鳥の住処
目の前で──王女殿下が自分のせいで自死なさったというのは、どんな気持ちなのだろう。
その時レオナードは二十一歳。マユラと一歳しか違わない。
騎士は主君に忠誠を誓う者だ。
そんな騎士だったレオナードが主君を守ることができず、あまつさえ死に至らしめてしまった。
レオナードの話の途中から、おそらく王女殿下はレオナードに恋をしたのだろうとはわかっていた。
だが、こんな結末になるとは予想していなかった。
王女殿下はきっと追い詰められていたのだろう。それぐらい、レオナードが好きだったのだ。
「……人の心というのは、難しいものですね」
『隣国との友好のために王に嫁ぐ姫が、心に惑い死を選ぶとは。民草のことを全く考えていない、我儘で馬鹿げた話だ』
「そうはいっても、師匠。王女殿下だって女性ですから」
『甘い。それに、愛をかえしてもらえないからと、男の前で命をたつとは。もっとも醜悪な行動だとは思わんか?』
「それは……難しい話です。それに、王女殿下はどこかに行ってしまったのですよ。何が起こったのかはよくわかりませんけれど……」
師匠は王女殿下に厳しい。
マユラには男女のことは難しい。結婚歴はあるが、それは飾りのようなものだ。
「俺のことで、喧嘩をさせてしまってすまない。もう三年前のことだ。それに、責任は俺にある。それまでも度々、そういったことがあって……」
「度々?」
「あぁ。グレイス公爵家にいたころから、割とそういうことが」
「グレイス公爵家……レオナードさん、もしかして公爵様なのですか……?」
レオナード・グレイスが騎士団長だとしたら、ただの一般庶民のはずがない。
レイクフィア家だって、出世をするために男爵位を手に入れたのだから。
騎士団で役職についている者は、総じて貴族の血筋の者たちである。
王国には公爵家が三つほどある。一つがアルティア家、一つがグレイス家。もう一つは、ドラグニア家。
それらの家は王家の端流の家々である。
レオナードは、そのうちの一つ。グレイス家の生まれ。
だとしたら、マユラが気安く言葉を交わしていいような相手ではない。
「レオナード様」
「いや、レオナードでいい。公爵家の爵位は弟が継いでいる。俺はもともと、あんまり貴族に向いてないんだ。一人で傭兵をしているほうが、ずっと気楽でね」
『道楽者か』
「それに近い。マユラ、今の話は忘れてくれ。俺は傭兵のレオナード。君にとっての俺は、それだけでいい」
師匠の指摘にレオナードは怒らなかった。
苦笑交じりに、なんでもないことのように忘れろと言う。
それでもきっと、傷ついているのではないかとマユラは思う。
人の心とは複雑だ。
マユラだって、全く平気な日もあれば、苦しいばかりの夜もある。
ずっと楽しいわけでもなければ、ずっと苦しいわけでもない。
「忘れることは難しいですけれど、それでは、レオナードさんは、傭兵のレオナードさんということで。私の命の恩人です」
「俺も同じだ。君に会えたから、無事に王都に戻ることができた。それに、トリのかたき討ちもできた。ワーウルフが王都近郊の森に現れたら、もっと被害が出てもいいぐらいだった。偶然君と出会ったおかげで討伐ができた。ありがとう、マユラ」
「レオナードさんはきっと、いい人なんですね」
『この世にいい人などいない』
「師匠はひねくれているんです」
すかさず指摘してくる師匠の頭を、マユラはよしよしと撫でた。
レオナードは女性に勘違いをさせやすいぐらいにいい人だが、師匠は人にたいして絶望しすぎている。
どうにも、二人とも極端である。
気づけば、屋敷の前へと到着していた。
「私のように愛されないというのも物悲しいことですが、レオナードさんのように愛され過ぎるというのも大変ですね」
「……愛されない?」
「あぁ、ごめんなさい。私も師匠も愛や恋には疎いですから、ついそう思ったのです」
『マユラ。私をお前と同じだと思うな。私は選択性独身状態を貫いていただけだ』
「難しく言わないでくださいよ、師匠。それはただの独身男性です」
師匠とマユラのやりとりを聞いて、レオナードは笑い出した。
「今まで、あまり自分の話をしたことがなくてね。同情されたり、心配されたりするのは苦手だから。でも、話せてよかった。少し気持ちが軽くなったような気がする」
「それはよかったです。私でよければいつでも、話を聞きますよ。なんせ、私は今、とても自由の身ですから」
マユラはレオナードを見上げて、微笑んだ。
レオナードの背後で、世界は夕方から夜へとその色を変えていっている。
「レオナードさん、今日はありがとうございました。夕食を召し上がっていかれますか?」
「いや、やめておこう。夜に女性の家に行くというのは、あまり褒められた行動ではないからね」
「遠慮なく、といいたいところですが、無理強いはいけませんね」
レオナードはふと思い出したように、ずっとレオナードの服の中に潜り込んでいたらしい極楽鳥の小鳥を、ごそごそと服の中をあさって取り出した。
「ぴ」
寝ていたらしい小鳥は、不満げに小さく声をあげる。
「森から、ずっとついて来てしまったようだ。どのみち、親を亡くした小鳥は死ぬしかないから、連れてくるしかなかったのだが。……マユラ、頼みがあるんだ」
「小鳥、飼いますか?」
「あ、あぁ、何故わかった?」
マユラは小鳥に手を伸ばした。
小鳥は警戒することもなく、マユラの手の中にぱたぱたと飛んできておさまった。
「レオナードさんは、傭兵のお仕事のたびに迷子になって家に帰ることができなくなるのですよね。一人で家に小鳥を残していくわけにはいきませんから、きっと飼って欲しいと言われると思ったのです」
「……会ったばかりの君に、こんなことを頼むのは気が引けるのだが」
「大丈夫ですよ。師匠と二人暮らしですし、それに、極楽鳥の羽は錬成の素材になるのです」
「──ありがとう、マユラ。感謝する」
「ぴぃ!」
小鳥はどういうわけか自慢げに鳴いた。
こうして──マユラの同居人は、師匠と極楽鳥の小鳥、二人に増えた。




