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今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜  作者: 束原ミヤコ
第二章 マユラ錬金術店、開店します

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伯爵は何故風呂場で石化をするのか



 アルヴィレイスは「部屋に誘うということは、そういう意味だと思ったんだが」と勝手にがっかりした。

 

「麗しのマユラが、石像になった美男子、つまり僕を助けてくれる。石化の呪いがとけたとき、マユラは僕に恋をする。そして二人は愛し合う──というのが、黄金パターンだとは思わないか?」

『死ね』

「師匠、直球すぎます……! アルヴィレイス様、さぞや女性に不自由のない生活をしていらっしゃるとは思うのですが、私は今それどこではないのです。早く仲間を助けにいかなくてはならないので」

「そうか……その仲間を助ければ、それどころになるというわけだな。手を貸そう」


 アルヴィレイスは濡れた服をさっさと脱いだ。

 非常にいい脱ぎっぷりだった。言動は優男ではあるものの、体つきは立派。腹筋も胸筋も腕も、ムキムキだ。伯爵というよりも、どこかの海賊みたいだなとマユラは思う。


『マユラ、お前、何を平然と見ているんだ』

「あぁ、いい体でしたので、つい」

『お前な』

「ほら、先日レオナードさんにマントを作ったでしょう? アルヴィレイス様のような体つきの男性にはどのような装備が似合うのかを考えていたのです」

「どれだけ見てくれても構わない。この鍛え抜かれた肉体美を!」

『黙れ。マユラ、これ以上この男に関わらなくていい』


 筋肉を目立たせるポーズをとってくれるアルヴィレイスに、マユラはパチパチと拍手をした。

 師匠が怒るので、両手で顔を覆う。「着替え終わったら教えてください」と伝えると「照れ屋な子猫ちゃんだ」と言われた。

 さすがのマユラもこそばゆさを感じた。

 師匠もユリシーズも自信満々なところがあるが、アルヴィレイスの自信はまた少し違うようだ。


 ともかく自己肯定感が高いのだなと、マユラは感心した。その自信、見習っていきたい。


「いいぞ、マユラ」

「はい」

「綺麗な服に着替えた僕だ。どうかな」

「濡れていない服を着ているアルヴィレイス様です。どうしてお風呂場で石化していたのですか?」

「おぉ……君はなかなか、つれない。大抵の女性は、僕が視線を向けただけで、きゃあ、アルヴィレイス様~と言いながら抱きついていくルのだが」

『どういう生活をしているんだ。それは、伯爵という肩書きと金に群がっているだけではないのか。軍隊蜂のごとくだ』

「師匠、真実は時に、つらく苦しいものなのですよ」


 多分師匠の言うとおりだろう。

 みなまで言う必要はないと、マユラは師匠の口をふさぐ。

 師匠はもごもごしながら『お前もそう思っているじゃないか』と呟いた。


「──僕が風呂場で石化をしていたのには、海よりも深く山よりも高い事情があるのだ」


 アルヴィレイスは勝手にベッドに座り足を組み、深刻な顔で話をしだした。

 マユラは師匠を膝に乗せて、椅子を持ってくるとアルヴィレイスの前に座った。


 ◇


 ──僕がキリア伯爵家をついでから、かれこれ五年になる。

 あ、僕は若々しく見えるだろうが、今は二十八歳だ。マユラは何歳? 二十歳だって?

 なんてちょうどいい! 八歳差が一番いいのだ。

 ……あぁ。話を続けよう。


 僕は田舎が嫌いでね。父が病に倒れるまでは、王都の劇場で男優をしていた。

 ん? 歌姫システィーナ?

 あぁ、知っているぞ。知っているといっても、僕が男優をしていたのは由緒正しい王都劇場で、システィーナがいたのは小劇場だ。

 年二回のオーディションによく来ていたな。

 恋人だったかだって? 愚問だな、マユラ。美しい女性を見たら口説くのは礼儀というものだ。


 とはいえ、システィーナとは長続きしなかったな。あれも気の多い女だった。ころころ男をとっかえひっかえ……い、いや、捨てられてはいない。そういうことじゃない。


 ともかく、父が倒れた三年前。僕は二十五歳の時に、田舎に戻ってきた。

 伯爵家の領地はこの街と、クイーンビーの森と、それから伯爵家の傍にある少し大きな街。

 王都に比べると、ど田舎でね。女の子を愛でるぐらいしかやることがない。


 結婚はなぁ……人生の墓場だ。特定の妻がいると、少し女の子を口説いただけで浮気ものだと大騒ぎするだろう? そ、そんな顔をしないでくれ、僕はまだ人生を謳歌したいだけなんだ。


 マユラが僕の妻になってくれるというのなら、マユラしか愛さないと誓おう。

 考えておいてくれ、僕の子猫ちゃん。


 ……そこの、喋る猫のぬいぐるみは、僕にやたらと攻撃的ではないか?


 で、だ。領地に戻ってきてからしばらくして、ちょうど、一年ほど前か。

 退屈しのぎに参加していた貴族の社交界では、魔導師や錬金術師を家に抱えることがステータスとされるようになりはじめていてね。

 

 何せ、魔物の異常発生が起っているらしい。

 数の少ない錬金術師や魔導師を抱えて武力を補強することが貴族としての義務とか、なんとか。まぁ、ようするに自慢だ。何人家に魔導師がいる、とか、錬金術師がいるなどと。

 皆、こぞって自慢をしたがった。


 僕は別に自慢をしたいわけではなかったんだがね。魔物が異常発生しているのならば、確かに戦力は多ければ多いほうがいいだろう。


 そういうわけで、この小さな街に錬金術師がいるという噂をきいて、伯爵家に呼んだ。

 それで、雇った。

 

 今から、半年ぐらい前のことだったかな。

 

 それで、つい最近、民からの嘆願書が届いてね。クイーンビーの森に石像が増えて仕方ない。

 なんとかしてくれといって。


 錬金術師に相談したら、石化をなおすための薬を作るには素材がいる。軍隊蜂を採ってこいと言う。


 そこで僕は思ったんだ。

 軍隊蜂を採ってくるなど面倒なことをしないで、僕がクイーンビーを討伐すればそれでいいのではないか、と。


 そう。僕もクイーンビーの討伐に出かけたんだ。

 こう見えて、僕も腕に覚えがある。田舎に戻ってから、暇なものだから、女の子たちと愛を育む他には鍛えることぐらいしかすることがなかったから。

 実戦経験も、まぁ、ある。魔物の討伐をすると、女の子たちが素敵だと喜ぶのだ。


 クイーンビーに勝てなかったのは……その、あれは、ほら、素敵な夢を見せるだろう? 

 いや、噂には聞いていたんだ。

 ちょっと興味があった。


 うん。そう。興味本位で、煙を吸った。


 そして僕は見事に石化の毒をこの身に受けて──何かあったときには使えと、錬金術師から渡されていた転移石を使って、宿の風呂場に転移で逃げたというわけだ。


 そして、そのまま石化を。そう、だから僕は風呂場で石になっていたというわけだな。


 ◇


 アルヴィレイスの話を聞いて、マユラは首をひねる。


「転移石……お兄様の使う転移魔法と同じですか、師匠」

『あれは、自分が行った場所に魔力を埋め込み、再び行くことができるようにする魔法だ。転移石というのは、もっと雑なものだな。いわゆる、緊急脱出用の道具で、どこに転移するのか転移をするまではわからん。崖の上に転移して死ぬ場合もある』

「そ、そんな危険なものを、カトレアは僕に!?」

『死ねということだな』

「さすがにそこまでの気持ちはなかったのではないでしょうか……でも、偶然お風呂場に転移してよかったですね、伯爵」

「あぁ。なかなか、快適だった」

「……快適だったのですね、お風呂」

「海の中とか、湖の中とか、井戸の底などよりはずっと、快適という意味だ。君にも会えたしな、マユラ」


 マユラは──返事をしなかった。

 腕を組んで思案していたのだ。


 もしかしたらやっぱり、お兄様もわざとクイーンビーの煙を吸ったのではないかしら、と。




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マユラさんはお兄様をもっと信頼してあげてほしい 真のシスコンならマユラさんが危険になることは絶対にしない 安全が確保されてたら、煙を吸うかもしれないけど
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