雫型魔石
「つまり……、カルロス様の体の中から見つかった魔石は核としては機能していなかったってことか?」
「それはそうだろうね。もしそうなら、カルロス様が亡くなられた際に不死者のように動き出してもおかしくないはずだよ。でも、そうはならなかった」
「なんだよ、じゃあ結局体の中に核がある云々は間違っていたってことか」
「それはまだわからないさ。もしかしたら、もっと大きな貴族家の当主様くらいになると核となる魔石が体内にあるかもしれない。それは実際に調べてみないとわからないだろう?」
「いや、それなら大貴族家には代々そういうものがあるって伝わっていそうなもんだけどな。でも、そういうことなら魔石を体内に埋め込んだっていう人体実験はあんまり意味がなさそうだな」
「……ところが、そうとも言えないのだよ、我が同志。魔石を埋め込んだものにはわずかながらに変化があったんだ」
「変化?」
「実はね、体内の魔石をその後取り出して確認したところ、色が変わっていたんだよ。埋め込みの時点よりも青色が濃くね」
「それって、魔石が魔力を吸収していたのか。つーか、お前本当に無茶苦茶な実験してやがったんだな。ちゃんと被験者の同意はとってある実験なんだろうな?」
「もちろんだよ」
「だったら、実験について被験者は知っているのか。魔石を体内に埋め込まれていたってことを」
「いや、説明では腹部を調べるために切開し、一定期間後に再切開するとしか伝えていない。魔石が自分の体に入っていたとは気がついていないはずだよ。もっとも違和感くらいはあったかもしれないけどね」
それはもう同意をとったとは言えないんじゃないだろうか。
完全に意図して情報を伏せている分だけかなり悪質だ。
が、まあそのへんについては後でしっかりとミームに言い含めておこう。
それよりは、この実験結果で判明した事実のほうがより重要度が高かったからだ。
ミームが言うには体内へと魔石を埋め込まれて生活することになった人は例外なく魔石の色がより濃くなっていたという。
つまり、それは魔石が魔力を吸収したということを意味する。
まあ、それ自体はさほどおかしなことではない。
バルカでは普段から【魔力注入】などで魔力残量が減った魔石に魔力補充をして使っているのだから。
体内に取り込まれた魔石が呪文など使われなくても、その人の魔力を自然に吸収したということがあっても、そういうこともあるかというだけだと思った。
だが、ミームは違ったようだ。
というのも、ミームは魔石の色以外にも被験者に変化が見られたところに着目したのだ。
それは、体から漏れ出る魔力の量が減ったように見えるということだった。
多くの人は常に体内で魔力を作り上げ、そして湯気のように体外へと漏れ出すようにして生活している。
これは一般人でも騎士たちでも同様だ。
俺が作った【瞑想】という呪文などの体から漏れ出る魔力をなくすように遮断する方法を取らない限り、無意識に垂れ流している状態なのだ。
が、この実験の被験者たちは魔力が漏れ出す量が減ったのだという。
つまり、体内で作られた魔力が体外へと漏れ出る前に魔石の方に吸収されてしまったのではないか。
ミームはそのように仮説を立てたのだ。
「ま、そういうこともあるかもしれないな。でも、そんなに気になることか?」
「もちろんだよ、我が同志よ。これがどれほどのことか分かっていないのかね? では、そんな同志にあえて尋ねよう。個人の領域を定義してみてくれないか?」
「はい? 領域? なんの話だ、ミーム。魔石の話はどうしたんだよ」
「いいから答えてくれたまえ。君はどこからどこまでを自分の体だと認識している?」
「俺の体がどこからどこまでってどういう意味だよ。そりゃ、頭の天辺から足の先まで髪の毛一本から血の一滴まで全部俺の体の一部だろ」
「では、もしもその体内に魔石が埋め込まれたらどうかな? それは君の体の一部と言えるのかい? あるいは、その魔石に貯蔵している魔力は自分のものと言えるのかな?」
「……おいおい、それってもしかして体内の魔石の中の魔力がその人の総魔力量として認識されるっていう話か? それってつまり、魔石に溜め込んだ分だけ総量を増加する効果があることになるんじゃ……」
「さすが、同志は理解が早いね。私もそう考えていたのだよ」
「まじかよ。ってことは、一般人じゃなくて騎士連中に使うとどうなるんだ? 【壁建築】は使えても【アトモスの壁】を使えない魔力量のやつに魔石を埋めて、その体内魔石に魔力を貯めたら【アトモスの壁】が使えるようになるのか?」
「ふふ、どうかな。我が同志にとっても興味深い研究になってきただろう?」
「いや、たしかに気になる研究ではあるけどな。もしそうなら大変なんだけど。魔石の販売は禁止してこの情報を秘匿しないとまずいことになるぞ」
「……ああ、なるほど。確か、魔石は一括して取り扱って、ラインザッツ家にも販売するんだったかな。でも、大丈夫だと思うがね」
「大丈夫ってなにがだよ? ラインザッツ家がこのことを知ったら必ず真似してくるぞ。最大勢力の貴族家が突出することになる。防衛上も大問題だってのに」
「その心配はないさ。この実験は成功でもあり、失敗でもあったのだから」
「失敗? どういうことだ?」
「魔石が定着しなかったのさ。不思議だよ。手術後再切開せずに放置していたら、いつの間にかどんどん溶けるようにして体内で小さくなっていき、最終的にはなくなっていた。結果的に増えた魔力総量も魔石が無くなった時点で元通りということになるね」
「はあ? なんだよそれは。もったいぶった結果がそれかよ。結局意味なかったんじゃねえか」
「何を言っているんだね。失敗は成功の母。今回の実験は最終的に貴重な情報を私にもたらしてくれたんだ。それだけでも意味があるというものだ」
「けど、最終的に消えてなくなるんならあんまり有効活用できない情報ってことになるだろ。くそ、ちょっと興奮したのに損した気分だ」
「そう結論を急ぐものではないよ。忘れたのかい? 実験では確かに体内に入れた魔石が一定期間経過すると消えてしまった。しかし、消えずに残っていた魔石も確かに存在するんだよ」
「……そうか。カルロス様の体には魔石が残っていたんだったっけ。いや、でもそれは埋め込んだ魔石とは違うか。というよりも、そもそも本当にそれは魔石だったのか?」
「うむ。やはりそこが注目すべきところだね。私が確認したところでは確実に魔力を内包した魔石ではある。が、これがバルカの騎士が作り出す魔石と同一のものであるかは判断がつかない。と、いうわけで同志にはこれを見てほしかったのだよ。カルロス様の魔石をね」
そういってミームが箱を取り出した。
箱の蓋を開けると内部は柔らかそうな布が詰まっている。
そして、その布を丁寧にどけると中からそれが出てきた。
丸く少し雫型になったような青い石だ。
こんなものがカルロスの体の中にあったのか。
そう思いながら更によく観察する。
その雫型の青い石にはたしかに魔力が内包されている。
それもかなりの量だ。
しかし、その内包している魔力量が少し気になった。
親指大ほどの大きさの石にしては魔力量は多すぎる気がしたのだ。
俺が見た他の魔石は不死骨竜だけのものだ。
そして、その不死骨竜の魔石を【記憶保存】して俺は魔石を作り上げることに成功した。
が、そこで作った魔石は大きさによって魔力量には上限があった。
より大きな魔力を込めたければ魔石の大きさを大きくする必要がある。
ちなみにバルカの騎士が使える【魔石生成】という呪文で作った場合、手のひらで包み込めるくらいの大きさのクリスタルが出来上がるがすべて同一の大きさだ。
魔石を大きく作るというのは俺が呪文を使わずに魔力操作で作り上げるしかない。
が、俺の魔石だとこの親指大ほどの大きさではとても込めることのできない量の魔力が雫型魔石には入っている。
そう考えるとやはり少々違うものである可能性が高い。
俺はミームに対して声をかけてから、その雫型魔石に手を伸ばした。
そうしてつぶやく。
【記憶保存】と。
こうして、俺はカルロスの体内に存在した雫型の魔石を脳内に正確に記憶することに成功した。
……どうしようか。
ミームには怒ったが、非常に気になる。
この雫型魔石を体内に埋めたら、同じように無くなってしまうのか、あるいは残り続けるのか。
少し悩んだが結論は最初から決まっていたのかもしれない。
やろう。
もし問題が起きたらそのときはその時だ。
ミームが一人で勝手にやりました、とでも言い逃れしてしまおう。
こうして、俺はミームの人体実験に共同作業という名の共犯関係として関わることになったのだった。
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