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第10話「鬼神の力」

 鬼討伐の準備を済ませた俺達は、早朝に村を出発して、東の森の中を歩いていた。


「この森の洞窟に、鬼がいるんだよな?」


 念のため、もう一度シズクに確認する。


「ああ、村の人達の情報だとそのはずだよ」

「早く討伐して、村の人達を安心させてあげましょう」

「だからって、無理はしすぎないようにね?」

「はい、わかっています」


 いつの間にか、イーリスとシズクはよく話すようになっていた。

 たぶん、俺が知らない間に仲良くなったのだろう。


「ピィピィ!!」

「どうしたコハク?」


 コハクの鳴き声がした方を振り向くと、そこには大きな木が倒れていた。


「なんか木が倒れてるな」

「近づいて、調べてみましょう」


 近寄って見てみると、倒れた木には黒い染みのような跡があった。


「これは血のようだね」


 黒い染みを見て、シズクがそう答える。


「もしかして、ここで誰かが鬼に襲われたんでしょうか?」

「その可能性は高いね……この辺りは凶暴なモンスターもいないみたいだし」


 そういえば、森に入ってから俺達は一度もモンスターに襲われていない。


「それじゃあ、この先に鬼がいるってことか?」

「恐らくね、二人とも気をつけて進もう」

「はい、わかりました」


 俺達は、辺りを警戒しながら森の奥へと進む。

 すると、少し進んだ所で何かが落ちているのを発見する。

 遠くから見ると、靴みたいな形をしていた。


「なんだろう?」


 近づいて見てみると、それは靴……を履いた人間の足だった。


「えっ……」


 顔を上げて辺りをよく見てみると、手や足を切断された複数の人間の死体が転がっていた。

 その数は四人、鎧やローブを着ており、辺りには剣や斧等の武器が落ちている。


「な、なんです、これ……」


 イーリスが青い顔をして、後ずさる。


「装備を見るからに、冒険者みたいだね……もしかしたら、冒険者ギルドで鬼討伐の依頼を受けたパーティーかもしれない」


 それなら、ここに冒険者の死体があるのも納得できる。


「鬼がこれを……うっ!?」


 死体を見ていたイーリスが、青い顔で口元を押さえる。


「無理して見る必要はないよ」

「ここは俺達に任せてくれ」

「す、すみません……少し向こうに行ってます」


 イーリスは死体から離れると、近くの茂みでしゃがみこんだ。

 コハクは、そんなイーリスの側を心配そうに飛んでいた。


「しかしこの傷は……」


 死体を見て、シズクが急に黙り込む。


「シズク、どうかしたのか?」

「いや、なんでもないよ」


 シズクは死体から視線を反らして、俺の方を向く。


「彼らは、火葬して弔っておこう……イブキは、念のため辺りを警戒してほしい」

「いいけど、どうやって燃やすんだ?」


 死体を燃やせるような、道具は持ってきていない。


「簡単だよ」


 そう言って、シズクが死体に札を貼り付けると死体が燃え上がり、あっという間に骨になった。

 おそらく符術を使ったのだろう。


「それじゃあ、頼むよ」

「おう、わかった」


 俺が警戒してる間に、シズクは死体を燃やして骨に変える

 それから木の下に穴を掘って、その骨を埋め、落ちていた武器を突き立てた。


「これでいいだろう」

「すみません、何もできなくて……」


 まだ少し青い顔をしたイーリスが、俺達の方にやってくる。


「気にする必要は無いよ、あんなモノを見たら仕方ないさ」

「この人達は、鬼に殺されたんですよね……」


 イーリスは、骨を埋めた場所をじっと見つめる。


「もしかして、あの死体を見て恐くなったかい?」

「それは……」


 シズクの質問にイーリスは言葉を詰まらせる。


「恐怖を感じることは悪いことじゃないよ、危険を感じたら逃げる事も必要だからね……ただ問題なのは、恐怖で冷静な判断ができなくなることだよ」

「わ、私が感じたのは、怒りです……あんな事をする鬼を放っておく訳にはいきません!!」


 確かに怒っているようだが、その声は少し震えていた。

 もしかしたらイーリスは、恐怖と怒り、その両方を感じているのかもしれない。


「だったら、なおさら冷静さは必要だね……イーリス、怒りは力を与えてくれるけど、周りを見えなくもするんだ」


 シズクが冷静な顔で、そう言い返す。


「わ、私は……」


 イーリスは、その場で俯いてしまう。


「偉そうに言ってすまない、だけどイーリスには彼らのように死んで欲しくないんだ」


 シズクの真剣な表情から、イーリスを心配しているのがわかる。


「シズクさん……わかりました、気をつけます」


 シズクの気持ちが伝わったのか、イーリスも納得したようだ。


「私って、ダメですね……イブキと二人の時は、年上だからしっかりしなくてはと思ってるんですけど、シズクさんが年上だってわかったら、甘えが出てしまったみたいです」

「ワタシだって同じ様なものさ……二人が年下だから妹の事を思い出して、つい余計な事を言ってしまう」

「いえ、おかげで冷静になれました」


 イーリスの顔色は、すっかり元に戻っていた。

 これなら先に進んでも大丈夫だろう。


「それじゃあ、そろそろ行くか」

「そうだね、鬼がいる洞窟もこの近くにあるはずだから、慎重に進もう」

「はい、わかりました」


 俺達は、その場を後にして森の奥へと進んだ。





 森の中を進んでいると、林の向こうに洞窟の入り口が見えてきた。


「あれが鬼の住んでる洞窟か?」

「たぶんね……」


 その時、背後から奇妙な音が聞こえてきた。


 グゥゥゥゥゥゥ~


「す、すみません……」


 イーリスのお腹の音だった。

 今日は朝食の時間が早かったせいか、もうお腹が空いたようだ。


「これを食べるといい」


 シズクは、鞄から包みに入ったおにぎりを取り出すと、イーリスに手渡す。


「シズクさん、ありがとうございます……もぐもぐ」


 イーリスは、あっという間に渡されたおにぎりを食べてしまった。

 相変わらず、すごい食欲だ。


「イブキは大丈夫かい?」

「俺は、まだ大丈夫だよ……それよりどうするんだ?」


 これから洞窟の中に入るんだろうか?


「まずは鬼を洞窟の外におびき出して、奇襲をかける」

「どうやっておびき出すんですか?」

「これを使う」


 シズクが鞄から取出したのは、手の平くらいのサイズの灰色の球だった。


「なんだこれ?」

「煙玉さ、割れると大量の煙が噴き出してくる……これをワタシが洞窟に投げ込んで、鬼を外におびき出す」


 煙で鬼を驚かせて、洞窟の外に出す作戦のようだ。


「私達は、どうすればいいんですか?」

「二人はワタシが合図をするまで、洞窟の入り口付近に隠れていてくれ」

「わかりました」

「戦闘が始まったら、イブキは前衛で回避を優先してチャンスがあれば攻撃、イーリスは後衛でできるだけ距離をとってサポートして欲しい」

「シズクは、どうするんだ?」

「ワタシは、中衛で状況に応じて、臨機応変に戦わせてもらうよ……他に何か質問はあるかい?」


 俺は特に無い、イーリスも何も言わないので無いようだ。


「それじゃあ、ワタシは煙玉を洞窟に投げ込んでくるから、二人は隠れていてくれ」


 俺達は頷くと、洞窟の入り口付近まで移動して、草むらに隠れる。

 シズクは俺達が隠れたのを確認すると、素早い動きで洞窟の前まで移動して、煙玉を入り口から投げ込み、俺達とは反対側にある草むらに隠れた。

 数秒後、洞窟の入り口から白い煙が噴き出すと、洞窟からドカドカと激しい音が聞こえてくる。

 そして洞窟の入り口から、身長3メートルくらいの筋肉質なスキンヘッドの大男が姿を現す。


「なんだこの煙はぁ!!誰かいるのか!?」


 そう叫んだ、男の頭には一本の大きな角が生えていた。

 シズクより角の本数は少ないが、この大男が鬼なのだろう。


「爆炎符!!」


 その時、シズクの隠れた草むらから札が飛んできて、大男の背中に触れると爆発した。


「ぐうぅ!!これは符術か!?」


 大男がシズクのいる草むらの方を振り向く。

 俺の方に背を向けたことで、爆撃を受けた背中が見えたが、服が破けていただけだった。

 あの爆発で無傷なんて、やはりこの男は鬼で間違いないようだ。


「イブキ、今です!!」


 シズクが、そう叫ぶと俺は勢いよく草むらから飛び出して、大男の背中に鉄の槍を突き刺す。

 だが思ったより、体が硬くて槍が深く突き刺さらない。


「なんだよ、こいつ……体の中まで硬いのかよ!?」

「ぐぬぅ!!何しやがるぅ!!」


 大男はその場で激しく回転して、背中の槍ごと俺を吹き飛ばした。


「うわぁ!!」


 地面にぶつかりそうになった瞬間、なんとか受身をとって立ち上がる。


「てめぇら、オレサマを討伐しに来た冒険者だな?村の奴らめ、冒険者ギルドに依頼なんて出しやがって……素直に女を差し出しておけばいいものをっ!!」

「おまえは、なんでそんな山賊みたいな事をしてるんだ?」


 この鬼がなんでこんな事をしてるのか、気になったので聞いてみた。


「はっ、そんなの楽して暮らすために決まってんだろ?鬼の力でちょっと脅してやれば、力を持たない人間共は簡単になんでも差し出すからな、金も酒も女も手に入れ放題って訳よ!!」


 どうやらただのクズだったようだ。


「愚かな……鬼人の誇りを忘れた下衆に、生きる資格は無い」


 シズクは冷たい目で、目の前の大男を睨みつける。

 シズクの態度からして、この大男は兄では無いようだ。


「何が誇りだ、くだらねぇ!!そんなもんに拘ってるから100年前の戦争で魔族は負けたんだよぉ!!」


 そう叫ぶと、黒い霧のようなモノが現れて大男の全身を包み込む。


「なんだあれ!?」


 黒い霧が消えると、大男の目と角の部分を除く全身が、灰色のゴツゴツした鎧に包まれていた。


「『鬼神化きじんか』したか……その姿『鎧鬼がいき』だな」

「へぇ、よく知ってるじゃねえか、クソチビ」


 『鬼神化』とか『鎧鬼』とかよくわからない単語が出てきたけど、いったいなんなんだ?


「何が起きてるか、よくわからないんだが……」

「鬼神化というのは、簡単に説明すると鬼が本気を出した時の姿です、鎧鬼というのは鬼神化の種類みたいなモノだと思います」


 イーリスが後ろから、説明してくれる。


「オレサマは鎧鬼のハイマル!!てめぇらをぶち殺す鬼人様だぁ!!」


 ハイマルと名乗った大男は、そう叫びながらシズクに向かって突進していく。


「重鈍符!!」


 シズクの投げた札がハイマルの体に張り付くと、突進する速度が急に落ちる。

 そしてシズクは、軽々とハイマルの突進を避けた。


「ちっ、また符術かよ!!」


 ハイマルは立ち止まると、体に付いた札をはがして破り捨てる。


「チャンスだ!!」


 立ち止まっているハイマルを背後から、槍で突き刺そうとするが硬い鎧に弾かれる。


「硬っ!!」


 鬼神化する前も硬かったけど、この鎧はそれよりも遥かに硬い。


「当たり前だろ、人間の武器なんかでオレサマの鎧を貫けるもんかよ!!」


 全身が硬い鎧に包まれてるし、これじゃあまともにダメージを与えられそうにない。


「おらぁ、クソガキ死ねよぉ!!」


 ハイマルは俺の方を向くと、大きな拳を振り上げる。


「だったら、鎧の無い場所を狙うだけです」


 俺の後ろから30cmくらいの長さの氷柱が飛んできて、ハイマルの顔に命中する。

 イーリスが魔法を使って攻撃したようだ。


「ちっ、目に氷の破片がっ!!」


 目に直撃はしなかったようだが、ハイマルの動きが一瞬遅れる。

 俺は、その隙を突いてその場から離れる。

 ハイマルの拳は空振りし、地面を殴ると、そこには大きな穴が空いた。


「イーリスありがとう」

「お礼はいいですから、気をつけてください」


 確かに、あの攻撃が直撃していたら危なかった。


「クソデブのくせに、オレサマの邪魔をしやがって!!」


 怒りを露にしたハイマルが、イーリスに向かって突進していく。


「させないよ……雷電符!!」


 シズクの投げた札が、ハイマルの角に張り付くと雷撃が発生する。


「ぐわぁぁぁ!!」


 ハイマルは絶叫すると突進するのをやめて、その場で膝をついた。


「いくら硬い鎧に包まれようと、体の内部までは守れないだろ?」


 シズクは符術を使って、角から直接ハイマルの体に雷撃を流し込んだようだ。


「くっ、体が痺れてやがる……」


 ハイマルは、しばらく動けそうにないし倒すなら今しかない。


「よし、コハク来てくれ!!」


 俺の左手が輝き出し、契約の証が現れる。


「ピィー!!」


 コハクは俺の側にやってくると、体を輝かせ、白くて美しい槍へと姿を変える。

 俺はその槍を掴むと、ハイマルに向かって突っ込んでいく。


「人間の武器が効かないってんなら、コイツならどうだぁ!!」


 白い槍が輝き、ハイマルの鎧ごと胸を貫く。


「ぐはぁっ!!バカな……オレサマの鎧が貫かれるなど!?」

「これが、俺とコハクの竜騎士の力だ!!」


 俺が槍を引き抜くと、ハイマルはその場に倒れ、全身を包んでいた鎧が消滅した。

 どうやら決着はついたようだ。


「竜騎士だと……やはり鬼人は竜騎士に倒される運命なのかよ、ぐふぅ!!」


 ハイマルは、そう呟くと血を吐いた。


「最期に聞いておくが、この森で冒険者達を殺したのは貴様か?」


 シズクは、ハイマルに近づくと突然そんな質問をした。


「何を言って……そうか、あの男が殺したのか」

「あの男とは誰だ?」

「そいつは……」


 その時、上空から黒い刃が飛んできて、ハイマルの頭に突き刺さった……。


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