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Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-  作者: 甘酒ぬぬ
第三章 魔物討伐

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3-9 休息になったようなならないような

「またずいぶんと飲んだな……」


 からになった酒樽と酒瓶の数をかぞえ、サヴィトリは軽く頭痛を覚えた。

 アルコールがどうこうという以前に、人間が一日に摂取できる水分量の限界を遥かに超えている気がする。


 部屋に戻って休む前に、一応ヴィクラムにも声をかけようと視線をむけてみるとこの有様だった。


「そうでもない。そこで転がっている奴らも意外と飲んだからな」


 ヴィクラムは干し肉をかじりながら、幸せそうな赤ら顔でいびきをかいている村人達を指し示した。


「羅刹が集まると、更に三倍は飲んで、十倍はやかましい」


 普段より声も表情も明るく、ヴィクラムは言った。

 静かに独りで飲むのを好みそうなイメージだが、実際にはみんなでわいわい騒がしく飲むのが好きなのかもしれない。


「そういえば、羅刹って何部隊あるんだ? ヴィクラムが三番隊の隊長だろう。三番隊の隊士だけでもかなり騒がしかったから、全部集まって飲んだら色々すごそうだな」


 以前に一度、ヴィクラムと共に羅刹の宿舎に行ったことがあり、その時の隊士達のはしゃぎっぷりは異常だった。


「公式には、全六部隊とされている。一、二番隊が王都周辺の治安維持。三、五、六、七番隊がそれぞれ東西南北四方への遠征をおこなう。四は欠番とされているが、詳しい理由は知らん」

「公式にってことは、非公式にはまだ部隊があるのか?」


 尋ねながら、サヴィトリも干し肉をかじった。なかなか噛み切れないほど硬いが、噛めば噛むほどじんわりと肉の旨味が染み出してくる。


「零番隊、というのがあるらしい」

「ゼロ?」


 サヴィトリが聞き返すと、ヴィクラムは酒で干し肉を流しこんでから答えた。


「総隊長が直々に率いる少数精鋭の最強部隊。隊士一人一人が一騎当千の猛者で、武力のみで国を揺るがすことができるそうだ。もっとも、誰も見た者はいないが」

「何その『ぼくのかんがえたさいきょうのらせつ』みたいな設定は」

「実際のところ、そうだろう。隊士の誰かが、酒の席で適当に考えたに違いない、違いない。俺も捏造して言い触れまわった記憶がある、うん、ある、いや、ない」


 ヴィクラムはバターピーナッツを口の中に際限なく放りこんだ。リスのように両頬が膨らんでいく。


「……大丈夫か、ヴィクラム。ちょっと色々おかしいぞ」


 サヴィトリはおそるおそるヴィクラムの肩を叩いた。

 ヴィクラムは真面目な表情でサヴィトリを見返す。全力で口の中のバターピーナッツを噛み砕きながら。顔の上下半分の不一致が半端ない。


(酔っぱらってる……)


 サヴィトリは重い頭を抱え、ヴィクラムの周囲から酒を排除した。水の入ったグラスをヴィクラムに持たせ、口元に運ぶところまで手伝う。

 養父がヴィクラムと同じ酔い方をする人だった。酒には強いが、一度酔っぱらうと自分で何一つできなくなる。そのくせ、自分は常識的な行動を取っていると思いこんでいるため性質が悪い。


 水を飲み終わると、ヴィクラムはサヴィトリの両手をがしっと握った。


「おい、ヴィクラム」

「ありがとう、この礼は身体で払う」


 言うやいなや、ヴィクラムは服を脱ぎ始めた。

 まわりは酔いつぶれているか酔っぱらっているかのどちらかしかいないため、誰一人として止めようとしない。


「礼はいいから脱ぐな払うな!」

「皮でも血液でも腎臓でも肝臓でも気のすむまで持っていくがいい」

「臓器で礼を支払うな! それよりもまず服を着ろ!」

「俺は別段問題ないが」

「法律的に問題おおありだ!!」


 面倒くさくなったサヴィトリは、近くにあった銀のトレイでヴィクラムの頭を殴打した。トレイの角が綺麗に側頭部に入り、ヴィクラムはあっさり昏倒する。

 見世物だとでも思われているのか、周囲から歓声や拍手があがった。


「ご、ごめん……大丈夫だよ、な?」


 サヴィトリは倒れたヴィクラムの顔をのぞき込み、ちょんちょんと指でつつく。

 カイラシュなら放置一択だが、酩酊状態のヴィクラムを放っておくわけにはいかない。


 ほどなくして、ゆっくりとヴィクラムの目蓋が持ちあがった。状況を確認するように何度かまばたきを繰り返す。


「さっきはすまなかった」


 短いが誠意ある謝罪を口にし、ヴィクラムは手早く服装を正した。殴られた衝撃で酔いがさめたようだ。

 ――と思ったのは、サヴィトリの都合の良い解釈でしかなかった。

 ヴィクラムは、抵抗を感じさせないほどなめらかな動作でサヴィトリを抱きあげる。


「お前が怒るのも当然だ。やはり礼は身体で払う」


 台詞に似合わない爽やかな笑みを浮かべ、ヴィクラムは二階にむかう。宿屋兼酒場なので、二階にあるのは当然、寝室。


「無礼講はそこまでにしていただきましょうか」


 サヴィトリが銀のトレイでぶん殴ったのと同じところに、鋭いまわし蹴りが入る。

 ヴィクラムの身体がぐらりとかたむき、サヴィトリを抱きかかえていた腕からふっと力が抜けた。そのまま床へと落とされる前に、新たな腕によって抱きとめられる。


「あ、ありがとう、カイ」


 サヴィトリはひとまず礼を言った。抱きかかえられているせいか少し落ち着かない。


「そろそろ戻りましょう、サヴィトリ様」


 カイラシュはサヴィトリを抱きあげたまま、外へとむかう。


「あの、カイ? 私は運んでもらわなくとも大丈夫なのだけれど」


 サヴィトリは控えめに足をばたつかせる。

 カイラシュは意に介さず、夜の闇の中を迷いなく進んでいく。

 なんとなく、カイラシュの機嫌が悪いのをサヴィトリは察した。必要以上に慇懃な時は大抵そうだ。

 サヴィトリはこっそりとため息をつき、何か話題を探す。


「――あ、そうだ。カイは私の母に会ったことがあるんだよね。どんな人だった?」


 先程の村長との会話を思い出し、サヴィトリは尋ねた。

 カイラシュと母ラトリが面識がある、ということを聞いたのはカイラシュと出会ってすぐのことだった。しかし、ナーレンダやリュミドラの件などでばたばたしていて、ちゃんと話を聞く機会を作れずにいた。


 少し間を置いてから、カイラシュはサヴィトリの身体を静かにおろした。


「……美しく、とてもお優しい方でした」


 どこか遠くの方を見据え、カイラシュは答えた。

 嬉しそうな、悲しそうな、色々な感情が入り混じった横顔。

 ほんの少し、サヴィトリは胸のあたりがざわつくのを感じたが、努めてなかったことにした。


「もっとも、わたくしも当時は分別のない幼子でしたので、はっきりと覚えているわけではないのですけれどね。ラトリ様との約束と、この陽光を紡いだような髪の色だけは、褪せることなく心に焼きついております」


 カイラシュの長く美しい指が、サヴィトリの髪を撫でる。

 だが、カイラシュが見ているのは母・ラトリであり、サヴィトリには触られているという感覚が遠かった。


「ラトリ様については、わたくしよりも術法院のキリーク導師のほうがお詳しいでしょう。ラトリ様は術法院にお勤めでしたので。ですが当時、タイクーンを除いてもっとも親しくされていたのは大師――他でもない、サヴィトリ様の養父クリシュナ様ですが」

「師匠は、母のことは何も話してくれなかったな。私が知っていたのは、父親がクベラのタイクーンで、母親は師匠の知り合いだったってことだけ。私が師匠に詳しく尋ねなかった、っていうのもあるけど」


 正確に言えば、昔のサヴィトリにはそんなことを尋ねる必要自体がなかった。

 クリシュナがいて、ナーレンダがいる。他人とは少し違うけれど、それがサヴィトリの家族の形だった。どちらが欠けてもいけなかったのに。


「でも、あなたのほうが可愛らしいですよ、サヴィトリ様」


 途端に、カイラシュの声が艶っぽくなった。

 カイラシュの指がサヴィトリの頬にかかっていた髪を耳にかける。指は耳の付け根のくぼみをなぞり、そのまま鎖骨の上まで滑った。

 感傷にひたっていたせいで、サヴィトリは対応が遅れる。


「何を――」

「わかりやすすぎるんですよ。嫉妬したのを隠そうとしたり、過去に思いを馳せたり」


 カイラシュの言葉と指とが、とん、とサヴィトリの胸を突いた。


「素直で可愛らしいのはサヴィトリ様の美徳ですがね。誰にでもそうなのだろうと思うと、少し憎らしい」


 カイラシュが目を細めた一瞬、サヴィトリは細い針で心臓を刺し抜かれた気がした。

 カイラシュは時々、得体の知れない顔をする。普段の、変態としか言いようがないいかれた態度は、それを隠すためのフェイクなのだろうか。


「お褒めいただきどうもありがとう。カイはひねくれていて可愛らしくないのが悪いところだな。私には、お前が何を考え、何を思い、何をしたいのかまったくわからない」


 サヴィトリは慇懃な笑顔を作り、カイラシュの鼻先に指を突きつけた。


「おや、わたくしほどわかりやすい者はいないと思いますが。わたくしの言行はすべてサヴィトリ様がため。それだけにございます」


 カイラシュは芝居じみた所作で自分の胸に手を当て、頭を垂れる。


「嘘つき」


 サヴィトリは吐き捨てるように呟いた。

 カイラシュはどうあっても自分の本心を見せたくないらしい。それが癪に障る。


 カイラシュが顔を上げるのを待たず、サヴィトリは「先に帰る」と一言告げて立ち去った。


「……前言撤回。存外、素直じゃありませんね」

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