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第12話「キミを救う言葉」

 アルクラン暦1101年 6月。


 俺達がトロルの村を出発してから、約一ヶ月が過ぎていた。

 未だに馬車が見つからないので、今も森の中を歩き続けている。


「次の目的地は『テルミロの町』か……」


 俺は、地図を見ながら目的地を確認する。


「町ということは、今よりもいい装備が手に入るかもしれませんね」


 今まで俺達が立ち寄ったのは、小さな村だったので、店の品揃えもあまり良くなかった。

 町というからには村よりも大きくて、店だって雑貨屋以外にもあるはずだ。


「ピィピィ」


 コハクが、どこからか木の実を運んでくる。


「ありがとな」


 俺が木の実を受け取ると、コハクは俺の顔に自分の顔を擦り付けて、また飛んでいく。


「ピィー」


 最近、コハクはこうやってよく木の実を取ってくるようになった。

 以前もイーリスのために木の実を取ってきたことはあったけど、今のコハクは暇さえあれば木の実を取りに行っている。


「コハクのやつ、最近なんか張り切ってるな」

「おそらく、あの時の事を気にしているんでしょう……」


 あの時というのは、俺がシンゲツに敗れた時のことだろう。


「負けたのはコハクのせいじゃない、俺が弱かったからだ」


 イーリスを守る……そう思っていたのに、俺はシンゲツに負けてしまった。

 俺が強ければ、シンゲツには負けなかったし、シズクだってあんなことにはならなかったはずだ。

 だから俺は強くなる、落ち込んでなんていられない。


「イブキ、それは……」


 イーリスが何か言いかけた時、コハクが木の実を運んで戻ってくる。


「ピィピィ」


 そして今度は、イーリスに木の実を渡す。


「ありがとうコハク」


 イーリスは、コハクの頭を撫でる。


「ピィー」

「コハク、待ってください」


 また飛んで行こうとするコハクをイーリスが止める。


「ピィ?」

「せっかく採ってきたんですから、一緒に食べましょう」


 イーリスは、木の実をナイフで半分に切ってコハクに渡す。


「はい、どうぞ」

「ピィピィ♪」


 コハクは、イーリスの肩に乗って木の実を食べ始めた。


「もうすぐ町に着きますから、コハクはそのまま休んでいてください」

「そうだな、町に着けば店で食料も補充できるし、もう採ってこなくても大丈夫だぞ」

「ピィ……」


 少し不満そうだったが、コハクは納得してくれたようだ。

 それから少し歩いて森を抜けると、平野の向こうに町が見えてきた。


「あれがテルミロの町か?」

「行ってみましょう」


 俺達が町の入り口に到着すると、そこには大きな看板があり『テルミロの町』と書かれていた。


「看板にもちゃんと書いてあるし、ここで間違いないみたいだ」


 町の中に入ると、今まで訪れた村とは違い、道がちゃんと舗装されており、いくつも家が並んで建っていた。


「おお、これが都会ってやつか!?」


 話には聞いていたが、トロルの村に住んでいた俺にとっては、かなり新鮮な光景だ。


「うふふ、この程度で驚いていたら王都に着いた時、大変ですよ」

「王都ってそんなにすごいのか?」

「この町の十倍は大きいと思います」

「十倍って、すごいな!?」


 全然想像できないが、とてつもなく大きいことだけはわかった。


「この国で一番大きな都市ですからね……それよりまずは宿屋を探しましょう」

「おう、わかった」


 宿を探して歩いていると、町の人間とすれ違う。

 すれ違った人はイーリスを見て驚いた顔はしていたが、ヨロギリ村の時みたいに騒ぎにはならなかった。

 どうやら服のおかげで、ちゃんと人間に見えているようだ。


「やっぱり見られてますね……」


 イーリスは、町の人の視線が気になっているようだ。

 俺はもう慣れてしまったが、やはりお腹が丸出しなのが良くないんだろうか?


「なんだあの女、すげーデブじゃん」

「よくあんな贅肉だらけの醜い体で外を歩けるよな……でも、隣の娘はかわいくね?」


 すれ違った若い男達が、そんな話をしているのが聞こえてくる。


「……」


 イーリスの表情に特に変化は無かったが、目の端に光る雫を見つけた。

 俺は、隣を歩いていたイーリスの手を握る。


「イブキ?」

「他のやつらが何を言っても、俺は今のイーリスが好きだぞ」


 するとイーリスが突然立ち止まった。


「イーリス?」


 イーリスの顔を見ると、ぼろぼろと涙を流していた。


「ど、どうしたんだよ!?俺、変なこと言ったか?」


 イーリスが泣いてる理由がわからなくて慌ててしまう。


「ありがとうございます……嘘でも嬉しいです」

「嘘なんか言ってないぞ、最初にあった時のイーリスもすごい綺麗で美人だと思ったけど、今のイーリスは温かい感じがして一緒にいるとすごく安心するんだ」


 とりあえず、自分の思ってることを伝えてみる。


「イブキは、こんな贅肉塗れの醜い体の私が好きだって言うんですか?」

「他の人間がどう思おうが、例えイーリス自身が自分の体を嫌いだとしても、俺はイーリスが好きだ!!イーリスがどんな姿になろうと俺はイーリスを嫌いになんかなったりしない!!」


 俺は、はっきりとそう答える。

 もしかしたら、俺は他の人間と感覚が違うのかもしれない。

 だけど、それでイーリスが泣き止んでくれるなら、違ったってかまわない。


「イブキ、あなたって人は本当に……そんなこと言われたら本気になってしまいますよ?」


 本気って何の事だろう?


「ピィピィ!!」


 コハクもイーリスが好きだって言ってるみたいだ。


「二人ともありがとうございます……二人がそう思ってくれるなら、私はもう気にしません」


 イーリスはそう言って、目元を拭う。


「さあ、行きましょう」


 イーリスは、俺の手を握って歩き出す。

 その後、すぐに宿屋が見つかり、俺達は部屋を借りて休むことにした。

 ちなみにその日の夕食で、イーリスは十回以上もおかわりしていた……どうやら、すっかり元気になったようだ。









 イブキが私の事を好きだと言ってくれた。

 でも、それはきっと恋愛的な意味じゃない……それでも私はすごく嬉しかった。


『他の人間がどう思おうが、例えイーリス自身が自分の体を嫌いだとしても、俺はイーリスが好きだ!!イーリスがどんな姿になろうと俺はイーリスを嫌いになんかなったりしない!!』


 思い出しただけで、顔が熱くなる。

 私にとってイブキは、気になる男の子から、確実に一歩進んだ存在になっていた。


「んんっ、イブキ……ってあれ?」


 深夜に目を覚ますと、隣のベッドにイブキがいない事に気づく。


「イブキがいない?」


 隣のベッドでは、コハクだけが気持ち良さそうに眠っていた。

 部屋を見回すと、イブキの槍が無くなっている事に気づく。


「もしかして……」


 私は重たい体を起こすと、コハクを起こさないようにそっと部屋を出て、イブキを探すことにする。

 私の予想が当たっていれば、遠くには行っていないはずだ。

 宿屋を出て、近くの公園に行くと、すぐにイブキが見つかった。


「せいっ!!やぁ!!」


 イブキは、槍を突く練習をしていた。

 おそらくシンゲツに負けた事を気にして特訓していたのだろう。


「イブキ、何やってるんですか?」

「イーリス!?」


 イブキは、私を見て驚いた顔をしていた。


「町の中で槍なんか振り回してたら、警備兵に捕まりますよ」

「えっ?」


 やっぱりイブキは、知らなかったようだ。

 

「人の少ない村ならともかく、警備兵のいる町で武器なんか振り回したら、捕まって牢獄行きですよ」


 もしかしたら注意だけで済むかもしれないが、最悪の事態を考えて厳しく言っておく。


「そうだったのか……それじゃあ町の外で特訓してくるよ」

「待ってください」

 

 私は、公園を出て行こうとするイブキの腕を掴む。


「どうしたんだ?」


 イブキは、なんで止めるのかわからないって顔をしている。


「イブキが特訓してるのは、あの鬼との戦いで負けたからですよね?」

「そうだけど……」


 やはりイブキは、あの時の事を気にしているようだ。

 自分が強ければ、シンゲツにも負けなかったし、シズクさんも死ぬことは無かった……そんな風に思っているのだろう。


「イブキは、一人で強くなるつもりですか?」

「俺は強くならないといけない……俺が強くなればもうあんな事を起きないはずだ」

「だとしたらイブキは、竜騎士として間違っています」


 私は、はっきりとイブキの言葉を否定する。


「竜騎士とはドラゴンと共に過ごし、ドラゴンと共に成長していくもの……ドラゴン無しで一人で強くなっても、その力を発揮する事はできません」


 これは死んだ母が、竜騎士を目指す私に言った言葉だ。

 竜騎士は一人で戦っているわけではない、その側には必ずドラゴンがいる。

 その事を忘れて、ドラゴンと心を通わせなければ、本当の力は発揮することはできない。


「……だったら、どうすればいいんだよ!?」


 そう叫んだ、イブキの目からは涙がこぼれていた。


「俺のせいでシズクは死んだんだ!!俺が強ければ死なずにすんだんだ!!俺はもう……自分のせいで誰かが死ぬなんて嫌なんだ!!」


 こんなイブキは、初めて見た気がする。


「……やっと本音を言ってくれましたね」


 私は、イブキの体を優しく抱きしめる。


「イーリス?」


 イブキの体は私よりもずっと小さくて、彼が年下の男の子なんだと改めて実感した。


「イブキは、私との約束を憶えてますか?」

「一人で無茶しないで、必ず二人で協力する……」


 私の腕の中で、イブキがそう呟く。


「だったら、一人で悩まないで私に話してください……私の事は助けて、自分の事は助けてもらわないなんて、ずるいですよ」


 イブキは、純粋で優しくて強い……だからこそ一人でなんでも抱え込んでしまう。


「イーリス……」

「イブキは私を頼っていいんですよ?私だってイブキを助けたいって思っているんですから」


 シンゲツが目の前に現れた時、私は恐怖で動くことができなかった。

 それを救ってくれたのは、イブキだ。

 そして今日も体型の事を悪く言われて、落ち込んでいた私をイブキが救ってくれた。

 私はイブキに助けられてばかりな気がする……だから今度は私がイブキの力になってあげたい。


「教えてくれイーリス……俺はどうすればいい?どうすれば強くなれるんだ?」

「一人では、人間は鬼に勝てません……100年前の戦争で竜騎士はドラゴンと一緒に戦うことで、鬼に勝利したんです」


 人間は、鬼よりも弱い……だけど弱いからこそ、誰かと協力して戦うことができる。


「竜騎士の強さとは一人で戦う強さではありません、契約者とドラゴンが協力することで本当の強さが発揮されるんです」

「一人で戦うのとは違う強さ……つまり一人で強くなるんじゃなくて、コハクと一緒に協力して強くなれってことか?」

「それと私ですね……私だってイブキと同じコハクの契約者ですから」


 私まで強くなる必要があるのかは、本当はわからない。

 でも、イブキだけに無茶をさせるつもりはない、私だって強くなってイブキを守りたいのだ。


「イーリスも一緒に強くなってくれるのか?」

「もちろんです、二人で協力するって約束したじゃないですか」

「うん……ありがとうイーリス」


 イブキは頬を染めて、照れながらそう呟いた。

 その顔があまりにもかわいくて、思い切り抱きしめてしまう。


「イ、イーリス!?」

「イブキはかわいいですね……」


 このままずっとイブキを抱きしめていたい。


「むっ……恥ずかしいから、もういいよ」


 イブキはそう言うと、私の体から離れて行ってしまう。

 どうやら、かわいいと言われたことが気に入らなかったみたいだ。

 見た目は女の子みたいでも、やっぱり中身は男の子のようだ。

 だけど、そんなイブキが余計にかわいく思えてきた。


「うふふ、照れちゃってかわいいですね……もっと抱きしめてあげてもいいんですよ?」

「べ、別に照れてねーし、俺はもう子供じゃないから、そういうの必要ないから」


 イブキは、顔を赤くしながら否定する。


「はい、そういうことにしておきますね♪」

「ぐぬぬ……」


 なんだか楽しくなってきたが、イブキをからかうのはここまでにしておこう。


「100年前に魔王を倒した英雄の一人、竜騎士イルシャードは心竜と契約していたと聞きます」


 竜騎士イルシャード、魔王を倒した後にこの大陸から姿を消したと言われている英雄の一人だ。

 噂では、魔王との戦いで契約した心竜が死亡し、他の大陸へと一人で旅立ったと言われている。


「彼は契約した心竜の力で、100体以上の鬼を倒したと言われているんです」


 その強さは、アルキメス王国で過去最強と言われている。


「そんなやつがいたのか……」


 アルキメス王国では有名な話なのだが、少し前まで鬼の存在を知らなかったイブキは、やっぱりイルシャードの事も知らなかったようだ。


「だから、同じ心竜のコハクと契約してる私達だってきっと強くなれますよ」

「イルシャードの事はよくわかんないけど、イーリスが一緒にいてくれるなら俺は強くなれる気がするよ」


 イブキのその言葉が嬉しくて、また抱きしめたくなってしまう。


「イブキは、どうしてそう嬉しいことばかり言ってくれるんですか……」

「ん?」


 本人は、わかっていないようだ。


「はぁ、もういいです……宿に戻りましょう」


 その後、私達は宿の部屋に戻って、寝直すことにした。


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