武装強化
「鬼さんこちら、手のなる方へ。よっし、バイト兄、うまく釣れたぞ」
「よし、任せろ、アルス」
森のなかで移動している鬼を見つけた俺がとある地点までその鬼を誘導する。
森のなかでもポッカリと開けた広場のような空間。
そこにバイト兄が待っていた。
その広場へとうまく鬼を連れてきたら、その鬼へとバイト兄が攻撃するところを見る。
最初に目撃された鬼を退治したあと、俺は森の中へ入って鬼を探しては倒すことを繰り返していた。
だが、数体の鬼を倒した辺りで、鬼と戦うのはバイト兄へと切り替わった。
これは別に俺がめんどくさくてバイト兄へと押し付けているわけではない。
バイト兄自らが志願したのだ。
「グオオオォォォォォ」
俺におびき出されて、目の前に武器を持った人間がいるところへと連れてこられた。
そのことを鬼が知って怒ったのかもしれない。
あるいはただ単に目の前に獲物が現れたから力を使ったのかもしれない。
どうやら、この鬼もまた魔法を使う生き物のようだ。
大きな雄叫びのような声を上げると例外なく、すべての鬼の体に変化が現れる。
それはもともとムキムキだった体が更に一回り大きくなるのだ。
しかし、単純に筋肉が膨れ上がるだけではなく、全身を覆う金属鎧のような形へと変化する。
勝手に名をつけるとすれば【鎧化】とでも言うべき魔法を鬼は使う。
が、これが単純ながら恐ろしい。
高い防御力を備えつつ、生来の圧倒的な力強さが同居しているのだ。
握り拳で地面を叩けば大きく陥没するし、森の生えた木を殴れば一撃で木を粉砕するようにして折ってしまうのだ。
攻守ともにハイレベルな、まさに化物と言っていい相手だった。
その鬼に対してバイト兄はひとりで戦っていた。
手にするのは硬牙剣だ。
俺もいろいろ試してみたのだが、斬鉄剣であれば普通に攻撃は通じるが、攻撃魔法や九尾剣、あるいはバイト兄の雷鳴剣ではそこまでの効果が見られなかった。
だが、斬鉄剣ではない通常タイプの硬牙剣はそれなりに攻撃が通じたのだ。
硬牙剣は魔力を通すと【硬化】という魔法効果が発揮されるだけの魔法剣だ。
九尾剣や雷鳴剣のように派手な見た目ではなく非常に地味だ。
だが、この【硬化】の効果は馬鹿にできなかった。
【硬化】を発動させた硬牙剣で鬼を攻撃すれば全くの無傷ではなく、手傷を与えられたのだ。
西洋剣の形をした硬牙剣で叩き切るように何度も何度も繰り返し攻撃することで鬼は倒せる。
そして、鬼の攻撃を受けても硬牙剣ならば折れずに受けきれる。
攻撃にも防御にも硬牙剣は通用したのだ。
といっても、硬牙剣があれば誰でも鬼と戦えるというものではないだろう。
なんといっても人間と鬼では力に差がありすぎるのだ。
鬼のパンチを硬牙剣で受けても剣が折れることはないが、それでも人間側が力負けしてふっとばされることになる。
普通ならば硬牙剣を持つ手の骨が折れ、吹き飛んだ先で木などに衝突して大ダメージをもらうだろう。
また、攻撃も叩き切るようにすればダメージは与えられるが、あくまでも一撃では倒し切ることはできない。
圧倒的な攻撃力を誇る相手にダメージをもらわず、何度も攻撃し続けるしか勝ち目がないのだ。
ぶっちゃけていえば、普通の人間が勝てる相手ではないと思う。
だが、バイト兄は鬼と戦うことを望んだ。
それは自分を高めるための行為だった。
鬼は強い、それは間違いない。
しかし、人間の中にもこの鬼に勝る相手がいるのだ。
いわゆる、当主級と呼ばれる相手である。
圧倒的な魔力を誇る当主級はさらに強力な魔法も持つことになるので、この鬼よりも強いと言えるだろう。
そんな当主級を相手にしても勝てるように、バイト兄はこの森に住む鬼を相手に鍛えていたのだ。
「武装強化ああああぁぁぁぁぁぁっっっっっ」
そのバイト兄は鬼を前にして言葉を放つ。
今はまだ意味のないただの叫びだ。
バイト兄は「武装強化」と叫びながら全力で硬牙剣へと魔力を注ぎ込んで鬼に攻撃を行っていた。
魔法剣は魔力を注ぐと魔法効果が発揮される。
だが、その効果には上限がある。
九尾剣に魔力を注ぐ量を増やすと炎の剣の長さが伸びるが、一定の長さで伸びるのが止まるのだ。
それと同じで硬牙剣も魔力を注いでも、ある程度のところで硬化がとまっているはずなのだ。
だが、バイト兄はそんなことはお構いなしに硬牙剣へと魔力を流し込んでいた。
普通ならば意味のない行為だ。
だが、バイト兄が注ぎ込んでいた魔力は無駄にはなっていなかった。
というのも、硬牙剣へと注いだ魔力で【硬化】の能力を発揮させた分を引いた残りの魔力が、剣身を包むようにして維持されていたからだ。
バイト兄が注いだ魔力が剣を包み込むことで攻撃力が増していたのだ。
つまり、バイト兄は武器の攻撃力を上げるという魔術を発動させていた。
バイト兄が攻撃力を上げた硬牙剣は何もしなかったときと比べると明らかに鬼に与えるダメージが多かった。
だが、危険な行為と言わざるをえない。
自分の持つ魔力の多くを防御ではなく攻撃へと割り振るということは、一度でも鬼の攻撃が当たれば死に繋がりかねないのだから。
しかし、バイト兄は引かなかった。
命をかけて鬼と向かい合い、自分の全力を振り絞る。
見ているこちらが何度も心臓が飛び上がりそうになるくらい危険な瞬間があった。
それでもバイト兄は鬼と戦い続けていた。
そうして、来る日も来る日も鬼と戦い続け、死体の山を積み上げるようにして鬼を倒し続けた頃、バイト兄は【武装強化】という呪文を編み出すことに成功したのだった。
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