魅惑の糖蜜(魔改造)
◆魅惑の糖蜜◆
<素材>
・生命の雫
・クイーンビーの蜂蜜
・死妖魔姫の心臓
※非常に危険な錬金魔法具である。使用法には注意が必要。
人の心を操るとまではいかないが、興奮と快楽を与え、摂取量と濃度を間違えた場合人格さえ見失う。
アルゼイラの錬金魔法具目録に『魅惑の糖蜜』も載っていた。
マユラは文字を指で辿り、「ふむ……」と、小さく唸る。
「非常に危険と書いてありますが、古の貴族の皆さんは欲しがったのですよね?」
『使用法を間違えて廃人になる者も多くいたな。私は乞われたら作っていた。それだけだ』
「師匠は、どことなくジュネ様にも似ていますね」
全ての人を下に見ているところが兄に、原因と結果をあまり気にしないところがジュネに似ている。
などと言ったらジュネに失礼かもしれないが、メルディは魅惑の糖蜜を悪用したのである。
レオナードに魅惑の糖蜜の効果がなかったのが、不幸中の幸いだったのだが。
『私のどこが、あの性格破綻者どもに似ているのだ』
師匠は呪いの黒い手をみよんと伸ばして、マユラの頬を引っ張った。
非常に器用な魔法の使い方だ。
この師匠の魔法も、呪いの一つなのだろうか。師匠も何かを贄に、呪いになったのか。
それとも、人形に魂をうつしたというだけで、呪いではないのか。
気になったが、きっと尋ねても話してくれないだろう。
「マユラ、魅惑の糖蜜を作ってどうするんだ?」
「師匠の記録書には、呪いをとく方法は載っていないのですよね。王女の手がかりは、今のところは魅惑の糖蜜だけです。だから、作ります」
『論理が破綻していないか?』
マユラの頬を引っ張るのをやめた師匠が、呆れたように首を振る。
「まぁ、これは、ルメルシエさんの依頼を達成するためでもあるんです。ルメルシエさん、滋養強壮にいい薬か何か……と言っていましたよね。体を興奮状態にする薬というのは、つまり、体温を上昇させたり、体の力をこう、がつん、と、底上げするということで」
「なんとなくはわかるが……」
『愚か者が愚かな表現をしているな。確かにそうだが。古くは、ヘビの生き血や、長首亀の生肝などがそれに使われた。栄養価は高い。錬成素材を見てみろ、どれも普通に食っても滋養がつくものばかりだな』
ヘビの生き血は飲む人はあまりいないが、長首亀は今でも一部地域では元気がでる食べ物として親しまれている。
生命の雫は美味しかった。クイーンビーの蜂蜜も美味しそうだ。
死妖魔姫の心臓は、正直あまり食べたくない。
「媚薬の効果がなければ、ごく普通に栄養価の高い食べ物……栄養補給の錬金魔法具になるのではと思うのです。ほら、チョコレート菓子にして売ったらどうかって」
『そういえばそんなことを言っていたな、お前は』
「一粒で、一日分元気になる! という……栄養補給剤ですね。一粒食べれば二十四時間働けます」
「それは……肉体的に何か変化はないのだろうか」
「たぶん、少し元気になるぐらいですね」
心配そうに、レオナードが問う。
まだ作っていないのでなんともいえないが、おそらく身体的変化はそれぐらいだろう。
体内に熱がみなぎり、もの凄く走りたくなるような感覚はあるかもしれない。
「でも、とりあえず、まずは、魅惑の糖蜜をつくります。改造するのはそれからですね。レオナードさんに何故効果がなかったのか、そもそも呪いの原因になるようなものではないのか、確かめる必要がありますし」
「……わかった。君がそう言うのなら、協力しよう」
「ありがとうございます、レオナードさん。まずはクイーンビーの蜂蜜から、採取しに行きましょう。死妖魔姫の心臓は、大変そうですから。いいですよね、師匠」
『好きにしろ』
先の方針が決まったところで、マユラは時刻を確認した。
クイーンビーの生息地は、王都から馬車で行くには二日ほど離れた山岳地帯。
死妖魔姫の生息地は、更に離れた場所にある、滅びた地下都市という、魔物が多く湧き出る場所だ。
時刻は昼過ぎ。今から出発するよりは、今日は準備にあてたほうがいい。
それに──。
「明日には、ポーションの小箱ができあがりますので、今日はとりあえず治療のポーションと解熱のポーションを量産します。なんせ錬金術店、まだ開けていませんから……」
「すまない、マユラ。俺が、余計な依頼をしたせいで」
「レオナードさんのせいではありませんよ。レオナードさんがいてくれるおかげで、クイーンビーとも死妖魔姫とも戦えるかなって思うのです。私一人ではとても無理ですから」
今のところマユラにできるのは、杖でぽこぽこ魔物を叩くことぐらいだ。
あと、魔法を使ってそよ風ぐらいは起こせる。
炎の聖杯が残っていれば、戦力にもなっていただろう。だがあれは砕けてしまった。
「レオナードさん、着替えなどの当面必要なものは明日一緒にとりに行きましょう。ともかく、私から離れないでくださいね。迷子になられたら困りますので」
「あ、あぁ、わかった」
依頼人を守るのも義務だろう。
レオナードはマユラに傍にいろと言われて、何故か照れたように口元をおさえてうつむいた。
『元人妻だからか、大胆な……』
「どういう意味ですか、師匠。あ、そうでした、アンナさんにも伝えなきゃですね。アンナさん~」
師匠を小脇に抱えて、マユラはアンナを呼びに行く。
案の定アンナはレオナードの件を伝えると、髪を逆立てながら「男が、暮すの、一緒に……?」と、怒っていた。
元夫のことを思いだしてしまったのだろう。




