メルディ・サリヴァスは甘やかされている
◇
シズマ・ルーファンは二十九才。
優秀な武人を輩出すると有名なルーファン伯爵家の次男として生まれた。
三人兄弟で、兄は筋肉質、弟も筋肉質。この筋肉はどちらかといえば野獣系の筋肉である。
丸太のような腕、太い足、家では冬でも上半身を剥き出しにしていて、片手に捕らえた猪などの獲物を手にして、がはがはと笑うような兄弟たちだった。
間に挟まれたシズマもまた武芸に秀でていたが、実をいえば──体が汚れるような行為が、あまり得意ではなかった。
シズマはふわふわしたまるい可愛いものが好きなのである。
美しいものや可愛いもの、きらきらしたものが好きだった。
男なのに──と、ルーファン家では言われてしまうので、黙っていたが。
シズマは煌びやかな王都に出て、騎士団に入った。
兄は家督を継ぎ、弟はより強い魔物と戦いたいと言って辺境警備隊になった。
騎士団において長らくシズマはやる気がなく、できるかぎり目立たないようにしていた。
戦えばまぁ、強いには強い。だが、やはり剣や服を汚したくない。
そんなわけで長い間騎士団に所属しておきながら、騎士団の片隅でぼんやりしていた。
グウェルがいなくなり、レオナードがいなくなり──そろそろ辞めるかと思っていた矢先だ。
第二騎士団の団長に抜擢されたユリシーズに副官になれと突然命じられたのである。
彼が言うには「貴族のくせに偉ぶらず、上昇志向ではないところが悪くない」のだそうだ。
ただ働きたくないだけだったのだが──。
そんなシズマである。
たいした実績はないものの、騎士団に所属している期間が長いだけに、人の事情や噂などについてはよく知っていた。
シズマが噂好きというわけではないのだ。
野心家でもなく、そこそこに働いて、大抵の場合穏やかなシズマに、皆があれやこれやと話に来るのである。
それに、魔物討伐や罪人の討伐を嫌うシズマは、貴人の警備によく志願をしていた。
貴人の警備は華やかではあるが、武功は立てられない。
武名を第一に考える騎士たちにとっては、敬遠したい仕事で、率先してそちらをやりたがるシズマはそれなりに重宝がられていた。
そんなシズマの目から見て、メルディ・サリヴァス王女というのは、一言で言えば甘やかされた少女だった。
メルディ王女を生んでしばらくして王妃はなくなった。
残された三人の男──国王も、二人の兄も、メルディを目の中に入れても痛くないほどに可愛がった。
叱られたことなど一度もないような少女で、その見た目の愛らしさに反して、その中身は我が儘な子供だと、シズマは思っていた。
「ねぇ、あなた。そこのあなたよ。私、喉が渇いているの。アリア山脈の氷で作った氷菓子が食べたいわ。持ってきてちょうだい」
などと、ごく当たり前のように言う。
アリア山脈は王都からどんなに馬を駆けさせても三日はかかる。往復六日だ。
しかも夏の暑い最中のこと。氷菓子など、すぐにとけてしまう。
そこで従者や護衛騎士が「それはできません」などということを、彼女は許さない。
もしそんなことを言おうものなら
「努力もしないでできないと言うなんて、まるで使えないわ。私のいうことを聞いてくれないなんて、ひどい。お兄様にいいつけてやる」
などと言って怒ったり泣いたりするのである。
シズマはそんなメルディの姿を見ながら、いつも、おそろしい女がいるものだな──と、考えていた。
好き放題暮していたメルディに結婚の話が出たのは、兄王と王妃に子が生まれたからだ。
当然だが、兄王は王妃と結婚してからは王妃を大切にするようになった。
弟王子もまた、メルディばかりに構っていられず──というよりも、成長しても尚、子供のように我が儘ばかり言っているメルディに辟易して、あまり近づかなくなった。
そうするとメルディの癇癪はさらに増えた。
果ては──まだほんの小さな、生まれたばかりの兄王と王妃の子を、自分の飼っている大虎に襲わせようとしたのである。
メルディはおそらく、赤子がいなければまた、自分は兄王に可愛がってもらえると思ったのだろう。
そんなわけはないのだが、そんなことを考えられるようなら、もうすこし『まとも』な振る舞いが日頃からできていたはずだ。
兄王は妹を国から遠ざけることにした。
そこで、隣国のファスティマ王と話し合い、彼から結婚を請う形で、嫁がせることにしたのである。
◇
「──聞いているだけで吐き気がしてくるな。同じ妹でもマユラとはまるで違う」
兄が眉をひそめて、吐き捨てるように言う。
マユラは甘やかされていないので──と思ったが、言わなかった。
甘やかされるというのも考えものかもしれない。
マユラの脳裏に、アルティナ家で好き放題していたリンカの姿が浮かぶ。
マユラも甘やかされていたら、あのような感じになっていたのだろうか。
そう思うと、厳しくされてよかったのかもしれない。
「レオナード様は優しくて真面目な方だから。義務として、メルディ様の護衛をきっちりとこなしたのだろう。誰も彼もが自分を見捨てたと思い込んでいたメルディ様が恋に落ちるのも必然だが……まぁ、相手が悪かったんだな。犬に噛まれたようなものだ」
王女様からの恋愛感情を、犬に噛まれたと表現するのもどうかと思う。
けれど、レオナードは結果的に呪われてしまったのだから、そういった表現になるのも仕方ないのかもしれない。
「そういえば、メルディ様は輿入れが決まってから、錬金術に傾倒されていたな。ジュネ様のところによく通っていたようだ」
「ジュネ様……」
宮廷錬金術師の名だ。
──彼女に聞けば、もう少し詳しいことがわかるだろうか。




