前例
「散弾っ! ふう、こんくらいにしとくか」
初めて大猪を退治してから、さらにもう1頭森から出てきて畑でハツカを食い漁っていた個体を倒した。
魔法攻撃は目下練習中である。
やはり、石を飛ばして攻撃できる遠距離攻撃がほしいからだ。
だが、基本的にヴァルキリーに騎乗して移動している身として言えることは、騎乗しながら狙いをつけて飛ばし、命中させるというのは難しいを通り越して不可能なのではないかということだ。
前世の騎馬民族は弓を使っていたらしいが、どうやって命中させていたのだろうか。
そんなわけで魔法の練習は【散弾】をやることにした。
あれから何度も試してみた結果、金属ではないが固く尖った矢じりのような形をした硬い石を複数個まとめて飛ばす方法に切り替えた。
だいたい20〜30mくらい飛ぶのではないだろうか。
もっとも、離れれば威力は落ちてしまうので、相応に近づいたときにしか使えないのだが。
目的の遠距離攻撃とは少し違うが、これならば一応騎乗した状態でも目標物に当てることが可能となった。
とりあえずはこれで良しとしよう。
「だけどなー、正直めんどくさいんだよな」
正式採用した【散弾】を呪文化していて思ったのだが、いちいち大猪が出現するたびに俺が出ていくのは大変だということだ。
何しろ、【散弾】で攻撃しても大猪は殺せないのだ。
結局最後に頼りになるのはヴァルキリーの跳躍と大きな亀裂のような落とし穴を用いた罠になる。
まさか、これからも大猪が出現するたびに誘い出すポイントに大穴を開けて、そこまで誘導するなどという手間をとり続けたいかと言われれば否定したいところだ。
「やっぱ、倒す方法じゃなくて畑を荒らされない方法を考えないといけないかな」
俺は見回りを続けながら、独り言をつぶやいたのだった。
※ ※ ※
前例主義という言葉を聞いたことがある。
何事も人の行うことというのは先人の叡智が存在しているため、それに習うのがよいというありがたい考え方である。
ようするに、今回の大猪の獣害を防ぐ方法は結局かつてどこかの誰かが考えたやり方でやることにしたのである。
つまりは、畑を荒らされないために囲ってしまおうというもので、畑を囲むように壁を作ってしまうことにした。
もともと、村は木の柵で囲っていたし、街は城壁で囲まれていた。
外敵に対してもっとも効果的なのは防壁であるというのは正しいのだろう。
それに畑で農作業をしてくれている人たちの心にあるのは「不安だ」ということである。
いつでも壁の中に逃げ込んでしまえば安全だ、と人々が思うことができればそれで十分なのではないだろうか。
「で、問題なのはどれだけ囲うかってことかな……」
俺は自分の開拓した土地を見て考え込む。
俺の隠れ家、もとい拠点の家から畑を見渡すと、なんと驚くべきことに地平線が見えるまでになっている。
昔どこかで聞いたことがある。
だいたい人の頭の高さで見える距離というのは4km程先になるのだそうだ。
それがこの世界でも通用する法則なのかどうかははっきりとはわからないが、なんとなくあっているんじゃないかなと思っている。
そして、子どもの俺がヴァルキリーの背に乗って見える範囲だと5〜6kmくらいではないかと思う。
よくもまあ、これだけ広げたものだと我ながら感心してしまう。
そりゃ、大猪も森から出てくるというものだろう。
「ま、適当にやっていくか。先に森と畑の境目に壁を作っちまおうかな」
これだけ開拓しておいてなんだが、実は土地が余っている。
バイト兄が村の余った人手を使って農作業をしてくれているのだが、開拓した土地すべてを畑にしたら手が回らないのだ。
そのため、木を倒して整地した土地が畑にならずにそのままの状態で残っているところもある。
そう考えると、現状で畑のところとこれからも畑にできそうな土地を囲うように壁を作るだけでいいだろう。
足りなければ後で壁を増設すればいいのだし。
問題は壁の大きさだろうか。
大猪は大きければ全長3mほどの巨体をしている。
これが全力で突進してくる可能性を考えて、少なくとも人が逃げる時間を稼げる程度には防御能力がほしい。
俺は大猪が落とし穴の側面に激突したあとのことを思い出しながら考えた。
「……大は小を兼ねるっていうし、大きめにしとくか」
こうして、俺は壁を作り始めた。
高さ10m、厚さ5mという畑を守るためと言うにはいささかやりすぎではないかと思うほど分厚い壁を畑と森の境で地平線に向けて伸ばしていったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





