ルメルシエとガレオ
店の奥の扉が開き、そこから丸坊主で、丸太のように腕の太い、ハート模様のピンクのエプロンをつけた大男が現れる。
「わ……」
『でかいな……』
思わず驚くマユラと、唖然とする師匠に、レオナードはにこやかに「こちらは、ガレオさん。ルメルシエの旦那さんだ」と教えてくれた。
ルメルシエは若いが、ガレオは年齢不詳である。
「あんた、お客さんだよ。いつものレオナードさんと、それから可愛い彼女のマユラ。それと、しゃべる猫のぬいぐるみと、鳥だ」
「……そうか。……可愛いな」
ぬっと、マユラたちに顔を近づけて、ガレオが挨拶をしてくれる。
マユラは「はじめまして、こちらは、しゃべる猫の師匠です」と、師匠を紹介した。
『私の紹介が徐々に雑になっていないか、マユラ』
「気のせいですよ、師匠」
師匠の存在は、説明が難しい。
ガレオもルメルシエも難しいことは気にしないタイプなのか、師匠についてはそれ以上触れることはなかった。
「それで、今日は何かの注文? うちは、金属加工屋だ。剣や杖なら鍛えられるけど」
「ご相談がありまして。小さな薬箱を作って欲しいのです。できれば、沢山」
「薬箱を、沢山?」
ルメルシエが不思議そうに首を傾げる。
その隣でガレオは置物のように静かにしていた。「亭主は無口なんだ。見た目は怖いが、いいやつだ。だから気にしないで」とルメルシエが言う。
「小さなラムネ菓子型のポーションを売りたいのです。初回で購入するお客様には、箱付で売って、二回目には少し安価にして、購入してもらった箱のなかに入れる形でポーションを売ろうかなと思っています」
「なるほど。その箱を、作って欲しい、と」
「そうなんです。それで、私の店で買ったポーションというのがすぐにわかるように、店の印を箱に描きたいのですけれど……」
マユラは荷物の中からノートを取り出した。
ページをめくって、ユリシーズに描いてもらった絵を、皆に見せる。
そこには、何度見ても味のある、なんともいえない可愛らしくも平和な、師匠とルージュが描かれている。
「この、猫ちゃんと、鳥ちゃん、二種類の絵が入った箱を……」
「ふ……ふふ……くふふ……ふふふ……」
「やだぁ、可愛いわ~~~~~!」
その絵を見た途端、ルメルシエは肩をふるわせて笑い出し、ガレオはドスのきいた黄色い声をあげた。
ガレオは、はっとしたように目を見開くと、げほげほと咳払いをして、むっつりと黙り込んだ。
「ガレオさん?」
「い、いや……」
何事かと見つめるマユラから、ガレオは思いきり視線を逸らした。
ルメルシエはとうとう耐えきれなくなったように、腹をかかえてひいひいいいながら笑い出した。
「ガレオさん、マユラの前で恥ずかしがらなくても大丈夫だ。いつもどおりでいてくれ」
「れ、レオナードちゃん……そうやって、乙女心をくすぐることばっかり言って……っ」
レオナードの言葉に、ガレオは恥ずかしそうに視線を逸らした。
仕草がとても可愛らしい。もしかしたらマユラよりも余程女らしい男の人なのかもしれない。
「マユラ、ルメルシエさんは普段は落ち着いているが、笑い上戸でね。一度笑い出すとしばらく止まらない。ガレオさんは、なんというか、心が乙女なんだ。繊細な細工を担当しているのがガレオさん。武器を鍛えたり金属を加工するのは、ルメルシエさんが担当している」
レオナードの説明を聞いて、マユラは頷いた。
ルメルシエはガレオの背中をばんばん叩きながら「でかいくせにシャイすぎる、ガレオ」と言って笑っている。
「ふふ、こんなに笑わせてもらったのは久々だ。よろこんで引き受けさせてもらうよ。薬箱の大きさはどれぐらい?」
「手のひらにのるぐらいがいいです。ポケットに入るぐらいの……」
「了解だ。デザインは」
ルメルシエが問う。
「中央に絵が描いてあればあとは、なんでも」
「じゃあ、マユラ錬金術店って、店名も入れちゃいましょ! そのほうが可愛いもの」
ガレオが声を弾ませながら言った。
マユラからノートを受け取ると、その絵をじっと見たあとに「やっぱり可愛いわ~~~」と喜んだ。
「こんなに可愛い絵が描けるなんて、マユラちゃんの才能ね」
「これを描いたのは私ではないのですよ。ある人に、頼んで……」
ユリシーズの名前を出そうかと思ったのだが、兄の名誉のために黙っているべきか、マユラは少し迷う。
「すごく可愛い女の子が描いたに違いないわね!」
「うん。きっと五才ぐらいの、可愛い女の子に違いない」
兄だ。
迷っているうちに、兄が描いたと言える雰囲気じゃなくなってしまった。
「とりあえず、百個ぐらい作って欲しいのですけれど、どれぐらいの金額になりますか?」
「そうだね。うん……小さな箱で、絵を入れるとなると……小さな箱は、あまり物の金属板でつくることができるだろうし、箱に印字をするのは」
「小さな絵なら、すぐにできるわ。打ち出しをしてもいいけれど、絵の具で色を塗って絵を描いた方が可愛いものができそう」
「それはガレオに任せる。……そうだね、それなら大体一つで二百ベルクってとこかな。百個作って二万ベルクだね。個数が多くなるほど、もっと値をさげることができるよ」
思ったよりも、安価だった。
マユラは笑顔で喜んだ。
「ありがとうございます、そんなに安くていいんですか?」
「こちらこそ、役に立たない余った金属片を加工して売れるんだから、いいんですか、という感じだよ」
ルメルシエは両手に持っていたソーセージパンを一気に口の中に入れて、もぐもぐごくんと飲み込んだ。
「明日にはできあがってると思うから、また来て。料金は、完成品を見てからでいいよ」
「絶対可愛いのを作るわ、マユラちゃん。安心してね」
「はい、ありがとうございます!」
ルメルシエはふと、何かを思い出したようにじっとマユラを見つめる。
「あのさ、マユラ。あんた、錬金術師なんだろう?」
「はい。そうですけれど……」
「炉の温度を安定させるための、何かいい錬金魔法具ってないかな。もしあったら買いたい。それと、金属を打つのに適したハンマーがあるといいな。あとさ、あたしってすごく力を使うから、いつもお腹がすいてるんだよ。ちょっと食べただけで、元気になる食べ物とか、薬とかってないかな」
「マユラちゃん、僕も、動くぬいぐるみが欲しいな。僕はこんなだし、ルメルシエも見た目が怖くて無愛想だから、たまに怖がるお客さんがいるのよ。喋って動くぬいぐるみがいたら、お客さんを怖がらせなくてすむかもしれないじゃない?」
二人がすごい勢いで注文をしてくるので、マユラは急いでノートにメモをした。
「お役に立てるように、頑張ってみますね」
「二人とも、マユラは店をはじめたばかりなんだ。だが、実力は確かだ。これからも協力してあげて欲しい」
「わかったよ、レオナードさん」
「マユラちゃん、レオナードちゃんをよろしくね。すぐに迷子になっていなくなるから、この人」
レオナードの迷子癖は有名なのだなと思いながら、マユラは頷いた。
また明日、商品を取りに来ると約束して、マユラはレオナードと共に店を出た。
師匠は『私のような存在がたくさんいてたまるか』と、ガレオのお願いに腹を立てているようだった。




