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ネルソン湿地帯

 フォンターナ領の西に位置するアーバレスト地区。

 ここは複数の貴族領から川が流れ込み、更に大きな河となる土地だ。

 かつては大きな湖には難攻不落と言われた水上要塞などもあり、固い守りの貴族領であるというのが一般的な評価だった。


 だが、その貴族領は昨年隣の貴族領を治めるフォンターナ家に敗北し、降伏したものの、すぐに新たな当主が死亡した直後、賠償請求を強行されて進退窮まる状況へと陥った。

 そして、現在は旧アーバレスト領はフォンターナ家のイクス家とバレス家によって領地を切り取られてしまった。

 パラメア要塞を中心とした領地をガーナ率いるイクス家が治め、旧領都がある場所をバルガスのバレス家が統治している。

 そして、そのバレス騎士領のさらに奥に行くと人類未踏の土地であるネルソン湿地帯が広がっていた。


 アーバレスト地区に流れた川はこのネルソン湿地帯へと続いている。

 であれば、そのまま水の流れに沿っていけば海につながっていそうなものだが、それを実現した者はいない。

 なぜなら、必ず魔物の襲撃を受けて帰らぬ人となってしまうからだ。

 湿地帯という特殊な場所故に厄介な魔物が多数いるようで、かつての土地の支配者であるアーバレスト家もこの湿地帯の開発を諦めたほどだった。


 だが、アーバレスト家が何も得るものがなかったわけではない。

 このネルソン湿地帯で希少な魔法剣の素材が見つかったのだ。

 アーバレスト家が誇る雷鳴剣の素材。

 他の土地では手に入れられないそれを手に入れることで、アーバレスト家は他の貴族を追い返す地の利と対多数を得意とする攻撃法を手に入れたのだった。


「で、その素材が手に入る魔物はなんなんだ、大将?」


「泥の怪物だよ、バルガス。湿地帯に出現する泥でできたヒトガタの化け物。その泥人形を動かしている核が雷鳴剣の素材になるんだ」


「泥でできた体を持つ怪物か……。世の中にはそんなやつがいるんだな」


「いるらしいね。実に厄介な相手だそうだよ。泥の体は普通に攻撃しただけではまともに傷を与えることもできない。しかも、体の一部をなんとか頑張って削ぎ落としても、湿地帯の他の泥を使って再生可能だ。さらに、泥の体だから体力が尽きることもない。川の流れに沿って船で移動して湿地帯に入ると、その泥人形の攻撃を受けるってことで、かつてのアーバレスト家はそれ以上先を開拓することを諦めたそうだよ」


「なるほど。そう考えるとかなり厄介な相手だな。攻撃がほとんど効かないってことじゃないか」


「ああ、そうだ。だから、アーバレスト家も長い統治期間で兵の多くを失いつつも泥人形と戦い続けて、結局諦めざるをえなかった。不幸中の幸いだったのが、その化け物の核が魔法武器に使えたってことだな」


「えっと、なんだったっけ? 魔電鋼とか言うんだったっけか、雷鳴剣の素材は。で、どうやって倒すんだ、その泥人形は?」


「アーバレスト家の残した記録によると、泥人形の胴体のどこかにある核の魔電鋼を体外に取り出すことができれば動きが停止するってことらしい。湿地帯のどこかで出現した泥人形を戦いやすい場所に誘導して、大きなハンマーを使って叩いてたみたいだよ」


「……それってどうなんだ? 相手の体は泥なんだろ? 泥をハンマーで叩くって、かなり大変そうだな」


「俺もそう思うよ。だから、長い歴史の中で雷鳴剣が作られた数は限られている。けど、俺は別の方法を試すつもりだ。もうちょっと簡単にケリがつくようにね」


 バルガスと合流した俺は、そのままバルガスを引き連れてネルソン湿地帯へと向かった。

 炎鉱石の暖炉がついた暖かい箱ソリをヴァルキリーに引いてもらい、目的地へと向かいながら話をする。

 ネルソン湿地帯に出現する、命なきモンスターである泥人形についてラグナから聞いた話をもとに話しつつ、俺はそのアーバレスト家のやり方とは違う泥人形の倒し方を考えていたのだ。


「別の方法か。そういえば、大将がその話を聞いたのはもっと前の、メメント軍と戦っているときだったんだよな。ってことは、その話を聞いてから今の今までずっと待っていたってことになる。つまり、わざわざこの寒い冬の時期になるのを待っていたってことじゃないのか?」


「正解だ、バルガス。ネルソン湿地帯もこの時期は雪と氷の世界になっている。それが泥人形を倒す鍵になると俺は思っている」


 どうやら、俺の狙いについて見当がついたらしい。

 バルガスの言ったとおり、俺はわざわざこの地に魔電鋼を取りに来るのを冬になるまで待っていた。

 それは他のことが忙しかったというのもあるが、あえてそうしたのだ。


 と、そこで急にヴァルキリーの引く箱ソリが動きを止めた。

 その急停車を感じ取り、俺はすぐさま外へと躍り出る。

 すると、予想通り、そこには泥でできたヒトガタのモンスターの姿があった。


 泥に木の枝や藻のようなものが混じり合い体を構成した、大きな二足歩行の姿をしている泥人形の姿が目に入る。

 こいつはだいたい3mくらいの高さをしているようだが、泥人形はいろんな大きさのものがいるらしいと聞いている。

 大きいほど魔電鋼が大型なので、倒す手間を考えると小さいものはあまり狙い目ではないらしい。

 が、最初の相手としてなら、このくらいでも十分だろう。

 普段からタナトスという巨人を見ている俺にしてみれば、これくらいではもう驚かなくなっているからこそそう思うが、普通の人間なら十分怖いと思うが。


 あたりは非常に気温が低く、鼻水が出れば凍ってしまうほどの温度だ。

 地面を観察する。

 雪が積もっているが、その下は全て凍っている。

 もともと、この辺は冬でなければ沼なのかもしれない。

 だが、今はしっかりとした氷が張っていて、上を移動しても全く問題ない。

 俺は視線を地面から正面の泥人形に移して、そちらに向かって走り始めた。


「燃やせ、氷炎剣」


 そして、泥でできた魔物に剣で切りつけた。

 普通ならばなんら意味のない行動だろう。

 ただの剣ならば泥の体に剣がズブズブと入り込むだけで、相手にはなんらダメージを与えることもできない。

 仮に腕や足などを切り飛ばしたとしても、すぐに周囲の泥をまとって再生されてしまうのだ。

 だが、そうはならなかった。


 泥人形が盛大に燃え上がったのだ。


 体が泥でできている魔物と聞いて俺がすぐに気になったのは、その泥は湿地帯の泥を利用しているということだった。

 つまり、泥人形の本体は核となる魔電鋼であるが、その見かけ上の体を構成しているのは湿地帯にある泥であるということ。

 であるならば、冬だとどうなるのか。

 アーバレスト家は移動しやすく戦いやすい夏にしか泥人形と戦ってこなかったらしいが、その泥人形が冬になると冬眠するということもないだろう。

 では、冬の間はその体の泥はどうなっているか。

 もしかしたら、これだけ寒いのだから泥人形の体の泥もその水分が凍っているのではないかと考えたのだ。


 そして、それは見事にあたった。

 冬の泥人形の体は泥が凍った状態でできていたのだ。

 凍った状態で動くというのも不思議だが、それを言い出したら泥が動くこと自体謎だろう。

 そして、普通ならば泥よりも固くなり余計に相手をしづらくなるのかもしれないが、俺の持つ氷炎剣という魔法剣が相手なら話は全く変わってくる。

 なにせ、この魔法剣は氷を問答無用で燃やしてしまうのだから。


 体を構成していた氷が燃えることで、泥人形は完全燃焼してしまった。

 というか、かなりの高温だったからか、まるで陶器のようにヒビの入ったでかいハニワみたいなものが出来上がってしまった。

 その燃え固まった陶器のような泥人形を再び剣で叩いてみる。


 ひび割れた場所からピキピキと亀裂が大きくなっていき、バラバラに砕けてしまった。

 そして、その胴体の中に少し黄色がかった金属の塊が見つかったのだった。


「やったぜ。想像以上にうまくいったよ、バルガス。これが雷鳴剣の素材となった魔電鋼だ」


「おいおい、こりゃすげえな。氷炎剣を使えばこんなに簡単に倒せるのかよ」


「まあ、冬限定だけどな。というわけで、あとは頼むぞ、バルガス。魔電鋼をしっかりと集めといてくれ」


「え、俺がやるのか、大将?」


「そりゃ、ここはお前の領地でもあるからな。別に俺がやらなきゃならないわけでもないし、氷炎剣があればバルガスがやってもなんの問題もないだろ。けど、気をつけろよ。下の沼地の氷を燃やしたらたぶん溺れ死ぬか、凍死するか、焼死することになるからな」


「ああー、ありそうだな。わかった、気をつけるよ」


「よし、頼んだ。一応、最初のうちは魔電鋼は俺が扱う。採れた量に応じて金を払うから報告よろしく」


 氷炎剣を使った泥人形退治はあっさりと終わった。

 これがうまくいかなかった場合、あとはタナトスにでも頼むしかないかと思っていたがどうやらその必要はなさそうだ。

 俺は手にした魔電鋼を拾い上げて、ほんの少し魔力を込めてみる。

 するとビリっと電気が放たれた。

 やはりこれは魔力をもとに電気を放つ特性があるのだろう。


 こうして、俺は魔力を電気に置き換える物質を手に入れることに成功したのだった。

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