錬金術師カトレアの恋
兄は知的好奇心に負けたのかもしれないなと、マユラはしみじみ思った。
アルヴィレイスの場合はやましい下心だろうが(全く男というのはどうしようもない! と、アンナなら怒髪天になりそうだ。文字通り髪が逆立つ)兄の場合は、魔導の研究者としての知的好奇心だろう。
クイーンビーの幻覚作用のある煙を吸ったらどうなってしまうのか、ちょっと気になる気持ちはマユラにもわかる。
自分の願望がなんなのかを知りたい。心に秘めた欲望、ちょっと知りたい。
『どうした、マユラ。黙り込んで』
「お兄様の知的好奇心に感心しているところです。一人で討伐にきたら、お兄様はきっとクイーンビーには負けなかったでしょう。でも、レオナードさんや私がいたから、夢の中に落ちてしまったのですね。つまり、お兄様が知的好奇心に負けても、私たちがいるから大丈夫だという信頼があったわけです」
『お前、兄を過大評価しているな』
「過大評価ではありませんよ、お兄様はそれはそれは立派な魔導師なのです。ちょっと変わっていますけど」
元々ユリシーズは、王国一の天才魔導師なのである。
おそろしさはあれど、ちょっと尊敬もしている。最近様子がおかしいせいで忘れそうになっていたが。
「お兄様はどんな夢を見たのでしょうね。あらゆるものが手に入っていると思いますので……あと欲しいものといえば、国王の座、などでしょうか」
『そんなもの、考えなくともわかるだろう』
「同じ魔導師として通じるものがあるのですか、師匠」
『お前の頭にはきっと石が詰まっているのだな。いや、食欲か。食欲に侵されたせいで愚鈍なのだ』
「悪口にもほどがある……!」
マユラは師匠の両手をみよんと引っ張って、ぐるぐるまわした。
腕がちぎれたら可哀想なのでほどほどに優しく、ではあるものの。
「しゃべるぬいぐるみの猫とは、ずいぶんと口が悪いのだな。それでは女性のモテないぞ、猫殿」
『猫殿と呼ぶな』
「ねこどの、可愛いですね」
「猫殿では、いけないか。マユラは君を師匠と呼んでいるが、僕の師匠ではないからなぁ。師匠と呼ぶのもおかしな話だ。いや、この世にはまだまだ不思議なものがあるのだな。しゃべるぬいぐるみとは、とても愉快だ。声はいいのだから役者になれそうだが、その口の悪さではモテないぞ」
『いいか、女好き。私は選択的独身生活を選んでいるのだ。お前のような頭まで性欲でできていそうな男とは違う』
「猫殿、僕はいつだって全力で女性たちを愛しているのだよ」
アルヴィレイスは髪をかきあげながら言う。
このきらきらしい仕草は、役者時代に培ったものなのだろう。
確かに演技をしていると思って見ると、多少はしっくりくる。
『知るか。お前は死ね』
「猫殿はどうも、僕に冷たい。やはり僕がたいそうモテるから……すまないな、モテる男で。ひがんでくれ、存分に」
『マユラ、もういい。行くぞ。この男は役に立たん。兄と呪い男を助けに行くのだろう』
師匠に言われて、マユラは毒針のセラムが入った瓶を肩掛け鞄の中にしっかり入れて、杖を手にした。
「アルヴィレイス伯爵、助けてくれという望みは叶えましたので、私はこれで。クイーンビーの森に仲間を助けに行かなくてはいけないので。あまり話をしている時間はないのです」
「そうか。では僕も行こう」
「いえ……その……遠慮を……」
「遠慮するな、僕はこれでも結構強い。それに領主だからな、領民たちの悩みを解決する義務がある」
「意外とちゃんとしている……ではなくて、立派です。素晴らしいですね、伯爵様」
マユラは本音から、営業用に言葉を切り替えた。
アルヴィレイスは伯爵だ。お抱えの錬金術師はいるようだが、もしかしたら仲良くしていたら何かしらの商売につながるかもしれない。
『権力者に媚びる俗物め』
「師匠、これは営業努力です」
そういえば武器がないというアルヴィレイスと、一旦武器屋に行った。
剣や荷物などはクイーンビーの森に落としてきてしまったらしい。
必ず謝礼金を払うと約束をしてくれたので、マユラはアルヴィレイスに剣を一振り購入した。
これでマユラの路銀はほぼ尽きてしまった。
「心配するな、マユラ。無事にクイーンビーを討伐できたあかつきには、ざっと五十万ベルクほど支払おう。剣代を含めて」
「五十万! それはありがたいですけれど……クイーンビーは、撲滅は難しいのですよ。一体倒したところで、またうまれますし……」
「知っている。僕を救ってくれた謝礼も含めてだから、安いぐらいだ」
「五十万は十分高額です」
「そうか? それはありがたい。なんせ田舎なものでね、伯爵家は豊かとは言えないのだ。……そもそも森に近づかなければいいだけの話なのだがな。とはいえ、素材欲しさや討伐料欲しさに森に入る冒険者などによってある程度数が減らされて、異常発生が防げている。難しい話だ」
『そもそも、錬金術師をお前が連れて行かなければいいだけの話だ』
「それもそうだったのだが、カトレアさんはね……家に帰そうと思ったら、我が家の護衛騎士とデキてしまったのだよ。だから帰らないし、伯爵家は快適だと言って……仕事もあんまりしてくれないのだ。挙句、僕に軍隊蜂をとってこいと言うし、人使いが荒くてね」
──錬金術師は変わり者が多いのだなと、マユラは思った。
護衛騎士と恋人になったのは別に、悪いことではないのだろうが。
そんなことを話しながら剣を購入し準備をすると、マユラはイヌに乗った。
イヌはアルヴィレイスを乗せるのをかなり嫌そうにしていたが、マユラが説得するとその背にしぶしぶアルヴィレイスも一緒に乗せてくれた。




