戦後処理
「ば、馬鹿な……。こんなことがあってたまるものか。私の軍が……」
「チェックメイトだ」
側面から急襲したヴァルキリーの群れ。
魔法を使いながら猛烈な勢いでフォンターナ軍の横腹を貫き、軍内部まで駆け抜けていくそのさまを見てレイモンドが絶句している。
だが、そんな決定的なスキをみて見逃すような真似はしない。
俺は硬牙剣を力いっぱい振り下ろした。
レイモンドの全身を覆う金属鎧が音を立てて砕ける。
砕けた金属の下からは鮮血が飛び散った。
あっけにとられた表情を浮かべながらレイモンドの体が地面へと沈む。
「フォンターナ軍家宰のレイモンドを討ち取った! 勝どきを上げろ!!」
地面へと倒れたレイモンド。
そのレイモンドの手から彼の強さと権力を象徴する氷精剣がこぼれ落ちる。
俺はそれを拾い上げて、天に掲げるようにしてそう叫んだ。
とっさに声帯に魔力を集中させたのも功を奏したのだろう。
俺の声が戦場全体へと響き渡る。
各所での戦闘音がその発言を聞き取ったあと、一瞬静まり返った。
だが、それは一時のことだった。
俺が掲げた氷精剣を見て、その視線を下に下げる周囲の者たち。
レイモンドの持つ最高級の魔法剣であるその輝きと地面に倒れ伏す本来の持ち主を見た人々は、戦いの結末を理解した。
「ウオオオオオオオォォォォォォォォ!!!」
静まり返った戦場が、まるで雪崩を打つようにだんだんと大きくなるようなうねりのある叫びに包まれる。
バルカの人たちがみな俺の声を聞き、状況を理解して、思わず大声を上げて叫んでいたのだ。
その声を聞いて、今だ数に勝るフォンターナ軍が完全に戦意を喪失した。
このとき、バルカの勝利が決定したのだった。
※ ※ ※
「よくやってくれたな、おっさん。最高のタイミングだったよ」
「怖かった……。何が一番怖かったかわかるか、坊主? お前のヴァルキリーに乗っているときが一番怖かったぞ」
フォンターナ軍に勝利した俺たちは一度川北の陣地に引き返していた。
勝利が決定的になったとき、フォンターナ軍として徴兵されていた農民兵は我先に逃げ出したのだ。
俺が何もいう間もなく、それに追撃をかけるバルカ村と隣村の人たち。
どうやら彼らの狙いは敗者からの戦利品獲得だったようだ。
金目のもの、武器、なかには衣服まで狙って追いかける村人たちに対して、農民兵は撒き餌を撒くようにしてそれらを手放しながら逃走する。
別にこっちの村人たちも相手の命がほしいわけではない。
手頃な収入を手にしたら満足顔で俺のもとに戻ってきたのだ。
多分ではあるが、相手の農民兵にはそこまでの被害は出ずにすんだのではないだろうか。
どちらもある意味戦いなれていると言えるのかもしれない。
それらの戦利品に加えて手に入れたものもある。
それは「騎士」だった。
騎士というのは貴族から認められ魔法を使うに至った人物である。
当然、彼らは貴族家からしても貴重な人材であり、これもまた戦利品となり得るのだという。
正直、俺ならば騎士相手にも戦えるが一般人では瞬殺されるレベルの人間を手元においておくのは怖いものがある。
が、捕らえた騎士はどいつもこいつも瀕死の重症だったのだ。
俺が倒した相手とともに、バイト兄にやられたやつであわせて6人だ。
とりあえず、簡単に手当したあと、厳重に手足を縛ってから建物のひとつに寝かせている。
とまあ、こんな風に戦闘が終わったら後処理が待っていたのだ。
いくら俺が村人たちに魔法を授けて一緒に戦ってもらったといっても、あくまでも彼らは志願兵だ。
命がけの戦場で得た戦利品を没収したりしたら、俺に協力するものは誰一人いなくなってしまう。
しょうがないので陣地まで引き返して手に入れたものを保管するという流れになったのだった。
そんななかで俺は行商人のおっさんと話をしていた。
おっさんは今回の戦いで大きな役割を果たしてくれていたのだ。
ひとつは事前にフォンターナの軍の規模や進攻ルート、進攻時期を正確に調べて報告してくれたこと。
そうして、もうひとつは俺の所有する角ありヴァルキリーを引き連れて、フォンターナ軍の側面へと攻撃してくれたことだった。
なぜおっさんがヴァルキリーに乗って攻撃したのか。
それはバルカ村では俺とバイト兄以外に満足に騎乗できるものがいなかったのが原因だ。
唯一普段の行商時に俺から購入したヴァルキリーの一頭に騎乗することもあるというおっさんがいたため、俺はおっさんに別働隊を任せたのだった。
といっても、おっさんがしたのは道案内くらいなものだ。
ヴァルキリーの群れを統率していたのは、何を隠そう俺の愛獣である初代ヴァルキリーだった。
俺がフォンターナ軍と戦うときに乗っていたのはいつものヴァルキリーではなく、角を切った角なしのうちの一頭だったのである。
やはりなんというか角があると武器を振るうのに不便だったからだ。
それに初代ヴァルキリーをおっさんに任せたのは別の理由もあった。
それは使役獣の特性にあったのだ。
使役獣というのは卵を孵化させたものの言うことを理解し、それに沿った行動をとってくれる。
本音を言えばフォンターナ家に売りつけたヴァルキリーが俺の言いなりになってくれはしないかと期待していたのだ。
だが、それは無理だった。
俺が自分の手で育てたヴァルキリーは繁殖用として手元に残すだけで、他には売ったりしていなかったからだ。
では、使役獣であるヴァルキリーが使役獣の卵を育てて孵化させるとどうなるのかというと、やはりその親というべき存在の言うことを理解し、聞いてくれるようだった。
なので、現状すべてのヴァルキリーにとって最上位に位置する初代に群れの統率を任せたのだ。
これならおっさんが一人でヴァルキリーたちの道案内をするだけで別働隊となる。
こちらの貴重な人的資材を分散させることなく別働隊として機能させたわけである。
もっとも、初代ヴァルキリーが【身体強化】をしながら走る背中に騎乗するのはかなりの恐怖だったようだが。
「それで、これからどうするんだ、坊主? 今回は勝ったが、別にあれがフォンターナ家の戦力のすべてというわけじゃないだろ」
「まあね。勝ったと言ってもこっちも被害ゼロじゃないしね」
「なにか考えでもあるのか?」
「ああ、ここに城を建てる」
こちらの力は示した。
だが、戦力的にはまだ格段の差が存在するのだろう。
ならば、もっとこちらの力を示さなければならない。
相手が戦うのをためらい、話し合いをしようと考えるくらいには力が必要だ。
といっても別に戦うばかりが力を示すことにはならないだろう。
相手がこちらの力を認めてさえくれればそれでいいのだ。
ならばどうするか。
この川北に作ったハリボテのような要塞。
それをきちんとした防衛拠点である城にしてしまおうと俺は考えたのだった。
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