卵の管理
「よーし、これから頑張るぞー」
「キュー」
俺が右手を突き上げるようにしてそう言うと、それに応えるかのようにヴァルキリーが返事をしてくれる。
行商人との取引によってこれからは安定的に使役獣の卵が手に入ることになった。
これは非常に大きなビジネスチャンスだ。
というか、おそらく田舎の農民生活ではこれ以上に稼ぐ方法などないかもしれない。
なんとしてでもこの事業を軌道に乗せなければならない。
「とりあえず、使役獣の卵にはしっかりと魔力注入しておかないとな」
俺が行商人から譲り受けた5つの卵を見ながらそういった。
するとヴァルキリーが近づいてきて鼻先を卵につけてクンクンと匂いを嗅ぎ出す。
「どうした? まさかないとは思うけど、この卵は食べたら駄目だからな」
「キュキュー!」
俺がそう言うと、そんな事するわけないというかのように抗議の視線を向けてくるヴァルキリー。
慌ててごめんごめんと謝る俺に対して、しかし、ヴァルキリーのとった行動は予想外のものだった。
カプッと卵をくわえたのだ。
結構かたいハツカをガリゴリと噛み砕く力のあるヴァルキリーの口と歯だ。
俺はさっきの冗談じみたやり取りから、卵が割れてしまったのではないかと思ってしまった。
だが、そんなことにはならなかったようだ。
ヴァルキリーは絶妙な力加減で卵をくわえただけだったからだ。
そして、そのくわえた卵を自分の寝床である草の上に置き、その近くへと体を寝かせた。
その姿はまるで親鳥が卵を温めているような、あるいは、我が子にお乳を与える馬のような姿だ。
寝そべったヴァルキリーのお腹の下で5つの卵が安置されている。
「クゥ〜」
なぜそんなことを、と俺が思っていると、ヴァルキリーはまたさらになにかをし始めた。
足をおって寝床に横たわる姿のまま、首を曲げておなかの卵へと口を近づける。
そうしてから鳴き声を上げたのだ。
あれはもしかして呪文か?
だが、別にレンガなどを作ったりしたわけでもない。
だとすると、もしかして【魔力注入】をしたのだろうか?
「えっと、この卵、ヴァルキリーが育てる気なのか? できるの?」
「キュイ!」
卵に魔力を入れるというのは俺が前回卵を孵化させるときにしたことだから問題ないはずだ。
だが、それをヴァルキリーに説明したわけでもない。
もしかして、生まれながらに使役獣の卵は魔力を吸収して育つということを理解しているということなのだろうか。
「はっ、って駄目だぞ。使役獣の卵は吸収する魔力の質によって生まれる姿が変わるんだから。俺が育てないと意味ないじゃんか」
生まれついての習性らしきのものに驚いていた俺だが、すぐに問題があることに気がついた。
あくまでも俺がやらないと意味がないということにだ。
慌ててヴァルキリーのお腹の下にある卵を回収する。
だが、すでに3つの卵には魔力注入してしまったあとだった。
どうしようか。
確か、聞いた話では別の人物が複数集まって魔力を吸収させても卵が孵化する可能性はあるはずだ。
だが、それで有用な使役獣が生まれたとしても、それをもう一度再現するのは条件を同じにする必要があるため大変だということだったと思う。
そう考えると、すでにヴァルキリーが魔力注入してしまったものについては、下手に手を出さないほうが良いのかもしれない。
「しょうがないか。こっちの卵3つはヴァルキリー、お前に任せるよ。ちゃんと卵が孵化するように面倒を見てくれよな」
「キュー!」
卵を取り上げたときには落ち込んだように頭を沈めてしまっていたヴァルキリー。
だが、考えた結果、すでにヴァルキリーの魔力の影響を受けている卵については俺は諦めることにした。
自腹で買ったものでなかったというのも大きい。
全財産をかけて購入した卵だったらブチギレ案件だったかもしれないが、そうではないのだ。
それに卵は孵化する前に事故で割れてしまうケースもなくはないだろう。
失敗してしまったとしても事故と思って諦めることにしよう。
そう考えて、俺はヴァルキリーと手分けして卵の管理をすることにしたのだった。
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