書き下ろし閑話 ヨルンちゃんチャレンジ
なろう再掲に伴い書き下ろした閑話です。
また見て下さっている皆様、評価をくれる皆様ありがとうございます。
村での生活が落ち着き始めた頃。大事な話があるとヤトを神殿に呼び出した。
一日を通して日光が全く射しこまない神殿の奥深くは、生命の気配を感じられない静かな場所だった。それでいて厳かで、神秘的で、聖女さん達がいる人間の世界から別次元に迷い込んだ感覚に陥ってしまう。
「……! ……!」
「いい。座んない。座んないってば」
無駄に豪華な玉座を指さして、俺に腰かけさたがるヤトと拒否する俺の言い争い。
装飾品とは言え、頭蓋骨が付いた椅子に座る奴とかいるわけないじゃん。そんなのもう魔王じゃん。
「!? ……!」
「やーだ。やーだ」
懇願するヤトを手であしらいながら、大きく息を吸い込んで一言。
「それより相談がある」
「……?」
「想いは言葉で口にしないと伝わらない」
「!!?」
俺がそう宣言したらヤトはガーンとショックを受けたように慄いた。
数歩下がると、ガクリと地面に崩れ落ちてピクリとも動かなくなる。
「……ヤトのことじゃない」
「?」
想いを言葉にできない――そもそも喋れない――夜人のヤトは、唐突に自分が怒られたとでも思ったのだろう。俺が否定すると小首をかしげて、どういう意味か悩み始めてしまう。
思えばヤトとの付き合いも長くなったものだ。
突然この世界にやってきてから、俺とヤトはなんやかんやで毎日会っている。
最初は不気味でしかなかった夜人も慣れれば意外と可愛いんじゃないかと思えてくる今日この頃だ。
俺の言葉に一喜一憂する反応。構ってほしそうに駆け寄ってくる姿。
夜人達はさながら大型ペットのようで……いや、気の迷いか。夜人の姿をまじまじと見返せば、やっぱ怖いです。
命を屠るためとしか思えない鋭利な指先。感情を失った無貌の表情。なによりも体から吹き上がる闇の瘴気。貴方はどこの邪悪なボスですか。俺の代わりに玉座すわる? 似合うよきっと。
「ヤトは怖い」
「!!?」
けれど感謝してるのは本当だ。信頼だってしている。
彼らが居たからこそ、俺は今も生きている。
「だから……ありがとう」
うん。言えた言えた。
「……! ……!」
ヤトはポカンとした後、あわあわと焦って、ゆっくりと頷いた。
言葉をかみしめるように静かにたたずむその姿は、どこか嬉しそうな気配を見せていた。でも恥ずかしかったのか、彼の視線がちょっと俺からズレている。
……俺も恥ずかしい。
たぶん夜の神も恥ずかしい。そんな気配を感じる。
俺の発言は大きく省略されてしまったり、たまに予想外の内容になったりする。
これは俺の体に宿る【夜の神】のせいなのだが、彼女の気に食わない発言は特に修正されやすい。
つまり今回の感謝は彼女の意に反するものではなかったようだ。俺の思うまま真っすぐヤトへと伝えられた。
―― に、二度と言わない……。
なんて思っていたら、また脳内に言葉が聞こえた。
夜の神やっぱり恥ずかしがっていたようだ。赤面している少女のイメージが浮かぶ。かわいい。でも二度と言わないなんて困る!
「待って。待って。これは練習」
そもそも俺が本当に感謝したかったのは聖女さんなのだ。
彼女がいたからこそ、俺はこの世界に踏み出せた。
彼女が助けてくれたからこそ、俺は今しあわせなのだ。
この服だって、住む場所だって、名前だって。
俺は聖女さんから貰うばかりでばかりで何も返せてない。
感謝しているのだ。俺だって何かしてあげたい。そもそも俺は、俺を受け入れてくれた彼女にキチンとお礼を言っていただろうか? いいや、そんな記憶は無い。
その場、その場でぽつりと「ありがとう」を言うことは有れど、自分の気持ちをしっかり伝えたことは少ないはず。
それが最初の「想いは言葉で口にしないと伝わらない」に繋がるのだった。
「本番で喋れないと……困る」
―― やだ
「聖女さんにもお礼言いたい」
―― ……やだ
「お前だって感謝してるはず」
―― もっと恥ずかしい
な、なんだよこいつぅ!
どうして人に対する罵詈雑言はスラスラ言えるくせに、一言お礼するのが恥ずかしいんだよ!?
……まあ、その気持ちは分からなくもない。
本当に好きな人には自分の本音を話したくないものだ。好意を明け透けに伝えられるのは陽の者に限られる。俺達、陰キャにはハードルが高かった。
―― ……。
ほら否定しない。
―― ぅるさい……。
困ったことに、この体の言語野は【夜の神】の手が入っている。彼女の気分一つで俺の発言が修正されるため、俺の独断じゃ聖女さんにお礼の一つも言えやしないだろう。
まあ日中なら、その修正も弱いから可能かもしれないが、強行すれば怒らせるかもしれない。
なんとか、なだめすかして【夜の神】から許可を得ようとするが――
「また気配消えた」
――アイツ逃げやがった。
もーう。こんなの困っちゃうぅ~。
▼
なんて、ことがあった翌日。
俺は村の礼拝堂で聖女さんの服を引っ張って、一つのお願いをした。
「え? ヨルンちゃん、料理したいの?」
「ん」
「え~……と。私のご飯、美味しくなかったですか?」
「ちがう。そうじゃない」
ちょっと悲し気な眼をした聖女さんに慌てて否定。
ぷるぷるぷると首を振れば、彼女は笑って「よかった」と安堵した。
聖女さん手ずから振舞ってくれる料理が美味しくないはずがない。
パンはふわふわだし、塩分も最適。ハムやソーセージは焦げることなくパリッとしていて肉汁も臭くない。たまに出てくるステーキは柔らかくて最高だ。
でも野菜の出汁が染み出したスープはちょっと苦手。生野菜が出た日には、なんとか食べずに済む方法を探ってしまう。それでも、サラダたちだって一般的には美味しい分類なのだろう。栄養素を考えれば食べなきゃいけないし。
「聖女さん、料理上手」
「ふふ、ありがとうございます」
そもそも、この世界は歪すぎる。
なんで文明は中世っぽいのに料理が美味しいのだろうか。
元の世界を考えれば生肉は塩漬けや燻製に加工するはずだし、中世ヨーロッパで肉類は庶民には出なかった。野菜だって生で食べることは少なかったはず。
でも、そんな常識がこの世界では通じない。
魔法という超常現象が当たり前にあるのだから、歪な発展だってするのだろうか?
まあ、それはともかく。
俺は「言葉でお礼を言えないなら、行動で示せばいいじゃない!」という作戦の発令を宣言します!
ヤトと一緒に考えた渾身の一手! 見てるか【夜の神】、俺は言葉が使えなくてもやってやるんだぞ!
「がんばる」
初めて入る台所に案内してもらい、ふんすと気合を入れる。
今どき、口でお礼を言うだけとか古いよねぇ! 時代は手料理よ!
何故か心配げに見てくる聖女さんの背中を押して台所から追い出す。
こういうのは手伝ってもらったらダメだろう。今までの礼と日頃の感謝を籠めて、今日の夕飯は俺がしっかり作ります!
「いやいや、ヨルンちゃん! 本当に大丈夫なんですか? 料理やったことあるんですか?」
どうやら聖女さんは不安なようだ。俺に料理経験の有無を聞いてきた。
「……」
……男だった時代には、コンビニ弁当という便利なものがあってのぉ。
けれど、俺は元成人男性。
学校の家庭科では調理実習だって突破したし、肉を焼く程度の料理はできた。米だって炊けるんだ。
一つ頷いて、しっかり聖女さんの目を見て言い放つ。
「大丈夫。自信しかない」
「……不安しかない!?」
でも聖女さんは大人だから、子供姿の俺を放置できないってさ。ましてや料理初心者だ。色々心配なのだろう。
台所の入り口で押し問答の末、しょうがない俺が妥協する。迷惑をかけたいわけじゃない。あまり無理を言えば聖女さんを困らせてしまうだろう。
「ん……じゃあ分からなくなったら聞く」
「ほ、ホントですよ? 危ないことはしないでくださいね? 包丁と火を使う時はしっかり見てるからね!」
台所の入口でうろうろしながら様子を見てくる聖女さん。……気が散るなぁ。
「材料あった」
台所下の戸棚を開ければ食料が一杯あった。米、小麦、パスタのような乾麺もある。
肉はなにやら魔法陣の上に乗ってる。熟成中? あ、腐敗防止らしい。便利だね。
「野菜は……品切れ」
「こら」
山積みの生鮮野菜は見なかったことにした。
戸棚をパタンと閉じて振り返ると腕を組んだ聖女さん。はい。渋々と幾つかの野菜を選んで取り出した。
なにが楽しくて自分で嫌いな野菜を料理しなきゃいけないのか……いや、これはお礼だからしっかり作るんだ。気合を入れて今から作る料理名を聖女さんへと告げる。
「今日作る料理は、ハンバーグ」
これぞ現代知識チートってやつだ。
メシウマ世界たるここで通用するか知らないけど、ハンバーグは食卓に出たこと無いからきっと未知の料理のはず! 柔らかい肉料理を召し上がれ!
「ハンバーグですか。……難易度高いなぁ」
「……」
現代知識やぶれたり。
誰だよ発明者ぁ! ハンバーグって近世の料理だろぉ!? なんで中世(推定)にあるんだよぉ!
「あ……ご、ごめんね? 私は見てるだけだったね。口出ししないからね」
じとーっと見つめたら謝られた。聖女さんは口の前に指でバッテンを作ると引っ込んでいく。
まあ、いい。作るとしよう。
まずは肉をミンチにしなきゃかな。機械ないの? 無いのか。……力技か。
巨大なブロック肉から手ごろなサイズに包丁で肉を切り落とす。硬いな。非力な少女ボディではやっとやっとだ。
それをまな板の上に置いたら、包丁を両手で二本もつ。大きく振り上げて、勢いよく肉に振り下ろ――慌てた聖女さんに抱えあげられた。
「待った待った待った! なに!? ヨルンちゃん何するつもり!?」
「肉、切るよ」
「おかしいでしょう! なんで二本も包丁使うの!? なんで振りかぶるの!?」
ミンチ作りたいんだけど……?
「これが正しいやり方。見たことある」
ヒュンヒュンと包丁をスイングしたら、聖女さんが引き攣った顔で聞いてきた。
「肉を切るんですよね?」
「そう」
「料理だよね? 決して戦いじゃないよね?」
「そう」
なんかテレビの料理番組で包丁を二本使ってダダダダとミンチ作ってた人がいた気がする。俺もそれを真似ようと思ったんだけど……違うのかな? 間違ったかな?
しょんぼりと聖女さんを見つめたら、苦笑いを浮かべて地面に降ろされた。
「ミンチは私が作りますね。ほら、包丁貸してください」
「むぅ」
どうやら聖女さん的に俺は不合格だったらしい。
しょうがない。包丁を渡して、手持無沙汰になった俺は次の工程を考える。
ハンバーグを作るにはどうやるんだったかな。
たまねぎを剥いて、刻んで挽肉に混ぜるでしょ。卵をといたら肉に付けて、あとは……パン粉? まぶして焼くのかな? うん。なんとかなりそうだ。
じゃあ火の準備をしようかな。
この世界は魔法文明だけど、かまどって使ってるのかな?
無かったわ。なんかIHコンロみたいな四角い台が置いてある。
「これがコンロ? 火……どこ? ここ?」
持ち上げて裏返す。わぁ、魔法陣。
「あ、ヨルンちゃん丁度良かった。加熱台に魔力通してもらっていいですか? とりあえず弱火で」
「……」
加熱台……これ?
魔力通すの? どうやって?
「……」
「……」
ジッと互いに見つめ合う。
くすりと聖女さんが笑顔を浮かべた。
「一緒に料理しよっか」
「うん」
そういうことになった。
聖女さんが作ったハンバーグはとても美味しかったです。
聖女さん「一緒にお料理たのしかったね」
ヨルン「うん」
夜の神「(お礼は……??)」




