戦力増強
「カルロス様、どうして出陣なさらないのですか! このままでは援軍に来て攻撃されているバルカ・グラハム軍が壊滅してしまいます」
「焦るな、ピーチャ。あそこの陣地はまだ持つだろう。今出ていくのは得策ではない」
「なぜですか、カルロス様。今ならば我らがアインラッド砦を包囲しているウルク軍を突破して、バルカ・グラハム軍を攻撃しているウルク本隊を攻撃することが可能なのです。そうすればウルクは軍を退き、この戦は終結します。なのになぜ!」
「今、貴様が言ったとおりではないか、ピーチャよ。俺たちが今ここでウルクの連中を攻撃すれば奴らは退いていくのだ」
「そのとおりです。それでよいではありませんか」
「良いわけがなかろう。向こうにはウルクの次期当主のペッシがいて、ここにいるのはフォンターナ家当主の俺がいるのだぞ? いいか、ピーチャ。隣り合った領地の当主級を倒すことができる機会などそうそうないのだ。ここで焦って俺たちが出陣してみろ。それを察知した相手はすぐに自分の領地へと引き上げる。それがどういうことを意味するのか、貴様はわかっているのか?」
「つまり……、カルロス様はウルク軍の中にいるペッシ・ド・ウルクを討つためにアルス殿やリオン殿たちを犠牲にするということですか?」
「そうは言っていない。が、攻撃を仕掛けるには適切なタイミングというものが存在する。奴らを助けるためだけに二度とないかもしれないチャンスを棒に振るわけにはいかんのだ。わかってくれるか、ピーチャ?」
「……はい。カルロス様のおっしゃることはまさにそのとおりだと思います。しかし、今ウルク軍と戦っている彼らもフォンターナ領には唯一無二の得難い者たちであるとわたしは思っています。せめて、あと何日、彼らがウルク軍の攻撃を耐えしのげばよいか、カルロス様のお考えをお伝えすることはできないのでしょうか?」
「そうだな。アルスのやつからは面白い使役獣を使って援軍の催促をよこしてきていたな。わかった。ペッシもそう何日も上位の魔法を使い続けるようなことはできんはずだ。あと5日間もすれば確実に討ち取ることはできるだろう。どれほど遅くともそれ以上引き延ばすことはありえないと伝えておこう」
「わかりました。彼らの奮闘に期待したいと思います」
※ ※ ※
「リオン、バイト兄。カルロス様からの返事が来たぞ。あと5日間耐えれば必ずペッシを討ち取るってさ。耐えられると思うか?」
「……難しいでしょうね」
「馬鹿か、お前は。無理に決まってんだろうが」
「だよな。……どうする? 降伏でもしてみるか? ここまで頑張って健闘したけど守りきれないので命だけは助けてくださいってウルク軍に白旗でも上げてみるか?」
「その場合、兵たちは助かるかもしれませんが間違いなくアルス様の首はなくなりますよ?」
「じゃあ、駄目だな。けど、このまま籠城を続けても死ぬだけだろ。地面の下に穴でも掘って5日間隠れて過ごしてみるか?」
「お、意外といい考えなんじゃないか、アルス?」
「落ち着いてください、ふたりとも。守りが無くなったところを突入されて虱潰しに調べられて発見されるだけです。それに、それで生き延びても、その後は騎士としては死んだも同然ですよ。それなら命をかけて最後まで戦い抜いたほうがいいと思います」
「じゃあ却下だな。そんなことになったら生きてる意味がねえ。アルス、さっきのは取り消しだ。絶対やるなよ」
なんでだよ。
生き残れるかもしれないならそれもありだと思うのだけど。
だが、本格的にまずくなってきた。
というか、やっぱ籠城戦っていうのはクソだな。
多分一番重要なのは諦めない意志の強さとかなのだろう。
少なくともこの中では俺が一番籠城のための耐える気力がないと思う。
しかし、そんなことを言っていても始まらない。
どうもカルロスの考えている期間を俺たちが耐えしのぐのは現場の感覚として不可能であると思う。
ただの籠城戦ならいざしらず、ウルクの上位魔法【黒焔】が組み合わさった攻撃をむしろここまで耐えているだけですごいと思ってほしい。
陣地内では常にどこかが燃えていて炎が立ち上っているのだ。
投石を防ぐために陣地内で無秩序に建ててしまった壁もどんどん防衛の邪魔にもなってきている。
その中でも何とか耐えられているのは、やはりバルカの魔法があるからだと感じる。
といっても、それは壁を建てる魔法があるからだけではない。
むしろ、この籠城戦で一番重要になっているのが【瞑想】かもしれない。
【瞑想】というのは体から無意識に流れ出てしまっている魔力を一切出さないようにするだけの魔法だ。
だが、この【瞑想】をかけて体を休めると回復が早まる。
さらにいうと、肉体的疲労だけではなく精神的疲労も癒やしてくれる効果があるのだ。
実を言うと、俺が今まで戦場に出て凄惨な光景などを見てもピンピンしていられる理由はこの【瞑想】にあると確信している。
もしもなかったら、俺のメンタルはボロボロになっていただろう。
もっと前に心にトラウマを植え付けられてまともな生活を送れていなかったのではないだろうか。
そしてそれはバルカ姓を持つ者全員に当てはまる。
こうして圧倒的不利な状況下で籠城していてまともに防衛できているのはリオンたちの指揮もあるが、【瞑想】で心身ともにリフレッシュして戦うバルカ兵がいるからに他ならないのだ。
しかし、いくら疲労を取り、心をほぐしても、傷ついた体が治っているわけではない。
陣地内にいるもので傷一つないものなど存在しない状態になってきていた。
というよりも、もうかなりの損害が出ているのだ。
「おい、アルス。なんとかしろ。このままだと本当に俺たちは皆殺しになるぞ」
「わかっているよ、バイト兄。しょうがない。危険だけど、一か八かで打って出るか。ウルク軍に強襲を仕掛けて、なんとかペッシだけでも討ち取る。そうしないと生き残れない」
「待ってください、アルス様。さすがにそれは危険すぎます。それならば、このまま5日間を耐えしのぐほうがまだ可能性があるかと思います」
「いや、事態は一刻を争う。これ以上時間がたてばこっちが仕掛ける余力すらなくなる。そうなってからだとなにもできなくなるぞ、リオン」
「お気持ちはわかります。が、すでにその余力というものが存在しません。今の戦力でウルク軍に攻撃を仕掛けてもペッシを討ち取ることは不可能です」
「無理か? 俺とバイト兄とリオンが3人がかりでペッシを囲むことができればワンチャンあるんじゃないかと思っているんだけど……」
「それは……自分で言うのもなんですが厳しいかと思います。我々3人の中ではアルス様の力は抜きん出ています。ですがそれでも待ち構えている当主級と正面から一対一で戦って勝つのは難しいでしょう。そして、アルス様よりも魔力量が劣る私とバイトさんでは多少の手助けにはなっても……」
「くそっ!! 俺じゃ邪魔になるってことかよ、リオン」
「……残念ですが、バイトさん。ここで慰めの言葉を言っても意味がありませんから正直に言いましょう。我々では力が足りません」
「……よし、わかった。なら、バイト兄とリオンの力を増やそう。それで3人がかりでペッシを討とう」
「何を言っているのですか、アルス様? 我々の力が急に増すことなどありません。どうやら少しお疲れのようですね。一度休んで冷静になったほうがいいと思います」
「いや、俺は冷静だよ、リオン。俺には2人の力を増やす手段が存在する」
「……まさか、アルス。あれをやるのか?」
「ああ、そうだよ、バイト兄。名付けをしよう。バイト兄とリオンがこの陣地にいる姓を持たない兵たちに名付けをして、魔力パスを繋ぐ。そうすれば少なくとも2人の魔力量は増大する」
かつて俺がフォンターナ軍と戦う際に使った禁断の手法。
教会だけが持つ神秘の技法。
名前をつけることで親子関係を作り出し、親から子へと魔法を伝授し、子から親へと魔力を渡す。
今、この陣地内にいる味方の数が増えることはない。
だが、戦力を増強する手段は存在する。
この陣地内にいる人間全てに魔法を授けてしまえばいい。
そして、さらに名付けを行うのは俺ではなくバイト兄とリオンにする。
3日間の籠城戦でバルカ・グラハム軍も損耗率20%ほどというアホみたいな被害を出してしまっているのだが、それでも数百人分の魔力を2人で分け合えばかなり強化できるはずだ。
今生き残っている中でバルカ姓を持たない者からバルカ領の者とグラハム領の者で分け合えば300人ずつくらいになるはず。
リオンはすでに領地持ちの騎士になっているが、つい先日急な決定でなったばかりなので実はまだカルロスから魔法を授かったものの、自分の部下を騎士にできていないのだ。
そいつらもリオンに名付けさせてしまおう。
「ちょ、ちょっと待ってください、アルス様。名付けってあの名付けですか? 騎士叙任の際に行われる、教会の? もしかして、この場に教会関係者が紛れ込んでいたりするのですか?」
「……ああ、そうか。リオンは知らないのか。俺は名付けの儀式ができるんだよ。あ、つってもこれは内緒の話だからな。あまりおおっぴらに広げないようにな」
「冗談でしょう? なぜ教会の秘術をアルス様が使えるのですか? え……ありえないでしょう。そんなことをして教会を敵に回したりしないのですか。あ、もしかしてアルス様は教会に関係があるとか? いや、それはおかしいか。教会に関わるものが攻撃魔法を持っているはずがないし……」
「はーい、ストップだ、リオン。今はそんなことを気にしている余裕はないぞ。現状で重要なのは俺が名付けの儀式をすることができて、お前たちが名付けをする意思があるかどうかってことだ。生き残りさえすれば教会にはうまくごまかしておくよ」
「いいぜ、俺はもちろんやるぜ、アルス。名付けをするってことはつまり、俺が新しい家をたてるってことだよな? よっしゃ、俄然やる気が漲ってきたぜ」
「聞くまでもなかったか。バイト兄はやる気みたいだな。で、リオンはどうする?」
「すみません。動揺してしまいました。いちいちアルス様のすることに驚いていたらアルス様にはついてけないですよね。わかりました。私もやりましょう。どのみち、領地を持つ騎士になったのですから、早いか遅いかだけ、ということにしておきます」
「よし、そうこなくっちゃな。赤信号みんなで渡れば怖くないって言うしな。なら、さっさとやっちまおう。ウルクの連中に反撃開始だ」
こうして、追い詰められた俺は再び名付けを行うことにした。
そして、その直後に黒い煙が立ち上る地獄の釜のような壁の中の陣地に魔法を使う新たな騎士が数百人ほど誕生したのだった。
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