精霊契約
「……ふー、助かった。ふたりとも、ありがとうな」
「アルス兄さん、大丈夫なの?」
「なんとか……、いや、これ以上動けないんだけどね。でも、あの化物に襲われたときは死んだと思ったからな。本当に助かったよ。ありがとう、カイル」
「ううん、そんなことないよ。お礼ならボクよりもタナトスさんに言ってよ。アルス兄さんとはぐれたって言って森の中を探してくれていたんだよ」
「そうか、ありがとうな、タナトス」
「いや、いい。無事で良かった」
不死骨竜の骨の体がバラバラに崩れ落ちて動かなくなったのを確認して、俺は助けてくれた二人に礼を言う。
見たところ、カイルもタナトスも大きな傷はなく元気そうだ。
対して俺は割と重傷だった。
地面に腰をおろして再び口の中に溜まった血を吐き出しながらゆっくりと息を整える。
「しかし、カイルはどうしちまったんだ? なんでお前が森の木をあんなふうに操ってたんだよ。あれって最初に俺とタナトスを攻撃してきたやつがしてたのと同じじゃないのか?」
「そんなことはあとだよ、アルス兄さん。まずはその傷を治療しないと。ちょっと待ってて。傷薬に使える薬草をとってくるよ」
「え、ああ、わかった。じゃ、ちょっと体を休めようか」
不死骨竜と戦いながらもずっと気になっていたことをカイルに尋ねる。
が、そんなことは後回しだと言われてしまった。
どうやら、近くで薬に使える薬草を見かけていたそうだ。
カイルがタナトスと一緒にその薬草を取りに行く。
そして、その間に俺は適当なスペースにレンガ造りの建物をたてて、その中で待つことにしたのだった。
※ ※ ※
「えっと、つまり森のなかでカイルを呼んでいた声っていうのがこの森の古い木だったってこと? そいつから木の精霊と契約して、不死者の竜を倒すように頼まれた……。ほんまかいな」
「本当だよ、アルス兄さん。ボクの言うこと信じてくれないの……?」
「いや、ごめん。そんなことないよ、カイル。俺がカイルの言うことを疑うわけ無いだろ。でも、驚いたのは事実だな。そんなことってあるもんなんだな」
「精霊と契約することは珍しくない」
「え、そうなのか、タナトス?」
「アトモスの戦士も精霊と契約して力を得る。お前は違うのか、アルス?」
「俺はちょっと違うかな。教会やフォンターナ家と名付けの儀式で魔法を授かっているし」
「……そうか」
「でも、なんで森のご神木みたいなやつはカイルにそんな無茶ぶりしたんだ。カイルがあんな危険なやつと戦うなんてだめに決まってんだろ。……なんかムカついてきたな。俺が文句言いにいってやろうか?」
「そんなことしなくていいよ、アルス兄さん。それに、ボクは嬉しいんだよ。アルス兄さんを助けられる力をもらえたんだから」
「まあ、カイルがそう言うならいいけど。でも、その木がもし次になんか言ってきたら俺に先に言えよ? 危険なことはしなくていいからな」
「ありがとう、アルス兄さん」
森のなかでの休憩中、カイルに話を聞いた。
その話とは実にファンタジックな内容だった。
俺達が森のなかで移動していて、カイルだけに聞こえた呼び声。
それはこの森に古くから生えていた大木からだったというのだ。
その木は森に迷い込んだカイルに頼み事をしてきたのだという。
自分の力をカイルに与える代わりに不死骨竜を倒してくれと言ってきたのだという。
ただそこにいるだけで周囲を腐らせてしまう不死者という存在。
それは森の木々を操る力を持っている太古の木にとって最悪の存在だった。
自分のいる場所のそばがどんどんと腐敗していくのを防ぐために、その木もなんとかしようとしたらしい。
が、森の木を操るだけでは不死骨竜を倒すことも撃退することもできなかったという。
だが、そこにカイルが現れた。
その木がいうにはカイルの清らかな精神を感じ取ったらしい。
が、そのカイルにくっついている2つの存在は近づけたくもない存在だったという。
なので、カイルにだけ呼び声をかけて俺たちを足止めしたのだそうだ。
なんだそれは。
まるで俺の心が穢れているかのようではないかと思ってしまう。
まあ、そんなことがあり、カイルはその太古の木と会うことになった。
俺達への足止めという名の攻撃をやめさせてほしいと訴える形でだ。
そして、俺達への植物攻撃をやめる条件に不死骨竜と戦うことを誓わされたらしい。
こんな森のなかでよくもまあ、そんな交換条件を提示できるなと思ってしまう。
なんとも俗っぽい木だと思わなくもない。
そんなこんながあって、カイルは太古の木から力を授かった。
木の精霊と契約し、植物を操ることができるようになったのだという。
そして、森のなかでタナトスと再会し、タナトスと一緒にはぐれた俺を探して森の中を走り回っていた。
そこで、大きな物音と魔力の波動を感じて駆けつけたところ、間一髪のところで俺への救援が間に合ったのだという。
しかし、この話を聞いて精霊という存在について考えてしまう。
俺が使える【氷精召喚】というフォンターナの上位魔法のことも考えると、フォンターナ家の初代当主となる人間は間違いなく氷の精霊と契約していたのだろう。
かなり前から精霊と人間が契約を交わすという行為が行われていたはずだ。
そして、それはタナトスのような東の人間も同じだ。
アトモスの戦士はみんな精霊と契約して巨人化の魔法を手に入れているらしい。
ということは、もしかすると貴族家の始祖は精霊と契約した人であることが多いのかもしれない。
精霊と契約すれば属性は限られるが割と自由に魔法現象を発揮できるみたいだし、呪文をつくりやすいのではないだろうか。
カイルも以前までは魔法で植物を操作するようなことはできなかったが、木の精霊と契約した今は簡単にいろんなことができるようだし。
「そうだ、カイルに言っておくけど、むやみに攻撃系の呪文は作らないようにしておいてくれないか? リード家の人間がいきなり全員攻撃魔法持ちになっちゃうかもしれないからな」
「あ、そっか。呪文を作るとそうなるよね。わかったよ、アルス兄さん」
精霊についてはもうちょっといろいろと調べておいたほうがいいかもしれない。
が、それはあとでもいいだろう。
カイルが集めてくれた薬草をミームに習った薬作りの方法で塗り薬として胸に塗り、一晩休んだ。
本当はもっと長く体を休めたかったが、不死骨竜を倒したといえどもこの森は危険だ。
大猪や鬼などや、他にも危険な生き物は多い。
そのため、俺は痛む体を休めることよりも森をなるべく早く脱出することにした。
翌日からすぐに移動を開始して、その後何日もかかったがなんとか無事に森を出ることに成功したのだった。
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