ガリウス
「心配していたのでござるよ。ここらの孤児連中もキクたちがどうなったのか知らないと言っていたのでござる。とにかく、無事でよかったでござる。して、今日はいったい? それにそちらの子どもは誰でござるか?」
無精ひげを生やした四十前後の男。
着ている服もボロボロの着流しだ。
だが、やはりもともとはオリエント国という壁の中の都市で暮らしていたのだろう。
なんとなく、ただの貧民とは違う雰囲気も感じる。
「えっと、今日はおっさんに話があってきたんだ。この人はアルフォンス様。俺たちは今、アルフォンス様のバルカ村で生活しているんだ」
「ほう? 聞いたことがないけれど、どこかの村のお坊ちゃんってところでござるか? ……いや、ちょっと待つでござる。その剣は?」
「え、剣って?」
「キクの持っている剣ではないでござる。そっちの坊ちゃんが持っている剣でござるよ。その剣、もしかして魔法剣ではござらんか?」
今にも崩れそうな傾いたボロ家の前。
その玄関先でキクとガリウスが話している。
ただの孤児であるキクやハンナのことを心配しているようだったが、その二人に俺という見たことのない子どもが一緒にいるのが気になっていたのだろう。
だが、キクが俺を紹介した時に改めてこちらを見て、目の色を変えた。
どうやら、腕のいい職人というのは本当のことなのかもしれない。
ガリウスは俺の持つ剣に興味を示した。
といっても、今俺が持っているのは魔剣ノルンではない。
あれはいつでも出すことができるが、普段は自分の血として体の中にある。
が、この貧民街みたいなところでは素手で歩いているよりは見ただけでわかる武器を所持しているほうが抑止力になるかと思って、腰に剣を装備していた。
その剣はガリウスが言うとおりただの剣ではない。
魔法剣だ。
魔力を込めると特殊な効果が発動する剣。
魔道具とは違い、魔法陣という技術ではなく、魔法を使う魔物の素材を原料にして作り出された特殊な剣だ。
今俺が持っているのは硬牙剣だった。
バルカラインの北の森に住む大猪の牙から作った魔法剣で、魔力を込めると硬くなる。
ただそれだけの効果の魔法剣だけど、意外とこれが使い勝手がいい。
どれだけ乱暴に扱っても折れにくい頑丈な剣というのは、結構価値があるのだ。
その硬牙剣にガリウスの視線が刺さる。
「見てみる?」
「いいのでござるか、坊ちゃん? それは貴重なものでは?」
「まあね。ただ、この場で見るだけなら別にいいよ」
「……ありがたい。いや、ここはまずいでござるな。家の中で拝見してもいいでござるか? ここでは誰が見ているかもわからないでござるよ」
興味津々という感じのガリウスに対して、硬牙剣を見るかと提案してみる。
職人の血が騒ぐのだろうか。
俺がそう言った瞬間には剣を掴み取って見ようとしたが、しかし思いとどまった。
この貧民街ではだれがいつどこで盗み見しているかもわからない。
そのことを警戒したのかもしれない。
家の中で見たいと言ってくる。
ちらりとキクやハンナの顔を見る。
多分、何度もガリウスの家には入ったことがあるのだろう。
それほど警戒していなさそうだ。
だったらいいか。
硬牙剣をガリウスに見せるために、俺たちはボロ家の中へと入っていく。
「へえ。中は意外と広いんだね」
「まあ、見た目よりは意外としっかりしているでござるよ。一応、ここも小さな工房になっているのでござる。そのへんのガラクタを直したり、修理を持ち込まれたりってのもあるのでござるよ」
「こんなところで客を取っているってこと? 儲からないでしょ」
「確かにそうでござるな。せいぜいその日食う分の糧を得る程度のものでござるよ」
「……そっか。まあそんなことはいいや。とりあえず、先にこの剣を見る?」
「拝見するでござる」
この貧民街でまともな仕事なんてあるんだろうか。
気にはなったが、ひとまず置いておいて魔法剣の話に戻す。
工房でもあるらしく大きめの机があったので、その上に硬牙剣を乗せた。
「これは、やはり魔法剣で間違いないでござるな。すごい……。実物を見るのなんて久しぶりでござるよ」
「おっさん、その剣ってそんなに珍しいものなのか?」
「お主、そんなことも知らずにその坊ちゃんと一緒にいたのでござるか。いいか、よく聞くでござる。魔法剣というのは魔物の素材から作り上げるものでござる。けれど、魔物なんてもうほとんどいないのでござるよ。かつていた魔物の多くは人間が倒して、だいたい絶滅してしまっているからでござるな」
「魔道具とは違うの?」
「うむ。魔道具と比べて頑丈で長持ちだったりと、違う点はあるはずでござる。だが、魔法剣は現代ではほとんど作られていない。魔物がいないからでござるよ。だから、現存する魔法剣というのはだいたいが大昔に作られたものと言われている。けれど、これは違う。まだ新しいものなのでござるよ」
興奮した様子で硬牙剣を見つつ、キクにたいして説明しているガリウス。
そのガリウスが柄に手をかけた。
そして、柄を外してその剣身に刻み込まれた名前を見て、頷く。
「やはり。これを作ったのはグランでござるな?」
「正解。知り合いなの?」
「昔馴染みでござる。あいつのことはよく知っているでござるよ。そうか、生きていたのでござるな」
「元気だよ。今、俺の生まれた国で船を作って月に行っているよ」
「月に? はは、あいつらしい。かつて魔法剣を作るために魔物がいるかもしれないと言って飛び出していったのでござる。もう死んだものだと思ってたが、そうか、生きていたでござるか」
「泣いているのか、おっさん?」
「年を取ると涙腺が弱くなるものでござるよ」
このガリウスはグランと知り合いだったようだ。
キクに泣き顔をあれこれ言われながらも、涙が止まらないようだ。
けど、顔は笑っている。
死んだと思っていたグランが生きていたと知って、笑いながら泣いていた。
それからしばらくガリウスは涙を流し続け、その間、俺はグランのことを説明していったのだった。
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