石化除去剤≪毒針のセラム≫
◆毒針のセラム(石化除去剤)
<素材>
・軍隊蜂の毒針
・軍隊蜂の毒袋
※クイーンビーの操る石化毒により石化をした者を元に戻す薬。
石化をすると不死になるのだから、元に戻す必要はないのかもしれない
「あの、師匠。元に戻す必要はあるのではと思うのですが」
『石化をした状態で五百年経ったとする。そこで毒針のセラムを使用すれば、五百年後の世界を生きられる。不老不死の神秘だな』
「それは不老不死ではなくて、時間が飛んだだけ、のような……そういうお話し、知っていますよ。子供たちの寓話です。亀に乗って海底神殿に連れられていった青年が、陸に戻ったら時間がすごく経っていたっていう……」
石化除去剤こと毒針のセラムについての師匠の解説を聞きながら、マユラは眉間に悩ましげに皺をよせた。
石化をされた状態で時間だけが経過して喜ぶ人などいないと思う。
つまり、師匠の解説はちょっと間違っているような気がするが、そのあたりは倫理的な認識の違いなのでこれ以上の議論はしないことにした。
撹拌棒で錬金釜をかき回していると、ぷかりと、透明なゼリー状の液体がうかびあがる。
マユラはそれを空き瓶にすくった。
たぷんと、瓶の中にゼリー状の液体が入る。
「できました、毒針のセラムです! これ、とてもお肌によさそうですね」
『まぁ、セラムだからな』
「美容液という意味ですよね。石化をしていない私に塗っても、艶々のすべすべになるのでしょうか」
『地味な女が塗っても美人にはならんぞ』
「師匠、瓶詰めにしてゼリー状の液体でべとべとにしてあげますよ。ほら、遠慮せずに」
『最近私に対して態度が大きくなっている気がするぞ、マユラ』
「石像さんは私を美しいお嬢さんと言ってくれたのに、まったく」
ともかく、毒針のセラムができあがった。
マユラは瓶を眺めて首をひねる。
「師匠、毒袋と毒針で攻撃に特化した武器などは作れないのでしょうか」
『お前はどうしたらいいと思う?』
「そうですね。たとえば私の、量産型のごく普通の杖と、毒袋と毒針を錬成します」
『やってみるがいい』
「はい、なにごとも挑戦ですね!」
毒針と毒袋は、殺傷能力が高い。つまり、杖と錬成してその効果を杖に付与できれば──。
「んん……っ、湧いてきましたね、想像力!」
『それはよかったな』
「これは強い武器になりそうです!」
マユラは気合いを入れて、杖と毒袋と毒針を入れ込んだ錬金釜をかき回す。
ぴかーっと、釜が光り、杖の色が変わっていく。
「わぁ……っ」
マユラの杖は、ごく普通の一般的な杖から、先端に毒々しい十字の形に蜂の毒針がついたものに変わっている。
「わ、わぁ……可愛くないですが、強そう……!」
『お前。間違ってもその先端を自分に刺すなよ』
「大丈夫です師匠、そのあたりはきちんと錬成時に対処済みです。使用時のみ針が飛び出す、仕込み針式になっています」
マユラが杖に軽く魔力を流すと、それに反応して杖は元のごく一般的な先端に魔石のついている杖に戻った。再度魔力を流すと、針が飛び出す仕組みになっている。
毒針つきの杖を持ち歩くのは危険だとマユラも認識しているので、錬成時の形を工夫しておいた。
『ほう。中々考えられているな』
「はい。毒針には石化の効果はありませんが、対象を痺れさせたりとか、あと単純に攻撃力も高くなっていますね」
『鈍器というよりは、槍か、鎌のようなものだな』
「商品に……は、なりませんね。危険ですから。扱いにも注意が必要ですし」
『武器に素材の効果を付与するという発想は悪くない。お前は弱い。だからこそ思いついたのだろう』
「えへへ……」
『何を笑っている』
「褒められたので」
新しく作った『軍隊蜂の杖』と毒針のセラムが入った瓶を持ち、マユラは師匠を抱えて宿に戻った。
まずは、この毒針のセラムで風呂場の男を助けよう。
なにせ、助けてと言われている。
それにもしかしたら戦力になるかもしれない。
マユラはイネスに断りを入れて、風呂場に向かった。
イネスは忙しく料理をしながら「悪いけど任せたよ」と言っていた。
時刻はちょうど昼時。宿の食堂にはたくさんの客が入っている。いい匂いに空腹を感じたが、悠長に食事をしている場合ではない。
風呂場に向かうと、やはり風呂の中に石像が鎮座している。
服が濡れるのは嫌なので、マユラは靴と靴下を脱いで、スカートをたくしあげて、ざばざばと湯の中にはいっていく。
『そもそも、何故風呂場で石化しているのだ。クイーンビーの森の中でならともかく、あれは遅効性の毒ではない。針に刺されると、すぐに石化するというのに』
「不思議ですよね。そのあたりも、聞いてみたいものです」
石像の前に辿り着くと、マユラは毒針のセラムを手のひらにすくい、ぺたぺたと石像に塗った。
残りの毒針のセラムは、瓶に蓋をして大事にしまった。
レオナードと兄を助けるには十分な量が残っている。
それに軍隊蜂の杖も手に入れたので、これでマユラも戦力になるはずだ。
毒針のセラムを塗られた石像が、石像から人間に戻っていく。
服も肌も石化している状態から、人間らしい色を取り戻していくのを、マユラは興味深く観察した。
「んー……ぷは……っ、ありがとう、美しいお嬢さん!」
そんなマユラの前で、男は深い水の底から浮上したように息を吐き出して──それから、マユラに抱きつこうとして足を滑らせて、風呂の中にぶくぶく沈んでいった。




