第19話「青の森人Ⅱ」
「それで、あなたはこれからどうするつもりかしら?」
朝食のカレーを食べていると、サユキがそんな事を聞いてくる。
「イーリスと……仲間と合流しようと思ってるけど」
さっきコハクの居場所を探ってみたが、どうやら崖の上の方にいるようだ。
おそらく、イーリスと一緒に馬車で向かうはずだった村にいるのだろう。
俺とコハクは契約で繋がっているので、コハクも俺が無事な事がわかっているはずだ。
「なるほどね……それじゃあ、準備をするから少し待っていなさい」
「えっ?」
「私が森の外まで案内してあげるわ」
そう言うとサユキは席を立ち、食べ終わった食器を台所に運んでいく。
「ありがとうサユキ」
森を抜けるにしても、俺には道がわからないので、案内してもらえるのは助かる。
「あっ、食器は俺が洗っておくから、サユキは準備をしておいてくれ」
世話になったのだから、それくらいやっておきたい。
「わかったわ、それじゃあお願いするわね」
「おう、任せとけ!!」
俺は台所に食器を運ぶと、水で洗って汚れを落とす。
「サユキのカレーうまかったな……」
朝食を作る前に何が食べたいのか聞かれたので、カレーと答えたら、サユキは嫌な顔一つせずに作ってくれた。
しかも丁度いい辛さで、かなり俺好みの味だった。
ちなみに俺も手伝ったのが、テーブルを拭いて、食器やスプーンを並べただけだ。
野菜の皮むきくらいできると言ったのだが、自分一人でやった方が早いと断られてしまった。
「よし、終わりだ」
洗い物が終わり台所から部屋に戻ると、綺麗な青い宝石がついた三又の槍がテーブルの上に置いてあった。
「なんだこの槍?」
「その槍は私が昔使っていた物よ」
昔使っていたにしては、古そうな感じが一切しない。
ちゃんと手入れをしているようだ。
「この槍は、あなたが持っていなさい」
「でも、それじゃあサユキの武器が無いんじゃ……」
「私には魔法があるからいいのよ、魔法が使えないなら武器が無いあなたが持っているべきね」
サユキの言うとおり、今の俺には武器が無い……。
サユキが俺を見つけた時、槍を持っていなかったそうなので、おそらく森に落ちた時に別の場所に落としてしまったのだろう。
「確かに俺は魔法が使えないけどさ……」
「エルフの血を引いてるなら、なんらかの魔法の才能があるはずよ、仲間と合流できたら魔法の勉強でもしてみたらどう?」
それはいいかもしれない、イーリスに相談してみよう。
「ああ、そうしてみるよ、だから今はこの槍を借りるな」
テーブルに置かれた三又の槍を掴むと、思ったよりも軽くて扱い易そうだった。
それでもコハクが変身した槍には、遠く及ばないが……。
「ふーん、意外に素直なのね」
「俺はまだ未熟だからな、もっと強くなるために魔法は必要だと思う」
テルミロの町で黒いドラゴンと戦った時に、イーリスやルウ、ついでにロイを見て、魔法の重要性は感じていた。
昨日戦った空飛ぶ蛇だって、魔法が使えれば上空を飛んでいる時に攻撃できたはずだ。
「あなたは、なんで強くなりたいのかしら?」
「決まってる……仲間を守るためだ、もう俺のせいで仲間を死なせたくない」
シズクの時のような事を繰り返さないためにも、俺は……俺達は強くなる。
「だとしたら、あなたは竜騎士なんかにならない方がいいわ」
なんでサユキがそんな事を言うのかわからない。
サユキは竜騎士が嫌いなんだろうか?
「騎士にとって王の命令は絶対なのよ……あなたは王のどんな命令でも従う覚悟があるのかしら?」
「どういうことだよ?」
「例えば、何の罪も無い人間を殺せとか、自分の故郷の村に火を放てとか……自分の子供を渡せとか、そういう理不尽な命令をされたら従える?」
「そんな命令する王様なんて……」
いないとは言えなかった。
今の王は、子供達が行方不明になっても騎士団を動かさないような人間だ。
それに……。
『圧倒的な自信に絶対的な意志、目的の為なら手段を選ばない……冷酷で恐ろしい人です』
イーリスの言っていたとおりの人間だとしたら……。
「その時は、俺がぶん殴って止める」
例え王だとしても、そんな事を許すわけにはいかない。
村のみんなやコハク……そしてイーリスに危害を加えるなら、俺は王様とだって戦うつもりだ。
「ふふっ、まるでイルシャードみたいな事を言うのね」
俺の答えを聞いて、なぜかサユキは笑っていた。
「イルシャードって、確か100年前に魔王を倒した英雄の竜騎士だよな」
イーリスが前にそんな事を言っていた。
でも、なんで英雄の名前が出てくるんだろう?
「イルシャードが、当時暴君だった王を殴ったって、話聞いた事ないかしら?」
「えっ!?」
この間まで、イルシャードの存在自体知らなかった俺には初耳だが、もしかしたら有名な話なのかもしれない。
「まあ100年以上も前の話だし、知らなくても仕方ないわね」
「それで、王様を殴ったイルシャードはどうなったんだ?」
英雄って呼ばれるくらいだから、王様を殴ってもお咎め無しで済んだのだろうか?
「もちろん、怒った王が城中の騎士や兵士に彼を殺すように命令したわ」
やっぱり英雄でも王様を殴ったら、タダでは済まないようだ。
「でも彼は、そのすべてを返り討ちにしたの、あの強さはまさに反則ね」
さすがは英雄と呼ばれるだけはある。
サユキの言うように、まさに反則的な強さだったのだろう。
「さらにその後、彼は王を正座させて説教したのよ……ふふっ、あれは傑作だったわね」
まるで実際に見た事があるように、サユキは楽しそうに笑った。
「イルシャードって、とんでもない奴だったんだな」
俺が言うのもなんだが、破天荒な奴だと思う。
だけど、それぐらい強ければ、きっとなんだって守れたはずだ。
「当たり前よ、なんたって彼は私の……」
そこまで言って、サユキは急に黙ってしまう。
いったいどうしたんだろう?
「私のなんなんだ?」
「なんでもないわ……久しぶりにイルシャードの話をしたから、年甲斐も無く盛り上がってしまったみたい」
きっとサユキは、イルシャードの事が好きなのだろう。
そんなに強い英雄なら、憧れる気持ちもわからなくもない。
「とにかく、あなたが竜騎士になって、自分の意思を貫き通すと言うなら、イルシャードくらい強くならないと無理ね」
ようするに、城中の騎士や兵士を倒せるくらい強くないとダメってことか……。
「まあ、彼は竜神の化身とまで言われる存在だし、あなたには無理でしょうけど」
竜神の化身……。
その強さは、人間を超えた神の領域だったのかもしれない。
「あなたみたいな子は、竜騎士よりも自由な冒険者の方が向いているわ」
サユキの言うように、俺は冒険者の方が向いているのかもしれない。
「それでも俺は……」
「すぐに答えを出す必要は無いわ、まだ若いんだから、よく考えなさい」
そう言って、サユキは俺の頭を優しく撫でた。
「あっ……」
なんだ、この感覚……。
「どうかしたの?」
「べ、別になんでもない……子供扱いすんな」
「はいはい、それじゃあ無駄話はこの変にして、そろそろ家を出ましょう」
俺の頭から手を離すと、サユキは玄関の方に歩いていってしまった。
「あの感じ、なんだったんだろう?」
サユキに頭を撫でられた時、イーリスや村長達とも違う何かを感じた。
だが、それが何かはわからない……。
「考えても仕方ないし、俺も行こう」
家から出ると、そこは森に囲まれた小さな村になっていた。
木造の家が立ち並び、サユキと同じような青系の髪をしたエルフが歩いている。
見た目の年齢は10代後半や20代前半くらいの女性が多く、一番年上に見える女性でも30代前半くらいに見える。
そして、その全員が美しい容姿をしていた。
「なんかみんな若いな」
「エルフは、長寿の種族だからね」
それじゃあサユキは、いったい何歳なんだろう?
「言っておくけど、女性に年齢を聞くのはマナー違反よ」
聞く前に止められてしまった。
きっと見た目以上の年齢なのだろう。
「そういや、女性しか見当たらないけど……」
周りを見渡してもエルフの女性しかおらず、男性のエルフが見当たらない。
「ええ、ブルーエルフは女性しか存在しないのよ」
「いや、さすがにそれは無いだろ……俺だって男がいないと子供が生まれない事くらい知ってるぞ?」
子供がどうやってできるかくらい、俺だって知っている。
だから女性しかいないなんて、ありえない。
「ブルーエルフは他のエルフ族の男性と交わる事で子供を作るの……そうすると必ずブルーエルフの女の子が産まれてくるのよ」
「そ、そうなのか?」
そういえば、亜人の里に住むハーピーも女性しかいなかったような気がする。
今まであまり気にしていなかったが、ハーピーもブルーエルフと似たような種族なのかもしれない。
「この里のエルフがハーフエルフに対して寛容なのも、それが理由ね……ハーフエルフと交わる事でもブルーエルフの子は産まれてくるから」
きっとこの里にも、ハーフエルフが父親のブルーエルフがいるのだろう。
「人間の常識からは信じられないかもしれないけど、それがブルーエルフという種族なのよ」
「いや、信じるよ」
実際にこの里には男性が一人も見当たらないし、そもそもサユキが俺に嘘をつく理由が無い。
「ふーん、まあどっちでもいいけどね……それじゃあ行きましょうか」
サユキが歩き始めたので、俺はその後ろについていく。
「そういや、ブルーエルフと人間の間に子供が生まれることはあるのか?」
なんとなく気になったので聞いてみる。
「ブルーエルフは、エルフの血を引いていない者との間に子供ができる事は無いわ……ほとんどね」
「ほとんどってことは、子供ができることも稀にあるのか?」
「それは……」
「サユキお姉様!!」
ブルーエルフの娘が俺達に近づき、話しかけてきた。
見た目は俺と同じくらいに見えるが、年齢はきっと俺よりも上だと思う。
「その娘が空から落ちてきたハーフエルフですか?」
エルフの娘は、そう言って俺の方に視線を向ける。
「そうよ、かわいい女の子でしょ?」
「いや、俺はおと……むぐっ!!」
男だと言おうとしたら、サユキの手で口を塞がれた。
「ええ、とってもかわいらしい顔をしていますね……もし男の子だったなら、ぜひ私の夫になってもらいたかったんですけど」
「何言ってるの、こんなかわいい娘が男の子のわけないじゃない!!」
すると、突然サユキは俺の体を抱きしめ、大きな胸を顔に押し付けてくる。
柔らかい感触が俺の顔を包み込んで、なんだか気持ちいい。
それに、いい匂いがして……なんだか安心する。
なんとなく頭を撫でられた時の感覚に近いモノを感じるような……ってなんで俺は抱きしめられているんだ!?
「お、おいっ!?」
抜け出そうとするが、がっちり体を押さえつけられて逃げられない。
サユキの細い腕のいったいどこに、こんな力があるのだろう?
「うふふ、そんなにかわいいと、お姉様が抱きしめたくなる気持ちもわかります」
「そうなのよ、だから別れるのも少し寂しいのよね」
「やっぱり、その娘はこの里を出て行くんですね……」
その声は、どこか寂しそうに聞こえた。
「ええ、彼女は外に人間の仲間がいるらしいから、森の外まで送ってくるわ」
「そうですか、それなら仕方ありませんね……最近は、魔女が呼び出した魔物がうろついてるので、気をつけてくださいね」
「わかってるわ、それじゃあね」
エルフの娘がいなくなると、サユキは抱きしめていた俺の体を解放した。
「いきなり何するんだよ!!」
「あなたは、さっき私が話した事を憶えているかしら?」
それって、ブルーエルフは女しか生まれないっていう話かな?
「あなたがハーフエルフの男だと分かれば、この里のエルフ達は、あなたを取り合って争いを始めるわ」
「いくらなんでもそんな……」
他のエルフ族の男としか子供が作れないからって、男を取り合って争いが起きるなんてありえない。
「族長が言ってたけど、昔そういう事があったらしいわ、その時は危うく里が崩壊するところだったらしいわね……死人も出たとか」
「死人って……本当かよ!?」
サユキの目は嘘を言っているようには見えない……おそらく本当の事なんだろう。
もしかして、その争いを防ぐために、サユキは俺に女の服を着せたのかもしれない。
「さっきの娘も言ってたでしょ、あなたが男なら夫にしたいって……みんな自分の子供が欲しくて仕方ないのよ」
「なんで、そこまで一生懸命なんだ?」
そこまでして、子供を作る必要があるのだろうか?
「人間ならともかくエルフの男性と会う機会なんて滅多に無いからね……ブルーエルフは、他のエルフと比べて数も少ないし、子供を産む事を使命みたいに思ってる娘もいるのよ」
「だからって、出会ったばかりの男が相手でいいのか?」
俺だったら、好きでも無い女と子供を作りたいとは思わない。
「エルフ族はみんな美形揃いだからね、性格はともかく顔が悪いエルフなんてほとんどいないし、子供を産むだけの関係ならそれで満足してしまうのよ」
種族の違いと言ってしまえば、それまでだけど……その考えは、なんだか悲しい気がする。
「彼女達は、好きな人と結ばれる喜びを知らないから……」
そう言ったサユキの顔は、どこか寂しそうだった。
「そういうサユキには、好きな人がいるのか?」
「もちろんよ……昔の話だけどね」
昔という事は、その人はもしかして……。
「私は昔、この里の外で暮らしていたのよ、だから普通のブルーエルフとは考え方が違うのかもね」
きっとその時に、サユキはその人と出会ったのだろう。
「まあ私の事はいいとして、この里では男だって事は黙っておきなさい……争いは起きなくても、集団レイプされるかもしれないわよ?」
「れいぷってなんだ?」
わからなかったので、サユキに聞いてみた。
「えっ、知らないの!?」
「ああ、教えてくれ」
「そ、それは、無理矢理されるというか……と、とにかく絶対にやってはいけない酷い事なのよ!!」
なぜかサユキは、真っ赤な顔をしていた。
「酷いって、どんな事するんだ?」
「いいから、男だって事は黙っておきなさい!!」
「……わかったよ」
サユキの説明はよくわからなかったが、俺のせいで争いが起こっても嫌だし、この里では男だと言う事は黙っておこう。
「素直でよろしい……ほら、さっさと行くわよ!!」




