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今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜  作者: 束原ミヤコ
滅びた地下都市とレオナードの秘密

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塔の門番


 原初の森を、霧の海を泳ぐように進んでいく。

 マユラはレオナードがはぐれないように、そのマントをぎゅっと掴んでいる。

 マユラの横にはイヌがゆったりとした足取りで草むらを踏みしめている。リカルドとユリシーズが並び先頭を歩く。現れた魔物は「面倒な」と言いながら、ユリシーズが凍り付かせ、リカルドが切り裂き、レオナードが砕いた。


 空を覆いつくしてしまうほどに高く伸びた木々の合間を縫うように、かろうじて道だとわかる獣道を抜けると、開けた場所に出た。

 原初の森の奥、苔むした巨木が空を覆い、陽光は細い糸のように地面に線を引いている。

 そこにそびえたつ幽閉塔は、まさしくマユラが師匠の夢を見た時と同じ姿で鎮座していた。

 揺らめく濃い霧で、上階は隠れてしまって肉眼で確認することはできない。

 それはまるで古城のような大きさの塔である。塔の基部は湿った土に埋もれ、周囲には朽ちた葉が積もっている。


 石を積んで作られた塔である。師匠が生きた五百年前もそのような技術があったのかと驚かされるほどに、精巧なつくりになっている。

 いくつかの階層に別れており、上階にいくほどに細くなる。

 地上から突き出した石の円錐のようだ。つるりとした黒い石壁は、苔や蔦が蔓延り覆われている。

 塔の扉は深淵へと訪問者を飲み込む巨獣の口のようにぽっかりと開かれていた。


「これが、幽閉塔……」

『あぁ。懐かしき我が家だ』


 なんの感慨もない声音で師匠が言う。そこには恨みもなければ悲しみもない。

 ただ静かに、遠くから過去を見ているような口ぶりだった。

 幽閉塔にいた時代と今の師匠の間には、五百年の月日がある。

 その月日は、師匠から過去への感傷を奪い去ってしまったように、マユラには感じられた。


「この塔が現れて、滅びた地下都市には入れなくなった……」

「そう。見えない何かに阻まれてるように。壊せない壁ができてね」


 マユラの呟きに、マルティナが言葉を返す。

 すると、生暖かい風が肌を撫でた。その風は一気に強くなり、マユラたちの髪や服を吹き飛ばすほどに激しく吹きすさぶ。

 塔の前に、黒く渦巻く風が起こる。

 マユラは師匠が飛ばされないように、両手でぎゅっと抱きしめた。

 イヌがマユラやマルティナを風から庇う。

 レオナードが剣を抜き、ユリシーズがイヌと共にマユラを庇う。

 リカルドが炎の大鎌を出現させて、竜巻のように渦巻く黒い霧へと向けた。


 暴風がおさまると、そこには──塔を覆い隠すほどの巨大の姿がある。

 黒い体に、びっしりと並ぶマユラの手のひらほどの大きさのある鱗。

 黒い巨体は全体に青炎を帯びている。呼吸のたび、凶悪な牙の並んだ口から体に纏うのと同じ青い炎を吐き出している。


 四本の足の一本が、マユラの胴体と同じぐらいに大きい。

 長い尻尾に、角のある頭。 

 それは、竜だ。


「蒼炎竜! こんなところで姿を見るなんて!」


 マルティナが興奮の声をあげる。

 この竜を、マユラは知っている。夢の中で師匠が倒していたものと同種だ。

 同個体ではもちろんないだろうが、種類は同じ。


 師匠はあっさり竜を倒していたが、実際相対するとその迫力と恐ろしさに足が震えた。


「マルティナさん、隠れていてください!」

『お前もだ、マユラ』

「大丈夫、戦います! 私も少しは……!」


 マユラは杖を構える。

 片手には、カトレアからもらった属性宝玉を持った。

 これは対象に投げつけるとまるで魔法のように、込められた属性で攻撃ができるものだ。

 一つ一つが、片手で握ることができる程度の大きさをしている。

 マユラが手にしているのは炎玉。

 ガラスの球体の中に、炎がゆらめいている。カトレアの師匠であり育ての親がもっとも得意だったという攻撃用の錬成物である。


「蒼炎竜は初めて見たわ。私の記録では、原初の森に竜が出たのは百年ぶりね。青炎竜の体を覆う炎は、炎ではなくて属性は氷。触れただけで指や体が凍りつくわ! 有効なのは炎! りっくん、出番ね!」

「炎魔法が得意なのは、リカルドだけではない」

「打撃も効くだろう。生きている者は、剣で潰せる」

「姉さん、安全なところに! マユラさん、無理はしないでくださいね」


 マユラはイヌの影から飛び出した。イヌの上に置いてきたつもりが、鞄からは師匠がぴょこんと顔を出している。


「師匠、危ないですよ!」

『うるさい。竜ごときで大騒ぎとは、脆弱な。私が全盛期ならば、数秒で倒せるものを』

「知っていますけど、今の原初の森は師匠の時代よりも平和だったようですよ……!」


 竜とは数ある魔物の中でも頂点にいるような、おそろしく強い個体である。

 竜が街を襲うことはほとんどない。

 それらは大抵、森や山岳でひっそりと暮らしている。

 だから、そもそもの目撃例が少ないのだ。


 それでもリカルドは、臆せず炎の鎌を振り上げて竜に向かう。

 兄も周囲に魔法陣を展開させる。

 魔法陣からは炎が噴きあがり、竜の体を炎の檻のように焼き尽くした。


「いけ、炎玉!」


 カトレアの指導の通りに、マユラは宝玉を杖の先端に嵌め込んだ。

 杖も、キリア領で改良している。

 宝玉が輝き、杖から炎の塊がぼん! と発射される。

 それは一直線に青炎竜の顔に飛び、ぶつかって弾けた。





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