ベンジャミンの狙い
「何をするつもりだ? 人間の身で竜に勝てると考えるのはあまりにも愚かな判断だぞ」
駆けだしたベンジャミンを見てノルンがそう口にした。
もともと魔大陸と呼ばれた土地の吸血鬼に端を発した魔剣であるノルンだからこその意見と言えるだろうか。
人の身ではどうあがいても勝てない。
長い年月を生きた魔剣ノルンはそう断言する。
確かにそうだ。
どんどんと距離を離しながら白竜と魔装兵器たちの戦いを見ていたが、規模があまりにもでかい。
これまでベンジャミンが白竜と戦えていたのは、どう考えても魔装兵器という武器があったからこそだろう。
だが、それはつまり逆のことも言えるはずだ。
竜を倒すだけの武器があるならば、人間でも勝てる。
空を飛ぶ空竜を倒したアルス兄さんだって、その時は空絶剣を使ったそうだしな。
離れた空間それ自体を断つ、という効果を持つ魔法剣により、魔導飛行船の中にいながら空中にいる空竜を切り裂いた。
もちろん、そんな武器を作れるのがそもそもすごいし、使う際には膨大な魔力が必要になるらしいが、それでも武器あっての偉業だろう。
それはきっとベンジャミンだって分かっているはずだ。
自分の身だけで白竜を倒す必要なんかない。
使えるものがあれば使ってでもいい。
どんなものを使おうが竜を倒したと言えるのだから。
だからこそ、王級魔装兵や魔装兵器を使っているのだしな。
そんなベンジャミンが白竜のもとへと走り寄る。
どんな策を用意しているのか。
俺は自分の身の危険を感じながらも、それを注意深く見守っていた。
白竜が爪と牙で氷の魔装兵器を攻撃し、大小さまざまな氷の塊がはじけ飛ぶ。
その氷の塊を避けながら、ベンジャミンは白竜に近づくことに成功した。
どうも、白竜は王級魔装兵に注意を向けているようだ。
緋緋色金という普通には見かけないような特殊な金属の鎧を着た精霊の気配を感じるなにかに興味津々なのだろうか。
白竜の視線は常に王級魔装兵に向いている。
なので、近づいてくるベンジャミンにはほとんど見向きもしていなかった。
動き回る白竜だが、それでもその足元にベンジャミンが到達した。
どうするのか。
いったい、どんな攻撃をベンジャミンが繰り出すのか。
わくわくしながら見ていた俺は、次の瞬間、肩透かしを食らったようになってしまった。
「とおり、すぎた?」
白竜の脚に触れられる距離まで近づくことができたベンジャミン。
手を伸ばして、剣を叩きつけることもできただろう。
だが、なにもしなかった。
ベンジャミンは白竜にたいしてなにひとつ行動を起こさず、そのまま走り抜けたのだ。
王級魔装兵と幾多の土と氷の魔装兵器と激闘を繰り広げ続けている白竜のそばを。
「攻撃しないでどうするつもりなんだろう?」
「おそらく、ベンジャミン殿下の狙いはあれでしょう」
「あれ? あれってなんだ、アイ?」
「白竜ではなく、白竜の住処そのものです。見てください。これまでの戦いで白竜が移動しています。魔装兵器との攻防により、徐々にその住処からおびき出されていたのです」
「住処から? でもそんなことをしてなんの意味が……。って、そうか。住処には吸氷石があるんだったな」
「はい。それも道中で見つけたものよりもさらに大きな、それこそ白竜が寝そべってもまだ足りないほどの巨大な吸氷石が白竜の住処にはあるのです。あれはおそらく雪上に見えているのは氷山の一角でしょう。実際には見かけ以上の大きさがあり、場合によってはアトモスフィアに匹敵する大きさになるかもしれません」
「アトモスフィア。大地の精霊が宿りし偉大なる石ってアトモスの戦士たちが呼ぶ、超巨大な精霊石。そして、それは迷宮核でもある」
最初、ベンジャミンのしていることに理解ができなかったが、アイからの指摘でそれがようやくわかった。
これまでベンジャミンが白竜と戦っていたのは、白竜を釣りだすためだったのだ。
白竜の住処からおびき出し、そしてその気を引き続ける。
それだけのために、魔導迷宮で手に入れた王級魔装兵を利用した。
そして、そこまでしての狙いは白竜の寝床にあった。
そこにある吸氷石だ。
ただでさえ霊峰の中でも寒さの厳しい地点で、しかも白竜の息吹のような極低温にも晒されるような場所にある吸氷石。
それはいったいどれほどの寒さを吸収し続けてきたのだろうか。
また、白竜に守られることでどれだけの年月あるのだろうか。
パッと見ではいくつもの吸氷石があるように見えたが、あの大きさの白竜が寝るために上に乗ったりしているのだ。
にもかかわらず、ぽっきり折れたりしてないところを見ると、かなりの大きさのものが雪の下にあるのは間違いないと思う。
実際にアトモスフィアと同じかは分からないが、規模としてはかなりのものになるに違いない。
そして、それだけの大きさならばもしかすると迷宮核としての効果をこの地に発揮しているのかもしれない。
そんな巨大吸氷石にベンジャミンは目をつけていた。
白竜のそばを走り抜けたベンジャミンはアイの言うとおり、一目散に吸氷石へと向かっていく。
そして、その手が吸氷石にピタッと触れ、ベンジャミンの体からふたたび膨大な魔力が流れ込む。
巨大吸氷石から力を奪うつもりか。
もしそんなことができるのであれば、どうなるのだろうか。
巨大な精霊石の中にはさらに強力な精霊でも入っているのか。
であれば、それを使役すると一気に形勢が逆転するかもしれない。
吸氷石に触れるベンジャミンの姿から俺は目を離すことができずに見続けてしまったのだった。
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