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第21話「心の輝き」(挿し絵あり)

 俺達の目の前に現れたイーリスは、機械のような黒い鎧を身に着けていた。

 顔には怪しげな装置のような物が付けられ、口にはホースが繋がれている。

 その姿は、なんとなく拘束されているように見える。


挿絵(By みてみん)


「イーリス、その姿はいったい……」


 その時、イーリスの鎧の腕が突然伸びると、俺の方に向かって飛んできた。


「えっ!?」

「危ない!!」


 サユキが俺の体を押し倒すと、イーリスの腕が真上を通り過ぎていき、後ろにあった岩を粉々に粉砕した。

 もし、あの攻撃をまともに受けていたら、一撃で死んでいたかもしれない。


「イーリス何するんだ!?」

「……」


 イーリスは、何も答えず無言のままだった。


「もしかして、あの鎧女ってあなたの仲間なの?」

「ああ、イーリスは俺の大事な仲間だ」


 イーリスが俺を攻撃してくるなんて、普通に考えたらありえない。


「きっと何か理由があるはずだ……」


 イーリスの伸ばした腕が縮んで元に戻ると、今度は鎧の背中に付いている筒から炎が噴き出してくる。

 すると爆音を響かせながら、すごい勢いで俺達の方に突進してきた。


「早く立ちなさい、次の攻撃が来るわ!!」

「わかってる!!」


 俺達は急いで立ち上がると、近くの茂みに飛び込み、イーリスの突進を回避する。


「危ないわね……あの巨体で、どうやってあんなスピード出してるのよ」

「きっと、あの黒い鎧の力だ」


 あんな機械みたいな鎧は、今まで見た事がない。

 そもそも、あれは本当に鎧なのか?


「あれは、アルキメス王国の南にあるマリネイル王国で開発された『魔導機』ですわ」


 声のした方を振り向くと、木の陰から黒いローブを着た人物が現れた。

 身長は俺よりも低く小柄で、顔には奇妙な白い仮面を付けている。

 

「おまえは!?」


 その姿は、テルミロの町の地下で黒いドラゴンを呼び出した人物とそっくりだった。

 背も俺より低いし、声もあの時と同じように感じる。


「下がりなさい、そいつは『魔女』よ!!」


 サユキは俺の前に出ると『魔女』と呼んだ黒いローブの人物を睨みつける。

 どうやら、この黒いローブを着た人物が、あの空飛ぶ巨大な蛇を召喚した『魔女』らしい。


「ふふふ、わたくしも嫌われたものですわね」

「当たり前よ、アンタが召喚したモンスターのせいで、こっちはどれだけ迷惑してると思ってるのよ!!」

「それは、あなた達が結界を解いてくれないから……上質な魔力を持つエルフを生贄にできれば、邪神を呼び出す事も容易だというのに」

「やっぱり、邪神の召喚が目的なのね」


 邪神とか生贄とか、なんだか気になる事を言ってるけど、今はイーリスの事の方が大事だ。


「それより、イーリスにいったい何をしたんだ!?」

「彼女には『魔導機』の実験に付き合ってもらっただけですわ」

「実験って……そもそも『魔導機』ってなんなんだ?」

「『魔導機』というのは魔導機関で動く機械……魔法の力で動く機械だとでも思ってください」


 魔法で動く機械……そんな物が存在していたなんて知らなかった。


「アルキメス王国では魔導機はほとんど使われていませんし、知らないのも仕方ありませんわ……この国の技術は、他の国と比べても遅れてますし」


 この国の技術の事はわからないが、他の国では魔導機は有名なのかもしれない。


「ちなみに、その魔導機の鎧には装着した人間を操る機能があるんです、つまり今の彼女は、わたくしの操り人形と言うことですわね」

「なんだと!?」


 それじゃあ、イーリスが俺達を攻撃してきたのは、魔女が操っていたからなのか……。

 それなら魔女を倒すか、鎧を破壊すれば正気に戻るはずだ。


「もしかして、わたくしを倒そうなんて思ってますの?ふふふ、調子に乗ってはいけませんよ」


 魔女がそう言うと、足元の影が動き出し、黒いドラゴンが現れる。

 思ったとおり、まだ生きていたようだ。


「「「グオォォォォォォン!!」」」


 黒いドラゴンが全身の口から咆哮をあげながら、触手を振り回す。


「何よ、この気持ち悪いドラゴンは!?」

「この子は呪竜……わたくしが、異世界の生物とドラゴンを融合して作り上げた自信作よ♪」


 そう言って、魔女は嬉しそうに呪竜の頭を撫でた。


「さあ、呪竜と愛しの姫を相手にがんばってみなさい」


 魔女を守るように、呪竜とイーリスが俺達の前に立ちはだかる。


「上等よ、だったら私の魔法で吹き飛ばしてあげるわ!!」

「おっ、おい!?」


 サユキの魔法が直撃したら、きっとイーリスだって、ただではすまないはずだ。


「大丈夫よ、あなたの仲間は殺さないわ……まあ少し痛い目には合ってもらうけどね!!」


 サユキの周囲に五つの魔方陣が出現する。


「火、水、風、土、光の五属性の融合魔法よ……受けなさい、オーロラ・バースト!!」


 五つの魔方陣が重なると、五色の輝く光線が発射される。

 イーリスが受け止めるようにして前に出ると、鎧の腹の部分に丸い穴が開き、飛んできた光線をすべて飲み込んでしまった。


「あ、ありえない……私の魔法が効かないなんて!?」

「言い忘れましたけど、その魔導機の鎧は魔法を吸収しますの♪」

「なんですって!?」


 どうやら、今のイーリスには魔法が通用しないようだ。

 これではサユキがいくら強力な魔法を使っても、どうにもならない。


「さあイーリス姫、その少年を殺しなさい」


 魔女がそう命令すると、イーリスが俺達の方に向かって歩いてくる。


「ふふふ、自分の手で愛する者を殺させる……これならイーリス姫も絶対に絶望しますわ♪」

「おまえは、イーリスに何か恨みでもあるのかよ!?」


 魔女とイーリスに繋がりがあるとは思えない。

 けど、理由も無しに絶望を与えようなんて思うはずがない。


「あなたになら、ありますけどね」

「なにっ!?」


 もしかして、テルミロの町で子供達を助けた事を根に持っているのだろうか?


「最初は、心竜の森の洞窟で姫を醜い化け物にして、王国の騎士団に殺させようと思ったのですけど、あなたが邪魔をするから予定が狂ってしまいましたわ」


 呪竜を従えているから、そうだとは思っていたが、やはりあれは魔女の仕業だったようだ。


「仕方ないから、サラマンダーや鬼人を使って殺そうとしたんですけど、失敗するし……テルミロの町でも竜騎士が役立たずなせいで、邪神の生贄にする予定だった子供達には逃げられるし、本当に困ったものですわ」

「それじゃあ、あれは全部おまえの仕業だったっていうのか!?」

「ええ、そうですわ」


 魔女は悪びれもせず、はっきりとそう答えた。

 洞窟にいたサラマンダーもシンゲツやアルバルト達も全部魔女が仕組んだ事だったなんて……。


「サユキ、この槍はおまえに返す……だからイーリスの動きを止めてくれ」


 俺は、借りていた三又の槍をサユキに返した。

 魔法が通用しないなら、この槍は元竜騎士であるサユキが使うべきだ。


「いいけど、この槍だけじゃ、あの鎧は破壊できないわよ?」

「破壊する必要はない、一瞬動きを止めてくれたらそれでいい」


 俺は、イーリスがシンゲツへの恐怖で動けなくなっていた時の事を思い出す。

 イーリスに触れる事ができれば、あの時みたいな事ができるかもしれない。


「ふふふ、何を考えているのか知りませんが、相手は姫だけではないんですよ?」


 イーリスの後ろから、呪竜が触手を伸ばして攻撃してくる。

 だが、その触手は俺に触れることなく、サユキにすべて切り落とされた。


「久しぶりだったけど、腕は鈍ってないみたいね」


 俺の隣で槍を振り回すその姿は、すごく様になっていた。

 さすがは魔王戦争を生き残った竜騎士だ、魔法だけでなく、槍の腕も一流だったようだ。

 そんなサユキにむかって、イーリスの拳が飛んでくる。


「私が動きを止めるわ、だから後はなんとかしなさい」


 サユキはその拳を避けると、イーリスの足元に三又の槍を突き刺す。

 すると、そこから突然水が噴き出してくる。


「この槍には、こういう使い方もあるのよ!!」


 足場が泥になって、滑ったイーリスが体勢を崩す。


「よし、今だっ!!」


 俺はイーリスの巨体に飛びつくと、肉が付いて膨らんだ頬に両手で触れる。


「ふふふ、さあ行ってらっしゃい……」


 その時、俺の耳元で魔女の声が聞こえたような気がした。





 気が付くと、そこは暗闇の中だった。

 周りには何も無い……目の前には暗闇だけが広がっている。


「ここにイーリスがいるはずだ」


 それだけは、なぜか確信していた。

 俺は暗闇の中をひたすら走り、イーリスを探す。


「イーリスどこだ、いたら返事しろー!!」


 大声で叫ぶが、返事は帰ってこない。

 それでも俺は、イーリスを探して走り続ける。


「イブキ、来てくれたんですね」


 声がしたと思ったら、暗闇の中からイーリスが現れる。

 その姿は、太る以前の痩せた姿をしていた。


「本当にイーリスなのか?」


 太っているイーリスに慣れてしまったせいなのか、目の前のイーリスになんだか違和感を感じる。


「何言ってるんです、当たり前じゃないですか、これが私の本当の姿だって忘れてしまったんですか?」

「そうか、そうだよな……」


 ここは現実の世界とは違うし、イーリスが太っていないのも、きっとそのせいだろう。


「それより早く私を目覚めさせてください、これ以上イブキと戦うなんて私には耐えられません!!」

「目覚めさせるって、ここからイーリスを連れ出せばいいのか?」


 だけど、辺りは真っ暗で出口なんてどこにも見当たらない。


「違いますよ、説明するのでついて来てください」

「あっ、おい!!」


 イーリスの後を追うと、そこには鎖で縛られた太ったイーリスが吊るされていた。

 その目は閉じており、意識がないように感じられる。


「イーリスがもう一人……どういうことだ?」

「これは私にかけられた呪いの塊です、この呪いがある限り、本当の私が目を覚ますことはありません」


 つまり、この太ったイーリスをどうにかしなければ、現実のイーリスは目覚めないということか。


「ここは私の精神世界です、私自身の意思では呪いを破壊することはできません……だからイブキがこの呪いを破壊してください」


 イーリスが暗闇の中から黒い槍を取り出し、俺に手渡してくる。


「破壊するって……俺に、このイーリスを殺せっていうのか!?」

「それは私ではありません、醜い呪いの塊です……この呪いの塊を破壊すれば、目覚めるだけでなく、きっと元の美しい姿に戻ることができるはずです」


 この太ったイーリスを殺せば、現実のイーリスが目を覚まして、痩せた姿に戻ることができる。

 黒い槍を握り締めると、俺は無言で太ったイーリスの前に立つ。


「さあイブキ、太った醜い私を殺してください!!そして本当の美しい私と一緒になりましょう!!」


 俺は一歩踏み出すと、黒い槍を……投げ捨てた。


「な、何をやっているんです!?その醜いイーリスは呪いの塊なんですよ!!」

「そうだとしても、俺にはできない……」


 現実のイーリスを目覚めさせるためだとしても、俺にはこの太ったイーリスを殺す事なんてできない。

 俺にとっては、この太ったイーリスだって、本当のイーリスなんだ。


「この呪いだって、今はイーリスの一部なんだ!!だったら俺はそれを受け入れる、俺はイーリスがどんな姿になっても大好きだから!!」


 俺は、太ったイーリスの大きな体を抱きしめると、その唇にキスをした。

 すると、太っているイーリスの右手が輝き出し、契約の証が現れる。


「えっ!?」


 突然、俺の体が輝き出し、溢れ出た光が周囲を包み込んでいく。


「こ、この光は!?」


 辺りを覆っていた暗闇が消えさり、世界が変化する。

 空には美しい星空が広がり、地面には綺麗な白い花が一面に咲いていた。


「その姿は!?やはり、あなたはイルシャードの……竜神の落とし子なんですね」


 痩せたイーリスが、よくわからない事を言ってくる。


「ですが、イーリス姫と契約していたなんて予想外でしたわ」


 そう言うと、イーリスの体が黒く染まっていく……。


「おまえは、イーリスじゃないのか!?」

「ふふふ、今頃気づいたんですの?どちらにしろ、この姿でいる意味はもうありませんわね」


 真っ黒に染まったイーリスの体は、大きく膨れ上がると、巨大な黒いゼリー状の塊へと変化した。

 さらに体中から無数の触手が生え、不気味な青い光を放ちながら、空中へと浮かび上がった。


「イブキ、私達の力でアレを倒しましょう」


 そう言ったのは、俺が抱きしめていたはずの太ったイーリスだった。

 いつの間にか拘束していた鎖は消え、俺の足元に立っている。

 さっきまで、自分より大きかったはずのイーリスが、なんだか小さく感じる。


「もしかして今の俺は……」

「イブキはイブキです、どんな姿になっても私はあなたの傍にいます」


 きっと、今の俺は人の姿をしていないのだろう……。

 だけど、イーリスが受け入れてくれるなら、どんな姿だってかまわない。


「イーリス……わかった、一緒にアイツを倒そう」


 俺には、アレが倒さなくてはいけないモノだという確信があった。

 生まれた時から体に刻み込まれているような、意思を感じる。

 アレは、この世界に存在してはいけないモノ……この世界に生きる、すべての生命の敵だ。


「今の私にはわかります、イブキが私の契約した……いえ、違いますね、イブキは私の大切な仲間で大好きな男の子です」

「俺もイーリスが大好きだ」


 イーリスを背中に乗せると、俺は光輝く翼で空へと飛び上がった。

 イーリスが一緒にいてくれる……。

 そう思うだけで無限に力が沸いてきて、なんだってできそうな気がしてくる。

 例えば、コハクみたいに自分の姿を変える事だって……。


「イーリス、俺を使ってアイツを貫け!!」


 黒い塊よりも高く飛び上がると、俺は自分の体を巨大な槍へと変化させる。


「わかりました……私とイブキの輝きを、見せつけてあげましょう!!」


 イーリスは巨大な槍に変化した俺を掴むと、上空から黒い塊の中心に向かって落下していく。


「これがイーリスと」

「イブキの」

「「輝きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


 イーリスと共に黒い塊を貫くと、眩い光が辺りを包み込んだ。


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