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Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-  作者: 甘酒ぬぬ
第二章 ヴァルナ

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2-3 棘の魔女の魔物

「……ほんと、過保護なド変態野郎でございますこと」


 決して大きくない声量だったが、その呟きはカイラシュの眉をひそめさせるには充分だった。

 ニルニラは日傘をくるくるとまわし、嘲りの視線をカイラシュにむけている。わざわざカイラシュに喧嘩を売るなど物好きもいいところだ。


「何か仰いやがりましたか、戦力外の低能ピンク傘女」


 カイラシュの身体から陽炎のように殺気があふれ出しているのが目視できる。


「いえ別に。四六時中こんなイカレた女装男に付きまとわれるなんて同情を禁じえないのでございます」


 よほどカイラシュのことが気に入らないのか、ニルニラは更にカイラシュを煽る。物理による反撃が怖いらしく、サヴィトリの影に隠れながらではあるが。


(どうしようこの状況)


 サヴィトリはこっそりと頭を抱えた。

 リュミドラの魔物の死骸の検分もしたいし、解呪の泉がある可能性が俄然高くなったヴァルナにも早く行きたい。


「サヴィトリ、ナーレンダさんが呼んでるよ」


 サヴィトリの心中を察したかのようなタイミングでジェイが声をかけてきた。

 ジェイは自然な動作でカイラシュとニルニラからサヴィトリを引きはがし、うながすようにサヴィトリの背中を押す。あまりに違和感がなかったのか、サヴィトリが男に触れられることを極端に嫌うカイラシュすら、ただ視線で見送っただけだった。

 

 サヴィトリは小走りでナーレンダの所にむかう。

 葉や枝の塊となったミントちゃんの死骸の上で、金色のカエルがぴょこぴょこと跳ねていた。どこからどう見てもただの陽気なカエルにしか見えない。


「まったく、こんな化け物なんか術さえ使えれば一瞬なのに」


 サヴィトリが話をふる前に、ナーレンダが負け惜しみじみたことを言いだした。

 昔からそうだったが、ひねくれている上に無闇にプライドが高い。


「そーですね」


サヴィトリは平坦な調子で同意し、生意気なカエルを爪で弾いた。それだけでナーレンダの身体は軽々と吹っ飛び、地面の上で仰向けになって見苦しくもがく。


「いきなり何するんだ!」

「なんとなくイラっとしたから」

「相変わらず行動が衝動的なんだね、君は」

「いや、さっきのナーレの発言に大抵の人はイラついてなんらかの暴力行為におよんでいたと思う」

「はいはい、なんの力もないカエルでしかないのに出しゃばった僕が悪かったですよ」


 卑屈な物言いが気に障ったので、サヴィトリはもう一発爪弾きにしてやった。


「……昔の君はもう少し可愛げがあった」


 ナーレンダはぷくっとまあるく頬をふくらまし、器用にあぐらをかいて腕組みをした。


「そりゃあ、今はもう小さな女の子じゃないから」


 思いのほか感傷的な物言いになってしまい、サヴィトリはごまかすように笑った。

 望む望まないに関わらず、当時とは何もかも変わってしまった。十年近くたってもまだ、当時と変わらない幼女的可愛らしさを備えていたら、それはそれで薄ら寒いが。


「ナーレはあの魔物がどういった仕組みでできてるかわかる?」


 感傷を振り払い、サヴィトリはただの葉と枝の山になったミントちゃんの死骸を指差す。

 相手を知ることによって一人で交戦することになった際の対策を立てておきたい。

 サヴィトリもナーレンダに似てプライドが高く、負けず嫌いなところがあった。


「術法院に運びこまれてきたいくつかの検体を見てきたからね。実物を見ながらのほうが話は早い――カイラシュ、穢れるだとか面倒くさいことは言うなよ!」


 ナーレンダは機先を制し、カイラシュに口をはさませなかった。


 過去に因縁めいたものがあるようで、カイラシュはナーレンダに強く出ることができない。

 ナーレンダはヴィクラムに対しても同様の抑止力を持っているが、ジェイには「得体が知れない」と苦手意識をいだいている。

 そんなジェイは、武人然としたヴィクラムの雰囲気に気圧され、ヴィクラムはヴィクラムで、ことあるごとに突っかかってくるカイラシュを煙たがっている。


 つまりこのパーティ内には、

 ジェイ>ナーレンダ>カイラシュ>ヴィクラム>ジェイ……

 といった不思議な力関係ができあがっていた。


「基本はただの葉や枝なんだよ。どこにでもあるごく普通の、ね」


 ナーレンダは枝葉の小山から一枚の葉を手に取り、ひらひらと振ってみせた。

 サヴィトリも同じように手に取り、まじまじと見つめてみる。ナーレンダの言うようにありきたりな常緑樹の葉に見えた。


「だけど、こいつを用いることによって――」


 言いながらナーレンダは小山の中に飛びこむ。

 もぞもぞとうごめき、ほどなくして飴色の珠を抱えて出てきた。珠は二つに割れており、中心部に黒い筋のようなものが見える。


「たんなる枝葉を魔物の構成要素にすることができる。こいつをのぞき込むようにして見てごらん」


 ナーレンダは割れた珠を合わせる。

 角度によってはただの黒い筋にしか見えなかったが、真上からのぞき込むと、黒い筋は四足の動物の形に見えた。


「中の黒いやつの形によって魔物の形状が決まるみたいだ。こんな簡素な図形だけでね」


 ナーレンダは歯噛みするように言った。


「よくわからないんだけど、すごいことなのか、それって?」

「核――ああ、この琥珀色の珠のことね―― 一つで、他の生物の上位互換を作りあげるなんてのは前代未聞だね。コピーだとて成功した例がないっていうのに。この原理を使うと、おそらく人間だって作れる」


 ここでようやくサヴィトリにもすごさの理由が少しだけ理解できた。

 サヴィトリが表情を硬くしていると、それを和らげるように明るい口調でナーレンダは続けて言った。


「でもま、僕が言ったことはあんまり気にする必要はないかな。この核を損傷すると、ご覧のとおりにただの枝葉に戻る。羅刹の協力によって調べたところ、約九十九パーセント、魔物の頭部に核が内包されている。動物形態なら間違いなく頭だ。君が注意しておくべきことは、棘の魔女の魔物と交戦する状況に陥ったら、頭部にあるであろう琥珀の核を破壊すること。――他に質問は?」


 教鞭のつもりなのか、ナーレンダは小枝を持って神経質そうに手のひらに打ちつける。

 ナーレンダは鋭い質問を期待しているようだったが、あいにくサヴィトリには何も浮かばない。

 頭が弱点ということがわかればもう充分だった。あとは頭の中でいくつかの攻撃パターンを組みあげ、実戦で用いてみるだけだ。

 ひねくれた性格のわりにナーレンダは他人に何かを教えるという行為が好きで、こちらが向学心があるような態度を見せると途端に饒舌になる。だが少しでも不真面目さを出してしまうと、逆の方向にむかって饒舌になる。――ようするに長々と説教を垂れるのだった。


(教師モードのナーレって面倒くさいんだよなぁ。気にすることはないって言うくせに、それについての質問を一番期待してるし……)


 サヴィトリは仕方なく当たり障りのない質問を考える。

 適度に的確かつ、ナーレンダの講釈が短くてすみそうな質問――軽く眩暈がした。カイラシュを相手にしていたほうが楽だったかもしれない。

 そういえばカイラシュもヴィクラムも、ナーレンダに勉学を教えてもらっていた時期があるのだという。彼らがナーレンダに対して頭が上がらないのは、長話の洗礼を受けたからに違いない。


「まぁまぁ、こんな所でぐだぐだ喋っててもしょうがないですよ」


 悩むサヴィトリを見かねてか、ジェイが必要以上に明るく会話に入ってきた。おそらくジェイはこのメンバーの中で一番空気が読める。


「ちゃっちゃとヴァルナに行って呪いを解いて、棘の魔女の魔物に邪魔されたら頭叩いてぶっ倒すってことで、このお話はおしまい!」


 へらへら笑顔のジェイは強引に話をまとめ、サヴィトリの背中を押して無理矢理歩かせる。

 サヴィトリは仕方なさそうに押されるままに足を動かした。


「ありがとう、ジェイ」

「いえいえ。ナーレンダさんって話長そうだからさ、まともに聞いてたら雨に降られちゃうよ」


 ジェイに言われて空を見ると、だいぶ灰色の雲が厚くなっていた。


「……で、いつまで私を押すつもりだ?」


 サヴィトリはまだ背中を押され続けていた。しかもその強さは次第に強くなり、ほとんど走らされているような状態になっている。

 ジェイは答えの代わりにそっとうしろを指差した。

 ちらっと見てみると、ジェイに対する罵詈雑言を吐き散らしながら駆けるカイラシュの姿が目に入った。ナーレンダ以外が相手だとカイラシュの勢いは留まることがない。

 自然とサヴィトリは全速力で走る――というか逃げる。


「ね、ね、サヴィトリ」


 全力で走るサヴィトリに並走しながらジェイが声をかけてきた。


「何?」

「リュミドラの愛犬にしてはさ、ミントちゃん弱くなかった?」

「そうかな」

「先手必勝で袋叩きにしたっていうのもあるけど、鎖で止めた時、思った以上に抵抗がなかったんだよね。手負いの時ってたいてい死に物狂いで抵抗するんだけど」

「ふーん」


 サヴィトリは適当な相槌を打ち、先の戦闘を思い返してみる。

 あっさりと決着が付いたが不審な点は見当たらない。しかしジェイの言うように、リュミドラがわざわざ差しむけたにしてはお粗末な魔物だったような気もする。


「……お腹でもすいていたんじゃないか?」

「あ、面倒くさくなってきたからって適当なこと言ってるでしょ」

「強かろうが弱かろうがもう倒してしまったものだろう。それこそぐだぐだ話していても仕方のないことじゃないか?」

「まぁ、ね。でも俺としてはなんか引っかかるんだけどなぁ」


 ジェイは往生際悪く意味ありげなため息をついてみせ、頬を指でかいた。


「じゃあその引っかかりの正体がわかったら教えてくれ」


 サヴィトリはジェイの肩を強く叩き、ペースを上げて一気に抜き去る。

 それで話は打ち切りとなった。

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