男たちの扱い方
マユラは兄が届けてくれた素材を確認した。
近隣のシダールラムを狩りつくしたのではないかというぐらいの多量の氷結袋。
そして、まるで葡萄のように連なるおいしそうな生命の雫。
黄金キノコも多量にある。
「お兄様は……ポーションの素材について調べて、素材を集めてくれたのかしら」
錬金術師など、ペテン師のようなものだと言って憚らなかった兄だというのに。
これはきっとマユラに対する謝罪なのだろう。今までごめんなさいという、兄にしては最大限の謝罪だ。
マユラはその謝罪をありがたく使用することにした。
「ルブルランの葉は庭にはえていますから、とりに行きましょう」
「マユラちゃん、そんなことなら私がやってあげるわよ。ルブルランの葉って、どれのこと?」
「これです。この、緑と黄緑のまだら模様のハート型の葉っぱですね」
マユラはアンナに葉を見せる。アンナはマユラの隣でふわふわと浮かんでいる。
ルージュを肩に乗せたレオナードが、「何か手伝うことはあるか?」と錬成部屋から出てきた。
「レオナードさんは、探索の時にお手伝いをしてくださればいいので、ゆっくりしていてください」
「そういうわけにはいかないわ、マユラちゃん。私、気づいたの」
「気づいたって、何にですか?」
アンナはレオナードを見て、それからすぐに顔を背けた。「男だし、呪われているわ。怖いのよ、苦手だわ」と言いながら。
幽霊が呪いを怖がるというのも妙なものだ。
「私、今まで夫を甘やかしていたのね。部屋は清潔にしていたし、お料理も頑張ったわ。あなたは外で働いているのだから、何もしなくていいのだと、いつもにこにこ、にこにこしていたの……!」
「それはいい奥さんですね」
「そうでしょう!? でもね、それってつまり、男を調子づかせて、堕落させる行動なのよ!!!!」
ものすごく力強く、アンナが言う。
マユラは「わぁ」と驚き、レオナードは苦笑した。師匠は『うるさい』と、不愉快そうにしている。
「だからね、マユラちゃん。一緒に住む以上は、レオナード君にも働いてもらわないといけないわ」
「俺は構わないけれど。今も一人暮らしだし、料理や洗濯や掃除などは自分でしているよ」
「……ふーん。そうなの。少しは見どころがありそうね。少なくともマユラちゃんの結婚相手としては、ぬいぐるみの猫や、変質者気味なお兄さんよりはいいわ。呪われているけれど」
「アンナさん、レオナードさんとはそういった関係ではありませんよ」
オルソンとの結婚生活のせいで、恋愛はこりごりだ──と思っているわけでもないのだが。
なんせ、マユラは恋愛のれの字も経験していない。
いずれそういう相手が出てくるか来ないかはわからないが、積極的に恋愛したいわけでもなければ、したくないというわけでもない。
だが今は、まずは錬金術店を開くこと。ルメルシエの依頼を達成すること。それから、レオナードの呪いをとくこと。やることが多すぎる。
「そんなこと、言わないで、マユラちゃん。私、私はね、子育てができなかったの。だからね、マユラちゃんの子を育てたいのよ!」
「あ、アンナさん、気持ちは嬉しいですが、落ち着いて」
『子供を欲しがる新手の魔物のようだな』
「師匠、静かに……! アンナさんは傷ついているんですから!」
「マユラちゃん、子供を、うんでね……」
情緒不安定な幽霊の、触れることのできない背中をぽんぽんと叩きながら(手はアンナの体を貫通するので、叩いているふりである)マユラはアンナを励ました。
「ともかく、ええと、レオナードさんにも手伝ってもらったほうがいいということですね」
「そうなの。マユラちゃん、ルブルランの葉は私に任せて。レオナード君と師匠は、ニワール鳥を捕まえてちょうだい。それから、ニワール鳥を閉じ込める、よい鳥小屋を作ってちょうだい」
「わかった。鳥小屋を作って、鳥を捕まえればいいんだな」
レオナードが、ニワール鳥を『鳥』と呼んでいる。
マユラは若干不安になる。レオナードにとっては、極楽鳥のルージュも、ニワール鳥も同じく『鳥』である。
まぁ、さすがに、一般的に流通しているニワール鳥を間違えることはないだろう。
それに、裏庭に、他の鳥がうろうろしているとは思えない。大丈夫なはずだ。
『何故私がそんなことをしなくてはならん』
マユラの手から逃れて、ソファの上に寝転がろうとする怠惰な師匠の体を、マユラはぎゅっと掴んだ。
「それは、家族だからですよね。ね、アンナさん」
「そうなのよ」
マユラが言うと、アンナは嬉しそうににっこり微笑んだ。
裏庭に出ると、草の生い茂っていたその場所は、アンナの手によってすっかり綺麗になっていた。
井戸があり、畑がある。柵はあった形跡があるのだが、こちらはぼろぼろだった。
広い空間の奥には小道があり、林が広がっている。林を抜けると、海を見下ろす崖があり、行き止まりになっている。
「ルブルランの葉ね、一気に集めちゃうわ」
アンナが両手を広げると、庭のそこここに生えているルブルランの葉が、ずぶりと根っこから抜けて浮かび上がった。
生命力が強くどこにでもはえている葉ではあるのだが、浮かび上がってどさどさとマユラの前に落ちてくる。
両手いっぱいの葉を前にして、マユラは驚いて目を見開いた。
「わぁ、すごいですね、アンナさん!」
「ふふ……でしょう? 死んでから、大魔法使いになった気分だわ」
『お前程度が、烏滸がましい』
「師匠は今はただの猫ちゃんじゃない。マユラちゃんの役に、私のほうが立っているのよ」
ふふんと得意気にするアンナに、師匠は苛々と腕を組んだ。




