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迷宮街の所有権

 今更ながらにすごい世界に生まれてきたんだなと思った。

 俺が生まれた土地にはこんな迷宮なんてものはなかったが、この世界には物語に出てくるようなマジモンのダンジョンが存在したのだ。

 もし俺がバルカ村なんていう食うにも困る農家ではなく、この迷宮街に生まれていたらきっと迷宮探索をしていたに違いないと思う。

 そうだったら完全に今とは違う人生を歩んでいただろうな。


 そんなことを考えながらも、転送石とかいうとんでもない代物を見終えた俺は迷宮から地上へと戻ろうと言った。

 が、そこで迷宮内を案内してもらっていた女探索者のリュシカがいきなり地面に頭を擦り付けた。

 いきなりの行動にぎょっとする。

 もしかして、なんらかの攻撃の準備じゃないだろうな?

 いきなり自分たちの住む土地に侵攻してきた軍のトップである俺に対して思うところが無いわけではないだろう。

 迷宮なんていう特殊な環境下で思い切った行動をする可能性は十分にある。


 地面に伏したリュシカがなにかする前に対処するか。

 そう思って、腰の武器に手を当てたところでリュシカが声を発した。


「アルス・フォン・バルカ様。どうかわたしを貴方様の部下にしていただけないでしょうか。こう見えてもわたしも深層探索者の端くれとしてそれなりに腕が立ちます。どうか、どうか……」


「……え? なに、いきなり? どうしたのさ、リュシカさん?」


「どうか、どうかご容赦を。わたしはアルス・フォン・バルカ様に忠誠を誓うことをここで宣言します。ですので、ここで見たことは一切他言しません。どうかお慈悲を」


 ああ、なるほど。

 どうも迷宮に入ってからも常にこちらの顔色をうかがっていたようだが、この女探索者はもしかするとここで俺たちになにかされると考えているのかもしれない。

 まあ、わからんでもない。

 なにせ今彼女は目の前でとんでもないものを見せられたのだから。


 迷宮に存在するという転送石の複製。

 ここ迷宮街を攻撃すると決めたときに迷宮についてもある程度調べていた。

 そこでこの転送石についても聞いていた。

 どんどんと地下に潜る形となる迷宮のいくつかのポイントに転送石というぼんやりと光を放つ大きな石が存在するというのだ。

 実際に目にするとそれはクリスタル型をしており、成人男性の身長くらいある超巨大な魔石みたいな印象を受けた。


 この転送石は入口近くにもある。

 それに触れて魔力を通し、さらに迷宮に潜っていくと別の転送石が登場する。

 その二つめの転送石に魔力を込めると入り口近くの転送石のもとへと一瞬にして移動できる。

 そして、一度転送したことのある場所には今度は逆に入口側から奥に跳ぶこともできるのだ。

 迷宮内にはいくつかこの転送石があるのを確認されていて、効率よく探索できるようになっているのだそうだ。

 もっとも、これは人工的に作られたものではなく、偶然この迷宮で発生した代物であり、これを再現することはできていないという。


 だが、俺は同じものを作ってしまった。

 しかも、見てくれだけではなく本当に転送可能な物を作ったのだ。

 それを見てリュシカも動揺しているのだろう。

 それまでは不可能とされていた転送石の複製を可能とした俺がここで目撃者を処分するかもしれないと思っているのかもしれない。

 もちろん、そんなつもりでリュシカを連れてきたわけではなかったが、たしかに見られたままで放置というのもおかしいか。

 本当かどうかは知らないが忠誠を誓うと言ってきているのだから味方に引き込んでおいてもいいかもしれない。

 迷宮についてもっといろんな話を聞けるかもしれないし。


「分かった。その忠誠を受けよう、リュシカ。これより君は俺の配下だ」


「はい、ありがとうございます。誠心誠意お仕えいたします」


 こうして俺は戦う女戦士を仲間にしたのだった。

 ……信用できるようだったら女騎士にしてみるのも面白いかな?

 迷宮で採れる魔物の甲殻で作られた防具を押し上げる胸部装甲を持つスタイルのいいリュシカを見ながら俺はそんなことを考えつつ、地上へと帰還したのだった。



 ※ ※ ※




「で、メメント家とは話がついたのか、ペイン?」


「はい。フォンターナ軍がパーシバル領の迷宮街を攻略したことを向こうに伝えています。その迷宮街をメメント家に譲渡するように話を持っていきました」


「おい、アルス。せっかくここを攻略したのになんでメメント家にやることになるんだ?」


「しょうがないよ、バイト兄。こんなところを領地にしたって維持できないのは明白なんだから」


 迷宮から地上へと戻った俺は使者として動いてくれていたペインと話をしている。

 その話の内容はこの迷宮街の今後についてだ。


 迷宮街というのは大貴族パーシバル家の領地にある街であり、パーシバル家にとっても重要な意味を持つ場所でもある。

 そんなパーシバル家はフォンターナ領から南にある。

 南にある王都と東の大雪山の近くにあるメメント家の間くらいにパーシバル家はあるのだ。

 ちなみにもうひとつの三大貴族家であるラインザッツ家は王都よりも西にあり、旧覇権貴族のリゾルテ家はそれらよりもさらに南にある。


 つまり、パーシバル家はかつてのフォンターナ家と同じように東のメメント家と西のラインザッツ家から挟撃を受けていた形になるのだ。

 すでに雪が降り始める時期になりその二家も軍を引き上げる動きを始めていたが、パーシバル家は東西に軍を振り向けて対処せざるを得なかった。

 そのスキを突いて北から強襲をかけて、この迷宮街を速攻で落としたというわけだ。


 が、そんな苦労をして落とした迷宮街を領地として維持するのはフォンターナ家にとっては難しい。

 なにせ、ここに来るまでにフォンターナ領からいくつかの貴族領をすっ飛ばして一直線に走ってきたのだ。

 ここの支配を維持しようとすると逆にこちらが孤立無援の状態になってしまう。


 だからこそ、ペインを使って動いた。

 攻略した迷宮街をチップにメメント家と交渉するようにペインに指示を出したのだ。

 そして、その使者としての働きをペインは見事果たしてくれたらしい。


「つまり、メメント家は迷宮街を貰い受ける代わりにこちらの動きには目をつぶる、と。その条件を認めたんだな、ペイン?」


「はい、アルス様。すでにこちらに向かってメメント家が軍を向かわせてきています。その軍に迷宮街を預けることで、北の貴族領へ対しては干渉しないことを認めました。こちらがその書類となります」


「よくやった。じゃあ、ちゃっちゃと帰宅準備に入るとしますか。そのついでにフォンターナ領と接する南の貴族家を攻撃しよう」


 危険を冒して迷宮街を攻略した。

 それにはいくつかの理由があった。

 ひとつは死んだカルロスのかたきを討つということをなんらかの形で実現する必要があったということ。

 そして、もうひとつは攻略した迷宮街の所有権をメメント家へと譲渡することで、フォンターナ家がすぐ南の貴族家と争った場合、干渉してこないという約束を取り付けることも狙っていた。

 そして、それをペインが取り付けてきたというわけだ。


 こうして、パーシバル家への強襲を終えたフォンターナ軍はメメント家にその地を譲り、再び北へと猛烈な勢いで移動を始めたのだった。

お読みいただきありがとうございます。


この度、拙作「異世界の貧乏農家に転生したので、レンガを作って城を建てることにしました」の書籍化が決定いたしました。

活動報告に更に詳しく情報を出しておりますので、ご覧いただければと思います。


また、ぜひブックマークや評価などもお願いいたします。

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