移動手段
「うーん、どうしたものやら……」
日々、森林破壊を繰り返しながら畑の面積を広げ続けている。
が、そろそろまた別の問題も出てきた。
面積が広くなるほど、移動するのが大変になってくるという当たり前の問題に直面することになったのだ。
前世ではよく「野球のドーム何個分の大きさ」などといっていかにそれが広いかを言葉にする方法が取られていた。
ぶっちゃけた話、ドームがどのくらいなのかを正確に知っている人のほうが少ないだろう。
だが、それでもなんとなくイメージできなくもないという面白い言葉遣いだったと思う。
そして、今、俺の目の前に広がる畑の広さは少なくともドームの数が片手の指では足りないのではないかと思うくらいの面積にまで広がっていた。
こんなに森をめちゃくちゃにしてもいいのだろうか。
さすがに前世で環境破壊についての授業を受けたことのある身として心配にはなった。
だが、村長に確認をとったところ、何ら問題ないということだった。
というのも、俺が今回開拓した範囲も以前村の畑だったことがあるらしい。
かつての開拓ブームが終わってしまい、人口が減った際に森に飲み込まれてしまったそうだ。
それに森自体の広さというのももっと広いのだそうだ。
もっと畑を広げてもかまわないとまで言われてしまったくらいだ。
まあ、確かにヴァルキリーのような使役獣を育てるならば、畑というよりも牧場のように考えておいたほうがいいのかもしれない。
そうであれば、ある程度面積が広いほうがいいか。
そんな風に素人考えで結論づけた俺は今後も開拓を進めていくことにしたのだ。
だが、そうなると歩いての移動というのはきつい。
街灯もないようなこんな自然界で、もし万が一夜になっても何らかの事情で帰ることができないといった不測の事態が発生しないとも限らない。
疲労面や安全面から考えても、そろそろ移動手段について検討する時期にきているのだろう。
「よし……乗ってみるか、ヴァルキリーに」
こうして俺はいまだ経験したことのない、動物の背中に乗って移動するという騎乗に挑戦することにしたのだった。
※ ※ ※
騎乗といえばやはり乗馬だろう。
ヴァルキリーはトナカイのようなでっかい角が生えているという点を除けば馬のような体型をしている。
もっとも、馬よりも毛足が長いから若干違うだろうけれど。
だが、馬に使える道具というのがおそらくそのまま使えるだろう。
と思ったのだが、さっそくつまずいた。
村で乗馬用の鞍や鐙のようなものを入手することができないからだ。
これはひとえに、使役獣という前世にはいなかった生き物のためと言えるだろう。
同じ卵から全く異なる姿をした生き物が生まれてくる使役獣。
そんな使役獣を使ってこの世界ではものを運んでいる。
そして、使役獣の中には二足歩行する爬虫類のような存在もいるのだ。
どちらかと言うと、使役獣に縄をつけて荷車をひかすという方法が一般的だったのだ。
逆に使役獣の背中に騎乗するとなると、これは特殊なケースに当たる。
わざわざその使役獣の体にフィットするように専門家に鞍などを特別注文しなければならないのだ。
当然ながら、そんな特殊な技能を持つ人が村にいるわけがない。
移動のためにヴァルキリーの背中に騎乗したいというと、「荷車でいいじゃん。なにがいけないの?」と言われるだけだったのだ。
だが、しかしだ。
それでも俺は騎乗技術を今のうちから学んでおきたかった。
それは俺がいつか戦争に駆り出されるかもしれないからだ。
歩兵よりも騎馬兵のほうが圧倒的に強いというのは、おそらくこの世界でも通用するのではないだろうか。
少なくとも、うちの村から駆り出された連中は武器の代わりに農具を持って戦場へと向かったやつもいたのだ。
ヴァルキリーに乗れるだけで圧倒的なアドバンテージを手に入れられるというのは、間違いないと思う。
畑の管理だけで言えば、なるほど荷車はあっても困らないだろう。
だが、だからといって騎乗する事ができなくていいというわけにはならない。
ならば仕方がない。
鞍も鐙もないが、乗ってみるしかないだろう。
こうして俺はハツカの茎をより合わせて作ったロープを手綱代わりにヴァルキリーの口へと巻き付け、その背中によじ登ったのであった。
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