sins.7 【色欲】の大罪―Luxuria sins―『Asmodeus』
糸は途切れる。それは無慈悲に、唐突に。
―――プツッ……。
そんな、細かった糸が途切れるような感覚がした。
「今の―――アスモフィも感じた?」
「は、はい。でもこれって、一体……」
「……なんだか嫌な予感がする。早く魔王のところに行こう……!」
「わ、分かりました……!」
どうやらアスモデウス様も、何かに気づいているようだった。
それは多分、私と同じ事だろう。
でもそれを言葉に出すことはしなかった。口にしてしまえば、それが現実になってしまいそうだったから。
しかし。
私たちがそれを言葉に出さなかっただけで。
脳裏に焼き付くような惨状を目の前にすることで、それは現実に起きていることなんだと自覚する事になる。
◆
《魔王領 名も無き平原》
そこに、それはあった。
動くことはない。
喋ることもない。
生きてすら、いない。
返事がない、ただの屍のようだ。
そんな、ゲームの中でしか聞かなかったようなセリフが頭の中に流れる。
「な……んで」
誰も。
誰一人として動くことは無かった。
ただ、一人。
唯一動けるのは、自分だけ。
―――守れなかった。
『テメェだけは生かしといてやるよ。破壊神の慈悲ってな』
「ぁ……ぐ……っ!」
頭を鷲掴みにされる。
頭蓋骨が砕けそうなくらい、痛い。それくらい強く、俺の頭は掴まれた。
『イヴ……どう、して……!』
『―――気に入らねェ。ただそれだけだ』
その言葉を聞いた直後。
俺の視界は、そして意識は―――完全に消失した。
◆
「嘘……よね―――?」
「これは……酷い―――」
その平原に辿り着いた私たちは、ただただ驚くことしか出来なかった。
血を見ることは無かったけど、でも、それでもその光景はとてもじゃないが直視できる物では無かった。
「多分……一撃だよ。この様子だと、抵抗する間もなくって感じだろうね」
「そん……なっ!」
―――どうやら一撃で心臓を止められたらしい。
そう。目の前には、一足先にこちらへ来ていた《魔帝八皇》や天使たちの姿があったのだ。
誰一人として、その場からピクリとも動こうとしなかったが。
「こんなの……駄目よ。絶対に駄目……!」
こんなところで。こんな所で失う訳にはいかない。
私みたいなまともに戦闘の役にも立たないのはどうなってもいい。だけど、この世界を元に戻せる可能性のある人たちがこうなってしまうなんて、絶対に駄目だ。
目立った外傷もないし、もしかしたらまだ助かるかも―――
『―――ハッ……また来たのか。だが残念だったな!』
「誰……っ!?」
後ろから、声が聞こえた。
それは私を嘲笑うような言葉。口調。声色。
それが分かったとき、この惨状を作り出したのがコイツなんだと一瞬で理解できた。
「まさか、お前が……っ!」
『ほう。ご明察だな。―――我が名はイヴ。破壊の、神だ』
「イヴ―――くっ……!」
だけど。分かったからと言って、何かが出来る訳じゃなかった。
だって、こうして仲間たちはこの神にやられてしまったのだから。私一人居たところで、何かが出来る訳じゃない。
でも……だからって―――だからって、諦める訳にはいかないじゃない……!
『フ……ハハ。憐れだ、憐れだなァ……ッ!』
「……何が……何が憐れなのよッ!」
『いいや? 別に何でもないさ。―――ふむ……だが、そうだな。貴様は少し可哀想だから、慈悲を与えてやろう』
「慈悲、ですって……!? バカにするような事を言わないで―――」
『―――そいつらがまだ生きていると言ったら?』
「え……?」
その神は、とてもじゃないが信用できるような言葉を吐かなかった。
だって、有り得ない。そんな、そんな事が……
『フッ……アハハハハッ!! いい反応だなァッ! だがこれは真実だぞ? そこの神に聞けば全て分かるだろうがなァ!』
「そこの……?」
「多分、アダムの事だよ……。でも、あれは―――」
アスモデウス様が横の方を指差してそう言うと、私はその指を追うように目を動かした。
するとそこに居たのは。
『なんで……イヴ―――』
「嘘……。仲間じゃなかったの……?」
鎖で縛られて、貼り付けにされたアダムの姿がそこにはあった。
『ハン、仲間だと? ふざけた事を言うなよ―――アイツとは未来永劫相容れることは無いんだよ。それが俺らの運命……あるいは宿命なんだからなぁ』
「でも……そんなのって―――」
私は脱力し、その場にへたり込んでしまう。
一度に多くの情報を頭に入れたからか、それとも衝撃を受けすぎたからか。
正直どうでもよかった。
もう何がなんだか分からなくなってきたから。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
どうすれば……どうすればいいの。こんな時、あの人が居てくれたら―――
その時、私の脳裏に浮かんだのは大切な人の顔だった。
「ちょっとアスモフィ……っ! ボクたちがここで諦めたら、今までやってきたことが全部無駄になっちゃうんだよ……?! 君は本当にそれでもいいの……っ!?」
「そ……れ……は」
でも……こんなの一体どうすれば。
私なんかにどうにかできる訳がないよ。
一人や二人ならまだしも、10人近くを同時に治癒するなんて絶対に無理。それは……それだけはハッキリと自覚できる。
そんな事を考えていると、私に語りかける声が聞こえてきた。
『……そこの、悪魔―――いえ、貴女は……聖族、ですか―――』
「アダム……?」
『もう、時間がありません……。先程のイヴの言葉―――あれは事実です。そこの者たちはまだ、生きています』
「……え……?」
『ですが、それももう間もなく途切れてしまう―――だから、貴女がそれを止めてみせてください……!』
「で、でも止めるってどうやって……!」
『まずは、魔王を癒やすのです。そうすれば後は、彼の中にいる始祖たちが―――』
「……貴女、どうして笑っているの……?」
私はつい、そう尋ねてしまった。
だっておかしな話じゃないか。ずっと最後の敵だと思っていた奴らの片割れが、こんな味方みたいな事をしていて、私たちを何とかして助けようとしてくれているのに、まるで悪魔か死神のような笑みを浮かべてその案を話しているのだから。
『……何でもないわよ。それよりも……今は彼らを癒やすことに専念しなさい……!』
「……貴女が嘘を言っていないってことを信じるわ」
今は、その言葉を受け入れよう。
きっと、この惨状を目にしたらルインちゃんや白夜がどうなってしまうか分からないから。
『いいぜ。できる物ならやってみろよ。俺はここで見ててやるから』
高みの見物ってわけね。
いいわよ……見てなさいよ。
「アスモデウス様……力を、貸してくださいますか?」
「もちろん。っていうか、多分これってボクがどうにかしないと―――っていう状況だと思うんだよね。あー……ボクが、っていうか“ボクたちが”、か。ね、メタトロン」
「……勝手に仲間みたいに話さないでくれるかしら? まあ……でも? 確かに私たちの力が必要みたいだけど……」
「というか隠れてたのにバレてた!? 《七つの大罪》……なんて恐ろしい奴らなの……!?」
と、アスモデウス様に助力をしてもらおうと問いかけると、彼は背後の岩場に隠れていた天使たちを呼び寄せた。
一緒に来ていたはずなのに姿が見えなかったからどうしたのかとは思っていたけど、まさかそんな所に隠れていたのね。
全然気が付かなかった……
「じゃ……始めようか。向こうが高みの見物しててくれるなら、こっちはゆっくりと、確実に皆を復活させよう」
「ええ。偶然にも回復に長けた者が3人もいるんだからね」
「……ごめんなさい。私も回復系の力が使えれば良かったのですが……」
「ううん。大丈夫よ。こっちはお姉ちゃんたちに任せておいて、貴女は奴らに動きがないか見張っててくれる?」
「―――ええ、分かったわ。それでいいなら、任せておいて」
私は落胆した様子のメタリアを励ますついでに、そうお願いをする。
これで、こちら側の準備は整った。
あとは、後方から仲間たちが到着するまでに皆の回復を終わらせるだけだ。
きっと、ルインちゃんたちならここに向かって来ているはずだから。
「大丈夫……大丈夫よ私。きっと皆、無事に癒やしてみせるんだから……!」
そう、自分に言い聞かせるように呟いた私は。
「それじゃあ、始めるよ―――」
アスモデウス様たちと共に、倒れた主、魔王ルミナスの治癒を開始するのだった。
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明日(火曜日)→最弱姫プも更新予定
土曜日→転生魔王更新お休み(またでごめんなさい!)




