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今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜  作者: 束原ミヤコ
第一章 マユラは錬金術師になることにした

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マユラ、レイクフィア家の真意を知る



 マユラはきょろきょろと周りを見渡して、さささっと、レオナードの背後に隠れた。

 レオナードに頼るのはいけないとわかっているが、兄から身を隠せる遮蔽物が、桟橋にはレオナードしかなかったのである。


「……レオナード。騎士団をやめたと思えば、私のマユラをたぶらかしていたのか? どういうつもりだ。マユラは貴様の毒牙になどかからん。他の男に任せてはいけないということがよくわかった。マユラには私が必要だ。私ほどマユラのことを考え、愛している兄はいない」


 ユリシーズがレオナードを睨む。一気に周囲の気温が低くなった。

 実際、海面が凍り付きはじめている。兄が魔力暴走を起こすなど珍しい。いつも冷静沈着で、完璧なのに。

 マユラのことを考え愛している兄──と、ユリシーズは言った。

 マユラの頭の中は疑問符でいっぱいだ。何を言っているのか、ユリシーズは。

 まだ熱が出ているのだろうか。


「……ちょっと待ってくれるか? ええと……兄?」

「そうだ」

「妹」

「は、はい。そうです……その、一応」


 確認するように、レオナードが言う。

 そういえばマユラは、レオナードにユリシーズの妹であることを隠していたのだった。


「え……っ、ええと……ユリシーズの妹は、オルソンに嫁いだと聞いたんだが」

「嫁ぎました」

『可哀想に、白い結婚の末に捨てられたのだ。この元人妻は』

「師匠、どうしてそこで嘲笑うのですか……」

「人妻……」

「元ですけど」


 レオナードがどうしてか焦っている。

 師匠は人妻という言葉に色めきだっていたくせに、捨てられたマユラを今では完全に下に見ている。

 独身のくせに、である。まぁ、師匠も過去は人間だったのだから、恋愛の一つや二つぐらいしたのかもしれないが。

 どうにも今の姿のせいで、想像することが難しい。


「レオナード、私のマユラであらぬ想像をするな。それをしていいのは、私だけだ」

「それもどうかと思うぞ、ユリシーズ。そもそも、マユラは君に怯えている。妹を大切にしていたのなら、こんなに怯えられたりはしないだろう。君は人の心を理解しない。マユラに何かしていたのではないか」

「何か……? 魔法の才のないマユラが強く生きられるよう、厳しくしつけた。父の方針でな。私もそれが間違っていたとは思わない。出来損ないや、役立たずと呼び邪険に扱ったぐらいで折れる心を持つようなら、それはレイクフィアの血族としては不合格だ」


 そうだったんだ──と、納得できるような話でもないのだが。

 ユリシーズが無表情な美貌に微かな笑みを浮かべて、マユラに向かって両手を広げる。


「お前はあらゆる困難を乗り越えて、強く育った。私はお前を認めた。認めた以上は、お前を邪険に扱う演技をする必要はなくなったというわけだ。マユラ、お前を傷つけていいのは私だけ。そしてオルソンがどうにもならない愚か者だとわかった今、お前を幸せにできるのも私だけだと理解した」


 マユラは、兄がここまで饒舌に話をしている姿を見るのははじめてである。

 その内容が頭の中をぐるぐる回る。とても怖い。海の中で巨大な化け物へと変化したスキュラと戦っていたときよりも怖い。


「ど、どういう理解なのですか、お兄様……お兄様はきっとまだ呪われているのです……ということは、グウェルさんの呪いもとけていないのではないかしら……れ、レオナードさん、グウェルさんの元に行きましょう、心配です」

「そうだね。行こうか。ユリシーズ、俺たちはある人を助けるためにスキュラと戦っていたんだ。君は相変わらず強いな、助力、感謝する」

「お前を助けたわけではない。マユラ、見ただろう。私はレオナードよりも強い」

「そ、そうですね、お兄様。ついてくるのですか……?」

「何か問題が?」

「ないですが……」


 すっかり朝だ。

 爽やかな朝の光の中、マユラはレオナードとユリシーズと連れだって、グウェルの元に向かった。

 

『お前の兄だが』


 道すがら、師匠が話しかけてくる。

 ユリシーズは、マユラの腕の中の師匠を覗き込んだ。


「……そこの、猫。中身は猫ではないな。いい年をした男がぬいぐるみのふりをしてマユラに抱かれているとは、許しがたい」

「お兄様、こちらは私の師匠です。錬金術を教えていただいています。私にとっては、新しい家族。お父様のようなもので……本名はアルゼイラ・グルクリム様ですよ」

「………ほう。……そうか。……マユラが世話になっている。私の可愛い妹のよき師となってくれて感謝する」


 マユラは、兄が殊勝な態度で礼をしたことに衝撃を受ける。 

 いや、衝撃を受けるほうが間違っているのだろう。兄は社会人である。

 レイクフィア家は父の代までは、独自に魔物退治を行っている家だった。ようは、傭兵である。


 だが、父の方針で兄は騎士団に所属した。

 貴族でもない兄は苦労をしたのだろう。たとえ力があろうとも、貴族でなければ出世ができないのだと、マユラがオルソンに嫁ぐにあたり、父が苦々しく言っていたことを覚えている。


『よき心がけだ、ユリシーズとやら。お前は私ほどではないが、なかなか見所のある魔導師のようだな』

「ありがたきお言葉、感謝します」

「ユリシーズ、大人になったな。俺が騎士団長をしていたとき、君は周囲の者を小馬鹿にしてばかりいたが」

「レオナード、貴様は私と同年齢だ。年長者面をするな。そしてマユラの恋人面をするな。私のものだ、それは」


 レオナードはマユラを背後に隠してくれる。あとでお礼を言おうとマユラは思う。

 背の高いレオナードが間に入ってくれているので、マユラは兄の視線から逃れることができていた。



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