生き残り
「これくらいかな、バイト兄? もう、坑道内に残っている犬人はいないかな?」
「……たぶん、な。もしかしたら生き残っている奴らがいるかもしれないが、まあ問題ないだろう。鉱山を再稼働させる時に一応バルトの騎士を何人か常駐させておく。数が少ないならそれでどうにかなるはずだ」
「そうだね。それなら問題なさそうかな。とにかく、これで鉄が安定して手に入ることになるか。よかったよ。……って、なんだ? あっちのほうが騒がしいな」
「うん? 本当だな。どうしたんだ?」
鉱山に巣食った犬人という魔物を退治という名の駆除を行った俺とバイト兄。
毒入り肉を坑道の出入り口近くに置いておいたら、それを犬人が持ち帰って群れ全体で食べたのだ。
あっという間に群れの中で集団食中毒を起こしてしまうことになった。
そうなったらさすがに犬人というへんてこな生き物でもどうしようもなかったらしい。
数日すると、坑道内から犬人が出てくることも無くなり、調査のために内部へと入るとそこには犬人の死体があちこちに倒れていたのだった。
そうして、犬人退治を終えて、やっとこさすべての死体を坑道の外へと出すことができた。
それを見ながら、俺達は鉱山を再び稼働させるための方針を話していた。
が、そこで少しざわついた空気が流れた。
どうしたのかと思ったが、どうやら坑道の外に出した犬人の死体の中にまだ生きていたものがいたようだ。
もしかしたら仮死状態だったのが、息を吹き返したのかもしれない。
積み重なった死体の中から他の死体を押し出すようにして這い出てきたのだった。
「全員下がれ。万が一、不死者だったりした場合を考えて俺が対処する」
周囲でざわざわしながら犬人の生き残りを見て慌てていた連中へと声をかけて、後方へと下がらせる。
ぶっちゃけ、不死者の発生条件など知りもしないが、万が一ということもある。
まあ、周囲の死体が腐っていったりしているわけでもないので大丈夫だとは思うが。
「ク、クウーン」
積み上げられた犬人の死骸から出てきた生き残り。
その動きに周囲の人間が注視する。
前に出た俺はというと、腰にある鞘から聖剣グランバルカを取り出し体の正面に構えた。
襲いかかってくればいつでも迎撃可能な状態。
そんな俺の前で犬人は鳴いたのだ。
まるでか弱い子犬のように体をプルプルと震わせながら、地面へと腹をつけて、まるで伏せのような状態になりながらクウーンと声を上げたのだった。
ほかの犬人はどこか黒系統の毛色をしていたが、そいつだけは白っぽい感じだった。
二足歩行する犬のような魔物の犬人だが、地面へと伏せているその姿は普通の犬のようにも見える。
全身が白い毛に覆われて頭には犬耳がついているのだ。
ただ、普通の犬と違いヤギの毛皮から作った腰ミノのような服を着ているので、それが犬とは違う知性を感じさせた。
もっとも、全身に毛が生えているのに服が必要なのかはよくわからないが。
「クーン、クーン」
意外とかわいいかもしれない。
そんな犬人の姿を見て一瞬そう思った。
が、それはそれとして変なことをする前に早いところ殺処分しとかないととも思う。
生き残りの犬人を観察し終えた俺は、手に握る聖剣をゆらりと動かし斬りかかろうとする。
が、その時、ちらりと見えた犬人の持つ装飾品。
それに興味を持った。
振り下ろす直前だった聖剣の動きを止め、構えた状態を維持しながらバイト兄へと伝える。
「バイト兄。あの生き残りを調べてみたい。捕まえるのを手伝ってもらってもいいか?」
「あん? あいつを生かして捕まえるのか? わかった、ちょっと待ってろ。おい、お前ら、あいつを取り押さえろ。殺すなよ」
バイト兄が周囲の騎士に声を掛ける。
そうして、複数で周囲を囲み、逃げられないようにしてから伏せている犬人を確保したのだった。
※ ※ ※
「やっぱりな。この白犬は他の犬人とは違う変種なのかもしれない」
鉱山に住み着いた犬人だが、生き残りの白いのを調べた俺はそう独り言をつぶやいた。
そばには誰もいない。
俺と一緒に犬人を捕らえたバイト兄や他の騎士たちは今は再び犬人の生き残りが坑道内にいないか調査に向かったのだ。
その間に俺は外に残って捕まえた犬人を調べていた。
そして、わかったことがある。
それはこの犬人が通常のものと少し違う特徴を持っているということだった。
それは他の犬人と毛色が違うことも多少は関係しているのかもしれない。
おそらくは、この犬人は犬人の仲間内でも別種だったのではないかと思うのだ。
突然変異で白い毛を持って生まれたのではなく、黒い犬人とは別の白い犬人の種族が存在して、なんらかの理由で黒の中に白が混じってしまったのではないかと言うのが俺の考えだった。
そして、おそらくそれは間違ってはいないのではないかと思う。
それはこの白い犬人が生き残ったことと関係している。
たぶんだが、この犬人は仲間の中で最も格下であり、食べ物も満足に恵んでもらえていなかったのではないだろうか。
他の毒を含んだ肉を食べて死んだ犬人よりもだいぶ痩せて、体が小さかったのだ。
狩った獲物を群れで共有して食べる犬人のなかでのけ者にされる。
まるで白いアヒルの子のようだ。
だが、それがこの犬人の命を生き長らえさせることにつながった。
なぜなら、毒餌を食べるのが最後になったため、仲間がもがき苦しみ死んでいくのをみて、肉を食べなかったのだから。
他の死体と一緒に運ばれてきたのは空腹で動けなくなったところを担がれてきたのだろう。
しかし、この犬人が俺の目を引いたことは別の理由があった。
それは犬人の持つ装飾品にあった。
犬人は頭があまりよくなかったようだが、自分の身を飾り付けるという習性を持っていたようだ。
他のものも拾った鉄などを加工して簡単な首輪などを作って、自分の首につけていたのだ。
そして、それはこの白い犬人も同じだった。
だが、他と違い、その首輪は鉄でできてはいなかった。
白い犬人がつけていた首輪。
それは銀製だったのだ。
だが、この鉱山では銀が採掘できるとはバイト兄からもペインからも聞いていない。
もしかしたら、別の場所で拾った銀を首輪に加工した可能性もある。
が、パッと見た限り、ほかの犬人たちの首輪に銀製のものはなかった。
だから、そのことを目ざとく気づいた俺は白い犬人を捕まえたのだった。
そして、しばらくして起きた犬人を調べてわかったことがある。
それは、この犬人は鉄を銀に変換する魔法が使えるということだった。
こうして、俺は錬金術ならぬ錬銀術を使える魔物を手に入れることに成功したのだった。
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