忠誠を誓う
「我が家はこれよりウルクの名を捨て、貴方様に忠誠を誓うことをここに宣言します」
「わかった。貴君のこれからの働きに期待する」
ミリアス平地での戦いのあと、俺達は軍を移動させてウルク領都を攻略することにした。
その主戦力となるのはアインラッド軍とビルマ軍だ。
その2つの軍が果敢に領都へと攻撃を繰り返している後方に俺はいた。
領都の近くで陣地を作り、そこに腰を据える。
そして、俺はウルク中へと伝令を走らせることにしたのだ。
ミリアス平地での戦いのあともまだ存在しているウルクの騎士家に対して通達を出した。
ウルクの領都が落ちるまでに俺達の本陣へとやってきて挨拶を済ませたものにはこれまでどおりの領地を治めることを許すという内容を伝えたのだ。
だが、この通達を出すことを提案したのは俺だったのだが、書類上では別の人物の名前が書かれている。
キシリア家の新たな当主であるワグナーの名だ。
つまり、手紙の正しい内容としては「ウルク家を打倒したキシリア家がウルクの騎士に対してキシリアの傘下に入れば所領安堵する」というものだったのだ。
なぜ、こんなふうにキシリア家が領地の行方に口をだすことになったのかというと理由がある。
それはやはり当初の目的通り、早期にウルク領を安定化させたいためだった。
そのためにキシリア家の名を使うことにしたのだ。
もともと、この戦いの始まりはこちらの謀略ではあったとはいえ、ウルク家からの信頼を失ったキシリア家がフォンターナへと救援要請を出して始めた戦いなのだ。
それはつまり、ウルク領内で勃発したウルク家とキシリア家の内乱にフォンターナ家が介入しただけであるとも言える。
すなわち、ウルク家を打倒してウルク領を手に入れたのはキシリア家であるということになるのだ。
キシリア家がウルク家を打倒し新たな貴族家として君臨する。
今回の戦いを文字に書き起こすとすればこうなるだろう。
まだウルク領内に残っていたウルクの騎士家はこれ以降も領地を持ち、騎士であり続けたいのであれば選択しなければならない。
キシリア家の傘下へと入るか、あるいはキシリア家と戦うかだ。
だが、戦うということを選択するのは非常に勇気が必要だった。
なぜならすでに多くの騎士家がミリアス平地での戦いで戦力を消耗していたからだ。
しかし、そうなるとフォンターナ家は兵力を消耗して戦ったというのにメリットがないのではないかと思ってしまいそうになる。
が、実際には大きなメリットがあったのだ。
ウルクの騎士はウルクの名を捨ててキシリア家の傘下へと入る。
が、すでにキシリア家はウルクの名を他の騎士よりも先に捨てているのだ。
すなわち、キシリア家は【狐化】や【朧火】などの魔法を使うことができない。
それはつまり、キシリア家の傘下に入り、キシリア家から名付けを受けた騎士たちは魔法を失ってしまうことになるのだ。
領地を安堵されると言われてもなかなか受け入れられないことに違いない。
だが、それでもキシリア家へと忠誠を誓う騎士たちが多くいた。
今もこうして新たな騎士家が俺達の本陣へと馳せ参じてワグナーに忠誠を誓っている。
それは、キシリア家がこの戦いが終結した際にはフォンターナ家から名を授かることになっているからだ。
今は魔法を失っても、再び自分たちが魔法を授かることになる。
ウルクの魔法ではなく、フォンターナの魔法をだ。
そう判断しての苦渋の決断をウルクの騎士たちは選択せざるを得なかったのだ。
もちろん、ウルクの騎士たちの中にはそんなことは到底受け入れられないものたちもいるだろう。
彼らはキシリア家からの伝令を聞かなかったことにするか、あるいは反抗してくることになる。
が、そうなったらそうなったで問題はない。
その時は俺達バルカ軍の出番だ。
ウルク領都が落ちるまでにキシリア家へと挨拶に来なかった連中はバルカ軍が攻め落とすことになる。
いや、その仕事はバルカ軍だけではない。
おそらくはアインラッド軍とビルマ軍もすることになるだろう。
俺達、フォンターナ陣営から今回の対ウルク戦に参加したものたちはそこで領地を得ることになるからだ。
キシリア家が認めるのはあくまでも現在持っている領地だけであり、それ以外のウルク家の本領やキシリア家に反抗した騎士領はフォンターナ陣営が切り取り自由ということになっている。
ピーチャたちとの競争だ。
こちらも旨味の大きい土地がほしいところではあるが、それで仲間内で衝突しないようにある程度気をつける必要もあるだろう。
俺がそんなことを考えているときだった。
「失礼します。アルス・フォン・バルカ殿とお見受けします。少しよろしいでしょうか?」
「なんでしょうか。キシリア家へと挨拶に来られたのでしたら向こうにワグナー殿がおられますよ」
「いえ、私がここまで来たのはアルス殿にお会いしたかったからです。わたしの名はペイン。あなたの配下にしていただきたいのです」
「……ペイン殿ですか。失礼ですが、あなたはウルクから騎士として名を授けられた方ではありませんか。ウルクの騎士がわたしの配下になりたいとはどういうことでしょうか?」
「確かに私はウルク家から騎士へと取り立てられており、騎士の身分を持っています。ですが、その名を捨てただのペインとしてアルス様のもとで働きたいのです」
「よくわかりませんね。ワグナー殿のもとで騎士として身を立てればいいのではないですか。正直なところ、わたしはウルクの騎士たちにとって嫌われているのではないかと思うのですが」
「……確かにウルク領内でアルス殿の名はいい評判ばかりではないと思います。ですが、わたしはあなたの実力を知っています。戦場でその力を実際に体験しましたから」
「ペイン殿はミリアス平地にいたのですか?」
「いえ、違います。私がいたのは昨年のアインラッドです。私はペッシ様の配下としてあの戦場にいたのです」
「あの時ですか? そういえば、どこかで見たような顔の気が……。もしかして、あのとき、ペッシ・ド・ウルク亡き後のウルク軍をまとめていた指揮官じゃ?」
「少し違います。その時、軍の指揮をペッシ様亡き後にとっていたのは我が父です。その父はカルロス・ド・フォンターナ様に倒されました。私は父の補佐としてあの場にいたのですよ」
「そうだったのですか。お父上はペッシ・ド・ウルクというトップがいなくなったあとも軍を崩壊させることなく戦われていました。大変見事な戦いぶりでした。正直、私はあの場で死を覚悟しましたよ」
「アルス殿のような豪傑にそう言って頂けて父も騎士として本望でしょう。私は父のことを尊敬しておりました。そして、その父が数倍の戦力でも倒すことのできなかったバルカ軍のことが私はあの日から頭から離れなかったのです。お願いします、アルス殿。いえ、アルス様。私をあなたのもとで戦わせて頂けませんか。私はあなたの、バルカの力に魅了されてしまったのです」
うーん、いきなりそんなこと言われてもなと思ってしまう。
だが、見た感じペインはかなり強そうだった。
それは魔力パスの恩恵で強くなったのではなく、自ら鍛え上げて作り上げた自信のようなものが満ち溢れているのだ。
あのときの戦場でウルク軍が総指揮官であるペッシを失っても戦い続けたのは驚嘆に値する出来事だった。
そのとき指揮をとっていた男の息子というのであれば、それなりにやるのではないだろうか。
しかし、いきなりウルクの騎士であるペインに俺が名付けするわけにもいかないだろう。
とりあえずは保留として、使えるかどうか見てみることにしようか。
こうして俺はウルクの名を捨てたペインという青年をウルク領についての相談役として雇うことにしたのだった。
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