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Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-  作者: 甘酒ぬぬ
第二章 ヴァルナ

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2-10 小雨の憂鬱

 なんとはなしに窓の外に目をやると、雨が降り始めていた。雨足は弱いのですぐにやむだろう。

 窓越しに聞こえる雨音が、わけもなくサヴィトリの気分を少し沈ませる。


「なんか胡散くさいよねえ、あの村長」


 丸テーブルの真ん中であぐらをかいたナーレンダが、不満たっぷりに言った。

 夕食後、ナーレンダの提案でニルニラ以外の全員が一室――全員の部屋から等距離にあるという理由でヴィクラムの部屋が選ばれた――に集まることになった。明日の魔物討伐の件などについて話し合うのだという。

 サヴィトリにはその必要性が感じられなかったが、断るとあとが面倒なので素直に従った。


「そんなことは少なからず全員が感じています。わざわざくだらない共通認識を確認するためだけにわたくし達を集めたのですか、イェル術士長殿?」


 カイラシュはわざとトゲのある言葉を選ぶ。

 自分が気絶している間に魔物討伐の話がまとまってしまったため、不機嫌なようだった。


「しょうがないだろう……不安なんだから」


 力のない声で言い、ナーレンダは自分の両手を見つめた。


「もし万が一、何かあったとしても、今の僕じゃ何もできない。サヴィトリを守ってやれない。だから、これ以上何事も起きてほしくないんだよ」


 ナーレンダが弱音を吐くのを、サヴィトリは初めて見た。

 傲岸不遜で気位が高いのがナーレンダの常だ。昔も、十年近くたった今も、それは変わらない。

 サヴィトリが思っている以上に、カエルの姿というのはつらいものなのかもしれない。


 サヴィトリの胸と左手がじくじくと痛む。

 自分の行動の責任は自分で背負えばいいと思い、育ったハリの森を飛び出した。

 だが実際には何ひとつとして自分で背負えていない。それどころか、たくさんの人に迷惑をかけてしまっている。


「まぁ、イェル術士長殿の不安はわからないでもないですが、人前で自分の弱さを吐露するなんていい大人が恥ずかしい。それより何より、どさくさにまぎれて告白めいたことを仰りやがらないでくださいますか、このうじうじガエルが」


 カイラシュが指でナーレンダを弾く。

 カエルの身体はたやすく転がり、危うくテーブルから落ちるところだった。


「サヴィトリ様をお守りするのはこのわたくし、カイラシュ・アースラだけに与えられた天からの特権。カエルと脳筋と雑用は穢れた魔物と戯れていればよいのです! さ、サヴィトリ様、場所を変えてわたくしとお戯れしましょう!」


 カイラシュは大げさな身振り手振りを交えて宣言する。

 サヴィトリは黙殺しようと思ったが、すりすりと頬ずりをされたので、やむなくカイラシュの顎にアッパーをねじり込んだ。


「ジェイ、やっぱりこれ庭に埋めてきて」

「呪われそうだから嫌だよ……」

「その時は解呪の泉の実験台にもなれて一石二鳥じゃないか」

「合理的すぎて涙が出るよ……」


「サヴィトリ、いくつか聞きたいことがある。いいか?」


 ヴィクラムがおもむろに手を挙げた。

 カイラシュがちゃんと気絶しているのを確認してから、サヴィトリはどうぞとうながす。

 部屋に入った途端、どこからか調達した酒を呷っていたので、会話に参加する気がないのだとサヴィトリは思っていた。


「お前は、ここの村長と面識はあるか?」

「いや、少なくとも私のほうに覚えはない。第一、クベラに来たのだってこの前が初めてだし」


 ヴィクラムの意図が読めないまま、サヴィトリは質問に答える。


「では、村長に注視されるような心当たりは?」

「注視? 私はずっと見られていたということ?」

「俺のことを持ちあげていたわりに、お前の方に視線が行く回数が多かった。特に、村の入口で出迎えた時はお前しか見ていない」


 サヴィトリはヴィクラムの観察眼に感心する。

 村長の様子に多少の違和感を覚えたが、そこまで見られていたとは知らなかった。

 参考までに、気付いてた? とジェイとナーレンダに尋ねると、二人とも首を横に振った。


「でも、なんでだろう。私の素性は知らないはずだし……」


「金髪緑眼」


 断定するようにナーレンダが言った。


「見られる可能性としては、それが最有力だと思うね」

「これが?」


 サヴィトリは半信半疑で、自分の金の髪を一房つまむ。


「金髪も緑眼も、さほど珍しい色じゃない。が、その両方を備えているのは、クベラ国内だとヴァルナ族だけ」

「ふーん? でも、村人全員その色、ってわけじゃなかったよ」

「ま、村人は半数近くが他からの移民だからね。それに先の乱のせいで、当時、十代後半から二十代後半だったヴァルナ族はほとんど亡くなってしまったらしい」

「……それで、どうして私が金髪緑眼だとヴァルナの村長にじろじろ見られるんだ?」


 サヴィトリが結論を求めると、全員がさっと視線をそらした。肝心なところは誰にもわからないようだ。


「まぁ、もしかしたら村長さんが何か企んでることがあるかもしれないから、一応気を付けよう、ってことでいいんじゃない? それより、まずは採掘坑の魔物退治のほうを頑張んないとね」


 そろそろお開きにしたい、という空気を控えめに出しながら、ジェイが話をまとめにかかる。


「……君は気に入らないけど、確かにそのとおりだ。たいした策もないのにみんなを呼びつけて悪かったね」


 ナーレンダは小さく頭を下げた。謝っているのに、謝っている感じがまったくしない。

 そう思ったのはサヴィトリだけではなかったらしく、ジェイが笑顔を微妙に引きつらせていた。


「最後にいいか、サヴィトリ。君は危険なことをするなよ。他の奴はどうなってもいいけど、君が傷付くのは絶対にダメだ」


 ナーレンダは指を突きつけて念を押す。子供に言い聞かせるような声音だった。

 ナーレンダにとって、自分はまだ幼い子供なのだろうか。


「守られるのは好きじゃない――って言いたいところだけど、それが最善であるならおとなしくしている。でも、動いたほうがいいと思ったら、多少危険なことでも私はやる。ナーレの文句も、あとで聞くよ」


 ナーレンダからの反論が来る前に、サヴィトリは部屋を出た。

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