case.17 相討ち
気付いたときにはもう―――
手遅れ。
「だが―――」
俺は再び後ろを振り返って、倒れている二人の天使に目を向けた。
やはり、未だ出血は収まっていない。
しばらくはこっちの回復が優先になるか。
「ミカエラは―――」
まだ倒れている。
なら問題無い。
俺はすぐに天使達の回復を開始した。
と言ってもやはり俺の治癒力じゃ傷を塞ぎ延命をするのが精一杯で、完全に治癒することが出来なかった。
「クソ……」
残りは“天魔癒園”の治癒力に任せて、俺はミカエラの方に専念するとしよう。
このままじゃジリ貧もいいところだからな。
『ゥ……グ……アァァァァァァァァァァァッ!!』
もうそろそろ、ミカエラの方も限界……か。
俺は『支配』の力を使うべく、ミカエラの方へと駆け出す。
「―――行くぞミカエラ……ッ!」
『来るな……来るな来るなクルなクルなクルナァァァァァァァァッ!』
俺が近づいてきて一層暴れだしたミカエラ。
右手で光の剣を振り回し、左手で光属性の魔力弾を乱射している。
「そう簡単にはいかないか……ッ!」
俺は一度『支配』の力を消し、右手に“神滅”を構えた。
それでミカエラの攻撃を一撃一撃、丁寧に捌いていく。
『死んで―――死んで―――死んで死んデ死ンデ死ンデ死ンデ死ンデ死ンデ死ンデ死ンデ死ンデ死ンデッ!!!!』
「落ち着け……ミカエラッ!」
『煩い……煩いッ!!!!』
クソ……聞く耳持たずか。
「ミカエラ……落ち着いてくれよッ!!」
『クルナッ!!! クルナクルナッ!! “雷切”ッ!!』
「速―――」
一瞬で間合いを詰められた俺は、ミカエラの攻撃を躱しきれず、腹に切り傷をつけられてしまった。
しかし、こんな痛みに震えている暇は無い。
「―――“炎天”ッ!!」
俺は即座に魔法を放ち、ミカエラの目くらましをする。
『ウグァアッ!』
どうにかこうやって隙を作って、この『支配』の力をミカエラに叩き込む。
たったそれだけの、シンプルな事のはずなのに、それが出来ない。
正確に言えば、ミカエラが暴走状態の為、隙が無く、無理矢理行かないと『支配』出来ないのだ。
「まあ、無理矢理行けば出来るんだけどな―――」
やるだけやってみようか。
もうミカエラも、二人の天使達も限界が近いからな。
「チッ……出来る限りダメージは負いたくなかったが」
行くしか無い……。
俺は武器をしまって、両手に『支配』の力を込める。
そしてミカエラに向かってダッシュする態勢になり、そのまま一気に駆け出した。
「強行突破はあんまり好きじゃないが……仕方無いかッ!!」
『グ……ゥ……ァァァァァァァァァァッ!! “雷天雷天雷天雷天雷天雷天雷天雷天雷天雷天”ッ!!!』
ミカエラは当然のように暴れ始めた。
空から雷の雨が降り注ぎ、俺の身体を傷つけていく。
「……グッ……!」
しかしそれでも俺は足を止めず、駆け続けた。
俺がミカエラに近づくと、その分ミカエラも離れて距離を取っている。
一進一退、俺が距離を詰めればミカエラが距離を離す。
こうやって一定の距離が保たれたまま、俺たちはどんどんと森の奥深くへと潜っていった。
『“雷切”ッ!!!』
「―――来いッ!!!」
ミカエラはたまに振り返っては俺に剣技を放ち、俺の身体を貫いていく。
光の剣が俺の身体に突き刺さり、その痛みが俺の走る速度を遅くしているが、それでも俺は足を止めず、気合で一定のスピードを保ちながらミカエラへと詰めていく。
ミカエラが俺に攻撃を加えようと振り返るたび、俺とミカエラの距離は詰まっていき、しばらくしたころ、俺はもうすぐミカエラに触れることが出来る距離まで来ていた。
「あと……少しッ―――」
『クルナ……ァ……ァァ……ァァァァァァッ!』
余裕が無くなってきたのか、ミカエラは再び振り返り、俺に攻撃を仕掛けようとした。
そして光の剣を新たに生み出そうとしたその瞬間、彼女に隙が生じた。
―――今だ!
『―――イャァァァッ!』
ガバッ!と勢いよくミカエラに抱きつき、動きを封じた。
そしてそのままミカエラへと手をかざし、『支配』のスキルを発動させる。
「スキル……発動―――」
『グァァァッ! ヤメ……ヤメロォォォォッ!』
ミカエラは全力で暴れて抵抗してくるが、俺はそれを全て耐えて、そしてついに『支配』が始まった。
▶『支配』発動だ。さあ、一気に畳み掛けなッ!!
ハヌマーン……!任せろッ!!!
『グッ……ァァァッ!』
『支配』による強制力が、ミカエラの中の何かと反発して、それがミカエラに痛みを与えているようだった。
その結果、ミカエラはその場にうずくまり、頭を抱えて転がっている。
「頼む……早く、終わってくれ……っ!」
『グッ……ウァ……ァァァァァァァァッ!』
俺は痛みで震えるミカエラを抱き締め、ハヌマーンの言葉通り『支配』の力を一気に強めた。
「頼む……耐えてくれ……! そして戻ってきてくれ……ッ!!」
『ァ……ァ……あ―――』
徐々にミカエラの色が、黒から白へと塗り変わっていき、『支配』は滞りなく終わりを迎えようとしていた。
「あと……少し―――」
『ぁ……ぅあ……な……んで』
「なんで……?」
『なんで……貴方は…………わた……しを……たすけ―――』
なんで貴方は、私を助けるのか。か?
そんなの、簡単な話だ。
それは俺が―――
「それは……俺が“魔王”だから―――」
そう、答えた直後だった。
―――グサッ。
『あ……うぁ……グ……ァァァァァァァァァッッ!!』
「―――ガハァッ…………!!」
なんの前触れも無く、最後の力を振り絞った……そんな様子のミカエラは、光の剣で俺の腹を貫いていた。
痛みに耐えられず、俺は口から勢いよく血を吐き出してしまう。
気づけば俺の身体にはもう、七本もの剣が刺さっていた。
それによる痛みや出血は、後ろの二人の天使達同様かなり酷いものになっていて、今の一撃がトドメとなって、意識が薄れかかってきていた。
「―――ハヌマーン……『支配』の力を最大限に強めろ……!」
▶了解した。だが……
ハヌマーンが何かを言い切る前に、俺は叫んだ。
「―――ミカエラ……これで……終わりだァァァァァッ!!!」
『―――ッグ……ァ……ァァァァァァァァァァァァァァァァ…………』
刹那、ミカエラは完全に“白”になった。
身体の黒は全部消え、白くなったミカエラはその場に立っていた。
そしてそれを見た俺は、痛みと疲れからか、意識が完全にそこで途絶え、視界がブラックアウトしてしまった。
■
その後完全に意識が戻ってきたミカエラは、目の前の情報を一つ一つ整理していく。
赤。
赤。
赤。
赤。
視界に飛び込んできたのは無限の赤。
何が起きたのか。
赤……これは“血”だ。
じゃあ誰の血か。
目の前に倒れていたのは“魔王”だった。
彼女の手には血。
足元には血溜まり。
魔王の身体には光の剣が刺さっている。
それが分かったとき、彼女の視界は揺らいだ。
一つの結論が導き出され、その答えが彼女を苦しめる。
そして気づいた時には、彼女もまた視界が消えていた。
完全に意識が途絶え、血溜まりの中へ彼女は消えていく。
謎の森の深奥、誰も気付かないような場所で“瀕死の”魔王と復活した天使は意識を失っている。
そして、さらにその手前には瀕死の天使が二人。
刻一刻と時が進む中、危うい状況の四人は、誰にも見つかることなく森の霧に包まれてしまった。
何度目か分からない絶望。
天使と魔王編の結末。




