良い。

 自分が目撃、あるいは怪しまれる行動はしばらく取らない。ラジコンは別に見つかっても、指紋は全て拭き取って、シリアルナンバーの類も全部削りとってあるので、金城の物とは恐らく警察も気づけないだろう。万が一のためにラジコンとその他の部品からも、自分の痕跡を全て消し、既に何度も確認してある。金城は何処までも警戒深く、そして用意周到であった。


(宝石も取られたって構わない。必要なのは、“また盗まれた”と言う事実だけだからな)


「だったら、別に放っておいても良いよな…でも、もし大丈夫そうだったら取りにいこう。もったいねーし」


 カメラを通して移されるスクリーンを見ながら綾縦棒を握る。向かう場所は宝石店からなるべく遠くから離れた公園の木。其処は巡回ロボットが居ることからカラスなどの類は寄り付かない。なのでラジコンが攻撃される心配も無いだろう。

 一通り作業が終わると金城は立ち上がって腕の携帯端末を確認した。


「そろそろ時間だな。始めよう」


使い終わったラジコンのスクリーンを一つ横へと片付け、残りのスクリーンに顔を向ける。そのスクリーンの前にもまたコントローラー、或いはリモコンらしきものが5つ並べられていた。タッチパネル式の物があればハンドル式、又はボタンだらけの端末もあった。金城はハンドル式のコントローラに手を伸ばす。

次に頭に思い浮かべるは、「危険な日用品50選―(笑)―」。祖父が最も厳重にしまっていた書物だ。




――草地が処刑されるまで後、2時間15分。





♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 午後2時45分。

 法務省前。


 天にそびえるその洋式の建物は立派としか言いようのない作りをしていた。赤銅のレンガは薄墨色の屋根や白い柱を一層際立たせ、偉観いかんを誇っている。正門はルネサンス風のデザインを模しており、その繊細な外見と反してとても頑丈な作りをしていた。門は三つに分かれている。自動車などの大型の物が進むための正門と両隣の柱に取り付けられた鉄格子の扉。その扉のどれもが今は全開しており、大きな黒塗りのワゴン車が前にドンと止まっていた。

 二人の男女が退屈そうに立っている。それぞれの胸元に見える鴉のエンブレムからして、死行隊だろう。

 銀髪の男、玖叉くざは気だるそうに首を回す。その様子に桃色の髪を二つに纏めた少女――篠田メイはうんうんと頭を盾に振った。腕を組んでふんぞり返るその動静は何故か「偉そう」というより「可愛らしい」と言う感想を抱かせる。

 黒いライダースーツに、黒いデニムパンツを穿いて、何処までも涅色 の格好をした玖叉とは対照的に、白のフリルが付いたブラウスにショッキングピンクのスカートをメイは着ている。その姿は中学生くらいにしか見えない。不思議と桃色の髪が似合う顔立ちをしている彼女は、間違いなく美少女と部類しても良いだろう。


「あー、ダリィー」

「うんうん。分かるけどさー、もちっと気合いれようよ。久しぶりの仕事でショー?」

「うぜぇ……」

「ちょいちょーっと!?」


 玖叉の暴言にメイは非難の声を上げた。

 丁度その時、法務省の中から出てきた釘崎が声をかける。


「何を騒いでいるんです」

「あ、長官さん!」

「何でもねーよ。連れてきたんなら、さっさと行くぞ」

「ほえ?」


玖叉の言葉にメイは首を傾げるが、彼が投げた視線の先を見て直ぐに納得した。


「あー! “悲劇の美少年”」

「……」


草地だ。釘崎の後ろに隠れるかのように立っている彼は、メイの言葉を聞くと何とも言えない顔をした。どうやらその名称は好きではないらしい。

真っ白な長袖のシャツに、ブカブカのズボン。少し肌黒い手首にかけられた手錠は重たく頑丈そうで、彼はまさに囚人、という格好をしていた。

その様にメイは唸り声を上げる。


「んー……美少年、というよりは好青年?」

「そんなことは聞いてません。それより行きますよ」

「はーい」


呆れたように見る釘崎に返事をしながらも、メイはじっと草地を見つめていた。彼を見つめる琥珀色の瞳は、一見優しく見えるが、どこか無機質で冷たいな物を感じさせる。草地の背中に悪寒が走った。


――死行隊ここにはまともな奴は居ないのか。


草地の頬に冷や汗が垂れる。


「ねえ……君さ、怖くないの?」

「は、……?」


突然の問いに草地は目を瞬かせた。いきなり突拍子も無いことを言われて彼は怪しげな顔をする。


「もうすぐ死ぬんだよ? 怖くないの? 思いのことすこととかは?」

「……べつに。此れが現実ですから」

「へー」


能面を被ったように、静かな表情で返す草地。その答えにメイは目を細めた。気のせいか薄っすらと口角が上がっているように見える。


「きみ、おばあさん亡くなったんだって?」

「……!」


その言葉に今まで無反応だった彼の肩が揺れた。彼女の思わぬ追撃に徐々に顔が俯いてゆく。


「お葬式も、出来てないんでしょ?」

「……」

「したいとは思わない?」

「……」

「お友達にだってお別れしてないんじゃないの?」

「……」

「ねえ、今から連れてってあげよっか?」

「!!」


瞬間、草地は思わず顔を上げてしまった。硬く結ばれている口とは対照的に目は大きく見開かれている。

メイは優しく笑いかけた。


「まだ、2時間はあるし。パパッと一言ぐらい交わすために友達の所へ向かう時間はあるよ」

「……っ」

「篠田」


 咎めるように釘崎が呼ぶ。玖叉はどうでも良さ気にただ二人を見ていた。


「大丈夫。私たち執行官はちょっと勝手なことしても、そんなに怒られないからさ。ね、正直になりなよ。此れで最後なんだしさ」

「オレは……」


眉を顰めて断ろうとする草地にメイは目を伏せる。その表情はどこか儚げに見えた。


「わたしさ、これで二度目なんだ」

「え、」

「まだ、一回しか処刑場に立ち会ったことが無いの」

「……」

「だから、よく覚えてる。彼が最後に流した涙。とても悲しそうで、苦しそうで、寂しそうだった。だから、思ったの。次は、出来るだけのことをしてあげたいって。」


 知っている。

 その言葉に草地は共感した。彼女が話したその男の感情はよく知っている。でも正確に言うと寂しいのではない。覚悟は出来ている。考えて、悩んで、苦しんで、そうして未練を全て捨てる時間は十分与えられた。過去の出来事が無意識に脳裏を過り、草地は難しい顔で俯く。彼の胸に後悔は無い、だが未だに何かが引っかかっているような気がした。


もしも、たった一言だけ、“彼らに”言葉を送るチャンスが与えられるのなら――。


「オレは――……」

「なーんてね」

「え……?」


乾いた唇を開き、たった一つの望みを口にしようとその瞬間、突然わたられた言葉に草地の思考を一瞬停止した。


――今のは、嘘だった、のか?


理解が遅れて、呆然とする草地にメイはにんまりと、悪戯が成功した子供のように笑った。


「あっはははは、そんなことするわけないじゃーん!

 君、犯罪者なんだよ? 犯罪者にそんな優しい言葉かけるわけないでしょー?」

「っ……」


草地の顔が赤く染め上がる。彼女の言葉を一瞬でも信じた自分が馬鹿だった。表情を歪ませて、悔しげに歯を食いしばる。


「なになにー? そんなこと許されると思っちゃったー? むーりー。

 大体、そのお友達に会いに言ったって、怖がられるか、軽蔑されるかでジ・エンドだよ!

 君って馬鹿なの? 切れ者に見えて脳筋なの?」


 侮辱された。自分だけじゃない、友達も、祖母も、自分を取り巻く全てのものたちを馬鹿にされたような気がした。草地は怒りと羞恥で、拳を振るわせる。そんな彼にメイはクスクスと残酷に笑った。

愉快な声を上げつづける彼女を釘崎は咎めようとした。


「篠田!」


 その瞬間、


――ドッカアアアアアン!!



「「「「っ!?」」」」



 近くでゴミを拾い集めていた掃除ロボットが爆発した。




♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 7月26日 午後3時00分。

 後に人はこの事件をこう呼んだ。



――”反逆者リベルの誕生日”、と











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