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今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜  作者: 束原ミヤコ
第二章 マユラ錬金術店、開店します

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ルメルシエとガレオ



 店の奥の扉が開き、そこから丸坊主で、丸太のように腕の太い、ハート模様のピンクのエプロンをつけた大男が現れる。


「わ……」

『でかいな……』


 思わず驚くマユラと、唖然とする師匠に、レオナードはにこやかに「こちらは、ガレオさん。ルメルシエの旦那さんだ」と教えてくれた。

 ルメルシエは若いが、ガレオは年齢不詳である。


「あんた、お客さんだよ。いつものレオナードさんと、それから可愛い彼女のマユラ。それと、しゃべる猫のぬいぐるみと、鳥だ」

「……そうか。……可愛いな」

 

 ぬっと、マユラたちに顔を近づけて、ガレオが挨拶をしてくれる。

 マユラは「はじめまして、こちらは、しゃべる猫の師匠です」と、師匠を紹介した。


『私の紹介が徐々に雑になっていないか、マユラ』

「気のせいですよ、師匠」


 師匠の存在は、説明が難しい。

 ガレオもルメルシエも難しいことは気にしないタイプなのか、師匠についてはそれ以上触れることはなかった。


「それで、今日は何かの注文? うちは、金属加工屋だ。剣や杖なら鍛えられるけど」

「ご相談がありまして。小さな薬箱を作って欲しいのです。できれば、沢山」

「薬箱を、沢山?」


 ルメルシエが不思議そうに首を傾げる。

 その隣でガレオは置物のように静かにしていた。「亭主は無口なんだ。見た目は怖いが、いいやつだ。だから気にしないで」とルメルシエが言う。


「小さなラムネ菓子型のポーションを売りたいのです。初回で購入するお客様には、箱付で売って、二回目には少し安価にして、購入してもらった箱のなかに入れる形でポーションを売ろうかなと思っています」

「なるほど。その箱を、作って欲しい、と」

「そうなんです。それで、私の店で買ったポーションというのがすぐにわかるように、店の印を箱に描きたいのですけれど……」


 マユラは荷物の中からノートを取り出した。

 ページをめくって、ユリシーズに描いてもらった絵を、皆に見せる。


 そこには、何度見ても味のある、なんともいえない可愛らしくも平和な、師匠とルージュが描かれている。


「この、猫ちゃんと、鳥ちゃん、二種類の絵が入った箱を……」

「ふ……ふふ……くふふ……ふふふ……」

「やだぁ、可愛いわ~~~~~!」


 その絵を見た途端、ルメルシエは肩をふるわせて笑い出し、ガレオはドスのきいた黄色い声をあげた。

 ガレオは、はっとしたように目を見開くと、げほげほと咳払いをして、むっつりと黙り込んだ。 


「ガレオさん?」

「い、いや……」


 何事かと見つめるマユラから、ガレオは思いきり視線を逸らした。

 ルメルシエはとうとう耐えきれなくなったように、腹をかかえてひいひいいいながら笑い出した。


「ガレオさん、マユラの前で恥ずかしがらなくても大丈夫だ。いつもどおりでいてくれ」

「れ、レオナードちゃん……そうやって、乙女心をくすぐることばっかり言って……っ」


 レオナードの言葉に、ガレオは恥ずかしそうに視線を逸らした。

 仕草がとても可愛らしい。もしかしたらマユラよりも余程女らしい男の人なのかもしれない。

 

「マユラ、ルメルシエさんは普段は落ち着いているが、笑い上戸でね。一度笑い出すとしばらく止まらない。ガレオさんは、なんというか、心が乙女なんだ。繊細な細工を担当しているのがガレオさん。武器を鍛えたり金属を加工するのは、ルメルシエさんが担当している」


 レオナードの説明を聞いて、マユラは頷いた。

 ルメルシエはガレオの背中をばんばん叩きながら「でかいくせにシャイすぎる、ガレオ」と言って笑っている。


「ふふ、こんなに笑わせてもらったのは久々だ。よろこんで引き受けさせてもらうよ。薬箱の大きさはどれぐらい?」

「手のひらにのるぐらいがいいです。ポケットに入るぐらいの……」

「了解だ。デザインは」


 ルメルシエが問う。


「中央に絵が描いてあればあとは、なんでも」

「じゃあ、マユラ錬金術店って、店名も入れちゃいましょ! そのほうが可愛いもの」


 ガレオが声を弾ませながら言った。

 マユラからノートを受け取ると、その絵をじっと見たあとに「やっぱり可愛いわ~~~」と喜んだ。


「こんなに可愛い絵が描けるなんて、マユラちゃんの才能ね」

「これを描いたのは私ではないのですよ。ある人に、頼んで……」


 ユリシーズの名前を出そうかと思ったのだが、兄の名誉のために黙っているべきか、マユラは少し迷う。


「すごく可愛い女の子が描いたに違いないわね!」

「うん。きっと五才ぐらいの、可愛い女の子に違いない」


 兄だ。

 迷っているうちに、兄が描いたと言える雰囲気じゃなくなってしまった。


「とりあえず、百個ぐらい作って欲しいのですけれど、どれぐらいの金額になりますか?」

「そうだね。うん……小さな箱で、絵を入れるとなると……小さな箱は、あまり物の金属板でつくることができるだろうし、箱に印字をするのは」

「小さな絵なら、すぐにできるわ。打ち出しをしてもいいけれど、絵の具で色を塗って絵を描いた方が可愛いものができそう」

「それはガレオに任せる。……そうだね、それなら大体一つで二百ベルクってとこかな。百個作って二万ベルクだね。個数が多くなるほど、もっと値をさげることができるよ」


 思ったよりも、安価だった。

 マユラは笑顔で喜んだ。


「ありがとうございます、そんなに安くていいんですか?」

「こちらこそ、役に立たない余った金属片を加工して売れるんだから、いいんですか、という感じだよ」


 ルメルシエは両手に持っていたソーセージパンを一気に口の中に入れて、もぐもぐごくんと飲み込んだ。


「明日にはできあがってると思うから、また来て。料金は、完成品を見てからでいいよ」

「絶対可愛いのを作るわ、マユラちゃん。安心してね」

「はい、ありがとうございます!」


 ルメルシエはふと、何かを思い出したようにじっとマユラを見つめる。


「あのさ、マユラ。あんた、錬金術師なんだろう?」

「はい。そうですけれど……」

「炉の温度を安定させるための、何かいい錬金魔法具ってないかな。もしあったら買いたい。それと、金属を打つのに適したハンマーがあるといいな。あとさ、あたしってすごく力を使うから、いつもお腹がすいてるんだよ。ちょっと食べただけで、元気になる食べ物とか、薬とかってないかな」

「マユラちゃん、僕も、動くぬいぐるみが欲しいな。僕はこんなだし、ルメルシエも見た目が怖くて無愛想だから、たまに怖がるお客さんがいるのよ。喋って動くぬいぐるみがいたら、お客さんを怖がらせなくてすむかもしれないじゃない?」


 二人がすごい勢いで注文をしてくるので、マユラは急いでノートにメモをした。


「お役に立てるように、頑張ってみますね」

「二人とも、マユラは店をはじめたばかりなんだ。だが、実力は確かだ。これからも協力してあげて欲しい」

「わかったよ、レオナードさん」

「マユラちゃん、レオナードちゃんをよろしくね。すぐに迷子になっていなくなるから、この人」


 レオナードの迷子癖は有名なのだなと思いながら、マユラは頷いた。

 また明日、商品を取りに来ると約束して、マユラはレオナードと共に店を出た。

 師匠は『私のような存在がたくさんいてたまるか』と、ガレオのお願いに腹を立てているようだった。



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