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第18話「青の森人」(挿し絵あり)

 アルクラン暦1101年 7月。


 俺達は馬車に乗って移動していた。

 今は、次の村に向かって山道を進んでいるところだ。

 イーリスはおにぎりを食べ、コハクは窓から外の景色を見ている。

 ちなみに馬車に乗っているのは、俺達だけで他に客はいない。


「もぐもぐ……このまま馬車で次の村に向かって、さらに『鉱山都市カルデナス』まで行ければ、飛竜便が出ているので王都まではあっという間のはずです」


 イーリスが、おにぎりを食べながら説明してくれる。

 このまま順調に進むことができれば、竜騎士の試験までに余裕を持って王都に辿り着くことができそうだ。


「そういえば、この辺りにはエルフの里があるらしいですね」

「エルフって、確か耳が長くて、魔法が得意な種族だよな?」


 亜人よりも魔族に近い存在だと、昔ブライアンが言っていたのを思い出す。


「そうですね、後は長寿で、見た目が美男美女ばかりだと言われています」


 長生きで美形揃いということらしい。


「気難しい性格で基本的には人間と交流せず、里から出てこないそうです」

「もしかして、エルフも亜人と同じように人間を嫌ってるのか?」


 亜人狩りみたいなことが、エルフにもあったのかもしれない。


「はい……だからエルフの里には結界が張られていて、人間は入れないそうです」

「それじゃあ、俺がエルフに会うことは無さそうだな」


 そこまで徹底してるなら、まずエルフと会うことは無いはずだ。


「極少数ですが冒険者をしているエルフもいるので、王都に行けば見かけることもあるかもしれませんよ……過去にも竜騎士の中にエルフがいたという記録もありますし」


 竜騎士にエルフがいたなんて知らなかった。


「まあ百年前の話ですけどね……」


 きっと百年前の魔王との戦争で、エルフの竜騎士も死んでしまったのだろう。

 エルフの竜騎士の事も気になるが、そよれりも今は気になっていることがあった……。


「なあイーリス……最近さらに太ったんじゃないか?」

「えっ!?」


 最近はずっと馬車で移動していたので、歩くことが少なくなったせいか、イーリスの体には前よりも肉がついたような気がする。


「ママのお腹、前より大きくなって気持ちいいよ♪」


 窓の景色を見ていたコハクがイーリスの大きなお腹に抱きつき、顔を埋める。


「た、確かに前よりも体が重くなったような気が……」

「あんまり太りすぎると前みたいに、まともに動けなくなるぞ?」


 今後、竜騎士の試験を受けるなら、ある程度は身軽に動けないと困ると思う。


「そうですね……しばらくは食べるのを我慢します」


 そう言うとイーリスは、おにぎりを食べるのをやめ、鞄の中にしまった。


「ママ、もう食べないの?」

「ええ、これ以上太ってイブキに嫌われたくありませんしね」


 自分のお腹に甘えるコハクの頭を撫でながら、イーリスはそう言った。


「別にイーリスがいくら太ったって、俺は嫌いになったりしないぞ」


 前にも言ったが、イーリスがどんな姿になろうと俺はイーリスを嫌いになんかなったりしない。


「俺は今の太ったイーリスが好きだからな」


 するとイーリスの顔が真っ赤になる。


「わ、私もイブキのことが……」

「ヒヒーン!!」


 イーリスが何か言いかけた時、馬車が急に揺れて、馬の鳴き声が聞こえてくる。

 馬車の窓から外を見ると、いつの間にか空が黒い雲で覆われていた。


「な、な、なんだあれは!?」


 さらに、馬車を走らせていた御者の男が動揺した声を上げる。


「おい、何があったんだ!?」

「ひぃぃぃぃぃ!!」


 御者は俺の問いには答えず、悲鳴を上げながら馬車から飛び降りて、そのまま走ってどこかへ行ってしまった。

 その様子は、あきらかに普通じゃなかった。


「ちょっと、外を見てくる」

「あっ、イブキ!?」


 俺は槍を持って馬車から飛び出し、辺りを見回す。

 山道の片側は崖になっており、下には深い森が広がっていた。

 もし、この崖から落ちたら大変な事になりそうだ。


 その時、上空から鳥のような羽音が聞こえてくる。

 空を見上げると、そこにはコウモリのような二枚の羽が生えた巨大な蛇が飛んでいた。

 長さだけなら確実に10メートル以上あり、かなり大きい……それに普通の蛇と違って、顔が奇妙に歪んでいる。


「巨大な……蛇!?」


 もしかして、あれもドラゴンなんだろうか?

 サラマンダーや幻竜は、見た目はトカゲなのにドラゴンだったし、それなら見た目が蛇のドラゴンもいるかもしれない。


「な、なんですかあれ!?」


 コハクを連れて馬車から出てきたイーリスが、空飛ぶ巨大な蛇を見て驚く。


「あれってドラゴンじゃないのか?」

「あんなドラゴン、私は知りません!!」


 イーリスも知らないという事は、ドラゴンでは無く、ただのモンスターなのかもしれない。


「……あの蛇なんだかすごく嫌な感じがするよ!!」


 コハクは、大きな瞳で空飛ぶ蛇を睨みつけていた。

 すると巨大な蛇は急降下して、こちらに向かってきた。


「こっちに来る……みんな馬車から離れろ!!」


 巨大な蛇は馬車を体当たりで破壊すると、そのまま俺に向かって突進してきた。


「あたるかよ!!」


 横に跳んで、巨大な蛇の突進を回避すると、今度は体をひねり、俺の周囲を回り始める。

 その瞬間、巨大な蛇の長い尾が接近して、俺の体に巻きついた。


「しまった!?」


 俺の体は、巨大な蛇の尾に巻きつかれ、そのまま空中へと運ばれる。


「こいつ離しやがれ!!」


 なんとか抜け出そうと暴れるが、ビクともしない。


「イブキ!!」

「パパ!!」


 地上から俺を呼ぶ、イーリスとコハクの声が聞こえる。


「フリーズ・バレット!!」


 イリースが魔法を唱えて氷柱を飛ばすが、巨大な蛇は体を捻じ曲げて軽々と回避する。


「くっ、どうすれば……」


 その時、崖の下にある森の方から、イーリスの氷柱の五倍くらいの長さの氷柱が飛んできて、巨大な蛇の頭に突き刺さった。


「グォォォォォォ!!」


 巨大な蛇は、大きな叫び声を上げると空中で暴れだし、巻きついていた尾を離すと俺の体を空中に放り投げた。


「ちょっ、う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 空中ではどうすることもできず、俺の体は深い森の中へと落下していった。





 目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋のベットの上だった。


「ここは……いったい俺はどうなって……」


 巨大な蛇に捕まって、森の中に落とされた事は憶えている。


「あら、目を覚ましのね」


 ベットから起き上がり、声のした方を振り返ると、水色の綺麗な長い髪をした長身の女性が立っていた。


挿絵(By みてみん)


 ややツリ目で、気の強そうな感じがするが、かなりの美人だ。

 見た感じだと、年齢はイーリスと同じか、少し上くらいに見える。

 かなり豊満な胸をしており、上半身を露出するような服を着ていた。

 そして、一番気になる部分があった……それは長い耳だ。


「アンタ……誰だ?」

「人に尋ねる前に、まずは自分から名乗ったらどうかしら?」


 そう言って、女性は俺の方に近づいてくる。


「俺はイブキ・ユーフレットだ」

「私は、サユキ……見ての通りエルフよ」


 サユキと名乗った女性は、やはりエルフだったようだ。

 だとしたらここは……。


「サユキ、ここはエルフの里なのか?」

「いきなり呼び捨てなのね、まあいいけど……その通り、ここはエルフの里よ」


 エルフの里には人間が入れない結界が張られているって、イーリスが言っていたはずだが……。


「なんで俺はここにいるんだ?結界が張ってあるから、エルフの里には人間は入れないって聞いたぞ」

「あなたは結界の中に落ちてきたのよ、おそらくエルフの血を引いてるんじゃないかしら?」

「えっ……どういうことだ!?」

「この里の結界は上空からの侵入も防ぐのよ、あの高さから普通の人間が結界にぶつかったら、体がバラバラになってるかもね……まあ空から落ちてきた時は、あなたの体も衝撃で大変な事になっていたけど」


 サユキは、そんな恐ろしい事を平然と話す。

 だが、それにしては体が全然痛くないし、怪我をしてる感じがしない。


「サユキが治癒魔法で俺を回復してくれたのか?」

「まあね、あなたみたいな子供を見殺しにもできないし……それにエルフの血を引いてるなら助けないわけにはいかないわ」

「助けてくれて、ありがとう……でも俺はエルフの血なんて引いてないと思うぞ、耳だって別に長くないし、魔法だって使えないしな」


 俺の見た目は、どう見たって普通の人間だ。

 それにエルフが得意な魔法だって、まったく使う事ができない。

 そんな俺がエルフの血を引いてるなんて思えない。


「あなたは、ちゃんと血の繋がった両親がいるのかしら?」

「いや、いないけど……でも変わりの人達ならちゃんといるぞ」


 村長やブライアン……トロル村のみんなが俺の家族みたいなモノだ。


「それじゃあ、両親がどんな人かは知っているの?」

「それは知らないけど……」


 俺が知っているのは、自分が赤ん坊の頃に竜騎士に連れられて来た事だけだ。


「だとしたら、あなたの両親のどちらかがエルフの可能性が高いわね……確かに耳は長くないけど、あなたの容姿は人間の男性とは思えないもの」


 ようするに女顔だと言いたいのだろう。

 顔はともかく、両親がどんな人物かわからない以上、エルフの血を引いてる可能性が無いとは言い切れない。


「ハーフエルフを嫌うエルフ族も多いけど、この里のエルフ族はそうじゃないから安心しなさい」


 この里のエルフ族……という事は他にも違うエルフ族がいるようだ。


「エルフがいるのは、この里だけじゃないのか?」

「この里のエルフはブルーエルフって呼ばれてるの、他の国にもエルフの里があって別のエルフ族が住んでいるわ」


 どうやらエルフにも、色々な種族がいるようだ。


「今度は、あなたの事を話してもらえるかしら?」


 サユキはベットに座ると俺の側に寄ってくる。


「俺の事って……そうだ、あの羽のついた蛇はどうなったんだ!?」


 イーリスとコハクは無事なのだろうか?


「あの蛇なら、あなたを離した後に、雲の中に逃げて行ったわよ」


 それなら二人とも、たぶん大丈夫だろう。

 村まで、もう少しの距離だったし、二人でも歩いて行けるはずだ。


「サユキは、俺があの蛇に襲われていたのを見てたのか?」


 あれだけ大きな蛇だ、空を飛んでいれば目立つし、サユキが見ていてもおかしくない。


「ええ、だってあの蛇の頭に氷柱を刺したのは私だもの」

「えっ、あれサユキの魔法だったのか!?」


 それじゃあサユキは、落下してきた俺を治療しただけでなく、空飛ぶ蛇から助けてくれたのか……。


「ありがとうサユキ、おかげで助かったよ」


 俺は改めてサユキに礼を言う。


「お礼はいらないわ、あの蛇には、こっちも迷惑してたからね……それに、あなたがあのまま落ちて死ぬ可能性があるとわかっていて、私は攻撃したんだから」

「それでも俺は生きてる、だからありがとう」


 サユキの言うとおり、俺は空から落ちて死ぬところだったかもしれない。

 だけどサユキは治癒魔法で俺を回復して、ここまで運んできてくれた。

 怪我はしたけど、サユキは、ちゃんと俺を助けてくれたんだ。


「まったく、おめでたい子ね……ふふ」


 サユキは、俺に呆れているようだったが、なんとなく嬉しそうにも見えた。


「それでサユキは、あの空飛ぶ蛇を知ってるのか?」

「あれは『魔女』の召喚獣よ」

「魔女って、絵本に出てくる箒に乗って空を飛ぶアレか?」


 昔、そんな絵本を読んだような記憶がある。

 絵本の中では、あの空飛ぶ蛇は出てこなかったが……。


「それとはまったく正反対のイメージね……簡単に説明すると禁忌の魔法を使う、女性のことかしらね」

「禁忌の魔法?」

「危険すぎるっていう理由で、大陸で使用が禁止されている古代魔法の事よ」


 禁止されている魔法があったなんて知らなかった。


「禁忌の魔法ってのは、そんなに危険な魔法なのか?」

「そうね……例えば、あの空飛ぶ蛇を召喚するのも禁忌の魔法ね」


 あんなモンスターを呼び出すのは、確かに危険な気がする。


「あの空飛ぶ蛇は、呼び出してはいけないモノなのよ」

「どういうことだ?」

「召喚魔法にも呼び出してはいけないモノがあるの……強さとかそういうのは関係無しにね」


 魔法の事は、俺にはよくわからないが、色々と決まりがあるみたいだ。


「話が逸れたわね……魔女の事よりも今はあなたの事を教えてちょうだい」


 もっと魔女の事を知りたかったが、サユキにばかり話させるのも悪いので、今は自分の事を話すことにする。


「えっと、俺は仲間と一緒に竜騎士を目指していて……」

「竜騎士ですって!?」


 突然サユキが大きな声を上げる。


「どうかしたのか?」

「いえ、なんでもないわ……続けてちょうだい」


 俺は、イーリス達と一緒に竜騎士を目指して旅をしている事等を簡単に説明した。


「なるほどね……」


 サユキは、そう言うと俺から離れ、ベットから立ち上がった。

 なんとなく、さっきまでと雰囲気が違う感じがする。


「そういえば、百年前にはエルフの竜騎士もいたらしいぞ」

「……知っているわ」


 サユキが知ってるということは、エルフの間では有名な話だったのかもしれない。


「知ってたのか、そのエルフってどんな……」


 その時、俺のお腹からクゥ~という音が聞こえてきた。


「ふふ、ずっと寝ていたから、お腹が空いたのね」


 確かに空腹を感じる、いったい俺はどのくらい寝ていたのだろう?


「あれから、どのくらい時間が経ったんだ?」

「あなたを見つけたのが昨日の夕方だから、まだ一日も経っていないわ」


 部屋にある時計を見ると、午前七時だった。


「今、朝食を作るから待っていなさい」


 サユキは、大きな胸を揺らしながら部屋から出て行こうとする。


「待ってくれ、俺も手伝うよ」


 俺は、毛布をどけてベットから立ち上がる。

 すると下半身になんだか違和感を感じる。

 気になって下に目線を向けると、自分がスカートを穿いている事に気づく。


「えっ!?」


 すぐ近くにあった大きな鏡で自分の姿を確認すると、フリルの付いた白いブラウスを着て、紺色のスカートを穿いていた。


「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!?」

「大声を上げてどうしたの?」


 部屋から出ようとしていたサユキが俺の前にやってくる。


「どうしたのって……なんで俺、こんな格好してるんだよ!?」

「なんでって、私が昔着ていた服を着せただけよ」


 それが何か?って顔でサユキが俺を見てくる。


「これって女の服だよな?俺は男なんだぞ!!」


 なんで俺が女の服なんて、着なくちゃいけないんだ!?


「知ってるわよ、着替えさせた時に見たし……」


 そう言ったサユキの頬がほんのりと赤くなる。

 その反応で何を見たのか、わかってしまった。


「最初は女の子かと思ってたのに、脱がしたら付いてるなんて詐欺よね」


 服を脱がすまで、サユキは俺を女だと思っていたようだ。


「男だってわかったんなら、なんでこんな服着せるんだよ?」

「あなたの服は血で汚れてたから仕方ないでしょ、そのままだと私のベットが汚れてしまうわ」

「だからって、他に服は無かったのかよ?」


 せめてスカートじゃなくて、ズボンにして欲しい。


「前にほとんど処分してしまったから、あなたの体に合う服は、今はそれしか無いのよ……それとも裸のままの方が良かったかしら?」

「そ、それは……」


 裸か女装か……究極の選択のような気がする。


「血まみれの服で、外を歩くわけにもいかないでしょ?しばらくはその服を着ていなさい」

「ぐぬぬ……」


 全裸で歩き回るわけにもいかないし、今は我慢するしかない。


「それよりも手伝ってくれるんでしょ?ほら、台所に行くわよ」


 サユキは俺の手を掴むと、そのまま引っ張って歩き出した。


「ま、待ってくれ!?」


 俺はサユキに手を引かれ、台所へと向かうのだった。


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