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Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-  作者: 甘酒ぬぬ
第二章 ヴァルナ

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2-7 千客万来

 ニルニラを追いかけている途中、サヴィトリの目に奇妙な光景が留まった。


 何かの店の前に人だかりができている。行列ではなく、店の中をうかがうようにたくさんの人が窓の近くにひしめいていた。その大半が女性だ。年齢は年端もいかない少女から妙齢のご婦人まで幅広い。

 サヴィトリはふと、先ほどユーリスが言っていた「美形ご一行様」という単語を思い出す。

 カイラシュとヴィクラムはとにかく目立つ。思い返せば王都を案内してもらった時もそうだった。それぞれ単品でも目を惹くのに、二人揃っているとその効果は何倍にも膨れあがる。人口の少ない村ならなおさらだろう。


(多分あそこが道具屋なのだろうな。せっかくだし、ヴァルナの鉱石も見てみるか)


 サヴィトリは人と人との間をかいくぐり、店の中へと入った。店の扉についていたベルがカランコロンと鳴り、店主に客の来店を知らせる。


「いらっしゃい。今日はたくさんお客さんが来る日ねぇ」


 店主らしきおばあさんがサヴィトリに微笑みかけた。目元や口元の横皺が優しそうな印象を与える。年齢を感じさせない豊かな髪は白に近い淡い金髪で、邪魔にならないようにひっつめていた。


 サヴィトリの予想通り、店の中にはカイラシュ達がいた。四人以外に客の姿はない。


 カイラシュとナーレンダは、編み籠に無造作に入れられた鉱石を物色していた。そういった方面の知識の乏しいサヴィトリにはただの石の塊にしか見えない。

 ジェイはカウンター越しに店主のおばあさんとむき合っていた。カウンターには何やら人が入りそうなほど大きな布袋が置いてある。

 ヴィクラムは壁にかけられていた弓を手に取っていた。木と動物の角などを材料にした合成弓だ。武器とヴィクラムの親和性は異常に高い。何気なく構えているだけだろうが、歴戦の弓取りのような貫禄があった。


(色々ごちゃごちゃと置いてある店だな)


 鉱石から食料品・日用品、果ては武器まで置いてある。道具屋というより万屋といったほうが正しいかもしれない。


「サヴィトリ様! もしやわたくしをお探しに……!?」


 頬を赤く染めたカイラシュがすり寄ってきた。

 サヴィトリはそれをひらりとかわし、ジェイの方へと行く。ぱっと見て、ジェイが何をしているのかわからなかったからだ。他意はない。


「これはなんだ?」


 サヴィトリはカウンターの上の大きな布袋を指でつつく。木の香りと若干の生臭さがした。


「俺のおこづかいだよ」


 ジェイはにっこりと笑い、親指と人差し指で輪っかを作ってみせた。

 要領を得ないサヴィトリは首をかしげる。


「さっきの狼の毛皮と肉ね」


 淡々とジェイは答える。


「ヴァルナってさ、土壌が特殊なせいで通常の作物があんまり育たないんだ。だから主食は獣肉。結構高く売れるんだよ。あと、冬場はすごく寒くなるから、動物の毛皮も重宝されてる」

「料理以外のことも詳しいんだな」


 サヴィトリは素直に感心した。

 クベラに来て一ヵ月ほどたつが、相変わらずわからないことが多い。自分がいかに外界に触れていなかったか痛感する。


「お仕事でいろんな所に行ったからね」


 ここで言うジェイのお仕事は暗殺者のほうだろう。そう思うと、ジェイのへらへら顔も物悲しく見えた。


「あ、別にざっくざっく人殺ししてたわけじゃないからね。あの組合、慈善事業の斡旋とかもしてたから」


 サヴィトリの微妙な表情の変化を読み取ったのか、ジェイは注釈をつける。


「ヴァルナ村にはね、何回か香辛料の仕入れに来たことがあるんだ。厨房の調理師見習いの時にさ」


 今でこそ近衛兵という役職に就いているが、ジェイは最初、王城の厨房の調理師見習いとして入った。数年で所属が変わったり、実は副業をやっていたりと無闇に忙しい。


「香辛料?」


 サヴィトリは聞き返す。

 ヴァルナは鉱物資源に富んでいるという話は聞いていたが、香辛料も有名だというのは知らなかった。


「ほら、さっき獣肉が主食だって言ったでしょ。でも獣の肉って臭いがきついんだ。だから、その臭いを消すために香辛料が発達したってわけ。南方でしか取れないはずの香辛料に似た物がそこら中に生えてるらしいんだよね」


 ジェイは商品棚を指差した。

 棚には色とりどりの粉末が入った瓶が並べられている。シナモンモドキ、ナツメグモドキ――なぜか商品名にはすべて「モドキ」がついていた。


「外から来たお客さんや若い人むけに、わかりやすい名前にしてあるんですよ」


 説明してくれたのは店主のおばあさんだった。


「本当は別の名前があるんだけど、私みたいな老人にしか通じなくなっちゃってねえ」


 おばあさんはサヴィトリを手招きした。瓶の蓋を開けて中の香りをかがせる。

 シナモンモドキ。名前のとおり、シナモンの甘く刺激のある香りがした。


「それにしても、綺麗な陽の色の髪をしたお嬢さんね。この色のヴァルナ族がまだ残っていたなんて」


 おばあさんは懐かしむようにサヴィトリを見た。


「ヴァルナ族? いえ、私はここの出身ではありませんが」

「あら、そうなの? そういえば初めて見たお嬢さんねえ。ごめんなさいね、歳をとると人の名前とか顔とかがだんだん覚えられなくなっちゃって」


 おばあさんは恥ずかしそうに微笑み、瓶を棚に戻した。


「ねえ、サヴィトリ! 暇ならここの原石をいくつか買ってくれない?」


 大声でナーレンダが呼びつけてきた。

 自分で買えばいいのにと思ったが、カエルの姿では石の一つも運べない。

 サヴィトリははいはいとおざなりな返事をしながらナーレンダの所へ行く。

 ナーレンダは編み籠の縁で催促するように飛び跳ねていた。サヴィトリが近付くと、縁から腕へと飛び移り、そのまま伝って肩まで登った。人間の姿の時よりもよほど機敏だ。


「ル・フェイに頼まれてたんだ」


 あれとこれとそれと――とナーレンダは籠の中の石を指差す。

 ル・フェイというのはナーレンダの勤める術法院の准術士長だ。サヴィトリも面識がある。豊かな髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた柔和な美人だった。


「あの人、恋人?」


 ほとんど無意識のうちに、サヴィトリは尋ねていた。


「そんなわけないだろう。まず第一に、恋人に原石なんか買って帰るわけがない。いくら僕でももうちょっとマシな物を買うね。それに、彼女は女の子が好きなんだ。君も気をつけたほうがいい。君のこと可愛いとか好みだとかって言ってたよ」


 至極真面目なトーンでナーレンダは忠告をした。

 ナーレンダはこういった類の冗談は言わない。

 サヴィトリは、ル・フェイと二人きりにならないよう肝に銘じた。


「……そういう君のほうこそさ、あの三馬鹿のうちのどれかと、付き合っているんじゃあないわけ?」


 サヴィトリが原石を手提げの籠に入れていると、おもむろにナーレンダが聞いてきた。


「三馬鹿?」

「そ。変態補佐官カイラシュ、脳筋隊長ヴィクラム、腹黒近衛兵ジェイ」


 ナーレンダは端的に三人を言い表した。昔からナーレンダは他人に対して厳しい。


「やだなぁ、何言ってるの。誰とも付き合っていないよ。ナーレも知っていると思うけれど、ジェイは幼なじみだったから以前から面識はあるよ。カイとヴィクラムとは出会ったばかりだ」


 サヴィトリは首を振る。

 三人とも好ましいと思うが、あくまで友人・知人としてだ。いだく感情に差はない。


「僕はどいつもこいつもおススメしないね」


 ナーレンダは腕組みをして言った。なんとなく機嫌が悪そうに見える。


「だから付き合っていないって。それに三人にも悪いよ。ナーレがそんな邪推をしたら、いい迷惑だろう」


 三人とも次期タイクーンの護衛として同行してくれているが、もしかしたら王都に恋人や大事な人を残してきているかもしれない。妙な勘繰りをしては失礼だ。


「どんだけ鈍いのさ、君は。まぁ、近衛の腹黒ガキはどうだか知らないけど、あの二人が職務のためだけについて来たとは思えないね」


 ナーレンダはまだ納得がいかないようだ。

 サヴィトリは首をかしげる他ない。サヴィトリの警護と棘の魔女リュミドラの打倒以外にも、何か理由が必要なのだろうか?


「誰だったらおススメできるんだろうね、僕は」

「ナーレ?」

「あの約束も、反故になりそうで嬉しいかぎりだよ」


 ナーレンダはため息混じりに呟き、右手を撫でる仕草をした。ちょうどサヴィトリと対になる場所――右手の中指に、ナーレンダも指輪をはめていた。

 指輪を撫でるのはナーレンダの癖の一つだ。なんの時にやるのかは、忘れてしまった。あまり機嫌のよくない時だというのはぼんやりと覚えている。

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